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Hard Days' Knights  作者: 里崎
改革編
46/73

45.再戦(前編)


来賓の準備を終えて基地に戻ってきた上官たちが、数分の遅れを謝罪して席に着く。「今後の改革について話をする」というトゥイジの指令により会合室に集った北州騎士団本部の上官たちに、まずトゥイジは先ほどの顛末を――ごくかいつまんで――話した。

「下っ端が大規模な反乱を起こそうとしたため処分した」

とだけ。

その場に居なかった上官たちは、先ほど通りかかった鮮血の飛び散る無人の演習場と、廊下ですれ違った、いつになく怯えた様子の少年騎士たちを思い返し、あっさりとその話を鵜呑みにした。

トゥイジが悠然と腕を組んで、珍しく上機嫌に口角を上げる。

「問題はない。事態はつつがなく収束した」

「は。さすがはトゥイジ元帥」

「世辞はいらん」

さて、とトゥイジが本題を口にしようと息を吸ったところで、

――バン、とノックもなく扉が開く。

突然の乱入者に顔を強張らせて、上官たちは豪華なハイバックチェアから腰を浮かせ、剣に手をかけた。

開かれた両開きの扉の先には、見慣れぬ隊列がずらりと並ぶ。その先頭に堂々と立っているのは、二人の年若い騎士。向かって右側――血と泥にまみれた隊服をまとう満身創痍の少女が、扉を蹴り開けた足を上げたまま立っていた。


挿絵(By みてみん)


ゆっくりと室内を見回した少女は、音もなく足を下ろすと、従順な敬礼をして「報告します」と張りのある声で告げた。

その言葉に、室内の大半の人間は「なんだ伝令か」と表情を少し緩めて席に座りなおそうとして、

――そして、気づく。

トゥイジ元帥とその周辺、先ほど演習場での騒動に参加した人員だけが、依然として戸口を凝視したまま固まっていることに。

彼らの動揺しきった視線の先で、黒髪の少女は黙したまま敬礼を下ろした。そして、ぎょっとするような喜色満面をいきなり浮かべて、続けた言葉は通常の報告用の名乗り口上よりも随分と長ったらしく――

「北州騎士団本部所属キューナ=ルコックド二等兵、改め、スカラコット国中央州騎士団本部クウナ=アルコクト中将が申し上げます」

「ア、アルコクト中将……だと……?!」

はっきりと聞こえた英雄の名に――やはりか、と先ほどの騒動を見ていた一部の上官たちは、傷だらけの少女を見ておののいた。

にわかに騒然となった部屋を諌めたのは、よく通る声。

クウナの横に立っていた金髪の青年が、つかつかと靴音を鳴らして部屋の中央まで歩き、手にしていた書類をちょうどトゥイジの前になるように広げて置いた。

羊皮紙の端がひらりと舞う。

「スカラコット国中央州騎士団本部、ワンリス大将の権限委任により――これより、北州騎士団本部の全権は一時的に私、ウォルンフォラド=トーミス中将と、クウナ=アルコクト中将の支配下に置く」

顔を見合わせあう上官たち。倍以上の体格のある彼らを一人ひとり指さしつつ、黒髪の少女は室内に居る全員のフルネームと階級を、よどみなくそらで言い終えて。

「ご苦労であった。――以上58名、本日を以って、スカラコット国北州騎士団本部での職を解任する。あぁ、解任の後に、相応の処分を用意しておくので、そのつもりで」

高飛車に言ってのけ、獣のような好戦的な目を室内に向けた。少女の嘘みたいな言葉だけでは動じなかったかもしれない上官たちはだが、彼女の背後にずらりと並ぶ、精悍な顔つきの隊列に向けられていた。先刻汽車で到着したばかりの、選りすぐりの中央州騎士団の騎士たちが、出口を完全に封鎖している。

