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Hard Days' Knights  作者: 里崎
改革編
44/73

43.フォワルデ


トゥイジに呼ばれ、長い外套をまとった長身の青年がキューナの前へと進み出る。温度のない青色の瞳が少女を映す。太い腕が、血のついた太い刃を軽く振る。

キューナは目を細めた。


挿絵(By みてみん)


「前座にしては豪華すぎない……?」

ともあれ、これでひとまず惨劇は中断した。キューナの狙い通り。

衆人環視の中央で、青年と少女が、剣を構えて向かい合う。

キューナはふっと表情を消して、その場に鞘を落とした。フォワルデが動く。またたく間に少女に肉薄した刃が、少女の外套の襟元を浅く切り裂いた。キューナが振り上げた小さい左膝が、青年の腹部にめりこむ。

苦悶の声ひとつ上げず、青年は後方にとびすさった。剣についた外套の糸くずを振り払う。

追うようにキューナが駆け寄って――横薙ぎの一閃は、フォワルデが傾けた刃の上をぎりぎりと音を立てて滑る。風で舞い上がった青年の髪の毛先を少し切った。

半歩下がって刀を返したキューナの追撃は息つく間もなく続く。不穏な鋭い金属音が、断続的かつ不規則に周囲に響く。

すでに若い大半の騎士たちの視覚では捕捉できない速さでの攻防に発展している。

――それが、ふと止んだ。

「ふぅん」

満足そうに呟くと、キューナは急に後方に飛んで大きく間合いをとった。

「……」

青年の迷いない動きに、少女は違和感を見極めんと目を細める。キューナの全ての剣戟をさらりと、まるで流水のようにいなして受け流す青年。

その戸惑いを含んだキューナの視線に気づいて、トゥイジは悠然と嘲笑を浴びせた。

「ああ、そいつは騎士の動きを熟知している。なにせ、私が徹底的に叩き込んだからな。名のある生粋の騎士であればあるほど、型どおりの動きをするものだ。それを看破することなど容易い」

「……なるほど? 情報ありがとう」

ちっとも動揺するそぶりを見せない少女は、それどころか、なおさら興味深そうに目を輝かせ――剣を下ろした。

ぎょっとなる周囲をよそに、息を吸い、堂々と告げる。

「交渉しないか、盗賊の谷の民」

青年の太い眉がわずかに動く。トゥイジが顔をしかめて青年に言う。

「耳を貸すなフォワルデ。――力の差(・・・)を、忘れるな」

青年があごを引き、その手が剣の柄を握り直す。そして少女に答えた。

「もう違う、一族は滅んだ」

はは、と少女は場違いな笑い声をあげる。酷く愉快そうな顔で、目の前の青年に剣の切っ先を向けた。

「なに言ってるの、ここにいるのに。最後の末裔にして――最後のとっておきの切り札、最強最悪の賊長が」

観衆がざわめいた。フォワルデは表情を変えずに、笑顔の少女を見つめ返す。

一昨年の夏、北州騎士団が、かの有名な『人殺しの谷』盗賊の村を殲滅したと言う報告は、中央にまで上がってきた。それくらい大規模な衝突だった。まさに内紛だった。活躍した北州騎士団の者たちが、異例も異例、中央への栄転を果たすほどの。

まさか北州内では殲滅計画自体が機密として扱われているとは知らなかったが。

キューナは晴れやかな笑顔で続ける。

「君たち一族がかつて屈した北州騎士団に、私が楯突いてみせるよ。こんなものひっくり返してやるよ。一緒にどう?」

ピクニックでも行くかのような誘い文句。

なのに、可能性を感じるのはなぜだ、と青年は固い表情のまま、剣の柄を握る。

かつて、盗賊の村は圧倒的な北州騎士団の前に屈して滅びた。その復讐を誓い、フォワルデは単身でここ北州騎士団本部に乗り込み――そして、再び屈した。

盗賊の谷の民は強大な力に屈したのだ。

だから、フォワルデは、今ここにいる。

トゥイジの下にいる。

「……それが、君の答えか」

剣を構え直したフォワルデを見て、キューナはわずかに目を伏せ静かに言った。

「なら、私は精一杯応じるだけ」

そう言って少女も剣を構え直す。片手で剣を持ち――ぐっと斜めに構える、異様な体勢。

「……あ」

呟いたテルテュフトと、

「まさか」

青ざめたイグヤだけが、その可能性に気づいた。

一瞬で間合いをつめた少女が、軽やかに地を蹴り身体をひねる。雲間からの日差しに物騒な銀がきらめく。

先ほどまでとは全く異なる軌跡を描く、その鮮やかで奇妙な太刀筋に、敵・味方・中立――全員が立場を忘れて、一瞬、彼女の動きに、否、『舞い』に見とれた。

「――……遊牧民の、剣」

群衆の中、テルテュフトが呆然と呟いた。人知れずうつむいたイグヤが、風になびく草を睨みつけ、震えて動かない――いや、保身のために動こうとしない自分の足を睨みつける。

