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Hard Days' Knights  作者: 里崎
試験編
6/73

5.同室と同僚

 2年めの騎士から「1年めの仕事だ」と夕食の仕度を命じられ、夕食と、その片付けを終えた後。

 預けていた荷物と支給された隊服一式を抱えて宿舎の廊下を進んだキューナは、指示されたとおりの部屋の前で立ちどまった。

 簡素な木の扉をノックすること3回。人の気配は確かにするのに、返事はない。

 キューナは3秒待ってから扉を開けた。

「お邪魔しまーす……お、」

 恐る恐るのぞきこんだ4人部屋では、二人と一人が対峙していた。年の近い同性の顔ぶれに、とりあえず空気を読まずに明るく割り込んでみる。

「あの、今日からこの部屋になりました。キューナ=ルコックドです。よろしくお願いします」

 全力でにこやかに言って、先輩と思しき二人に両手を差し出す。二人は機嫌悪そうにキューナから目をそらした。

「やっと先輩たちが新宿舎に移動したってのに、新米が2人も同室なんてサイアク。言っとくけど、絶対に関わってこないでね。あたしたち、新人の失態のとばっちりなんて、絶対ゴメンだから」

 ポニーテールの長身がそうぴしゃりと言って、「行こ」と隣に声をかける。二人は部屋を出ていった。

 静かになった部屋で、キューナはどうやら同じ新人らしいもう一人を見た。ブロンドのショートヘアがくるりとこちらを向く。移民と思しき深い緑色の瞳が優しく笑んだ。

「あ、よろしくね。あたしはエイナルファーデ=ハノアッジ。さっきはお疲れさま」

同期の顔はさっき一通り覚えたはずなのに、と、キューナは全く見覚えがないその顔をじっと見ていると、ああと気づいたエイナルファーデが、笑って手を振った。

「あたしは2年目だよ。で、さっきの二人は5年目ね」

「へぇ、そうなんですか」

「敬語いらないよー。エイファって呼んで! 新米同士、仲良くしよっ」


挿絵(By みてみん)


 キューナは嬉しくなってうなずいた。

「何か分からないことがあったら聞いてね。って言っても、助けたりはできないと思うんだけど」

 あたし弱いからさぁ、とエイナルファーデが生傷だらけの指で頬を掻いて、苦笑する。

「あたしが去年受かったのはマグレみたいなもんなんだ。去年は大雪で会場にたどり着けた人が少なかったから。その分、今年が多かったんだって。あの人数の中から受かったなんて、キューナはすごいんだね」

「ううん。偶然、詳しい人と知り合いになれたり、組む相手に恵まれたりしてね」

「それも実力だよ!」

 まったりしゃべってのんびり笑い合う。

 同年代同性の騎士とタメ口で話せるなんて階級もらってから初めてだ、なんてキューナが内心で感動している横で、エイナルファーデが息を吐いて背後のベッドに倒れこんだ。安物のシーツの上でごろごろする。

「ああ良かった、去年って女子が全然いないの。あたし、ずっと先輩たちしかいない部屋だったから、ずっと一人だけパシリでさぁ」

 これからは一緒にパシられようね、と冗談なのか本気なのか分からない言葉を口にして、エイナルファーデがおっとりと笑った。

 それから、ふと気づいたようにキューナの荷物を指さした。

「あ、制服もらった? サイズ確認したほうが良いよ、女子向けに作られてないから大っきいの」

 知ってる。羽織るものはなんとかなるけど、ブーツがでかくって動きにくいんだよね。上官用のものほどではないにせよ。

 なんて考えながら、さっきもらった隊服を寝台に広げる。積み重なっている順番のままキューナが置いていくのを、エイナルファーデがぱっぱと整頓してくれる。

「明日の朝また説明したげるけど、これ、シャツとジャケットが基本ね。新入りは、ちゃんと第一ボタンまで留めること。この時期は寒いから、上にこっちのコートを羽織るの。それでも寒いけどねー。……あ、ブーツぶかぶかだね」

「うん。くつ下どこやったっけ……3重でなんとかなるかな」

 足を入れたまま両腕を突っ込んでもまだ隙間のあった入隊当時のぶかぶかっぷりほどではないにせよ、エイナルファーデが心配そうな声をあげるくらいには大きすぎた。ちょっとは足も大きくなってるらしい。

 カバンから出した使い古しの靴下を重ねて履いて、靴紐を全力で引っぱる。薄い革がひだ状に縮む。

「これで……いいかな」

 寝台に腰かけて両足をぶんぶん振ってみる。とりあえずすっぽ抜けは防げそうだ。

「よーし。じゃ、あたしは仕事に行ってくるから」

「仕事?」

こんな時間に?と首をひねるキューナの前で、手早く仕度を始めたエイナルファーデが出口のドアを開けた。

「1年目は今日だけは荷物片付けのために免除だからね、明日からしんどーくなるんだからね、ゆっくり休んどきなね。じゃ、おやすみなさい!」

遠のいていく軽い足音に、キューナは目を閉じて寝台に倒れこむ。

全身を弛緩させ深く数回呼吸して、廊下の物音と心臓の音を聞く。

「……うん、よし。――どうにかする。どうにか――なる」

身を起こして、カバンに手を突っ込む。

「私も仕事、しなくちゃね」


***


 北部独特の建造物の造りはキューナにとって実はとても物珍しかったけれど、努めてそしらぬ振りで廊下を進む。目深にかぶった帽子には褒賞のバッヂが光っている。長い髪はまとめて束ねて帽子の中に押し込んだ。立てた襟で口元を隠せば、印象はぐっと変わるだろう。

