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Hard Days' Knights  作者: 里崎
番外編
60/73

中央州編④豪傑

じゃっかん下ネタあり。苦手な人は飛ばしてください。

クウナとソイのいる部屋に、ノックを鳴らしてトララードが入ってくる。

「あ、もう起きて大丈夫ですか?」

「はい。ご迷惑をおかけしました」

汽車の到着後、ずっと部屋で寝込んでいた貧弱な天才は恐縮しきって頭を下げた。

ソイの横に座るようトララードに言ってから、しょんぼりした顔のクウナが切り出した。

「残念ですけど、王さまはお忙しくて、今回の滞在中の謁見は無理そうです」

ぎょっとしたソイが、動揺を隠すようにトララードをつかんでクウナの前に押し出す。

「やめろよ中佐が死ぬぞ!?」

「あー」

納得したような声を発して見上げれば、そこにはすでに固まっているトララード。

年下二人の遠慮ない配慮に、彼が情けないとへこむのは、今晩遅くになってからの話である。


***


数十分後。

読んでいた書面から、ふとトララードが顔を上げる。

「すみません、ここの記述が……アルコクト大将?」

呼びかけた相手はいつの間にか部屋の中におらず、トララードとソイの二人きり。

「静かだと思ったら。あいつどこ行った」

探してきます、と言い置いて、ソイが部屋を出る。

廊下の先で立ち話をしていた少女が、数人の騎士と手を振って別れ、近くの部屋に入っていくのが見えた。追おうとしたソイより早く、その扉がバンと蹴破られる。蝶番が弾け飛び、室内へ吹っ飛んだ扉が激しい音を立てる。蹴破ったのは、血みどろの筋骨隆々の大男。

突然の暴力にソイが固まる。

部屋の中からは、いつも通りの明るいクウナの声が聞こえてくる。

「おかえりガスタ。どしたの」

「暴れ足りねぇ、お前ちょっと的になれ。行くぞ」

がたん、と物音がして、筋骨隆々の大男が黒髪の少女を小脇に抱えてのしのしと廊下に出てくる。

「え、やだよ」

両手両足をだらりと下げたクウナは男を見上げ、非常にあっさりとした即答。

「あ"ー?」

この上なく獰猛な目がそれを見下ろす。

少女は、自身の胴体とそう変わらない太さの腕からよじよじと抜け出して、板張りの廊下にすとんと降り立つ。

「私まだ仕事あるから――」

そう言って背を向けた少女を、ごついブーツが何の遠慮もなく蹴りとばす。細い背がぐんとしなる。

「アルコ……」

青ざめたソイの前に、ぶらん、と少女の身体がぶら下がる。

とっさに駆け寄ったソイが、少女の左肩を片手で掴んでいる巨大な男めがけて剣を抜き――


「あ、班長ストップ」

いつもどおりの、冷静なクウナの声。


ソイがすんでのところで足を止めるのと、大男が血管をめきりと浮かせた腕をソイに向けようとしてぴたりと止めるのが同時。大男に掴まれている肩に手を添えたクウナは、揃えた両足に反動をつけて、宙に振り上げる。そのまま上体をひねって大男の手を引き剥がすと、大男の左肩の上にすとんと座った。

唖然と固まるソイ。

にこにこと笑っているクウナの鼻先に、大男が太い指をつきつけ、ソイに言う。

「何してるか知らねぇが、おめぇ、こいつぁ化け猫だぜ。上手いこと人の皮かぶってっが、中身は俺とさして変わらねえ」

「別に、化けてるつもりはないけど」

きょとんと答えたクウナが、ヒゲ面の大男の胸の前でぶらぶらと細い足を揺らす。その足首を男の手ががっしりとつかんで、高く持ち上げた。

わー、と喚いて、逆さまに宙吊りになるクウナ。

通りすがりの騎士がぎょっとなって、慌てて駆け寄ってくる。

「――お、おやめください大佐!」

悲鳴じみた嘆願。振り向く野蛮な男に、

「おお恐れながら……」

進言しようとして、男の気迫と貫禄に負けて尻すぼみに消える。その騒動に、周辺の扉が開いて何事かと騎士たちが顔を覗かせる。どんどん大きくなっていくざわめきに、大男はげんなりとした顔をする。

