表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Hard Days' Knights  作者: 里崎
改革編
51/73

50.アルコクト改革

「……」

目を覚ましたクウナは、一人きりの部屋で、広い青空を見上げた。


***


騒がしい朝食の場で、あくびを噛み殺しながらパンをちぎるクウナの対面に、

「寝癖」

ウォルンフォラドが椅子を引いて座る。

周囲の騎士がウォルンフォラドに気づいて、立ち上がって敬礼しようするのを「いい」と諌めて座らせる。対面の少女は、パンくずのたっぷり付いた手で見当違いなところに手ぐしを通している。

「食べ終わってからにしな」

「んー」

ウォルンフォラドは冷めないうちにとスープを飲みながら、眠そうな顔の少女に目をやった。

「なんだ。元気ないな」

クウナは足を揺らしながら唇を突き出した。

「あー、相部屋に戻りたいなー」

「お前、人がすし詰めで我慢してるってのに……男どもに刺されるぞ」

「えー、ウォンちゃんが男友達ばっか連れてくるのが悪いんじゃん」

中央にあった北州騎士団関連資料にも人員構成は明記されていたから、北州騎士団には女性が少ないって知らないはずはないのに。そう言い募ると、男友達ってなぁ、とフェミニストは困惑顔でぼやいた。

「お前が良くても、他の上官は一人部屋って特権を手放したがらないだろうから、同室の相手がいないだろ」

「エイファは戻ってきても良いよって言ってくれたもん」

「そりゃまぁ、お前に対して、嫌だ、と言える新人は少ないだろ」

「違う。そういうんじゃないー」

「はいはい、わかってるよ」

クウナが時折食事の手を止めて、元G班や新人たちが集まっている食卓をうらやましそうに見つめているのを、もちろんウォルンフォラドだって気づいている。

本来、ここは上官用の食堂だが、北州の上官がほとんど処分された上に、下っ端たちの食堂が狭すぎるため、中央州の上官たちが食堂の共用を提案した。そのせいで余計に目に付くんだよな、と本来なら日常的にはほとんど接触の機会などないほど階級の離れた、そして今も隔てた位置に座る同年代(・・・)を交互に見やり、ウォルンフォラドは内心でため息をつく。

スープを飲み干すクウナの向かいでパンを千切りながら、ウォルンフォラドはあえて平坦に言った。

「諦めろ。お前だって、あいつらがひいきだといわれるのは嫌だろう? あいつらも緊張するし、な。メシと寝床くらい、ゆっくりさせてやれ」

「……わかってる、けどー」

基本的に騎士らしい割り切った考えのできる少女の、珍しく食い下がる様子に年相応の感情を見つけて、ウォルンフォラドはそっと目を細めた。

「まぁ、ほら、そのうちな。お前なら、ここのメンツもほとんど覚えるんだろ、色んな奴らと一緒に居る分には問題ないって」

中央州騎士団本部では、上官らしからぬ容貌と気さくな言動から、全く所属の関係がない下官たちともよく遊んでいたクウナだ。そのせいで、その子たちの所属する隊の中将が「とらないでくれよ?」と、まんざら冗談でもなさそうな、というか非常に不安そうな顔でわざわざクウナの執務室に言いにきたくらいだ。

クウナが死にそうな顔をしてスープ用のスプーンをくわえた。

「でもそれ、一年くらいかかるー」

「……あー」

火に油を注いだ形になったウォルンフォラドは、あわてて「俺たちがいるだろ」とか気障なことを言ってクウナに苦笑されて、直後に臨時会合の呼び出しがかかって非常にほっとした顔で逃げるように食堂を出た。


