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Hard Days' Knights  作者: 里崎
試験編
5/73

4.二次試験

戦闘シーンと残酷・流血描写があります。残酷シーンは短いですが、ゲスいです注意。

これ序の口です。今後増えてくるので、これで挫折した人は本作の閲覧をやめることをオススメします。

 キューナがイグヤとキホの元に戻ると、追いついてきた後方集団が既に揃っていた。

 それと一緒に、見知らぬ群衆が待ち構えている。

 年の近い騎士たちだな、とその顔ぶれを見回していると、そこにリュデが現れる。

「二年めと打ち合え」

 それきり言って黙る。隣の中尉が慌てて説明を補足する。

「使う武器は木刀。真剣の使用は禁止。それから、二年めは利き目を覆うこととする」

手に持っていた短冊状の布を持ち上げてみせる。

イグヤがげんなりして小さく呟く。

「あんだけ走ったあとに……日を改めるとかいう発想はないんか」

「――なら消えろ」

 前に立っていたリュデがいきなり、温度の感じさせない声で言った。周囲が一斉にイグヤを注視する。

 リュデの気迫に動けないでいるイグヤ。

 興味を失ったかのように視線を外すと、リュデはさっさと木刀を取りに行く。

 キューナは、唇を尖らせて独り言。

「リュデくんの地獄耳め……」

 途切れていた中尉の説明が続く。

「1人あたり3分間。終了の合図までまともに立ち合うか、二年めを負かした時点で合格とする」

 それから、中尉は二年めに顔を向けて。

「えー、五人以上合格させた二年めには、あとでそれなりの措置を、とのことだ」

 二年めの顔が一斉に強張った。手加減してもらえそうにないな、とキホが呟いた。

 直後、キホが呼ばれた。健闘の挨拶を交わし、誘導されるまま、演習場の西側に向かっていく。

 周囲で打ち合いの音が鳴り始める。

 キューナはそわそわしながら周囲を見回した。

 中尉がバインダーに目線を落とす。

「次ッ。えー、キューナ=ルコックド」

「はい」

 笑顔で進み出るキューナ。かたわらで様子見に徹していたリュデの眉がわずかに寄ったが、誰も気に留めるものはいない。

「ええー、では、右奥の」

 中尉の言葉を、不意に上がったリュデの右手が遮った。反射的に背筋を伸ばす中尉の耳元で、近寄ったリュデが何事か呟く。

 キューナの耳には届かなかったが、誘導役の男はハッとなって上司を振り仰ぐ。二人は二言三言交わしたのち、中尉が手元の細長い布を差し出して恐縮したように頭を下げた。リュデは布を一枚取ると、興味を失ったかのように背を向けてさっさと歩き出す。

 中尉はすばやく顔を上げてキューナを呼び、変哲のない黒髪の少女を好奇の目で見てから、右腕を伸ばした。

「あっちだ――北側へ」

 示された一角は、多くが打ち合い始めているひらけたほうではなくて、建物の影になっている狭い壁際だった。その少し目立ちにくい空間の中央あたりに立ち止まったリュデが、振り返ってまっすぐにキューナを見ている。

 何人かの二年めが気づき、青い顔でざわめいた。

「リュデ少将がじきじきに……?!」

「あいつ死ぬぞ」

「お、おい、やめたほうが!」

「大丈夫ー」

 後ろからのイグヤの声に軽い返事をするキューナ。続いて呼ばれたイグヤが、荒っぽい返事をして遠ざかる。

 キューナがリュデの元に着いたとき、リュデは持っていた二本の木刀を地面に突き立て、両手で顔の前に布を広げているところだった。

「あ、それ、私が巻いてもいいですか?」

 キューナが声をかけると、リュデは手を止め、布を投げてよこした。

 少し離れたところで、誘導役の中尉がものすごい剣幕で指示を出している。それに背を向けて、キューナは受け取った布の真ん中に隠し持っていたナイフの先をそっと突き刺した。質のよいナイフは音もなく繊維を切り裂く。

「しゃがんでもらっていいですか」

 キューナは鼻歌交じりにリュデの背後に回りこむ。リュデの右目が一瞬、闇に覆われ、すぐにまた明るい視界を取り戻す。後頭部で布を結び終えたキューナが「できました」と遠ざかる音がする。リュデはそちらに木刀を投げた。それは笑顔のキューナが伸ばした手に収まる。