あまりの無力さと、自分の愚かさと小ささで――吐きそうだ。叫びそうだ。

聞こえてきた激しい剣戟音に我に返り、慌てて視線を戻す。

キューナはフォワルデから一度間合いを取って、自身の持つ刃を見つめぽつりと呟く。

「ふぅん、やっぱ打撃には弱いな」

年代ものにして量産型の、安物の剣だ、負荷に耐え切れず一気に刃こぼれする。

これで、どこまで持つか。

「……」

キューナは急に青年に背を向け、班員たちのほうへと駆け出した。群集が悲鳴を上げる。

トゥイジが嘲笑する。

「はっ、今更逃げるのか?」

「まさか。――借りるよ」

一人の少年の背後に回り、腰の剣を勝手に引き抜く。その彼に自身の剣を持たせ、用済みとばかりに突き飛ばす。適度な力で押し出された少年――テルテュフトは、ひざを曲げて数歩進んで、すぐに振り返る。

そのときにはすでに、黒髪の少女はすでにその重心の偏った(・・・・・・)剣をフォワルデに向けて回して駆け寄っていて。

フォワルデが目を瞠って飛びのいた。重い一閃が空気を鋭く切り裂く。

ぴゅう、とキューナの口から甲高い音が鳴り、

「やっぱり本家、家元は違うねぇ」

手に持った重剣を賞賛すると、愉快そうに笑った。

「な、何が、どういうことだ……?」

上官たちが冷や汗を浮かべてざわめく。

突然の、人が変わったような打撃。あんなものは見たことがない――あの細腕であの重い攻撃はなんだ、と目を瞠る。

キューナが口角を上げて唇を舐め、膝を大きく曲げて中段に剣を構えて、駆け出す。


その顔から一瞬、表情が消える。


足を止めかけたキューナは、再び加速してそのまま駆け込み――

――ど、と鈍い音がした。

少女の左腕の動きが、突然鈍る。

「……キ」

かろうじて顔を上げていたヤサルタが、近くの草を握りしめ、青ざめる。

キューナの肩に、背後から矢が突き立つ。

いつの間にか周囲を囲むように配備されていた数十名の弓兵が、弓を引き絞り、全ての矛先をキューナに向けて構えていた。

「キューナ!」

叫んで駆け出そうとしたイグヤが、近くにいた上官に剣を弾かれ、横腹を蹴り飛ばされた。泥の付いた身を起こし、少女の背中に増えた矢を睨みつけて歯噛みする。

「おい! 卑怯だろ!!」

大股で寄ってきた上官が笑いながらイグヤを吹っ飛ばす。それから、少し離れたところに落ちていたイグヤの剣を、反対方向へと蹴り飛ばした。

「残念、剣がなくては何もできないな?」

げらげら笑って数人で連れ立ち、近くにいた他の若い騎士を何人か殴り飛ばして、それで気が済んだのか、本棟へと戻っていく。

完敗したイグヤが、蹴られた腹を押さえ、地に伏したまま呻いた。

「っざけんじゃねェぞ、虫けらどもが……!! お前らなんか、なぁ……」

頬の泥を拭い、喉の奥で叫ぶ。睨みつける先は、目の前で立ち回るフォワルデとそれを傍観するトゥイジ。

「こんなとこで、こんなことで死んでたまるかよ……ッ」

尋常でないほどの激痛の走るわき腹を必死に押さえる。吹きだす脂汗と、急に聞こえてくる自分の心音。

やばい、このままだと死ぬ。だけど。

背中から血を垂らしながらも悠然と立ち回る少女を、目を凝らして祈るように眺める。

降り注ぐ矢の間で絶え間なく攻防戦を繰り広げる二人の速度が徐々に上がり――避けきれなかった剣がかすり、フォワルデの外套が切れてわずかに血が飛んだ。フォワルデの右足がキューナの剣を押し返し、頭上から降ってきたフォワルデの剣が、首を傾けたキューナの髪先を切る。