「ほーら見ろよこれだよ。なんで俺ばっかり。――うぜぇぞてめぇら散れ!」

癇癪じみた咆哮が廊下にくわんと響く。文官が数人、ひっと叫んで腰を抜かした。

騒動の中央で、あはは、と場違いに能天気な笑い声。

吊り下げられたままのクウナは、わざと前後に体を揺らしながら皆に手を振った。

「大丈夫だから、遊んでるだけだからー」

「あ、アルコクト大将!!」

一人がクウナに気づいてそう叫ぶと、周辺の騎士が一斉にかかとを揃えて敬礼し――騒動が静まる。あっけにとられているソイを差し置いて、

「この度のご出陣、誠に大儀でありましたッ!!!」

「ありがとー」

逆さで揺られたまま、クウナも敬礼を返す。

なんだこの状況、と完全に取り残されたソイが傍らで立ち尽くす。その赤いつむじに大男が目を向け、クウナに聞いた。

「で? クー。このちっせぇのは?」

勝ち目のない相手に険のある声で言われて、ソイはぎくりと身をすくませる。

先ほどの騒動で階級は耳にした。クウナが答える前に敬礼して答える。

「北州騎士団本部所属、ソイ=イソセと申します。軍曹です」

「ふーーーーーーん」

ぐっと身をかがめて、男がヒゲ面の鼻先を犬のように近づける。

あまりの近さに生理的な嫌悪感を催したソイの眉がわずかに寄る。その後ろからクウナの声。

「班長、こちらはガスティオルク大佐」

「は」

この傍若無人の野生児が、あの有名な武将。

整理の付かないソイが固まっている間に、ガスティオルクの腕から抜け出したクウナが、すとんと床に降り立つ。そこにガスティオルクが言う。

「お前がこんな弱ぇ奴連れてんの珍しいな」

「班長は文武両道だよー。ドックラーさんとチェスして、さっきもツェードさんと剣武してきたとこなんだから」

どっちも負けたけどな、と内心でソイが悪態をついていると、今度はクウナの鼻先にガスティオルクが顔を近づける。

「……はんちょう?」

「うん、班長」

「ふーん。おい班長」

「……はい」

天下の名武将に班長と呼ばれている謎の状況。

「お前、前座でいいや。で、そんあとお前だぞ、クー」

「班長やります? 断っても大丈夫ですよ」

ソイは二回り以上もごつい男をじっと見上げたまま言った。

「……アルコクト大将、剣、貸していただけませんか」

「ん? いいですよ。それなら私のより――」

クウナは周囲を見回して、ちょうど西側から歩いてきた顔見知りの青年を呼び止める。

「セミフェイムさん見てない?」

「大尉でしたら、先刻は部屋にいらしゃいましたよ。呼んできましょうか」

「うん。ありがと」

敬礼をした青年は早足に去り、すぐに、細身の男を連れて戻ってきた。

穏やかな微笑を浮かべた男は、クウナの前で立ち止まり敬礼する。

「ご無沙汰しております、クウナ大将。遠征お疲れさまでした、ガスティオルク大佐」

「ただいま~」

「おう」

セミフェイムは二人の返事を聞いてからソイに向き直り、同じように丁寧な敬礼を向ける。

「ようこそ中央州騎士団へ。長旅お疲れさまです」

「いえ、私は……」

戸惑うソイに、

「大尉のセミフェイムと申します。よろしければお名前をうかがっても?」

「ソイ=イソセと申します。軍曹です」

どうぞよろしく、と握手を交わしてから、セミフェイムがクウナに向き直って用件を問う。

「うん。剣貸して!」

「お、おい」

あまりにも直接的な要求に、ソイが慌ててクウナの服を引く。少し驚いた様子を見せたセミフェイムはソイをじっと見てから、すぐに快諾して帯剣を外す。明らかに騎士団支給品ではない、繊細な装飾の施された細身の剣。

