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Hard Days' Knights  作者: 里崎
番外編
59/73

中央州編③英雄と手合わせ


「失礼します」

元気よく声を張り上げたクウナが、両開きの扉を押し開ける。その後ろから、深く一礼したソイが続く。

「おお、よく来たな、おてんば娘」

室内からそんな声がした。ゆるくパーマのかかったブルネットの髪。浅黄色の瞳。左のこめかみから喉元にかけて伸びる、古い刀疵。

ツェードルフ=デルファンテ名大将、その人だった。

クウナがにこにこと歩み寄る。

「こんにちは、ご無沙汰してます。その節は多大なるご迷惑をおかけしてー」

えへへ、と照れたように笑うクウナに、ツェードルフはわざとらしいため息をつく。

「まったくだ。それでどうだね、北は。ワンリスはちゃんと働いているか?」

「はい、もちろん。まだドタバタしてますけど、来月には定告部隊が機能し始めますので、市井の状況も含めて、まとまったご報告ができるかと」

うむ、とうれしそうにうなずいた老いた男は、次にソイに向き直った。

「父君に、よく似ているな」

クウナの誘導にしたがって、ソイが一歩進み出て一礼する。

「お目にかかれて光栄です、ツェードルフ大将。ソイ=イソセと申します。父が世話になっております」

「はっは、可愛いげのないところまであいつにそっくりだ」

盛大に笑われ、ソイはわずかに本心を表情に浮かべた。

脇に控えていた秘書らしき中性的な顔立ちの男性が一礼して、そつのない動きで全員の前に茶を出していく。

「ありがとー」

クウナのくったくのない礼に、能面のような顔がわずかに頬を緩める。

「さて、(せがれ)殿。おぬしはどちらが得意かな」

そう言って、ツェードルフの右手が剣の柄に伸びる。左手は何かをつまむような仕草をする。

ソイは目を伏せて淀みなく答える。

「ツェードルフ殿のお好きなほうで」

「なんだ、選ばせてやろうというのに」

あ、とクウナが口を挟む。

「ツェードさん、チェスにはもう一人適任をご用意していますよ」

「ほう? それは楽しみだな」

気心の知れた相手には世辞を使わないクウナの性格を熟知しているツェードルフは、その言葉に、興味深そうに顎髭を撫でた。

「でも、彼も、ドックラー北州使節団副団長はご存知ですか? 行きの列車で、150手まで食いつきましたよ彼」

「おお、なに、あの天才に?」

身を乗り出して、日焼け顔が笑う。

「負けは負けだろ」

ごく小さく、ふてくされたようにソイがぼやく。

「それは羨ましい。あいつ、何かと理由をつけては私との対局を拒否するんだ。目上の人間に勝つのも、わざと負けるのも、失礼だと思っているんだろうな。私は気にしないと言ったんだが」

ツェードルフは立ち上がり、

「では、私はこちらを見せてもらおうか」

テラスに通じる大窓を開けた。


***


廃棄予定の武器を武器庫から運んでいた数人の騎士が、外廊の高いへりにすわって、のんびりと足を揺らすクウナに気づいて、道行く足を止めた。彼女の視線の先を辿れば、畏れ多きツェードルフ大将と見知らぬ若い騎士が対峙している。

先頭の一人が敬礼して聞いた。

「お疲れさまっす。何やってんすかクー大将」

「見てく? 今から、ツェードさんと北州の子が一戦交えるよ」

「なにその面白そうなの」

好奇心に正直な中央の若い騎士たちは目を輝かせて、持っていた古い武器を放り出して、次々にクウナの隣に腰かける。通りすがりの仲間にも声をかけ――瞬く間に集まり増えていくギャラリーに気付いて、ツェードルフがクウナに向けて苦笑する。