 受付で、階級だけが見えるように頭を下げて通り過ぎる。やせぎすの文官は丁寧な深い礼をした。

「お疲れさまです」

 かけられた声に右手を挙げるだけの横柄なそぶりで応じて、突き当たりにずらりと並ぶ扉のひとつを押し開けた。

 どん、と鎮座する巨大な機械の前に、簡素な木の椅子を引いて腰かける。

「ずいぶん旧式だなぁ」

 けどまぁ、この設備があるだけ、贅沢は言えない。スイッチを下ろし、光の漏れ出る穴を数個ふさいで宛先を指定する。


***


 場所は変わって――スカラコット国中央州騎士団本部、ウォルンフォラド=トーミス中将の執務室。

 定例である部下からの報告を熱心に聞いていた彼は、息を切らせて駆け込んできた痩せぎすの通信士に「どうした」と穏やかな声をかけた。

「しっ、失礼しますッ、北州騎士団からの通信ですっ」

「あーなに、緊急?」

「はいっ、いえ、分かりかねますッ」

 内容を知っているはずの通信士の曖昧な返答に、ウォルンフォラドは頬杖を付いて眉を寄せた。たったそれだけで、貧弱な文官は竦み上がる。机の向こうから伸ばされた手に、息を止めて震えながら伝令文を手渡す。

 ウォルンフォラドは二つ折りの紙を開いてしわを伸ばした。差出人の欄に「お」と目を丸くして。

「フィーオ、ちょっと来て見てみ。クーからだぜ」

 呼ばれた愛鳥は、窓辺の止まり木の上で一鳴きしてから、するりとウォルンフォラドの右肩に降り立つ。黄緑色の丸い目を動かして、首を伸ばして、羊皮紙を覗き込むようなしぐさをする。

 書かれていた文面はあくまでプライベートな口調。


『親愛なるウォンちゃん、

いきなりですが、今日から一ヶ月ほど休暇をいただきます。中央州騎士団に視察延期の連絡を入れといてくんない? 北州騎士団には私から伝えてあります。

視察期間はちょーっと短くなるけど大丈夫。人員も日程も変更しなくていいよ。ただ、視察開始の日がずれるだけ。

あ、それとこれ、一応おじいにだけ、伝えておいてくれる?

詳しくは視察終了後に話すよ。

よろしくね。

愛をこめて、クウナ』


「……」

 青筋を浮かべたウォルンフォラドが、気を静めるよう鼻から息を吐き出しながら、そっと紙を閉じる。

 通信士と部下が揃って直立していた。

「……フィーオ、コレ、おやじのとこ届けてこい」

錠を下ろし窓を開けてやれば、紙の端をくわえたフィーオが翼を広げて元気良く飛びたち、中央棟の方角に消える。机の上に、抜け落ちた羽がひらりと着地した。

 それから、ウォルンフォラドはペンをとり、

『怒らないから、正直に言え。お前何した? 何してる?』

とだけ書いて、その紙を通信士に渡す。

「返信、頼むわ」

「はいっ」

 両手で受け取った通信士が、深く一礼するなり慌しく部屋を出て行く。

「さてと、待たせたな」

「いえ」

中断していた部下との話を再開する。

「――では、これで」

「ああ、あとは任せた」

部下が一礼して消えたばかりの部屋に、フィーオとさっきの通信士が、両側から同時に駆け込んできた。

「北州騎士団本部の、アルコクト中将宛、ですよね」

「当たり前だろう」

「しっ、失礼しました。実はですね、北州騎士団本部に、アルコクト中将は到着されていない、との報告が……」

「はぁ?」

「ひっ」

 通信士は青くなって両目をつぶった。

 ウォルンフォラドは混乱しきった頭の上に左手を置いた。

「……さっきの通信は、北からだよな」

「は、はい。確かに」

「そんときの担当通信士は?」

「い、いえ、個人通信でした」

 上官は自ら打鍵せず、基本的に通信士に任せるものだが。

 ウォルンフォラドは頬杖をついて思索する。

「……まぁ、あいつ打てるし……あの文体が、中央とやりとりのない、北の人間に書けるとは思えないしなぁ」

 正式文体だったらまだしも、あの砕けた口調では、なりすましの可能性は低い。今や名将として恐れられるウォルンフォラドをちゃん付けするのは同期の彼女ただ一人だし、それを知っているのは、普段のプライベートな会話を聞いている、ウォルンフォラドと彼女の直属の部下たちくらいのものだ。

 つまり、クウナは無事に北へ到着していて、あれは彼女の本当の言葉ということだ。さっきの文面には救助暗号も入っていない。

 考えをまとめたウォルンフォラドは大きく頷いて、通信士の前の机を指先で叩いた。

「じゃあいい。紙、置いてってくれ」

「はいっ、失礼しましたッ」

 恐縮しきった通信士は紙を置いて逃げるように去っていく。重厚な扉がゆっくりと閉まった。

 肩で鳴くフィーオの背を撫でて。

「……休暇とったことなんてねぇくせに。なにやってるんだ、クーの奴……」

ウォルンフォラドは開いたままの窓から、目を凝らして北の方向を眺めた。

2015/5/24 誤記修正

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