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Hard Days' Knights  作者: 里崎
番外編
67/73

ダフォンとカード編


とある日曜の朝。

クウナは副宿舎の食堂にいた。人のまばらなその部屋で、窓際の席に座り足を揺らす。

クウナの元へまっすぐに向かってくる足音を聞きつけて顔を上げれば、

「あれ? 班長。おはようございます」

待ち合わせた人ではない、いつもの仏頂面があった。

「ん」

いや、眠そうだからいつもの三割増し。

その後ろに、旧C班のダフォン。確か怪我で文官に転向したと聞いたが、見える範囲に外傷はない。

「来た来た。待ってたよ、ひさしぶりー」

クウナは顔をほころばせてダフォンに挨拶。

「用は果たした。じゃあな」

「え?」

それだけ言って去っていこうとするソイの襟首を、さっと手を伸ばしたダフォンが引っつかんで止める。気道が閉まってソイの喉から変な音がした。

むせこんだソイの、こめかみにびしりと青筋。

「テメェ……」

「話が違う」

小さく答えたダフォンの顔に緊張の色が浮かんでいることに気づいて、侮蔑の表情を隠しもせず浮かべるソイ。

「は。今更なにびびってんだコイツ相手に」

「……もっぺん言ってみろ」

低い声で呟いて、ダフォンが剣に手をかける。それにも動じず、ソイは肩をすくめる。

「仕方なく取り次いでやっただけだ。同期だからって何だっていうんだ、図々しい奴」

「んだと?」

「あのう」

どうしようか迷ったけれど、クウナはあえて空気を読まずに聞いてみる。

「なんか、お二人ともご機嫌斜め?」

「「こいつのせいでな」」

おお、ハモった。

ソイがいつになく盛大な舌打ち。ダフォンが吐きそうな顔をする。確かに珍しい組み合わせだ、とクウナは二人を見比べる。どうやら犬猿の仲らしい。

「まぁまぁ」

正直、休日の朝っぱらからケンカなんて見たくない。

尚もやいやいと続く口喧嘩の応酬に、クウナは仕方なく自分の用事を割り込ませることにする。

「本題に入っていいですかー?」

指でテーブルを叩き、つまらなそうにそう上官が問えば、軍曹二人の口喧嘩はさすがに止まった。

「さて、ダフォン。お休みの日に呼び出してごめんね。付いてきて欲しいところがあって」

「……俺に、ですか?」

「うん」

じゃあさっそく行こう、と席を立ったところで、食堂の入口から息せき切った伝令が飛び込んでくる。

「アルコクト大将! こちらにいらっしゃいますか?!」

「はーい」

両手を挙げたクウナの元に、伝令の青年はほっとした表情で駆けてくる。

「将校は休日も関係なしか」

下っ端の二人が小さく呟きあって、同情じみた目をクウナに向ける。

きちりと敬礼したあと、伝令が言う。

「お休みのところ、大変失礼いたしますッ。通信室から伝令です」

「はい。ご苦労さま」

うやうやしく差し出された紙片を受け取って、目を通して、クウナが表情を曇らせる。

「ありゃ。悪路とトラブルで3時間遅れるって」

「仕事か? なら俺らは一旦外すから、」

「違いますよ。この件で呼んだんですけど……3時間、暇になっちゃいました」

ふぅ、と残念そうなため息をついて、クウナは椅子に座りなおす。

「お二人とも、なにか用事とかあったら済ませてきていいですよ。私はここにいるので」

ひらひら手を振り告げられた言葉に、二人の軍曹は眉を寄せる。

ダフォンの肘がソイのわき腹をつつく。ソイの片足がダフォンの足の甲を踏みつける。

「え、何、何?」

二人を交互に見るクウナに、あのな、とソイが言う。

「お前な、休日の朝だぞ。天下の大将殿が一介の軍曹を直々に、それも二週間も前から呼びつけておかれたらな、そんなとこにわざわざ予定バッティングさせようってやつはいねーよ」

クウナが首を傾げる。

「なにそれ。この待ち合わせの話、結構広まってるんですか、もしかして」

「このバカが、連絡受けたときに動転したせいでな」

ソイがダフォンの背を蹴り飛ばす。またケンカを始めた二人を放っておいて、クウナはやけに閑散としている食堂の、かなり遠くのほうに座っている数人を見る。ちらちらとこちらをうかがっていた視線がさっと外される。何人かがそそくさと退室する。

