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Hard Days' Knights  作者: 里崎
改革編
45/73

44.汽笛

ギーンの前で、一人の男が敬礼する。階級は大尉。立場的にはリュデの部下にあたる男で、ギーン直属の部下ではないが、先ほどギーンがトゥイジからの死体処理を命じられたとき、

「私に」

と思わせぶりな進言をしてきた男だ。思惑のありそう目を見返して、

「……いいだろう、任せる」

とギーンが告げたのが、ほんの数十分前のこと。

早くも日常通りの落ち着きを取り戻しつつある演習場の端で、大尉は滞りなく進んだ諸々についての報告をしてから――核心に触れる。

「それと、死体ですが……まだ息があったので死なない程度に止血し、裏手の地下牢に運ばせました。中央の情報を引き出してからでも遅くはないかと」

潜めた声の言葉に、なるほどな、とギーンは僅かに口角を上げて、本棟の最上階を仰ぎ見た。

「いい判断だ」

「は」

死体処理を任せられたのは全くの偶然だったが僥倖であった。上手くいけば、ここで元帥を出し抜く有力な機密情報を得られるかもしれない、とほくそ笑む。

そこへ、

「ギーン少佐ッ!!」

「何だ」

息せき切った門番と部下が転がり込んでくる。

「はっ、中央州騎士団本部からの、ら、来客です」

「な」

慌てて振り向けば、そこには。

「失礼、勝手に入らせていただきました。ギーン少佐ですね? 初めまして、中央州騎士団本部所属、ウォルンフォラド=トーミスと申します」

都会的に隊服を着た、整ったブロンドの青年が悠然と近づいてきていた。彼の背後に見えるのは、門までずらりと続く見知らぬ隊列。

至って親和的に握手を求められて、完全にウォルンフォラドのペースに飲まれたギーンは呆然としたまま、上等な皮手袋に包まれたその手を握り返す。

「視察は、アルコクト中将お一人、という話では……」

「ああ、我々の到着は北州の誰にも知らせないようにとの指示でしたので。――それで、そのアルコクト中将はどこに?」

「……いえ、それがまだ到着されておらず……」

「そうか。ありがとうございます」

あっさりと踵を返す。

そこらじゅうに点々とついた真新しい血痕には一切言及することのなかったウォルンフォラドの不自然さに、ギーンが気づくことのないうちに。


足早に歩き去ったウォルンフォラドはギーンの視界から外れるとすぐ、一瞬だけ足元に目を落とした。整ったブロンドが彫りの深い目鼻立ちに影を落とす。すぐに顔を上げると、前を向いたまま硬い声で命じる。

「カロは別棟、コモは第一宿舎、フェルは第二宿舎。私の2隊は本棟を探す」

「はッ」

短く返事をした真後ろの3人が、隊を率いてそれぞれ別の方向に駆け出していく。ウォルンフォラドが本棟に入ろうとしたところで、

「中将、」

部下の一人がウォルンフォラドを呼び、近くの小屋を指さした。

建てつけの悪い扉を開けようとしている人影がある。

「おいキミ! そう、キミだ」

足早に近寄りつつ呼び止めた。演習用の的を抱えた若い青年が振り返る。権力争いに無縁そうな、素朴なその顔に目立つのは真新しい殴打痕。袖と上着にこびりついた赤黒い血の跡。