***


仕事を終えて、食堂の夕食を断って街に出たクウナは、馴染みの店の扉を開けた。

「シャヤー」

声をかけるとすぐに、店の看板娘がお盆を持ってにこにこと出てくる。

「いらっしゃいませ。皆さんお待ちかねですよ」

「…………え?」

人目につきにくい奥の席で、ひらひらと手を振っていたのは、思っていたような年かさのおじさんたちではなく――

「うわあああ」

クウナは目を見開いて、奇声を上げて、長テーブルに駆け寄った。

「なに、なぜ、なんで?」

椅子から立ち上がって敬礼をしたのは、オサム、アサト、イグヤ、キホ。彼らの後ろで、だらしなく座ったまんまのソイがぼやく。

「なんでってねぇ。毎朝毎晩、食事のたびにあんなにじろーっと見られてちゃ、俺らがハブってるみてぇ……いてて! オサムてめぇ!」

「てめぇ、はお前だよ。ほら立て」

耳を引いて立たせようとするオサムに、ソイは苦虫を噛み潰したような顔をして立ち上がろうとするから、クウナは慌てて止めた。

「あ、いいですよ、他に上官が来ないなら。むしろみんな座って」

空席は上座しか残っていなかったので、むずがゆいなぁなんて言いながらクウナはそこに座る。

ソイが言った。

「基地の外ならただの交友、誰とつるもうが自由だろ」

「そっか。そうですよね!」

ぱっと顔を輝かせたクウナは、シャヤから差し出されたお水を受け取って、飲み干して、ようやく一息ついた。

「はー。びっくりしましたよ、すごーく嫌そうな顔のリュデくんがナンパしてくるんだもん」

「え、あの人なんて?」

イグヤの問いに、ふふ、とクウナはつい思い出し笑いをして。

「眉をこう、ぎゅーっとしてね、今晩お暇ですか、ってだけ、カタコトで」

「ぶはは! 想像以上に酷かった!」

ひとしきり笑ったソイが、俺の勝ちだな! と叫んでオサムの外套のポケットに勝手に手をつっこむ。

「こらー上官の前で堂々と賭……あぁもういいや。今日は無礼講で。お招きいただきどうもありがとうございます」

クウナはぺこりと頭を下げて、それから、並んだ皿の前でいつもの笑顔を浮かべた。

「じゃ、いただきます!」


***


いつになく豪華な料理に舌鼓を打って、シャヤに色々聞いたりして、空腹も落ち着いてきた頃。

クウナは左隣の空席をちらっと見る。何か言う前にソイがクウナに聞いた。

「んで、そのリュデ少将は居残り?」

「え? 伝言だけしたらさっさとどっか行っちゃいましたけど……って、もしかしてこの席って」

「そうそう、支払い要員。逃げたか」

隠そうともせず所属の少将に向けて舌打ちするソイに、あわあわとアサトがフォローを入れる。

「あああの、違います、クウナ大将はそういうんじゃなくて、本当に一緒にご飯が食べたいねってみんな話してて、リュデ少将とも」

「え? 今日は私が払いますよー。なんか、みんなよりいっぱいもらっちゃってるし」

蒼白な顔でぶるぶると首を振るアサトと、「実際いくらもらってんの」と聞いてオサムにどつかれているソイは放っておいて。

「あ、これ聞いてみたかったんだ。リュデくんはどう?」

班を編成しなおしたとき、元G班のほとんどをリュデ少将の下につけたのは、クウナ自身だ。

既に食事を終えて食後の茶でくつろいでいたイグヤが、うーんと天井を見上げた。

「前よりちゃんと説明してから指示出してくれるようになった……って、これだとなんか偉そうな言い方か、ええと」

キホが助けるようにうなずいた。

「でも、俺もそう思うよ。この前、自主練してたら『膝が内側に入ってる』って声が降ってきて、誰かと思ったら執務室から顔を出した少将でした。びっくりして固まってたら居なくなってたんですけど」