「なるほど」

ややあって、ダフォンを言い負かしたらしいソイが、椅子を引いてどっかりと座る。

「しかし、3時間ねぇ」

頬杖をついて窓の外を見る。本日はあいにくの大雨。大粒の雨滴がざあざあと音を立て、分厚い硝子をひっきりなしに打っている。

「こんな天候でもなきゃ、この前のリベンジができたんだけどな」

残念そうに言って腰の帯剣に触れる。

クウナもうなずく。出かけるのも億劫なほどの雨だ。

「あ、ちなみに班長、今日はどっち差してるんですか」

「実家から届いたほう」

ソイは答えながら上着の裾を払って、イソセ家の家紋が刻まれた黒い鞘を見せる。クウナが目を輝かせて、その綺麗な鞘に顔を近づける。

「あ、前のものより少し幅広なんですね。セミフェイムさんにもらったほうは?」

「厳重に包んで、部屋に隠して保管してある」

「えーもったいない。使ったほうがいいですよ」

「お前とのリベンジでは使ってやるよ。あっちのほうが軽いしな」

「じゃあ、そのときは、そっちの剣を私に貸してください!」

「なんでだよ。自分の使えよ」

「他の人が使いこなしてるの見ると、自分でも使ってみたくなりません? あっ、じゃあ、私のとっておきのやつ貸しますから。ねっ」

魅力的な申し出だがにわかに賛成できないソイが、困惑したように目を泳がせる。クウナはにっこりと笑って、両手をすっと右にずらす仕草をして。

「まぁその話は置いておいて。あと3時間、なにしてましょうか」

クウナの問いかけに、ずっと黙っていたダフォンがおもむろに口を開き、

「この面子なら、これはどうでしょう」

服の下から、良く使い込まれたカードの束を取り出す。一目見るなり、ソイがあくどい笑みを浮かべて身を乗り出す。

「よしきた。あぁそうだ、バレなきゃイカサマだろうとなんだろうとOK、ってのでやろうぜ」

「うはは、なんですかそれ」

苦笑しながらもまんざらでもなさそうなクウナ。

ダフォンも席につき、慣れた手つきでカードを切り始めた。

ソイがにんまりと笑んだ。

「打ち合いのリベンジだな。中佐も呼んでくるか」

「中佐?」

ダフォンが聞くのに、

「トララード中佐」

ソイはあっさりと答える。恐れを知らない同期の態度にダフォンが顔をしかめる。

「気安いな」

「大将とタメ口でしゃべってりゃあ度胸もつく」

クウナをあごで示しながらそれだけ言って席を立とうとするソイに、食堂の出入り口近くで顔見知りの武官と立ち話をしていた、先ほどの伝令が振り向いて言う。

「よろしければ私が呼んでまいりましょうか。ちょうど別棟に戻るところですし」

「ありがとう!」

「任せた」

クウナとソイが答える。3人に敬礼を向けた若い伝令は、来たときと同じように足早に食堂を去っていく。

「あ、私はイグヤのリベンジしなきゃ」

クウナが胸の前でこぶしを握って息巻くのに、は? とダフォンが眉を寄せて聞く。

「イグヤってなんですか」

「ほら、先月の宴会の日にカモにしてくれた少年がいたよね。白髪を一本に縛ってて、背はこのくらいで……って噂をすれば、イグヤー!」

タイミングよく食堂の前の廊下を通りかかった少年を、クウナが大声で呼び止める。ちらりと顔を向けてから、一緒に歩いていた連れの少年に何事か言って別れ、白髪の少年は三人の元に向かってくる。その顔を見て、ああ、とダフォンが意味を理解する。