「ありがとうございます」

正対して構えて、キューナはにこりと笑ってみせた。

「貴方と打ち合えるなんて嬉しいな。――よろしくお願いします」

左右のわざめきにほとんど掻き消されたその言葉に、

「……ああ」

酔狂だな、とリュデは呟いて、木刀を斜めに構えた。

 軽やかな足音がリュデに近づき、ぶつかった木刀同士が鈍い音を立てる。識者には、周囲と一線を画する質の、相当な負荷がかかっているとすぐに判断できる音。

 数回、互角に打ち合ったのち、間合いをとる。

 リュデは、切られた布の隙間からわずかに右目を開けて両目で前を見た。正面に立ち剣を構える黒髪の少女の左目は、固く閉じられている。

 やはりな、とリュデの口が音もなく動いた。見た目にそぐわぬ無茶苦茶な実力は健在。切り開けた布を利用しようとしないリュデの様子を見てとり、対等のハンデを自らに課す真正面さも、その頑固さも、依然として健在。

 打ち合い終了の合図が鳴り、二人は同じタイミングで剣を下ろした。

 温度の感じさせない声で、リュデ少将が定型文を口にする。

「……おめでとう、合格だ」

 キューナはにっこり笑って答えた。

「ありがとうございます。――当然ですよ」

 最後に小さく呟いた声は、一切の表情を変えることなく出たせいで、リュデ以外の誰にも届かずに消える。

「集合ッ」

 中尉の声に、演習場に散らばっていた者達が迅速に集まる。一番遠くにいたキューナは群集の一番後方で、前の上官たちの顔が見える隙間を探して立ち止まった。

「これにて試験を終了する! 合格者を担当した2年めは、上官殿の挨拶が終わったのち、合格者を副宿舎の食堂に案内し――」

「納得いかねぇ! こんなの不公平だ!」

 全員の視線が、そう叫んだ短髪の青年に集まる。青年は、先の打ち合いで負傷したらしい左肩を押さえている。

 上官の一人が、青年に向かって一歩踏み出して言った。

「覚えておけ。ここでは上官が絶対だ」

 鋭い声と一睨みで黙らされる。だが、自身を奮い立たせるようにか、青年が反骨的な目を上官に向けたのがいけなかった。

 上官は滑らかな動作で剣に手を伸ばす。

「そうか、そんなに斬られたいか」

つかつかと歩み寄ると、

「走路を逆走する奴もいれば、試験結果に不満を言う奴もいる……」

青年の胴を横薙ぎに蹴り飛ばした。決して軽くはなさそうな大柄な体が吹っ飛んで、少し離れたところに落ちる。草を踏みしめ、ゆっくり歩み寄る上官の足音が、いやによく聞こえる。

 誰も動けない。

「まったく、最近の民衆の退廃ぶりは嘆かわしい限りだな」

 青年がうめき声をあげた。額から一筋の鮮血を流しつつ、身を起こそうとして――

「誰が顔をあげていいと言った」

「ぐっ……!」

青年の頭部は、上官の軍靴に遠慮なくふみつぶされた。砂利が青年の頬と触れあって音を立てる。

こめかみの上にある上官の足首を掴もうととっさに伸びた手は蹴り飛ばされ。

「……!」

大尉がおもむろに剣を抜いた。

 ――耳をつんざくような悲鳴。

よく使い込まれた酷く鋭利で物騒な金属は、青年の右手の甲を遠慮なく貫通し――地面に縫いとめた。

「動くな」

 つまらなそうに上官は言う。上着の下から取り出した煙草を悠然とくゆらし始めた。赤い灰が次々と青年の上に落ちる。その度に短い悲鳴が上がる。


 ――まずい、大尉の機嫌を損ねた。

 先輩の誰かが小さく呟いた。


 青年の頬の上に火のついたままの吸殻を落として、上官は剣を抜いた。

 絶叫。

 血液のこびりついた金属が、降り注がれる日の光をぎらぎらと反射する。

 それを――今度は、足元の青年ではなく、近くの2年めに向けて。

「連れてけ」

 その一言と、顎での合図。

 2年めの騎士二人は青ざめ、迅速に行動した。うずくまる青年は髪をつかまれ引きずられ、半狂乱になって悲痛な叫びをあげながら、かたわらの小屋へと連れて行かれて見えなくなる。