上官たちのどよめきが更に広がった。青い顔の一人が慌てて叫んだ。

「ま、待ってくれ! 俺は無実だ、何もしてない!」

クウナが彼を見て、あれ? と不思議そうに首を傾げる。

「あの葉巻の密輸はどう言い逃れするつもり? 証拠が見たいなら、信書の原本、部屋から取ってくるけど」

クウナのけろっとした返答に、衝撃を受けて押し黙る。逃げ道を探す卑しい両目がひっきりなしに左右に動く。

「そ、その件なら、部下が勝手にやったことだ! 俺じゃない」

「うん、実行犯はね。キミが脅したんでしょ」

クウナはええと、と呟きながら周囲を見回し、別のやせこけた顔の男を指さす。

「まぁ何割かはそっちの彼に横流しされちゃったようだけど。恋人を人質にとって」

「な、なぜそれを……」

「見てたもの」

天井裏から盗聴していた脅し文句をべらべらと一字一句違えることなく復唱すれば、男二人は青かった顔を今度は真っ白にして唇を震わせた。

「他になにか言いたい人は?」

苦し紛れの反論を丁寧にけれどことごとく看破する少女に、上官たちは全ての姦計が既に中央に把握されきってしまっていることを、愕然と思い知る。

「く、この、小娘が……!」

顔を赤くし剣を抜いたアゴロが、突然駆け出してクウナに斬りかかる。

「よっと」

クウナの隣にいたウォルンフォラドが、それを片手でひっくりかえした。

「ぐあっ」

アゴロの小さい手足がすべて上を向き、間抜けな声をあげて背中から床に落ちる。

その一連の騒動に沸き立ったのは北州騎士団の上官側の面々だけで、ウォルンフォラドの背後に整然と並ぶ隊列は、一切の表情を変えず、微動だにしなかった。

それは、クウナが前に立つものとして軽視されているのでも、一瞬のことで動けなかったというのでもなく――まるで、出る幕もないとわきまえているかのような様子。

会合室の大広間に、じわりと沈黙が広がる。

クウナの笑顔が室内を見回し、ウォルンフォラドとトゥイジの視線が交錯する。

涼やかな表情のウォルンフォラドを前に、ぎり、とトゥイジが奥歯を鳴らし――

「侵入者だ! 騎士を集めろ!!」

覚悟を決めて、全てを懸けて、そう叫んだ。

「……まぁ、こうなりますよね」

クウナとウォルンフォラドが口に出さずにいた呟きを、彼らのすぐ後ろにいた軽口担当がぽつりとこぼす。

それを掻き消すかのように、そうだ、と北州の上官たちが次々に叫ぶ。

「ひるむな! 数は少ない!」

「挟み込んで潰せ!」

北州の上官たちと警備兵たちが一斉に剣を抜いた。

定石外れの指示に、ウォルンフォラドがぎょっとなる。

「え、ここで?! もう、ムチャクチャだなぁ」

慌てたように応じながらも、その顔には余裕のある笑みが浮かんでいる。その隣のクウナがにやにや笑う。

「あー、これ一ヶ月ずっと言いたくてたまんなかったんだよね。――そうなんだよ、分かっていただけて何よりです」

ウォルンフォラドがため息をつき、次の瞬間には真剣な表情に戻って指示を飛ばす。

「コモ! フェル! お前らは外に出とけ!」

「「はッ」」

出口付近にいた2隊は、回り込もうとした警備兵たちを切り倒し颯爽と廊下を抜けていく。

「追え! 逃がすな!」

警備兵たちが追う。

トゥイジが固い声で命じた。

「すぐに正門を閉めろ。通信室も封鎖しろ!」

「はいッ」

脇に控えていた伝令が慌てて駆け出す。

「おい、まずその女を殺せ!」

トゥイジがクウナのほうを向いて言った。露骨な指示に、中央側の若い騎士がかっと顔を強張らせる。

クウナの近くに立っていた北州の上官たちが剣を抜き、我先に手柄をと、わっと押し寄せ――


弾け飛んだ剣が天井に突き立って、ビィィン、と振動した。


仁王立ちで立ったままの笑顔の少女。少女の前に立ちはだかっているのはたった一人の騎士。そして、血を流して倒れている数人の上官。

立ちはだかっている騎士が、固い声で問うた。

「ご無事ですかアルコクト中将」

「うん、ありがと」

続いて、数人が束になって剣を振り上げ駆け寄ってくるのに――クウナは数歩、斜め後ろに後退する。左手で抜いた剣を、背後の窓枠に大胆に突き立てて。

「飛ぶよ、カロ」

「え? へ?!」

「下で合流! あとでねウォンちゃん!」

窓枠に飛び乗り、外れた窓を蹴り飛ばす。クウナはほぼタックルのような動きで、一人の騎士を抱えるようにして、外に飛んだ。