通常、騎士上官はそう易々と人と剣を貸し借りしたりはしない。自分用に誂えた剣を自身の魂だと言う者さえ居るくらいだ。それも、初対面の格下相手に――

「構いませんよ、お使いください。クウナ大将の名の下に」

「……ありがとうございます」

こいつの信用かよ釈然としない、とちょっと思いながらも、ソイは深い礼とともにその重みを受け取った。

セミフェイムがクウナに聞く。

「大将、私も打ち合いを拝見したいのですが」

「もっちろん」

大きくうなずくクウナの後ろで、一連のやりとりをしらけた目で眺めていたガスティオルクが耳をほじりながら言う。

「あーめんどくせ、かたくるし。いいからさっさと行こうぜ」

「うん、お待たせ。行こ」

駆け寄ったクウナが、歩き出すガスティオルクに並んだ。

一度部屋に戻ってトララードに声をかけたソイが、トララードとともに部屋から出てきて、先を歩く三人を小走りに追いかける。

廊下をのんびりと歩きながら、クウナがガスティオルクに聞く。

「で、どこ使う?」

二人の後ろからセミフェイムが答える。

「先ほど見たところ、屋内演習場(なか)がいくつか空いておりましたよ」

「お前がマジにやるってんなら屋外演習場(そと)使ってる奴ら、蹴散らしてくるが?」

「いいよ、屋内演習場(なか)で」

クウナの答えに、ちぇ、と拗ねた少年のように口をとがらせるガスティオルク。ふと、野犬がにおいを嗅ぐように、目を剣呑に眇めて辺りを見回し、

「そいやぁ……おい猫、飼い主はどうしたよ?」

「ん? ウォンちゃんのこと? 北にいるよ」

「はぁ?! んだよ、お前だけ戻ってきたんかよ、薄情な飼い猫だなァ」

「飼い猫になったつもりはないってばー」

「うるせぇ」

じゃれつくような勢いでぶん回された太い腕を、クウナが片足立ちでひょいとかわす。

「しっかしお前、相変わらず小せぇな。踏み潰すかと思ったぜ」

「ガスタはまたちょっと大きくなった?」

目の前にある太い腕をつんつんつつくクウナ。分厚い皮膚がくすぐられてガスティオルクがげらげら笑う。

「あの貴族気取りの飼い主も、こーんな小せぇガキの何が良いんだかな。入んねぇのに。オイちょっと脱いでみろよ」

「た、大佐……!」

遠慮ない下品っぷりに追いついたトララードがぎょっとして固まり、周囲を歩いていた騎士たちが数人、慌てて止めに入る。

いつものこと、と全く頓着していないセミフェイムだけが涼しい顔のままガスティオルクを追い抜かし、演習場に続く扉を押し開けた。

「着きましたよ」

「おおーし、行くぞ前座班長!」

腕を振り上げずかずか進んでいくガスティオルクを、返事をしたソイが小走りに追う。その背にクウナが言う。

「班長、ガスタは……あ、ジュオ系です」

「ああ。見てりゃ分かる」

演習場の中央で、ソイが借りたばかりの剣を抜いて大男の前に立つ。ガスティオルクが愛用の大剣を構えて、眼前の青年を見据えて好戦的に笑った。

「……っ」

たったそれだけで、ソイの足はすくむ。

(……なんだ、これ)