 キューナは首を動かさず目だけで静かに周囲を見回した。青ざめ絶句する新人たちと、目をそらすだけの先輩たち。

 おそらくいつもの光景なのだろう。

 寒さに赤くなった頬を、冷や汗が伝う。

(……これは、根深い……思ってたより)

 中央州騎士団本部は楽天的過ぎたかもしれない。クウナ=アルコクト一人の数ヶ月の視察だけで、このすさんだ現状を全てどうにかできる、なんて。

 手に持った木刀の柄を、強く握っては放すを繰り返す。小屋の中から、かすかに聞こえるくぐもった悲鳴。その鋭さに、反射的に何人かの肩がこわばるのが見える。

 ……あの一人をあの場所から出すだけなら、この木刀とナイフだけでもどうにかできなくはない。ここが敵地ならば迷わず動いている。

 だけど。

 今、動いたとして、おそらくまずキューナに立ちはだかるのは命じられただけの下っ端、悪くない子たちだ。若く経験の浅い彼ら。中央州騎士団本部所属の中将とのレベルは比べるべくもないけれど、治るような怪我だけでこの人数を済ませられるほどは、弱くない。彼らを一人も殺さず、一人で切り抜け、五体満足のまま奥の彼を助け出し、そのあとこの兵舎で暮らしていくなんて――無理だ。敵の数はそれこそ無限。

 クウナ=アルコクト中将に、そこまでの技量は、ない。

 いくら前線で活躍したって。皆が羨むような褒賞を得てきたからって。これまでの訓練を嘆いたって。

 今、キューナは、こんなにも無力だ。目の前の理不尽な暴力ひとつ、止められない。動けない。

 こみ上げる苛立ちと悔しさに、キューナは知らず歯噛みする。

 本当に、根深い。

 これを根本からどうにかするには、一体どのくらいかかるのだろう。その間に何人が――

 キューナは俯いたまま立ち尽くす。

 聞こえてくる悲鳴に、脳が乱暴に掻き回される感覚。視界が赤い。本能的な嫌悪と焦燥。

「……」

 前方で中尉が声高に説明を続けているが、全く頭に入らない。キューナは俯いたまま、数歩下がって集団から離れた。息を潜め、

 ――と。

 目の前に、使い古された軍靴が立ちはだかった。

 キューナは顔を上げる。

「リュデく……少将」

 リュデはキューナの、木刀を握った右手をじっと見ていた。一瞬で臨戦態勢に変わる持ち方の、その指先を。

 キューナは正面からリュデを見上げた。その表情の変わらない顔に、キューナははっきりと問うた。

「……助けないんですか」

 リュデ=ロースタス少将。中央州騎士団・北州騎士団でその名を知らぬものはいない、名だたる少将ならば、あの大尉の気まぐれを止めることは可能でしょう――。

 そう言い含める。

 リュデもまた、正面からキューナを見下ろして、はっきりと答えた。

「何の意味がある」

 キューナは呆然と、まじまじと、精悍な顔を見た。正気とは思えなかった。かつて戦いをともにした、目の前の戦友の言葉を信じたくなくて問い募る。

「……騎士団は、人命を救うためにあるんじゃ、ないんですか」

「珍しい、モラリストだな」

 リュデは目を細めて、黒髪の少女を見下ろした。

「あれだけ現実を見ておいて尚、学舎の教官のようなことを言うとは」

「……あれを、見てきたから言えるんです」

 二人の中に浮かぶ共通の景色。爆音と悲鳴にまみれた、血塗られた光景。数多の人間が無意味に死んでいく最前線の戦場。

 リュデが、キューナから目をそらして肩をすくめた。

「暴力は暴力だ。人を殺す力しかない。それを鍛えるためだけに、ここにいる連中は、ここにいる」

 そんなことない、とキューナは首を振った。

「……だって、人を殺すのを止める力も、同じ力ですよ」

 理解できないというように、リュデは切れ長の目を閉じた。

「騎士は、戦場で死ぬか、演習で死ぬかだ。それだけだ」

 そう言って前方へと向かう背中を、キューナは黙って見送るしかなかった。

 既に静まり返った小屋を視界の端に捉えて。

 なすすべもなく、両肩を震わせて。


挿絵(By みてみん)

2015/5/24 誤記修正

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