「あいつか。……あれ? もしかして、あのとき迎えに来たのって……」

クウナは笑顔で、自分を指さしてうなずく。ダフォンが椅子の背に自分の背中をあずけてうなずいた。

「なるほど。あいつ、あれ以来捕まらないと思ったら」

三人の前まで来たイグヤはダフォンを見て、うんと気まずそうな顔をして小さく会釈する。それからクウナに向き直る。

「はよ。珍しいな、お前が副宿舎(こっち)の食堂にいるの」

「おはよー。そうだね、あ、朝食もこっちでとればよかった」

「ゴタクはいいから座れ」

すぐ脇からソイの平坦な声を聞いたイグヤは、

「え? は?」

ソイとダフォンに両腕を引っぱられて無理やり座らせられる。

「って、班長、何か大事な話してたんじゃ」

「いいから、コレ持て」

目を白黒させながら突きつけられたカードを受け取るイグヤに、

「見破られない限りイカサマありってルールだからな、またカモられないように気をつけろよ」

ソイが皮肉げに口角を上げる。

「え? なんすかそれ」

「面白そうでしょ。あ、ただし、金品の賭け事はなしね」

クウナが人指し指を立ててきっぱり言うのに、ソイがつまらなそうに頭を掻く。

「頭固ぇな」

「こんなことで階級下がるわけにいかないんですよー」

「じゃあこうしようぜ」

そう言って鼻唄混じりに厨房に消えたソイが、戻ってくるなり手の中のものをテーブルにぶちまける。騒々しい音を立てて散らばったのは、

「王冠?」

大量の瓶の蓋。

「価値あるものを賭けるから問題になるんだろ、大将殿?」

「これを賭けるってことですか?」

回り続ける王冠を指先でつつくクウナ。

「お前は耳塞いでろ。一枚あたり銅貨一枚と等価な」

「……耳塞ぐ暇もなかったんですけど」

「聞こえねーな」

「ほんとに悪知恵働きますよね班長」

「聞こえねーな」

王冠のひとつを摘み上げたソイが、手持ちのナイフを刺して目印を刻む。ぽいと手渡されたクウナも自分のナイフで傷を付けた。

それをいくつか繰り返し。

「これでよし、と」

そこへトララードがやってくる。部下であるダフォンが真っ先に立ち上がって、きっちりとした敬礼を向ける。

「お疲れさまです、トララード中佐。突然お呼び立てして申し訳ありません」

ソイとイグヤがそれに続く。両手をぶんぶんと振って恐縮しまくるトララードに、クウナがのんびりと朝の挨拶をして、ダフォンの隣の椅子をすすめた。

ダフォンがトララードに手札を渡し、ソイが簡単にルール説明。

「よし、始めるか」

好戦的な目で一同を見回したソイが、机上の王冠をぴんと指先で弾いた。


***


「くっそー」

クウナにあっさり指摘されて、イグヤはこっそり余分に引こうとしたカードを悔しそうに山札に戻す。

「そんなぽんぽん言うなよ!」

「そう言われてもねぇ」

苦笑するクウナをじっと見て、イグヤが顔をしかめる。

「つーか、お前もやってるよな?」

「そりゃもう」

あっけらかんと肯定するクウナが、ぱっとソイに目を向けて。

「あ、班長、それチートですね。さっき袖に隠した一枚と入れ替えてる」

ソイが盛大に舌打ちをして、袖の中に潜ませていた一枚をテーブルの中央に放り投げた。

4人の周囲から、おお、と歓声があがる。

騒ぎを聞きつけたギャラリーが徐々に増えてきて、背後でざわめくのに、トララードが落ち着きなくもぞもぞと座りなおす。

クウナの出した札を見て、ソイが顔をしかめる。

「お前それ、どう見ても不自然だろ」

「手口当てなきゃバレたことにはならないんですよね?」

ぐっと押し黙るソイ。

「……この、クソ女」

オイ、とダフォンが咎めるような声を出すが、ソイはそ知らぬ顔。ためいきをついたダフォンが話題を変えようと思考をさぐり、ふと思い出す。

「そういえば大将、もう一度あんたに会ったら聞こうと思ってたんだが」

「うん。何?」

「先月の鉄屑伯爵の舞踏会でとんでもないダンス踊ったって噂の『小柄な黒覆面の騎士』。あれ、アンタだろ」

どこから聞きつけたのかダフォンの断言に、関係者であるトララードがぎょっとして固まる。その様子に完全に確信したダフォンはひとつうなずいて。

「中佐にベタぼれのジジイどもも娘さんたちの視線も、全員あんたが奪っちまったって?」

「んだそりゃ。お前踊れんの? ぜひとも見てみたいもんだな」

ソイがニヤニヤしながら組んだ肘で少女を軽くつつけば、能天気な返答が返ってくる。

「いいですよー。一緒に行きます? 今ちょうどいくつか呼ばれてるんだよね。なに踊れます?」

「……は?」

「クラシカルなほうがいいか、ライトなほうがいいか。ご飯の美味しさで選ぶのも一興……あ、そういえばあそこは肉料理よりもデザートのほうが美味しかっ」

「ちょっと待て」

額を押さえたダフォンが割り込む。