彼の傷に言及する前に、見慣れぬ男は帽子をとって彼に階級章を見せた。

それを見るなり若い青年――キホは慌てて的を下ろし、見知らぬ中将に向けて青い顔で敬礼する。

「仕事中すまないが、一つ尋ねたい」

息せき切って言う中将の言葉はだが、その階級にしては不自然なくらいに丁寧で、その目つきは鋭いが竦み上がる類のものではない。

畏敬と貫禄を感じさせる雰囲気の男は、キホが圧倒されてうなずくのを見てから、礼を言って言葉を続けた。

「人を探している。年は17、性別は女、黒髪黒目、身長はコレくらい。かなり腕の立つ騎士だ。知らないか?」

「-―!」

キホが左腕で抱えていた板切れが、ごとりと音を立てて落下した。目を見開いて震え出す若い騎士の肩に、ウォルンフォラドはしっかりと手を回して身体を支える。

「――よし、ありがとう。案内してくれ」


***


 軽い靴音が地下牢の廊下に響く。それと、聞き覚えのある嗚咽。

 クウナはゆっくりと目を開けた。額から垂れて固まった血液がまぶたにこびりついている。全身が酷く痛む。

 かすかに灯った明かりに照らし出されたのは、鉄格子の向こうの、泣きはらした子どもの顔。

「……ミンリオ」

 なんとか口を開いて名前を呼ぶと、ひく、とミンリオの喉が鳴った。

「キュ、キューナぁ、おれ、おれ……っ」

 震える小さな手が、硬く閉ざした牢屋の錠に触れる。

「おれ、これずっと持ってたんだ……」

 ミンリオが服の下から何かを取り出した。じゃら、と重そうな大量の鍵が束になって揺れ、ろうそくの明かりを反射する。

 クウナは目を見開いた。


挿絵(By みてみん)


 ミンリオの肩が震える。

「これ、ここの部屋ぜんぶの合鍵……最後のメイド長が騎士に、こ、殺されたとき、おれそばに居たから、くれたんだ。だけど……」

 覚束ない手つきで、順に鍵穴に差しては入れ替えていく。その間にも懺悔のような言葉は続く。

「誰かにバレたら取り上げられちゃうから、騎士の人が死にそうになって殴られてても、おれ、助けなかった……おれ、自分が騎士になるまで絶対に死なないって決めたから、いっぱい見殺しにした……!」

 堰を切ったように、少年の両目から涙が溢れ出す。

「は、初めてなんだ……おれのこと、とうさんもかあさんも……だから、おれ、キューナだけは、なくしたくない……っ」

 血色を失った蒼白の顔で、がたがたと全身を震わせながら、ミンリオは変声期前の甲高い声で叫んだ。

「にげて……!」

 その背後から、硬い上等な靴音が響く。

「――賢明な判断だ」

 男の声に、ミンリオの喉がひゅっと鳴った。

 振り返れば、上官の服を着た金髪の男が、小柄な騎士を抱えるようにして牢の入口に立っていた。その後ろに、ずらりと敬礼したままの騎士たちの行列が見えて――

「……あ」

ミンリオが恐怖と絶望で鍵束を手落とした。鋭い音を立てて岩穴全体に響き渡る。

 先頭の男は素早く歩み寄ってくると、恐怖で動けないミンリオの横で鍵束を手に取り――

「鍵をどうするか考えていたところだった。助かったよ。……こっちでも良い友に恵まれたな、お前」

 失神寸前のミンリオの頭部をわしゃっとかき回し、一本の鍵を鍵穴に差し込んで回した。先ほど彼が小脇に抱えていた若い騎士が、壁にかけてあったランプを持って駆け寄ってくる。クウナが見たのは、ランプの明かりに照らし出された、久しぶりに見る頼もしい同僚の顔。ウォルンフォラドの手元でカチンと錠が外れる音がした。

 へたりこんだミンリオに、ウォルンフォラドが礼を言って鍵束を返す。

 キイ、と蝶番が甲高く鳴る。ゆっくりと身を起こして立ち上がったクウナは顔の汚れをぬぐって、空咳を一つしたあと、平然と出口まで歩いてきた。

「ありがとミンリオ、キホ、ウォンちゃん。――さて、仕上げに行こうか」

 空けられた扉を通り、ウォルンフォラドの横を過ぎる。

「あ? 待てクー、お前それ骨折れて」

「気のせい気のせい」

 不自然に下げられた手と反対側の手をひらひらを振り、敬礼のまま待機する一ヶ月ぶりの顔見知りの前を通って、クウナは階段を上り始めた。


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