「あはは、いいね。そういうときは『こうですか、ちょっと違いを確かめたいので手合わせしてくださいませんか』って言うといいよ。書類仕事ほっぽりだして飛んでくるから」

「ええー」

二人の半信半疑の目の前で、クウナは堂々と胸を張る。

「ほんと、ほんと、あのひと真面目に仕事してるけど、本当はただの剣の虫だから。絶対そっちのほうが優先だから。私と同類」

「……じゃあ、手合わせしてくださいませんか、クー大将」

キホから真剣な目を向けられて、クウナは二つ返事でうなずいた。

「うん。槍を返したときに言った件がまだだったよね」

「覚えて……」

連日目の回るような仕事量で走り回っているクウナだ、とっくに忘れたものだと、というか単なる社交辞令的なものだとキホは思っていたのに、クウナはもちろんとうなずいた。

「あー、やっとキホの槍が見れるのかー。ええと、明日は朝から会議やら視察やらで埋まってるから、金曜の早朝でもいい?」

「いい、けれど……そんなに急がなくても、俺はいつでも」

「だめだめ。私、来週から月末まで出払っちゃうからさ。あ、でも、ジュオさんの見送りはちゃんと出るよ」

改革時に一人突っ走ってアゴロに殺されかかり、上官側に付いたはずのログネルにかばわれ、その後、別の上官との戦闘で片腕を欠損した、という事情は既に報告を受けている。文官への転向の勧めを断り、誰の説得も効かず騎士団を辞すると断言していることも。

「どうするんだろうな、ジュオさん」

イグヤがぼやくのに、キホが答える。

「辞めた人は大抵ひとまず、近場の街で傭兵やることが多いって聞くけどな」

「向いてそう」

確かにとうなずいたイグヤが、クウナに顔を向ける。

「で、お前は来週からどこ行くんだ?」

「ちょっと中央に戻らないといけないんだよ。あ、お土産買ってくるね!」

イグヤの目が打算的に光る。

「北で高く売れるものな」

「えー。みんなに食べて欲しい菓子があるから、それにしようと思ってたんだけど」

「お前が初めのころに持ってたナイフ。ああいうのがいい」

「あれをみんなの分買ってきたら、この街に一軒家が建つよ?」

それでもムリとは言わないクウナに、さすがに心配になったキホが、イグヤの悪ノリを小突いて止めた。

「真に受けなくていいです」

「あはは。でも確かに、ここの武器庫は補充しないと。キホも、もしかして予備の槍持ってないでしょ。それとも実家にはある?」

キホは表情を曇らせる。

「練習用の継ぎ柄は何本か。でも、あれと同じように使えるものは……」

「だよね。あれ高いし。えーっと、来月までにはみんなの未払いの給金もどうにかできそうだから、そしたら整備士の師匠さんに相談してみるといいよ。あの人なら材木選びから手伝ってくれるし、大抵の型は持ってるし。とりあえず金曜は壊さないように気をつけて打ち合うしかないか」

壊すことを前提とするようなクウナの呟きに、多少なりともプライドを刺激されたキホは口を引き結んだ。

「……前に演習で打ち合ったときのこと、覚えて」

「るよー」

「あれは、『クウナ大将』の、何割くらいの力?」

はは、とイグヤが乾いた笑いをもらした。

「お前も見てたじゃん、こいつがトゥイジ元帥斬ったとこ。正直に教えてやれよクウナ、つまんなすぎて半分寝てたーって」

「茶化すなよイグヤ。分かってるけど、聞きたいんだ」

「うーん、難しいこと聞くね、キホ」

クウナは通りがかったシャヤを引き止めて、お茶のおかわりを頼んだ。気安い返事をしたシャヤは、空の食器を手早く下げていく。それを見送ったクウナは、また二人に真剣な顔を向けた。

「例えば、私はキホたちと手合わせするほうが、ウォンちゃんたちと打ち合うよりも消耗するよ。言い方が悪いかもしれないけど、『手加減』って一つの技術だから。ほら、極端な例だと、それだけ苦手なリュデくんがいるように。逆に、アサトさんみたいに、そうと意識しないでできるタイプのヒトも居るし」