背筋をぞわりと這い上がる異様なまでの悪寒。本能的な恐怖。

「へぇえ。珍しいじゃん」

野獣のように白い歯をむき出しにして、男が笑った。

「漏らさねぇ奴は久しぶりだな。でも、ちょっとくれーはチビったろ?」

好き勝手に言って、返事も聞かずに腹を抱えてげらげら笑う。

「あれ聞いて何がしたいんだろうね?」

演習場の隅にストンと座ったクウナが、笑顔でトララードに聞く。

素朴な村育ちの青年は、顔面を両手で押さえて震えながら俯く。


***


一方、北州。

「やっぱり付いて行きゃ良かったかなぁ」

執務の手を止めて、ウォルンフォラドがぼんやりと呟く。

その脇のカウチで、先ほど書類を届けに来たカロが、うつぶせになって伸びている。

「そーですよー、なんすかあのクソ生意気な奴、なんであんなひょろ軍曹なんかにクーさんを任せるんですかー」

「あーもう泣くなカロ」

鼻を盛大にすすって「うー」とうめくカロ。

「ウォンさんだって今、後悔したじゃないすか!」

「俺はその心配じゃないよ。そろそろガスタが戻ってきてるだろ、それがな……」

頬を引きつらせて固まるカロ。急に元気よく立ち上がったかと思うとウォルンフォラドの前まで来てびしりと敬礼し、

「やっぱ、俺、行ってきます!」

「は? 今から?! おい待て、落ち着けカロ」

俊敏に扉に駆け寄ったカロがドアノブを掴んで、半泣き顔で振り返る。

「だって、クーさんまた独房謹慎に!」

「あ゛ー……」

昨年のばかばかしい大騒動とその後始末を思い出して、ウォルンフォラドが額に手を当てた。カロがはっとなる。

「つーかそうだ、ウォンさんも来てくれないと、俺じゃ収拾つけらんない!」

頭を抱えるカロを眺めてしきりにうなずく。

「今はおじいも北州(こっち)に来てるしなぁ。保護者(おもり)不在であの二人が結託すると、非ッ常にタチが悪い……」


***


「くっそ……」

小さく呟いたソイの顔から、ぽたぽたと汗がしたたる。

「なるほど、似てるな」

セミフェイムと幾度も剣を交えたことのあるガスティオルクが、ソイの剣筋を見て呟く。

その傍らにしゃがみこんで、二人の打ち合いをにこにこ見守るクウナ。

その隣で同じように打ち合いを眺めていたセミフェイムが、近くに控えていた部下の少年を呼び寄せて、何事か言いつける。駆け足で去っていった少年が程なくして戻ってくる。

既に決着のついていた演習場を見て残念そうな顔をしてから、セミフェイムの前で敬礼。

「ソイ軍曹、」

床に伏せて息を乱す青年に、セミフェイムが呼びかける。部下の少年が、身を起こしたソイに駆け寄って、少し古びた細身の剣を「どうぞ」と差し出した。

「お古で悪いですが、お受け取りください」

「……え?」

ソイが、ゆっくりと歩み寄ってきたセミフェイムを見る。

「背丈が合わなくなってしまったので、人に譲ろうと思っていたところでした。貴方ならばちょうど良いはずです。その剣では少々もたついていたでしょう?」

「いえ、でも」

見るからに上等な品だと分かる。躊躇するソイに、セミフェイムが更に言う。

「失礼ですが、貴方の帯剣では――有事の際、何も守れませんよ」

汽車での襲撃事件を思い出す。もっともな指摘に、ソイは礼を言って剣を受け取った。

クウナが寄ってきてセミフェイムの服をくいくいと引いた。

「あとさ、セミフェイムさん、このあと数人借りても良い?」

「ええ、構いません。安い授業料ですね」

満足そうに微笑んで腕を組むセミフェイム。

「おぉい、クー!」

「はいはい、今行く!」

ガスティオルクの催促に駆け出し、振り向いてセミフェイムに叫ぶ。

「誰でも良いから、何人かここに残しておいて!」

「え、だ、誰でも?」

驚くセミフェイムに大きくうなずき、

「うん! 騎士なら誰でも!」

そう答えたクウナが、ガスティオルクの前で立ち止まって、身軽な動きで剣を抜いて構える。

数秒の静寂のあと、かつん、と靴音が鳴った。

そうソイが認識したときには既に、小柄な人影が演習場の広い床を駆け抜けていた。

大男に向かってまっすぐ駆け込んでいく少女。つやめく黒髪がふわりと広がる。

少女の左腕が、目にも留まらぬ速さで振り抜かれる。少女の剣をかわしたガスティオルクがその腕をつかむ。クウナは身体をひねってあっさり抜け出し、着地とともにしれっと笑う。