黒い瞳がきょとんと見返してくるのを、

「皮肉が通じないのはよく分かった」

そのタイミングでクウナがへらりと笑い返すから、ああそういうことか、とダフォンは内心でため息をつく。

「食えない人だな。で、あんた、貴族?」

「ううん。でも、貴族の人に教えてもらったから、ひととおり踊れるよ」

ああそう、と呆れたような気のない返事を返す。

「中佐とは踊ったのか?」

「ううん、トララードさんは立ってるだけで精一杯だったから。今度は踊りましょうね」

「……何したんだあんた」

「あれ? それも聞いたんじゃないの?」

首を傾げるクウナに、ダフォンは手札を並べ替えながら首を振る。

「酔って暴れた大佐を諌めたんだろ? それがどうして中佐をびびらせるなんてことに」

「いやぁ、折角の機会だから、みんなまとめて諌めとこうと思って。そしたらトララードさんもびびっちゃって」

クウナ自身にとってはこの上なく明快な回答をしたつもりだったのだが、ダフォンは消化不良を起こしたような顔をした。

「なるほどな。道理で知れ渡ってるわけだ、小柄な覆面野郎」

「え、そんなに? でもそれ別件かもよ。私、あの格好で色んなところうろついてたから」

一体何やってんだ大将、と呟いて、それ以上言及する気も失せたらしいダフォンが肩をすくめてカードを引いた。

「ん? どうしました、中佐」

イグヤの声で、皆が青い顔のトララードに気づく。ぶるぶると首を振り続けるトララードの視線を辿り――彼の手札に手を伸ばしたクウナが、ぺろんとそれを倒す。

「あ、上がりですねトララードさん」

「ちっくしょ、いつの間に!」とソイ。

「嘘。だって中佐、何もしてないっすよね」とダフォン。

わっと詰めかけて騒ぐ群集をよそに、トララードはなぜか泣きそうな顔をして、テーブルにつきそうなほど頭を下げる。

「なにしたんすか?」

「全然分かんなかったです!」

そっと上げられた顔が、わいわい言う声に怯えきった表情を浮かべる。

三人はめいめいに、王冠の山をトララードの元へと押し出す。

トララードにチートなどする度胸などないことを知っているソイが、眉間に深いしわを刻んだまま神妙に呟く。

「こんだけやりまくってる面子の中でイカサマなしで勝つってどんだけ強運……」

「『数え上げ(カードカウンティング)』ですか?」

クウナの一言で、トララードが椅子からずり落ちた。

「あ、当たった」

嬉しそうに言うクウナが、トララードを立ち上がらせて、そのままその背を食堂の出口へと押す。

「じゃ、これでトララードさんの勝ち抜けってことで」

近くにいた文官の少年の名を呼び、部屋までの付き添いを頼むクウナ。

「ええ、すぐに取り返してやろうと思ったのに……」

空席の前に残された王冠の山を、ダフォンが名残惜しそうに見つめる。その数を目視でざっと数えつつ、クウナが席に戻る。

「今度みんなでトララードさんに昼食でも奢りましょう」

尚も不服そうな軍曹二人に、周囲の群集には聞こえないように小声で告げる。

「ほら、けっこう顔青かったし、明日のお仕事に障っても問題ですし」

明日の会議は結構重要なんで、とクウナが飄々と言う。

ツェードルフとの対局を知るソイだけがああとうなずいて、ぼやく。

「とてもじゃないが『改革』の指揮官とは思えねぇよな」

「あのあと心労で三日寝込んだらしいですよ」

顔をしかめる軍曹二人。

諦めてカードを切り始めたダフォンの横、イグヤがクウナに聞く。

「なぁ、さっきの中佐の、どういう手なんだ?」

「チートじゃないよ、正攻法の一種。手札、捨て札、場札――見える全てのカードを暗記して、その先のカードを予測しながらプレイするスタイル」

「……は? あ、暗記?」

416枚使う(8デッキ)ゲームでやろうとする奴なんざ、まぁ居ねぇよ。絵札だけ使う(ダース・ユース)ゲームでやるもんだぜ、普通は」

ふてくされたような顔でダフォンが呟き、全員に手札を配る。

そうこうしている内に、トララード勝ちぬけの騒ぎを聞きつけた者たちが更に増えてきて、膨れ上がったギャラリーが三人の後ろでわいわいと賭けを始める。

北州出身者の大半はダフォンに。中央から来た者たちはクウナに。

「あーもう」

クウナが顔をしかめ、諦めて、見なかったことにした。

取り囲む群衆のざわめきにうんざりした顔をして、ダフォンが作ったばかりの山札からカードを引く。

「大体、しょっぱなからとばしすぎなんすよ、大将」

「えー、ダフォンこそ」

「……は? あんたまさか手ぇ抜いて……」

「あ、やっぱりそうだった?」

クウナはいたずらっぽく笑う。

イカサマをいくつか(・・・・・・・・・)わざと見逃していた(・・・・・・・・・)のではなく、かまを(・・・・・・・・・)かけられた(・・・・・)のだと気づいて、ダフォンは頬をひきつらせる。