名前を呼ばれたことに反応して、他の話に混じっていたアサトが顔を向けた。

クウナは満面の笑みで背もたれによりかかって、腕を組んだ。

「我ながら、アサトさんとリュデくんの組み合わせはベストだったと思うんだよねー」

均等になるよう班員を割り振ったはずが、リュデの班だけめきめきと成長株を輩出し始めたことは、リュデのことを指導力不足と侮っていたほかの上官たちにとって結構な衝撃だったらしい。ことあるごとに、他の班の上官たちが話を聞きたいと集まっているのを見かける。馴れ合いを嫌うリュデは嫌そうな顔をしているが。

その恩恵を受けているイグヤたちは、そのおかげで今日も満身創痍だけど、不平不満の一つも口にすることはない。

ただ、クウナの言葉にきょとんとした。

「あれってお前が割り振ったの?」

「草案は中佐たちに作ってもらったけど、口出しはしたよー」

元々、リュデくんは実力派だ。加減が苦手な上に、言葉で説明するのも上手じゃないから、今回の件で大きく昇進したアサトさんを補佐役として付けた。アサトさんの、本当に危険な場面を誰よりも早く察知し、更に割り込んで止められる実力は、ここ騎士団ではかなり重用される。

「でも、正直、二人がかりの今の状態はもったいないので、もうちょっとしたらアサトさんにも独立して指導教官やってもらうつもりです。そしたら効率2倍」

軽く言ってVサインを示したクウナの言葉に、アサトが頓狂な声をあげた。

「うええええ、だ、だってそれって中尉レベルの仕事……」

「うん。アサトさんならすぐですよね」

アサトの剣の腕を良く知る、他でもない大将に断言されて――絶句して白目を剥くアサト。

その青年に、ちなみに、とクウナは指を立てて聞いた。

「アサトさんは『手加減』ってどうやってます?」

「ぼ、僕はいつも全力でどうにかしようって、だから、」

「ほら、常時十割。でも、キホが聞きたいことはそういうことじゃないよね。要は、手加減しない状況下でどの程度の差があるかってことか」

シャヤが人数分のお茶のおかわりを持って現れた。

「ありがとシャヤ。はー、あったまるー」

黙り込んでいたキホが、「分かった」と言った。

「俺とソイ班長、二人がかりで対抗する」

「おいおい、遠慮ねぇな」

「このヒトに対して、そんなもの、いらないだろ」

うん、とクウナもうなずいた。

「そんくらいでちょうどいいかも」

その言葉に、少し離れた位置にすわっていた班長が反応して、指を鳴らして身を乗り出してきた。挑発されたと思ったのか、興奮しきった顔でまくしたてる。

「よしきた、夜通し作戦練るぞ。呼べる奴全員呼んでありったけ考える。いっそのこと演習場に落とし穴でも掘るか」

「それでなにになるんですか……」

呆れ顔のキホ。

「……ん?」

そこでふと、クウナが入口のほうに顔を向けた。

「ちょっと待ってて!」

急に席を立って店から飛び出した。

首を傾げる皆の前にすぐに戻ってきたクウナは、両腕に一人ずつ人間をひっぱって来た。

「なん……」

顔を上げた人から順に、しまいには全員が席を立って、敬礼の姿勢をとって固まった。

なぜか勝ち誇ったような顔のクウナの、左腕に捕まえられていたウォルンフォラドが、皆の反応を見て困ったように同僚をつついた。

「ほら、クー、やっぱり俺はお邪魔だって」

「えー? あ、そっか、ウォンちゃんが来る前だったから聞いてないんだよね。あのね、みんなウォンちゃんと話したいって言ってたんだよ。はい、座って!」

「……言ったけどもさ……」

顔をしかめてイグヤがぼやく。間違ってもこういう意味で言ったのではない。いつ死ぬかも分からない緊迫した状況下で、夢を見るくらいはいいだろうと、幼い頃からの憧れと願望を口にしたにすぎない。