直後、頭上から振り下ろされる大剣を、海老のように跳ね上がったクウナの細腕が弾き飛ばす。甲高い剣戟音。ガスティオルクが汗だくの顔をぬぐい、地を蹴り、それから――

「み、見えねぇ……」

ソイが愕然と呟く。

あまりに速すぎて、何をしたのだかいまいち分からない動作がたびたびある。

まさかそんなことがあるのか。

再三の激しい衝撃に、建屋がみしりと音を立てて揺れる。壁材の破片がぱらぱらと剥がれ落ちてきた。

「ちょっと! お二方! 演習場が壊れます!」

たまらずセミフェイムが叫ぶ。

入口の扉が開き、青髪の騎士が慌てた様子で飛び込んでくる。

「騒々しいぞ、何事だセミフ――」

「見ての通りです」

諦めて元の位置に座り直したセミフェイムが、穏やかな顔で眼前の光景を示す。

「……ああ」

激しく打ち合う二人を見とめ、青髪の騎士は納得した声を上げる。それから、呆れたようにセミフェイムを見て。

「お前も物好きだな。ま、適当なところで切り上げろよ」

青髪の騎士はひらりと手を振り去っていく。

てっきりギャラリーが増えると思っていたソイは驚いて彼の背中を見送る。

絶え間ない剣戟音の中、セミフェイムがソイに説明する。

「上官同士の打ち合いを観戦することはとても重要ですが、ことこのお二人の曲芸に限っては、どれだけ懸命に見たとしても得られるものは少ない、というのが、この基地内での共通見解です」

「……ああ、理解しました」

次元が違いすぎて、特殊すぎて、参考にできることがほとんどない。

ソイがためいきをついた。


***


ソイが部屋に戻ってくる音がして、クウナが扉に顔を向けた。

「お帰りなさい。しごかれました?」

セミフェイムの部下に、受身そのほか騎士の基本動作――本来なら入隊直後に習うはずのあれこれを教わって戻ってきたソイに、クウナが労いの言葉をかけてタオルを手渡す。

「ああ。でも……なんつーか、たかが地方の軍曹相手に気ぃ遣いすぎじゃね」

「そういう人もいるんですよ」

慣れっこらしいクウナがからりと笑う。ああこいつのせいか、とソイが思い出して鼻白む。

ノックの音がして、書類を抱えた騎士の男が部屋に入ってくる。

「大将、先ほどの件ですが」

「ああ、うん」

クウナが手招きをして男を対面に座らせる。

汗を拭っていた布を背中側に隠し、ソイはそしらぬ顔で、クウナの座るカウチの後ろに控えるように立った。

クウナと男が数分間、ソイには分からない話を続けたあと、

「承知しました。そのように手配します」

「よろしくー」

クウナがじゃあねと手を振り、男が一礼して席を立つ。

去り際、男はようやく、クウナの脇にじっと控える見知らぬ青年を初めて一瞥した。その襟元の階級章を値踏みするような目で見て、呆れたように呟く。

「それにしても、護衛が軍曹一人とは……もう少しお考えください大将、これでは社交場にも入れませんよ」

「彼を中央に連れてこいって、ツェードさんの指示なんだよ」

クウナの返事に男はぎょっとなって、ざっと青ざめ、とても慌てふためいた様子で周囲を見回す。

「いいいい今の失言は……!」

「大丈夫、別に失言じゃないし、誰にも言わないよー。ね?」

クウナがソイを見上げて確認するのに、

「はい、ご安心ください」

ソイが従順にうなずく。ようやく落ち着きを取り戻した男が、それからまじまじと物珍しそうにソイを見る。

「それで……彼、何者ですか?」

「ツェードさんのお気に入り?」

うきうきと楽しげに答えたクウナの言葉を、

「デマです」

仏頂面のソイがすぱっと遮る。

納得したのだかしてないのだか分からない笑みを浮かべ、一礼した男が退室する。

ドアが閉まった直後、

「…………っはあぁぁぁ」

奇声を上げたソイがカウチにだらしなく崩れ落ちた。たかだか軍曹レベルでこの場に居合わせるのは、余りに気疲れが多すぎる。

クウナがにこにこと微笑みながら、労いの言葉を口にする。

「なんか、色んなものが出ていきそうですね」

「うるせぇ」

超絶不機嫌声が返ってきた。

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