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Hard Days' Knights  作者: 里崎
幕間編
42/73

41.小鳥と通信


挿絵(By みてみん)


ひよっ、と短い鳴き声に呼ばれた。

難しい顔で書類を読み込んでいたウォルンフォラドは、勢いよく振り返った。窓辺にたたずむ愛鳥の姿に、ちょっと涙ぐんで。

「お前なぁ! いきなり何日もいなくなるから心配したんだぞ、どこ行ってた……って」

 細い足にくくりつけられた紙切れに気づく。やたらと厳重に巻きつけられている糸を、なんじゃこりゃ可哀想に、とぶつくさ言いながら、そっと外す。

「クーから……?!」

慌てて広げると、見慣れた中央本部中枢専用の暗号文でびっしりと記されていたのは、どれも知らない人名ばかり。彼らの所属はすべて『北州騎士団本部』から始まっていて、ほぼ全員の名前の横に、頭の痛くなるような規律違反の羅列が並ぶ。

「これ……北州騎士団本部の……」

内部勢力図と、不正行為の調査結果報告書。

「なんで、あいつ休暇じゃ……」

混乱したまま文面を読み進めていくウォルンフォラドの顔はだんだんと険しくなっていき。

最後の一行。

『ここからは、直接通信で伝えたいことなんだけど』

指定の日付は――

「……今日の……」

両手をデスクについて立ち上がる。椅子が倒れ、小鳥が悲鳴を上げて羽ばたいた。男は紙を握りしめて、脇目も振らず駆け出す。

「今すぐじゃねぇかあの馬鹿!!」

 寄り道大好きなフィーオの道草も計算に入れてくれ。

 取り乱して喚きながら廊下を駆け抜けるウォルンフォラド中将の珍しい姿に、すれ違う騎士たちが何事かと見送る。彼が全速力で向かった先は――通信室。転がり込むように扉を開け、

「一台借りるぞ!」

「はっ、はいどうぞ!」

受付の文官が竦み上がる横を抜けて、機材の前に座った。

 はー、と息を整えてスイッチを下ろす。怒りと焦りに任せてだかだかと打鍵する。

どうやら待機していたらしく、応答はすぐにあった。

『あ、珍しい、打ち間違え』

打鍵だけでこちらの心理状態も把握したらしく、ウォルンフォラドが何か言う前に軽い謝罪の言葉が飛んでくる。

『ごめんねー、ちょっとキツいかとは思ったんだけど、この時間しか抜け出せそうになかったの』

「……文面通りの状況なら、そうなんだろうな」

用件を促す。とにかく今は時間が惜しい。

戸口から遠慮がちなノックの音がして、馴染みの通信士が顔を覗かせる。

「失礼します、トーミス中将、よろしければ」

「ああ、結構だ、私用だから」

信用していないわけではないが、あまり広めたい話でもない。聞かせるのは不味いだろう、と判断し、ウォルンフォラドは明るい声を出し、手を振って追い返す。通信士は納得したように一礼してすぐに消える。

目の前では、遠く離れた場所にいる同僚からの荒唐無稽な報告が続いている。若くて幼くてバカな奴だが、職務中にこんな手の込んだ冗談を言う奴ではない。

だからつまり――これら全てが真実というわけで。

あまりの非現実さにウォルンフォラドは呆れかえって、事実確認も理解することも放棄した。ひとまず全部鵜呑みにしてやる、と半ばヤケクソのような感情で決意して、

「状況は分かった。――で、俺はなにをすればいい」

簡潔かつ真摯に、向き合った。

才知も度量もそれなりにある個人主義のクウナ(こいつ)が、抜け出しにくい場所から抜け出して通信室に忍び込んでまで、わざわざウォルンフォラドに連絡を取ってくるということは、すなわち何らかの援助が必要なのだろうと察していた。しばらく間が空いてから――背筋を伸ばして待つウォルンフォラドに、クウナは日付と時刻を提示した。