「ほら、トララードさんも!」

クウナの右側の青年も、ああ、ととても小さな声をだした。完全に人見知りしているが、そんなことを気にするクウナではない。

手早く椅子を引き寄せて席をつくると、ウォルンフォラドとトララード、それから彼らが連れてきていた部下たちを、鮮やかな手並みで座らせて、シャヤに追加の注文をした。


***


それから数刻。

意気投合したらしいウォルンフォラドとソイとトララードが、隅の席で額をつき合わせて熱心に(おそらく戦術的なことを)語り合っているのを眺めて、なんだこれ、とイグヤがぼやいた。

「エイファが来てたら卒倒してたろうな」

そうだね、とクウナがうなずく。

「全員快復したらその祝いにまた開こうか。今度はこの店を貸しきって。ねぇ、いいよね、シャヤ」

「ええ。毎度ありがとうございますっ」

そのやりとりを聞きつけたウォルンフォラドが、テーブルに広げていた戦略図のようなものから顔を上げた。

「貸切って、お前まさか元帥もお呼びする気か」

突然の名前に、場がざわめいた。クウナはあっさりうなずく。

「うん。あ、ドックラーさんとメイドさんにもお世話になったし……リュデくんと同期のみんなと、時間をちょっと早めて、ミンリオとカナフェも呼ぼうか」

ざっと数えたトララードが、「大所帯ですね」と店の容積と見比べる。ううむ、とクウナが悩ましげに腕を組んだ。

「何回かに分けなきゃだめかなぁ……中央だったらホームパーティーっていう手があるんだけど。あっそうだ、ハンちゃん家は?」

タイミングよく店に入ってきて、騒がしい店内を忌々しそうにのぞきこんできた華美な装いの青年に、クウナは座ったままの椅子の上から、のけぞるようにして聞いた。

「は? 何の話だ、というか何の騒ぎだこれは!」

クウナが答える前に、素早く飛んできたウォルンフォラドが青年の前にひざまづいた。天下のウォルンフォラド中将が低頭する珍しい姿に、すでに店をほとんど占拠していた騎士たちのバカ騒ぎが一気に静まる。衆人環視の中、ウォルンフォラドがことさら穏やかな声で告げた。