「おい、そのくらいにしておいてくれよ。あまり年寄りを張り切らせるな」

ツェードルフに向けて群衆が一斉に敬礼。だが誰も去ろうとはしない。

口々に言う。

「ツェードルフさんの剣がこうもじっくり見れるのはいつ以来だ?」

「夏の演武、あれは本気じゃなかったんだろ?」

「当たり前。あの人が本気出したら、一般人には何が起こってんのか見えねぇよ。息切れひとつしてなかったじゃねぇか」

「俺、大戦以来だから5年ぶりかも」

「ていうか、なにあいつ、軍曹じゃん」

ツェードルフに対面するソイの階級章を見て、一人がせせら笑う。腕組みをした隣の男が言う。

「北は昇進が遅いんだろ?」

「にしてもねー。大将、ほかに居なかったんすか」

クウナは足をぶらぶら揺らしながら答えた。

「いっぱいいるよー。順番に連れてくるね!」

「あんたが言うと、ただの友達紹介みたいだな……」

にこにこと屈託なく笑う若き大将殿から呆れたように目を離し、一同は草地の中央に視線を戻した。

ソイは二の腕の外側の筋を伸ばしながら、目の前の男を凝視していた。なぞるように思い出しているのは、汽車の中でクウナから聞けるだけ聞き出した、ツェードルフの戦い方。

おおよそ古稀(こき)に近づいた人間の肉体には思えない、均整のとれた騎士の身体が、木綿のシャツ越しでもはっきりと分かる。

そして、厄介なのが。

(……本当だな。視野、広……)

どこを見ているのか容易には追えない、特異な目の使い方。

「うむ、よし」

柔軟を終えたツェードルフはそう呟いて、ソイに向き直る。

「まずは抜いてみたまえ、(せがれ)殿」

言われたとおりに、ソイは腰の剣を抜いた。キン、という小気味良い金属音とともに銀光が走る。

その一挙動だけで、クウナの周囲が「いいねぇ」と笑みを浮かべ口々に期待を述べる。

「なかなか身軽そうですね、彼」

「うん。(はや)いよ」

ツェードルフは自身のアゴをひとつなでると、群衆の中の一人を不意に呼びつけた。ちょうど、ツェードルフの真後ろあたりにいたその騎士が目を白黒させる。

「へ、はい?」

「剣貸せ。お前のを使うとしよう」

「あ、はい、ただいま」

慌ててベルトの金具を外し始める、おそらくは自身と同い年くらいの騎士をじっと見て、彼の、あまり保管状態の良くなさそうな傷だらけの剣を見て、ソイは不満げな顔をして、ツェードルフに進言した。

「大将殿、お持ちの剣でも私は構いませんが」

「寝言は聞かんぞ。お前のそれ、」

ツェードルフの太い指が、ソイの手に握られている簡素なデザインの剣を指す。

「それがお前の最善(ベスト)だと、勘違いするほど愚鈍でもないだろ?」

叱られたような顔をしたソイは一歩下がって、北州騎士団の支給品の剣を構えた。多少の改良や修理は加えているが、騎士団入隊祝いにと父親から授かった特注の剣とは比べるべくもない。ちなみにその剣は盗難を恐れ、少尉職に就くまでは使わないと決めて実家に保管している。改革後、北州本部宛に送ってくれるようにと実家に連絡したが、急に決まった今回の中央州訪問には間に合わなかった。

「さて、行くぞ」

ソイが剣を構えたのを見て、ツェードルフのブーツが足元の草を踏みしめた。右肩を入れるようにして直線的に駆け寄ってくる。死角で引き抜かれた剣がいきなり迫る。

「……っ」

かろうじてその攻撃を弾いたソイが、噛み締めた歯の間から息を漏らす。

一歩下がったツェードルフの胸部めがけて、ソイの一撃。それは易々と弾かれ、打撃の重さに少年の身体が吹っ飛んだ。草の上を転がり、すぐさま立ちあがる。赤くなった頬をこすると、擦過傷から血の粒がにじむ。赤い唾を吐き出した少年を見て、ツェードルフがおやとまばたきをする。