ひらり、とカーテンの裾が間抜けに揺れる。落下につれて小さくなっていく、高所恐怖症の男騎士のなさけない悲鳴。

ウォルンフォラドは眉間にしわを寄せ、額に手を当てた。

「ムチャしやがって……。くそっ、追うぞ!」

ウォルンフォラドが先陣をきって剣を抜き――部屋を突破して廊下を駆け出すまでに、そう時間はかからなかった。


***


一方、階下。


「よ、よかった……」

うず高く積まれた寝藁の上に横たわったまま、ぜぇ、とカロは荒い息を吐いた。苦笑を浮かべたクウナの顔が、ひょいと上からのぞきこんでくる。

「なんもないとこに飛び降りるわけないよ」

クウナの差し出した手に、カロは礼を言ってつかまって、上体を起こす。上から降ってくるペンやら何やらをリズミカルに弾き飛ばしつつ、

「もしかして、中将、この状況を予期して」

感心して目を輝かせるカロに「まっさか」と肩をすくめるクウナ。

「よく『下りる』子がいるから置いただけ。まさか自分が使うとはね。ていうか、ごめんね、部隊置いてきちゃって」

「いえ、あれが正解だったと思います」

あの場で一番に狙われていたのはアルコクト中将の首だから、クウナが逃げ出せば間違いなく追ってくる。広い場所のほうが部隊も動かしやすいし戦いやすいから、演習場まで誘導するというもくろみは悪くはないはずだ。

寝藁から飛び降りると、先ほどの騒動から警戒が抜けていない通りがかりの騎士数人が、突然降ってきた少女と青年に慌てて間合いを取って腰の剣に手をかける。

クウナはとっさに右手をかかげ――召集の号令をかけた。その堂々とした態度に、もしや上官か、と警戒の手がわずかに緩まる。その間に、クウナは素早く周囲を見回した。混乱した顔ぶれの隙間から、少し離れた位置を歩く広い背中を見つける。

「いたいた、リュデくん・・!」

足を止めたリュデは、その呼び名に、状況を即座に理解した。片手で帯剣の位置を整えつつ、俊敏に振り向く。

黒髪の、血だらけの少女がにこにこと笑って駆けてくる。

「ちょうど良いとこに。今から北州騎士団を制圧するよ、手伝ってくれる?」

「公式の任務になりましたか」

「うん、ようやくね」

となれば、手伝うもなにも、それがリュデの騎士としての仕事だ。利益や善悪よりも職務に忠実な男は、あっさりと承諾の返答を告げる。

その会話は、開け放した扉から、続く廊下に反響して――ちょうど荷運びで外に向かってきていた若い騎士たちの耳に届いた。

扉から顔を出した彼らは、そうして、見た。

リュデ少将が相変わらずの険しい顔のまま、片足を後方に引き――服従の敬礼。

その敬礼は、軽はずみにしていい動作ではない。滅多に見れるものではない。前線に出る直前、命運を共にするという宣誓として、最高司令官に向けるべきもの。

しかし、今、リュデの前に立っているのは、黒髪の少女。

でも、彼女は、

「……キュー、ナ……?」

どう見ても、イグヤたちにとっては見覚えのある仲間で。

顔面と腕に見える深い傷も、濃紺の制服にこびりつく血も泥も先ほどの惨劇のままで、だから、見間違えるはずもない。駆け寄ることもできずに、思考も動作も固まる。

リュデは目の前の演習場を素早く見回し、ばらばらと集まりつつある隊列の流れを読む。

「西側を取りますか」

「うん、そこから扇状に展開」

「はい」

クウナの指示を理解するなり、リュデは声を張り上げて自身の部隊を呼び、前線へと駆け出していく。その背に、クウナが付け足すように言う。

「それとさ、ちょっと踏ん張っておいてってウォンちゃんたちに伝えてくれる? やることあるから、私、あとから行くよ」

リュデはあっさりと肯定の即答をして去っていく。

動揺したのはカロで、クウナの真意を問うように焦ったような顔を見せる。

「こんなときに、なにか?」

「うん。これは、彼らが自分たちでやらないと、意味のないことだから」

クウナは方向を変えてすたすたと歩いていく。彼女の向かう先には、見るからに年若い――いや、クウナと同い年くらいの下級騎士たちが、不安そうな顔をして固まっていた。

ああ、とカロが納得の表情を浮かべる。このまま戦ったのでは、中央州騎士団による北州騎士団へのただの制裁だ。未来を統べる北州の若手騎士に、ただ支配者が変わっただけという認識を持たせてはいけない。まとまりのある組織に最も必要なことは、全員が、自分たちで変えてゆくという意志を持つこと――かつてワンリス大将から教わった思考、クウナの行動の真意を悟り、黙って脇に控える。