「ご無沙汰しております、ハンティーザ公爵」

顔を上げた青年に見覚えがあって、ハンティーザは驚いて一歩さがった。

「ウォルンフォラド! お前まで北に来たのか!」

「はい。来週の頭にでもご挨拶をと思っていたのですが。……って、まさか、クーが来ていたこと、ご存知で?」

眉を寄せたウォルンフォラドの表情を自分に向けたものと勘違いしたハンティーザが、ざっと青ざめてクウナを指さすと、悲鳴じみた声で叫んだ。

「そ、それはっ、だってっ、アルコクトに脅されて!!」

「脅……って、クー、お前な!」

ゴツン、と遠慮のない拳骨が一つ。

クウナは避けも言い訳もせずにそれを受け止めてから、席を立ってハンティーザの前まで歩いてゆき、

「大変失礼致しました」

腰を丁寧に直角に折って、これ以上ない謝罪の礼をした。

「え、い、いや……」

いくら身分のあるものと言えど、まだそこまで執務に関わらず遊び歩いている若い青年は、初めてされた丁重な礼に酷く動揺して、まばたきをくりかえして、ただおろおろした。

顔をあげたクウナは、すぐにいつもの快活な笑顔を彼に向ける。

それから、ウォルンフォラドの胸をドンと叩いて、通り過ぎざまに「ありがと」とささやいて、店の厨房のほうへと消えた。

事態についていけず固まるハンティーザの前で、

「……まったく、わきまえすぎだっての」

ウォルンフォラドは頭を掻いて苦笑した。さて、と周囲を眺めて。

「ところで、ハンティーザ様、本日はお一人ですか?」

「あ、ああ、雇いの騎士は向かいの店に」

「そうですか。よろしければ、私たちと一緒に――」

ウォルンフォラドが言いかけたところで、クウナがシャヤと手をつないで、ぱたぱたと戻ってきた。

「ハンちゃんハンちゃん!」

「ハンちゃん言うな!!」

反射的に噛み付くように返したハンティーザに、すっかりもとの調子に戻ったクウナは、今日もお構いなしにシャヤを押し出し。

「シャヤ借りてきた! 今日はもう上がっていいって。残ってる客はほとんど私たち騎士団だし、今日は私ら無礼講って決めてるから。シャヤ、もう接客しなくていいからね。ほら、ここで一緒に食事しよう」

「え? へ?」

固まる二人を、有無を言わせず向かい合わせに座らせて、

「なんか適当に作ってもらってくるね~」

厨房に向かうクウナに、シャヤが慌てた。対面のハンティーザを直視して真っ赤になって、席から腰を浮かせる。

「あああの、騎士さん、じゃなくって、えっと!」

そういえば名前を教えてなかった、とクウナは思い出す。

「クウナ! クーって呼んで!」

「えっとクーさん、私、お料理しないと!」

「大丈夫!」

自信満々に返ってくる謎の断言。

どうしようか、とシャヤが周囲を見回すと、なじみの客たちが「毎日頑張ってるんだし。たまにはいいさ、座ってなよ」と優しい言葉をかけてくれる。

「こういうのも新鮮で面白いな。なんか食いたくなったら自分で取りに行くよ」

「え、で、でも」

そういわれて一応は座ったけれど、自分の店なのに、居場所がなくってシャヤは落ち着きなくそわそわする。対面で似たようなことになっているハンティーザを気にしている余裕はない。一方の青年も、なにを話すべきか、と突然の降って沸いた好機にうろたえていた。

そうこうしている間にクウナが戻ってくる。両腕に持った大量の皿を、慣れた様子で、適当なテーブルに手際よく配っていく。手伝おうと寄って来た部下をあっさり言いくるめて座らせて、

「お待たせー」

シャヤたちの前にもやってきて、湯気の立つ料理を並べた。すぐ隣のテーブルに座っていた騎士が、給仕するクウナに気づいて、うげ、と変な声を出した。

「やめてくださいよ、クーさんの料理ひどいんですから」

シャヤお手製のスープを絶賛しながらじっくり味わっていたウォルンフォラドの部下、フェルだった。

「大丈夫だって。私は配膳だけ。厨房にはカロとキホを投入しといた」

「あぁ……カロの野郎が行ったんなら万全ですね」

「でも、こっちの食材はわかんないって言ってたから、さっき意気投合してたキホと一緒に、あ、キホっていうのは」

「存じてますよ、貴女の『同期』でしょ」

「そうそう」

そこで、奥の席から呼ばれて、クウナは足取り軽く飛んでいった。

頭上で交わされていた二人のやりとりを眺めていたシャヤは、まばたきをひとつ。

よし、と再びスープに向き合おうとしたフェルは、隣席のお嬢さんの視線に気づいて、けらけら笑いながら説明した。

「お店、めちゃくちゃにしちまってスンマセン。あの人いつもああなんすよ」

「え、ええ……? あの、でも、いつも来ていただいて」

ちょっと前まで、シャヤはクウナのことを、とても大人しい、落ち着いた騎士さんだなぁと思っていた。うつむきがちに、小さく笑う人だなと。横暴だったハンティーザを諌めてくれた日はちょっと雰囲気が違っていて、あれ?っと思ったのはそこからだ。そのあとしばらく来ない日が続いて――帽子をかぶらずに現れたあの日から、人が変わったように明るい声を出すようになった。