『私の隊とウォンちゃんの部隊、できればおじいの部隊も借りてきて。掻き集められるだけ人数集めて、迎えに来てくれる?』

「……は?」

『北州騎士団、対、中央州騎士団。たぶんどうやっても戦争になるよ。こればっかりは免れない』

断言された言葉に、ウォルンフォラドの背をぞっとしたものが駆け上がった。

「待てクー、お前いま、どんなとこに、」

『手紙のあれ、入りきらなかったけど二割程度だから』

ウォルンフォラドの指が大きく震えて、鍵盤の上で止まった。

――北州の状況を、舐めていた。

悔しがっているのはウォルンフォラドだけではないだろう、と脳の冷静な部分が諭すように告げる。現場入りしたクウナのほうが、何倍もの焦燥を抱えているはずだ。あれだけの情報を入手しているということは、クウナは間違いなく騎士団本部内に深く潜り込んでいる。根本的なところが青臭いあのバカは、本っ当に昔から、みんなのためと称して――無茶なことしかしない。

かっとなる感情を懸命に鎮め、改めて日時を確認する。

「任せておけ。必ず向かう」

『では、また後日』

急に固い口調になったかと思うと、不自然に通信が途切れた。

ウォルンフォラドは鍵盤に指を乗せたまま数秒考え込む。起きた状況の可能性の一つも、ウォルンフォラドには想像できなかった。

通信終了の合図はきちんと出ている。スイッチを上げると、漏れ出ていた光が全て消える。

諦めたように首を振れば、整ったブロンドが揺れる。例え、同僚の身に何かがあったとしても、この距離ではどうにもならない。

あいつ自身の心配はさほど必要ではないと、分かってはいるが。

それよりも――

「集められるだけ、集める」

思考を切り替えて立ち上がる。

いつもの精悍な顔つきを取り戻した武将は、しっかりとした足取りで上官の執務室へと向かった。


***


一方、ほぼ同時刻、北州。

扉を蹴破ってキューナのいる個室に入ってきた見知らぬ長身の男は、室内のキューナを見下ろして「なんだ一人か」と舌打ちを鳴らした。振り返ったキューナは後ろに残した左手で素早くウォルンフォラドに別れの言葉を送り、スイッチを上げた。男の太い腕が、ぐったりとしたまま動かない通信士を、廊下の先に放り投げた。

「……よろしければ、打ちましょうか」

代わりの通信士を探しているらしいと気づいたキューナは、できるだけ低い声を作ってそう進言して、席を立った。空いた椅子に、男は当然のように腰を下ろす。

無言で差し出された――というより突きつけられた紙を受け取る。

「上から順にだ」

「はい」

開いた紙を機材の隙間に挟んで立てると、キューナは両手を開いて、リストの一番上にあった宛先を指定する。てきぱきと動くキューナの帽子を男の目が見下ろして、褒賞を数え「大尉か」と小さく呟いた。キューナが答える前に、向こうの通信士から応答が届く。

「北州騎士団本部、」

そこまで打って、「えーと」と帽子の隙間から男を見上げた。男が不機嫌そうに答える。

「ゴウキーク」

「はい。ゴウキーク=ハインドラ大佐殿ですね」

念のためにと確認してから打鍵すれば、太い眉が意外そうに上がった。

「顔は覚えてねぇのに、階級とフルネームは分かるのか、変な奴だな」

キューナは小さく口角を上げた。

「申し訳ありません、この背丈ですので、お顔はなかなか」

「はっは」

盛大な笑い声のあと、がん、と機材の上に、ゴウキークの左足のブーツが乗る。ばらばらと泥のかたまりが落ちた。

「繋がりました。ご用件をどうぞ」

「ゼグテムからの荷は届いたか?」

かたかた、とキューナの打鍵の音が鳴る。返答はキューナが代読する。

『申し訳ありません。到着が遅れておりまして』

「どういうことだ、税関は金で黙らせる手筈だったろう」

『伯爵が目をつけられたようで』

「アイツもしぶといな。もういい、伯爵は捨て置け」

『ですが』

「とにかく、期日までに用意できなければ、わかってるな。――もういい、次に繋げ」

「はい」


***


リストに書かれた一番下の宛先の、すがりつくような返答を読み取るキューナの耳が――鞘の中を走る金属の音を聞きつけた。

素早く振り返ったキューナは、間一髪の大振りをぎりぎりのところでかわす。バランスを崩した体をあえて立て直さず、受身を取ることもなく出口側に転がった。

ゴウキークの座っていた椅子が倒れ、機材がいくつか棚から落ちて、けたたましい音が響く。狭い部屋で向かい合った二人の間で、鋭い金属が不気味にランプの光を反射した。床に座り込んだままのキューナは、肩で大きく息をした。