クウナが鼻歌交じりにカードを引く。そのタイミングで身動ぎした群集の中の一人に、

「リュデくん、そこから言うのはなしだよ」

振り向かないまま、ぴしゃりとクウナが言う。ソイの目がぎらりと光る。

「少将、何か見えました?」

「同じ班じゃないすか、味方ですよね! 助けてください!」

イグヤも言う。

クウナの斜め後ろくらいの位置にいたリュデはすたすたと歩いて、ソイの真後ろの席に座った。これでどうかとうかがうような目がクウナを見る。ダフォンが言った。

「5巡後から。大将の手札が入れ替わってからにしてください」

「ああ」

先程までクウナの手札が見える位置にいたリュデは、その条件にすぐにうなずく。

ソイが景気の良い口笛を奏でる。

「よし、百人力」

イグヤが不安そうにリュデに聞く。

「少将、賭けカードってやったことあります?」

「いや。だが、何をしたか当てればいいんだろう」

クウナの手元を凝視するリュデの姿勢に、

「えー、私狙い? 班で結託するっていうなら、ダフォンも見てよ」とクウナ。

「いやいや狙いは絞った方が」とダフォン。

リュデは相変わらずの無表情のまま、

「それは貴女にお任せします」

とクウナに答えた。

クウナの「ええー」とダフォンの「ほらな」がほぼ同時。

まぁいいや、とクウナが手札をいじる。

「ていうか、リュデくんが別宿舎(こっち)に来てるってことは、今度の遠征の打ち合わせ?」

「はい。小隊の編成を伝えてきたところです」

その言葉に、ソイがリュデを振り向く。

「俺らの配置どこすか」

「明日、少尉から伝えられる」

リュデのにべもない回答に、尚もごねるソイに向かって、

「明日のお楽しみだそうです」

黙り込んてこれ以上何も言う気がないらしいリュデの代わりに、クウナが言う。

ソイが首を振る。

「別に、楽しみにはしてねぇよ。初動隊でなけりゃ良い」

「えっ、いいじゃないですか先頭。何にでも一番乗りで。面白くって」

「良いわけねぇ。とばっちりだ、めんどくせえ」

「そうかなぁ」

クウナが心底不思議そうに首を傾げる。

唐突にリュデが言った。

「大将。左手の……袖に隠しました」

「惜しいけどハズレー」

飄々と答えるクウナ。リュデの目がじっとクウナを見る。

「上着の、フラップ?」

「うへえ、何度も言うのなしだよー」

クウナは唇をとがらせて、フラップを開けて取り出した一枚を中央に放る。

イグヤがリュデを振り向いて聞く。

「見えてんすか」

「愚問だな。見えてなきゃ言えねぇだろ」

馬鹿にしたようにソイが嗤う。

「……班長だって見えねぇくせに」

呟いたイグヤの脚をソイが蹴りとばす。イグヤがぎゃんと叫んで、手札を放り出して椅子から落ちて床にうずくまる。紙製のカードがぱらりと舞う。

「そういえば、ヤスラは今日当番じゃないんですね。三交代制って聞いてたから、もしかしたら会えるかなと思ってたんですけど」

群衆の中にも見かけない友人の名をクウナが告げると、ソイがああと答える。

「あいつは夜当番じゃなかったか。休みの日の昼間はあそこだろ」

「お出かけですか?」

クウナの質問に、テーブルをよじのぼってきたイグヤが答える。

「店の名前なんて言ったっけ、あの煉瓦造りの食堂」

「シャヤんとこ?」

「そ。最近あそこ手伝ってんの」

「へー!」

「元気だけは有り余ってる奴だよな」

ソイがぼやくのに、イグヤがしらけた目を向ける。

「班長、それ理由にして、またアイツに関係ない雑用言いつけましたよね」

「てめ、ここでチクんなよ」

慌てたようにソイがクウナを見るが、クウナは全く聞いていない顔で手札を眺めていて。

「うん、よし」

満面の笑みをかべたかと思うと、「どーん」と言いながら手札を広げた。

その並びにぎょっとなる3人の後ろで、一瞬、静まる食堂。