続々と廊下の先から現れる荷運びの集団を止めて、見知った彼らにクウナは言った。

「こんなの、もう終わりにしよう。さっき、中央から承認が下りたから、トゥイジに解任を告げてきたよ。そしたら怒っちゃって、このとおり」

兵の集まりつつある演習場を指さす。

「もう一度戦いたいんだ。中央から援軍が来た。リュデ小将もこちら側に付いた。みんなも、手を貸してくれない?」

「でも、お前、さっきので……大怪我……」

傷だらけの少女は悠然と微笑んだ。

「今を、ここを、変えたいんだ。前にも言ったよね――中央は決して、北を見捨てない」

迷いのない断言に、皆が息を呑んだ。

「今がそのときだよ」

少女は勇ましい声ではっきりと告げて、がしゃん、と帯剣を叩き鳴らした。

迷いの満ちた静寂の中、ひとつ手が挙がった。

一歩進み出たのはテルテュフト。

「随分少ないように見えますが、中央からの増援は何名ですか」

「選りすぐりのを5隊、100人」

圧倒的に少ない。北州の上官が引き連れる部隊の人数には到底及ばない。

「これ以上の増援は」

少年の続く問いに、クウナがすぐ後ろにいた部下をちらりと見上げる。カロは力なく首を振った。

「ウォルンフォラド中将の采配でどうにか汽車を丸ごと押さえることはできたのですが、直前の遠征許可ですから、これだけです」

絶望的に少ない数字を聞かされてにわかに表情が曇る若い騎士たちに、クウナはいつもの笑顔で、大丈夫、と笑った。

「単純に数の比較はできないけど……北州の上官だけなら100人くらいだし、君たちがこちらに加勢してくれたら数の上では圧倒的に勝る。それと、あと、」

大きな靴音が響いた。イグヤの横を、大きな影がすり抜ける。

「お」

真っ先にクウナの前に立ったのは。

「ありがと、ウルツト。頼もしいよ」

新人イチの強者の顔を見上げて、クウナは満面の笑みを見せた。ウルツトはクウナを見ておらず――集まりつつある上官の隊を睨むようにして、野獣のような凶暴な目で笑っていた。

「まさかこんなに早く、騎士を堂々と斬れる日が来るとは思ってなかった」

彼の物騒な物言いに気おされる他の若手たち。それとは正反対に、ふむ、とカロが楽しそうにうなずいた。

「教育の余地はあるが、憲兵向きだな」

クウナもにこにこと首肯する。

「ウルツ……」

うろたえるイグヤの声に、ウルツトは、「早く来い」とばかりにあごをしゃくって見せた。

クウナは、すぐ後ろに立っていた部下の外套の裾を払い、脈絡なくまくりあげる。

「な……ちゅ、中将?」

うろたえてつい赤面する男性騎士を差し置いて、クウナは腰から下がる2本の帯剣を確認した。通常は一本だが、これは遠征用の装備だ。

「うん、ちゃんと持ってきてるね」

うなずいて後方に顔を向ける。建物から飛び出してきた中央の騎士たちが、指示を待つように控えていた。

「中央のみんなは、北の子たちに一本貸してあげて。北の剣は粗末すぎるから。予備も全部出して配って」

「はいッ」

備蓄担当の部下が嬉しそうに答えて、背負っていた荷を降ろした。

ウルツトの隣に大柄な青年が一歩近づき、

「ウルツトくんだっけ。俺の予備、どうぞ」

「……どうも」

年長者からの丁寧な言葉に慣れていないウルツトは、戸惑うように小さく礼を言って受け取る。使い込まれて丁寧に整備された柄の感触に、一度しっかり握り締めてから、上機嫌で口笛を鳴らした。

指示だしに追われていたクウナの目の前に、差し出される二人ぶんの手のひら。顔を上げれば、白髪の少年と茶髪の少年が、勇ましい顔をして立っていた。

「イグヤ、キホ……」

「今度こそ、勝とうぜ。生きて――な」

「ん」

「さっきはすまなかった」

「ううん、あれは出てこなくて正解だよ。あ、さっきは止血と、運んでくれたの、ありがとね」

クウナの礼に、痛みを堪えるように、黙って首を振るキホ。

そのあとに続いて、キューナの見慣れた面々が次々と足を進めた。


二割ほどが剣を受け取ったところで、人の流れが途切れた。キューナを知らない大多数は、先ほどの無謀な戦闘しか知らない大勢は、決めかねて動けない。戸惑うように揺れる無数の目。