ゴウキークは殺気を隠してもいない。最初から。物騒な考えには、初めに乗り込んできたときから気づいていた。

……まったく、毎回こんなことしてたら通信士も全滅しちゃうぞ、とキューナの頭は能天気な説教を垂れ流す。

よし、まぁ、とりあえず。通信は終わったことだし。

びびって(・・・・)動けない(・・・・)演技を(・・・)やめて(・・・)、息を吸い。

「う、うわああああ――!」

恐怖に取り乱した演技で、扉に体当たりして個室から転がり出る。心臓めがけて振り下ろされた剣を偶然を装ってかわし、剣が床に突き立ったすきに、足をもつれさせながら出口へと向かう。

「サオード!!」

ゴウキークの怒号に、通信室の入口から飛び込んできた赤毛の青年が、立ちはだかるように剣を抜いた。

「げ」

部下もグルか。

仕方ないとキューナも剣を抜き、これくらいなら大尉レベルだろう、と青年の剣を弾き飛ばして、横を抜け、廊下を駆け出す。

とっさに旧宿舎側に向かってしまったことを後悔しつつ、扉を開けて闇の中に飛び出す。帽子をとって服の下に仕舞い、合わせを左前に直し、どこに隠れようかと周囲を見回す。

宿舎の裏手に回り、手近な小屋の扉を開けようとして――

「うわ」

扉はぴくりとも動かない。巻きつけられている真新しい鎖を見てざっと青ざめる。なんで鍵がかかってる。昨日まではなかった細工だ。

これはさすがに、量産型の古い剣では切れない。

みんなを巻き込まないようにと、宿舎に入らなかったことを後悔した。

追ってくる足音が異様に近くに聞こえて、慌てて立ち並ぶ小屋の間を抜けて奥へと向かう。

やばい、たぶん、宿舎に入らなかったところまでばれている。この分では、どの小屋に隠れようとしらみつぶしに開けられて、見つかるのは時間の問題だ。

――どうする。どうする。

走っているからというだけではなく、心拍数が跳ね上がる。

塀の上。――いや、この方角だとちょうど門番から丸見えだ。

厨房の勝手口から宿舎に入って、皆に紛れる。――あの様子では、その気になったら宿舎の中にいる人間を全員、尋問でもしかねない。その前に誰かしらキューナのことを進言するだろう。

宿舎の屋根まで上る。――壁に足場がないし、絶対に途中で気づかれる。

宿舎の端まで走って、迂回して本棟側に戻る。――だめだ、向こう側は月明かりで丸見えだ。

こっちの方向に隠し扉は――ああ、ない。

混乱しきった視界に、鍵の外れている小屋が映り、慌てて立ち止まった。

重そうな石の扉を掴んで、全力で引く。

「……っ」

キューナの力ではびくともしない。いや、わずかに動いたけれど、入れるほどの隙間は作れそうにない。手のひらの皮膚と骨が限界を訴えて、鋭い痛みが走り、僅かに血のにおいがした。

「……だよ、ね……」

頬を伝って顎からしたたる汗に、絶望的な気分になる。

こうなったら、この宿舎から丸見えの位置でゴウキークと戦って倒して、敵対勢力の仕業を装うしかない。なるべくなら正式な処分が出るまでは殺したくなかったのだけど、生き残るためには仕方ない、と扉を背にして剣を抜こうとして、