直後、場がどっと沸いた。全員がわいわいと詰めかける。

「うわすげえー初めて見た!」

「ちゃんと見ててくださいっつったじゃないすか少将!」

ソイがわめき、リュデが真顔で返す。

「ルールは分からないと言っただろう」

食堂内の大騒ぎと屋外の雨音に混じって、馬がいななく声がクウナの耳に届いた。

「あ、来たみたいだね」


***


大雨の降りしきる中、無人の演習場をまっすぐに駆け抜けてきた豪華な馬車が宿舎の前で停まる。大きめの木造馬車から下りてきた御者が皆に一礼してから、馬車の扉を開ける。

まず下りてきたのは、丈の長い若草色のスカートに、真っ白の清潔なエプロンをつけたメイド。

「ご無沙汰しております」

スカートをふわりと広げて、クウナに向けて優雅な一礼。

それから、ダフォンを手招きして馬車の中へと導いた。

馬車の中には、死んだようにぐったりした二人の男女。意識はあるがガタガタと震えている。

「……メイドさん、彼らに伝えてないね?」

クウナの呟きに、胸の前で両手を合わせたメイドがにっこりと笑った。

「何事も途中で投げ出すことは良くないことですわ」

(この人ドSだ)

クウナは確信した。とんでもないお灸を据えてくれたものだ。

ダフォンが呆然と、女の名を呟く。聞き覚えのある声に振り向く青ざめた顔の女に、

「大丈夫だ! もう大丈夫だ! トゥイジは処分された!」

駆け寄ってそう言って、ダフォンは彼女を抱きしめた。

「……だ、ダフォン?」

震えながら大粒の涙をこぼす女。隣の男が、持っていた短剣を床に落とす。同乗していた傭兵らしき男たちが、疲れきった顔で傷だらけの腕に包帯を巻いているのを見て、トラブルってこれか、とクウナは納得する。

そりゃ、脱走兵がとっ捕まったとなれば処刑確定だ、生きるか死ぬかの状況なら彼らだって死に物狂いで逃げ出すだろう。元は騎士だ、一般人相手ならばそこそこ腕は立つ。

馬車の壁によりかかり、腕組みをしながらクウナがメイドに言う。

「もう、ドックラーさんも人が悪い」

「仕方ありません。何度もお伝えしたのですが、何を言っても聞き入れていただけなかったのですわ。こうして強制的にお連れして実際に見ていただけなければ、一生信じていただけなかったでしょう。いくらアルコクト様のお仲間とは言え、この時期、ただの状況説明に時間を割いている余裕はありませんし」

「ま、そうだね、ありがとう」

メイドの言い分は極端だが、彼らの意思を尊重して動き出すのを悠長に待っていれば、少なくともあと数週間は延びざるを得なかったはずだ。

それに、これはドックラーの完全なる慈善事業。仕事の合間の無償の人探しと護送だ、強くは言えない。

「まぁ、だんな様がいたずら好きなのは否定しませんけれど」

茶目っ気あふれるいい笑顔でメイドが言う。あ、これ絶対こっちのウェートのが重い、とクウナはぴんとくる。

「だよねー」

それにしてもとんだとばっちりだ。彼らもかわいそうに。

「彼らの軽挙妄動が、大変な苦境に身を置かれていた中将殿のお手を煩わせたとして、だんな様は大変ご立腹なんです」

「身内びいきだなぁ」

彼らの置かれていた絶望的な状況を知っているクウナは、呆れ笑いを浮かべて頬を掻く。

ようやく落ち着いた二人に、ダフォンが尋ねる。

「お前ら、これからどうするんだ」

「今は、ここから少し離れた農村で世話になってる」

男が答える。

「……そうか」

暗に、騎士に戻る気はないという答えに、ダフォンがうなずいて、そっと表情を緩める。

「冬橙と葡萄の産地なの。収穫の時期にはぜひ遊びに来て。待ってるから」

穏やかな顔で少女が言う。

ダフォンは涙ぐみながら、少女の手を両手で握りしめ、しっかりとうなずいた。

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