ああ、とフェルの対面で雑穀の粥をほおばっていたコモが、店内をぐるりと見回した。

「確かに、あの人の好きそうな店すね。店も人も明るくて」

思わず、ありがとうございます、とシャヤは頭を下げた。

それで嫉妬したハンティーザに睨まれるが、身分になど特段興味を持たない屈強な騎士2人は意に介すことなく、快活な看板娘との会話を楽しんだ。

大体、フェルもコモも、ハンティーザを世話するウォルンフォラドの後ろに何度もついていたから、直接話したことはないにせよ、ハンティーザのことは小さいときからよくよく見知っている。いっちょまえに市井の娘に唾つけやがったか、などと思っている。要するに、普段は敬わなくてはならない貴族の坊ちゃんをからかう格好のネタを見つけたから、ただ遊んでいるだけ。

わるい大人だ、と彼らの部下が、近くの席でため息をついていたのにも気づいていたが、もちろんそんなものは無視するに決まっている。

「でも、カロの料理は食べてみる価値ありますよ。首都の老舗料亭を何軒もたたませた上、王族の専属料理人の打診を二つ返事で断って、大好きなクウナ大将にバカみたいに尽くしてる、大馬鹿者です」

「まぁ……」

すごい、と驚くシャヤを前に、二人の騎士は渾身のドヤ顔をハンティーザにお見舞いした。これにはさすがに青筋を立てた部下が、ブーツをはいた爪先で二人の脛を蹴った。

いてて、と笑ったフェルは、疑問符を浮かべたシャヤになんでもないと手を振って。

「ちなみに、クーさんの料理は食えないことはないけど、どうにも大味なんすよねー。前線なら食うけど、何でも選べる平時に、進んで食べたい味ではないというか」

「カロがどんだけ懇切丁寧に教えても、なーんも変わらねぇんだから、あれは一生あのままですね。カロだけが美味そうに食ってればいいと思うわ」

そこまで言うと、なにか思い出したらしい二人が、顔を見合わせて同時に笑い出した。近くに座る数名も肩を震わせている。


やがて、この店が北州騎士団本部行きつけの店になり、元帥までもが気軽に顔を出し、「騎士の階級に関係なく、市民とも自由に交流できる、開かれた場」として発展して国内外で有名になるのは、そう遠くない未来の話。

そして、のちにスカラコット国北州騎士団の『黄金期』と呼ばれる繁栄の時代の幕開けとなる、これら一連の出来事は、『黎明』『アルコクト改革』という名を冠してスカラコット国立騎士史の一ページに刻まれることとなる――


黒髪の少女が、なみなみと注がれたグラスを手に、元気よく立ち上がる。

「はい、じゃあ料理も主賓もみんな揃ったことだし、改めて――北州騎士団の誇り高き理念と、みんなの頑張りの勝利に、乾杯!」

盛大な歓声や笑い声とともに、そこかしこでグラスが打ち付けられた。


――立役者、クウナ=アルコクトの名とともに。

挿絵(By みてみん)

<完>



Hard Days' Knights、これにて本編完結です。

タイミングよく50000PVも達成です。

閲覧いただいた全ての皆さまに感謝を。感想など聞かせてもらえると嬉しいです。


御礼絵は2枚。

中央州最強コンビ。貴族や王族のウケも上々。

挿絵(By みてみん)


剣術演習かなんかで負けてふてくされるイグヤを宥める役はキューナからエイファに。派遣したのはたぶんキホ。

挿絵(By みてみん)


御礼アンケートへの投票ありがとうございました!コメントも死ぬほど嬉しかったです!

投票結果(2015/12/19~2016/1/17)

・キューナ絵:5票

・エイファ絵:2票

・そんなのいいから続きを書け:4票

・ウォン絵:1票

・イグヤ絵:1票


引き続き番外編もどうぞ。

主に、その後の話。進展なくだらだらと続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=571044639&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