「あぁ、そうだったな。――アルコクト嬢、あとで教えてやり」

「あ、はい」

何を?と訝しげな顔をするソイに、クウナが答える。

「口の中を切らない受身の取り方」

「|誤って舌を噛み切らない《・・・・・・・・・・・》、が本質だがな。すまんな、報告は受けていたんだが、その格好だとつい失念していた」

ツェードルフが気を取り直すように剣を構えなおす。そこへソイが駆け寄る。

息つく間もなくソイの連撃。目にもとまらぬ早さで繰り出される剣が、甲高い金属音を生む。

半歩下がり、息を吸って膝を緩めるなり――追撃。

クウナの斜め後ろにいた青年が、前髪を掻き上げてぴゅうと口笛を鳴らす。

「数えてなかった。13?」

「ううん、15。いつもは10くらいなんだけど、絶好調だねえ」

班長はたぶん、相手が格上のほうが燃える性分だ、クウナと同じく。

「あれ呼吸してんすか」

「してるね、半分腹式」

別の騎士が、目を細めて感心したように眺める。

「ほー。噂には聞いてたけど、北州の騎士、ホントに騎士っぽくない動きっすね」

「クー大将、彼だけが特殊ってわけじゃないんですよね?」

「うん、むしろ彼は入隊前まで騎士に教わってた人だから、型ができてるほう」

「まじすか」

皆が身を乗り出さんばかりにソイの動きを見つめる。

ツェードルフが数歩飛び退って間合いをとった。

「なるほど、速いな」

「……どうも」

「だが、軽すぎやしないか」

そう呟いた途端、ソイの左脚のふくらはぎに不意の衝撃。支えを失ったソイの身体ががくんと後方に反れる。足払いをかけられたと気づいたのは、一瞬遅れてからのこと。

そのすぐ鼻先を――風切り音を立てて鋭利な刃が通り過ぎた。青年の鈍色の前髪が舞い上がる。

数瞬遅れて、ぞっと背筋が粟立つ。

汽車でのクウナの言葉が蘇る。

『あ、あと、ツェードさんは寸止めしないから』

(……こういうことかよ)


ああ、一度、死んだ。


草の上に大の字に寝転んだまま、息を吸って。

「あーーーーー! くそ!!!」

空に向け、ソイは冷めやらない興奮のままに叫んだ。

「勝負あり、だな」

群衆の中の誰かが呟いた。それをきっかけに、倒れたままのソイに群集がわっと寄っていく。

「大健闘だな軍曹クン!」

「いやぁよくやった! あとは俺たちに任せとけ」

「おう、今日こそ必ず仕留めてやるぜ!」

有無を言わさず引っぱり起こされたソイは、ばしばしと背中を叩かれる。もみくちゃにされながら周囲を見回して、

「や、は、あの?」

誰だあんたら、という台詞だけはかろうじて飲み込んだ。彼らの帽子でじゃらじゃら揺れる褒賞が目に入ったから。

その群集を少し離れた位置で眺めつつ、ツェードルフは懐から取り出した布で首筋の汗を拭う。そこにクウナがにこにこしながら寄ってくる。男が言う。

「ふう、くたびれた。お前との一戦は次回におあずけだな」

「あ、やっぱり?」

ちょっぴり残念そうに言うクウナ。

「お前らは老いを甘く見すぎだ」

「だってツェードさんですし」

睨まれて黙る。汗を拭ったツェードルフが、もみくちゃにされているソイの元へと歩み寄る。

「善戦だったな。意図は見えるが……酷く荒い。無駄な手数が多い」

浅黄色の双眸が、傷だらけの青年を見下ろす。

「……はい」

ソイは悔しそうな表情をありありと浮かべながらも、素直にうなずく。

「ある程度は翻弄できるかも知れんが、自分より強い相手に勝てる剣ではないな。引き続き、追求したまえ」

「……はい。ありがとうございました」

かみしめるように一礼。

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