――ごとん、と背後の扉が動いた。

「え」

振り向いたキューナと、隙間から覗いた目がしっかりと合った。腕が伸びてきて、有無を言わせず引きずり込まれる。

ががん、と再び扉が閉まる。

「……ヤ、ヤスラ?」

「おう。無事か?」

呆然とするキューナの至近距離で、見知った少年がにかっと笑い、掴んでいた腕を離す。

その肩越しに、

「つか何してんだお前。顔、真っ赤」

呆れ顔のイグヤ。扉を閉めたウルツトが、外側から開かないように錆びた通信機材を積み上げていく。どおりで開かないわけだ。

木箱の上に座り込んだイグヤとペヘルは、ブラシのようなもので(クワ)にこびりついた泥を落としている。ヤサルタとウルツトもすぐに合流した。

農具の整備をしている四人を見渡して、キューナは息をひとつ吸って、頭を掻いた。

「ええと……ちょっと見てはならぬ現場を見た、というか」

「うげ。それぜってぇ俺らに言うなよ、巻き込むなよ」

「う、うん……」

ていうかすでに今、絶賛巻き込み中なんだけど、どうしよう。

だけど、もう一度出て行く勇気はない。ていうか、このメンバーがここにいると分かったら、このすぐ外でゴウキークを始末する、という選択肢すらも消えてしまった。

……やばい、いつもの光景にほっとしてしまって、頭が回らない。

ドン、とものすごい勢いで扉が外から叩かれた。石造りの小屋を揺るがすほどの衝撃に、全員がぎょっとなる。

「おい、開けろ!」

ゴウキークの怒号。

覚悟を決めたキューナは、手早く上着を脱いで袖をまくり、襟の外に髪を出し、息を整えて――

「座ってろ」

イグヤがそう言って、木箱をキューナの方向に蹴り、農具を押し付ける。

「い、いま開けます!」

そう叫んだヤサルタが、ウルツトを伴って扉に向かう。

重い扉が再び開いた。血走った目をした男が、ものすごく凶悪な顔で小屋の中を見渡す。その剣幕に固まったヤサルタをイグヤが押しのけ、震える手で敬礼した。

ゴウキークが言う。

「ここに、どっかの大尉が来ただろう」

「た……い、いいえ」

ゴウキークはイグヤの青い顔をにらみつけ、それから肩越しに振り返る。

「おい、聞いたんだろう、サオード」

真後ろに控えていた赤毛の青年が、息を切らしながら敬礼する。

「はい、確かに。――さっき、扉の開く音がしたな、出入りがあったろう」

「それはっ、オレがカゴを取りに、厨房に行きましたッ」

ヤサルタが慌てて答え、足元に転がるカゴを指さす。キューナの出入りの数分前の出来事だから、間違ってはいない。

「それ以外に出入りした奴は?」

イグヤとヤサルタが青い顔で首を振る。残りの三人はぴくりとも動かない。

まるっきり萎縮しきった反応はどう見ても新人の態度で、間違っても大尉が紛れていそうにない。先ほど、取り乱しながらもサオードの剣を弾き飛ばして俊敏に逃げていった細身の男の技量と、はためくコートの裾は二人に強烈な印象を残していて、目の前で背を丸めて震えているジャケット姿の少女とは全く合致しない。

「……いませんね」

サオードがぽつりと呟いた。

ふん、とゴウキークが鼻を鳴らした。

「おいガキ」

「はっ、はい!」

ヤサルタが背筋を伸ばす。

「お前の上官は誰だ」

「はいっ、アゴロ大尉とギーン少佐ですッ」

ゴウキークがちらと振り返り、サオードが首を振る。どう考えてもあの大尉はアゴロではない、という意味の、無言のやりとりが交わされる。

「全員同じ班か?」

ウルツトが小さく手を挙げて、上官の名を言った。顔見知りだったらしく「違うな」とゴウキークが顔をしかめて呟く。

「お前ら、もしここに……ちっせぇ大尉だ、それっぽい奴が来たら――引き止めておけ、俺を呼びに来い。いいな」

「はいっ」

二人が闇の中に踵を返すのを確認してから、元通り、扉が閉まる。

大きく息を吐いたイグヤとヤサルタが、扉を背にずるずると座り込み、「邪魔だ」とウルツトに蹴り飛ばされる。汚い床にヤサルタがごろごろと転がる。

「うっはー、寿命ちょう縮んだあー」

その丸まった背をイグヤが蹴った。

「つーか、お前は嘘つくの下手すぎんだよ、もう二度とやるな!」

「ええ、オレにしては上出来だったんだけど。ばれてなかったし」

「うるせぇ。今度から、ああいうのは俺がやるから、お前は黙ってろ」

「今度とか言うのやめてくれよー」

二人はしばらくわあわあ騒いでから身を起こし、戻ってきてキューナの前にどっかと座る。

イグヤがキューナを睨んだ。

「お前も、巻き込むなよ」

「うん、ごめんね。すごく助かった。ありがとう」

キューナがしっかり頭を下げると、イグヤの目が泳ぐ。その隣でヤサルタが照れくさそうに笑った。

「仲間だもんな!」

「こんなとこで班員に死なれてもな」

またわいわい揉め始めたイグヤとヤサルタを笑顔で眺めているキューナの肘を、隣のペヘルがつついて聞いた。

「ねぇ、どうして大尉なの」

ペヘルのもっともな疑問に、キューナは「さぁ?」ととぼけるしかなかった。

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