ま、これ以上の増援は見込めないかな、とクウナが諦めたとき、


「――全額、こっちに一目賭け(ストレートベット)


いつもの賭け事(ゲーム)の一戦と全く同じ声音で、よく通る声が告げた。その声につられて習慣的に「俺も」と言ってしまいそうになった人数は、決して少なくない。

満を持して群集から進み出てきた一人の青年の姿に、どよめきの声があがった。

「……ダフォン……」

戦略的で狡猾で、誰よりも慎重派のはずの、若手一番の情報屋が発した信じられない一言に、普段から彼の言葉を頼りにしていた皆が動揺する。張本人の青年は、周囲の動揺を気にした様子もない。

相変わらずの飄々とした態度でクウナの前まで来ると、「よう」と手を挙げた。ダフォンは切れ長の目を見透かすように細めて、頭数個分低い位置にある少女を見下ろす。

あの夜以来だな(・・・・・・・)。あんたが飛び出していったときは驚いたぜ。まさか中央の騎士様だったとは」

「私だって気づいてたの?」

「いや、さっきのあんたの暴走で分かった。あんなぶっ飛んだ動き、できる奴が二人もいてたまるかよ、なんだありゃあ。……って、こんな話してる場合じゃねぇな」

ちょっと待ってろ、と言ったダフォンは咳払いを一つして、動けないでいる群集に堂々と向き直る。群を抜いて評判高い予想屋(タウト)は、よくよく見知った彼らに、まるでいつもの勝負を盛り上げるときのように、両腕で手招きをした。

「俺もな、二勢力が潰しあって共倒れになってくれるまで静観するか、どちらかの優勢が決まってから助力に入るつもりだったんだけど、気が変わった。――他ならぬ、コイツが指揮官っつーなら、な」

一度言葉を切って、ダフォンはにんまり笑う。それから、べらべらと列挙し始めたのは――人名だった。訝しげな顔をする中央州の面々を差し置いて、告げられていく名前に覚えのある北州の面々が、徐々に顔を曇らせる。

「……ダ、ダフォン……もうやめてくれ」

青い顔の一人が首を振ったところで、

「――こいつら全員生きてるぜ。コイツが逃がした」

クウナを指さして、そう断言した。

「な……」

騎士たちの顔に、驚きが満ちる。

ダフォンが堂々と続ける。

「俺はその脱走劇を一部始終見てた。あいつらだけじゃ、間違いなく全滅するような状況だった。それを、コイツがたった一人加勢しただけで、全員、誰一人欠かすことなく逃がしたんだ。信じられるか?」

クウナは黙ってなりゆきを見守る。

多少の虚飾は、説得力を増すための材料か。

「コイツの強さは、さっき全員が見て、分かってるよな」

それとも――ダフォン自身の希望だろうか。

「コイツはG班の一年め。逃がした奴らの中に、こいつの知り合いはいなかった。なのに、コイツは動いた。そんなやつをここで失って、この先、北州騎士団は――俺たちは、どうやって生きていくんだ?」

動揺の走る群集の顔色を楽しむように眺め、最後の一押しを告げようとダフォンが息を吸ったところで、

「――アルコクト中将!」

外廊の先から、コモが隊を引き連れて駆けてきた。

「あ、ここだよ。ウォンちゃんとこ向かって! 私もすぐ行く」

クウナが手を振ってそう指示を飛ばすと、北州の騎士たちはもれなく、ぎょっとなって固まった。もちろんダフォンも。

「……あ」

そこでようやくクウナは思い至って、ぽりぽりと頬を掻いた。

「ごめん、名乗ってもいなかったね」

姿勢を正して、敬礼して、改めて名乗ろうとして――

「はあああああ?!」

「うぐ」

いきなり飛び込んできたイグヤに胸倉を掴まれた。すぐにカロが青筋を立ててイグヤを引っぺがす。

呆然としていたダフォンが、真っ先に我に返って――盛大に吹き出した。腹を抱えてげらげら笑う青年に、皆が状況を理解しようと意味もなく周囲を見回し、

「なーんだ、それを早く言えよ。もっと簡単だったじゃねぇか」

そう言って、ダフォンはクウナの肩にのしっと腕を乗せた。動かない群集に、勝気な顔を向けてひらひらと手を振る。

「あのなぁ、こんな前例のない戦いでオッズ出すなんて無意味だし、誰も予想できないでしょ。どう考えても分かるわけねぇよ、どっちが有利かなんて、考えるだけ無駄、悩むだけ無駄」