黒髪が青空に散る。

イグヤが脇から何かを叫んだ。

一振りの剣が草の上に落ちる。競り負けたフォワルデが苦悶の呻きとともに膝をついた。

それを見るなりキューナは弾かれたように身を翻して――今度は、傍らで腕を組み傍観していたトゥイジめがけて駆け出した。

正面切って突っ込んでくる少女を睨みつけ、トゥイジが剣の柄を握り――

それと同時に何かに気づいたかのように顔を上げた少女は、キッとトゥイジを睨み返して重い剣をふりかぶった。

その剣先が元帥の身体に触れる前に、割り込んできた別の上官がキューナの襟首めがけて槍を振るう。長い柄の得物を弾き飛ばし、踏み出す足の位置を直前で変えて別の剣を避けながら、更に別の剣を吹っ飛ばす。上体をひねって更に別の剣を避け、

――その直後に背後から振るわれた剣にがつんと剣をぶつけ、衝撃を緩衝しきれずに吹っ飛ばされた。少女の身体がごろごろと草の上を転がる。すぐに剣をつかみなおして顔を上げたキューナの、ぐらぐらと揺れる視界に、剣を向けてくる13、いや15人の上官。いまや全員の視線がキューナに注がれている。他に暴行を受けている新人騎士の姿は、ない。

(……うん、よし)

あの決死の戦いの後で、まさかこの人数、たった一人で相手して生き残れるだなんて、さすがのキューナも思ってはいない。

ただ、遺恨を残せればいい。できるだけ不気味に映ればいい。たった一人でここまでやる、こんな奴が中央騎士団にはいるんだぞってことを知らしめられれば、彼らが、自らの所業がバレたときのことを考えて少しでも悪行の手を緩めればそれでいい。

少女は、血の気が失せて冷えた頭で、諦め気味に考えた。


覚束ない足取りで立ち上がった少女が、酷く鈍った剣を構えなおす。額から流れ出た血が頬を流れてアゴから滴っている。

大声をあげて飛びかってきた比較的若い少尉に目だけを向けた少女は、鈍い剣を軽くふるって一撃で致命傷を与える。かがみこんで次の男の攻撃をかわし、

「どけ」

間近でトゥイジの声がした。


袈裟懸けに斬られた傷から、鮮血が散った。

細い身体が崩れ落ちた。

群集から悲鳴と絶叫が上がった。


トゥイジは勝ち誇ったような笑みを浮かべ――

――ゴォン、と時計塔が定刻を鳴らした。

「お時間です、元帥」

「時間を食ったな。――ギーン、片付けておけ」

「はッ」

つまらなそうな指示と、去る足音。

薄れる意識の中、常人外れのキューナの耳は確かに捉えていた。遠くからかすかに聞こえる汽車の汽笛の音と、揃って鳴る多くの硬い靴音を。

「あー……」

吐いたばかりの鮮血を霞む目で見下ろして、キューナは曖昧な声を出した。

「ちょっと、遅い、よー……」

誰も聞こえないほど小さく同僚(ウォルンフォラド)の名を呟いて、血だまりの中に、背を丸めてうずくまる。固まりかけた液体が粘度を増して、生き物のようにずるりとまとわりつく。

でもまぁ、と、霞む意識で考える。

「時間、稼げたなら、よかった」

トゥイジの暴走が止まったなら、ひとまずは良かった。惨劇での死傷者が少しでも減ったのであれば、キューナにとっては及第点だ。

あとは、もうすぐそこまで来ている彼らが上手くやってくれるだろう。クウナの同僚と部下はとても優秀だ。

動かなくなった少女を見下ろし、勝利を確信したトゥイジが口角を上げた。

「ギーン、片付けろ」

「はい」

迅速に動く部下をしばらく眺めたあと、トゥイジは数人を引き連れて本棟へと踵を返した。

この死体さえ片付け終えれば、中央州騎士団になにを言われようと証拠など何もなくなる。中央州騎士団もアルコクト中将が現在休暇中だと思っていることは、北州使節団との懇談で確認してある。

「無謀な小娘だったな。昇進を焦りすぎたか」

どうりで見つからないはずだ。まさか基地内にいたとは。

やはり侮れん、と血まみれの少女を見下ろす。

「私としたことが迂闊だったな」

だが、だが――

あまりに愉快で滑稽で無様で、トゥイジはこらえきれずに肩を震わせた。


 ――私の、勝利だ。

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