だからさ、と一同の前に指を立てて、はっきりと言ってのけた。

「考えるべきことは一つだけだ。あの腐ったオヤジどもと心中するか、この頼もしい英雄殿と心中するか、だ。な、簡単だろ? ――お前らは騎士なんだから」

この一言に、群集が静まった。

やがて、数人が足を踏み出し始めた。

期待と諦めの両方を含んだ潔い笑顔が見返してくるのに、ふふ、とクウナは笑い返して礼を言った。この集団の中で、ダフォンの発言力は非常に大きい。

ダフォンが小さく肩をすくめる。

「なんてな。あんたに死なれると困るしな。あの約束、どういうことかと思ったが……これでやっと納得したわ」

ごく小さく告げられた本音に、そういうことかと苦笑する。その件は既にドックラーさんに依頼済みで、仮にここでクウナが死んだとしても叶うのだけれど、可能な限り戦力を増やしたいクウナは意地悪く教えないでおくことにする。

「おい、てめぇらなにしてる?! 笛が聞こえねぇのか!」

本棟の窓から顔を出した少佐が階下に向けて叫んだ。

完全に武装した彼の格好と聞きなれた怒号に、北州の若手の過半数がひるむ。

「――ったく」

呆れ声とともに、軽やかな足音がクウナの横を駆け抜ける。銀色の光がひゅんと飛んだ。

「がっ……?!」

窓から身を乗り出していた少佐の喉元に、細身の剣が滑らかに突き立った。苦悶の声とともに後方に倒れて姿が見えなくなる。僅かな鮮血だけが、階下へと降り注ぐ。

「……な」

先ほどクウナから受け取ったばかりの質の悪い量産型の剣で、少佐をしとめたのはカロ。

「求心力を履き違えるなよ若造。――恐怖で人は縛れない」

若手たちがあっけにとられる中、彼は急に酷使した手首を振りながら戻ってきて、静かにクウナの背後に収まる。

クウナは全く動揺した様子もなく、部隊の数を数えているところだった。

「……ん、班長がやけに少なくない?」

まずいな、とクウナが眉をひそめたところで、

「ここにいる」

ソイとオサムが列に加わった。他の班の班長たちもぞろぞろと駆けつける。

帯剣を外しながら、ソイが言う。

「遅れてすまん。一足先に、上官側に合流しようとしてたA班の奴らを潰してきた。そこの眼鏡からの情報でな」

「ペヘル! さっすがー」

ペヘルは小さく誇らしげに笑んで、クウナにきっちりとした敬礼を向けてから、隊列に入る。

クウナは剣を掲げ、声を張り上げた。

「行くよ! ただいまより中央騎士団に合流する!」


***


オサムは手渡されたばかりの上等な剣を感心したように見つめ、そこに映る大勢の中で、ひとりだけが背を向けたことに気づく。

「どこに行くんだ、ローグ」

慌しい喧騒の中、音を立てずに去ろうとしていたログネルの歩みが止まる。

「……俺は、なんとしても、生きなきゃいけないんです」

「みんな、そうだろ」

弱弱しい表情で振り向いたログネルに、逃げるな、とオサムの目が語っていた。

気弱な青年は、それにすら、また追い詰められる。

「俺は……俺は、貴方たちほど強くないんですよ。生き抜くためには後ろ盾がいる」

上官(あいつら)が、いつお前の後ろ盾になったんだ」

「何もないより、無謀に反抗するより、遥かにましだ」

決意を固めた断言を前に、そうかよ、とオサムは吐き捨てるように呟いた。

根拠のない決心はお互い様だ。説得できない無力感。それもアリだと、オサムにだってわかっている。

「ややこしくなる、ジュオに見つかる前に行けよ」

この一ヶ月、いちばんよくつるんだ一つ年下の仲間の名を出されて、ログネルはふっと微笑んだ。いつものような穏やかな礼を言って、廊下の先に消える。

オサムはそれを見送ってから、G班の面々に合流すべく踵を返す。

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