40.最後の少年(後編)
翌日。
「くっせぇえええ!」
扉を開けるなりヤサルタがわめいた。鼻をつまんでじたばたするそのオーバーアクションを、イグヤが迷惑そうに避けて、さっさと馬小屋に入っていく。手馴れた様子で馬を移動させようとして、思い出したように言う。
「ああ、気をつけろよ、蹴られたら死ぬぜ」
「は? 馬の扱いなんてわかんねぇよー」
肉になってねぇと、と頭を抱えたヤサルタが恨めしげに近くの馬を見た。
「食ったことないくせに」
「あるわけねーじゃん」
馬肉は高級品だ。
ヤサルタがいちいち大騒ぎするのをイグヤとキューナでなだめながら清掃を終えて、綺麗になった餌箱に飼料を流し入れる。穀物を見てよだれをたらしたヤサルタがイグヤに「さっさとしろ」とどつかれる。キューナは顔を寄せてきた小さめの馬の鼻をよしよしとなでてやった。
「あー」
空になった麻袋をヤサルタに手渡して、イグヤが大きく伸びをする。中腰続きで凝り固まった背中が変な音を立てた。
「馬乗りてーな」
「騎士っつってんのに馬乗れないの、やっぱおかしいよな」
騎士団、という名称は昔の、近衛兵だけだった頃の名残りだ。創立当時は中央州の州都の、王城とその周囲を守るためのごく小規模な組織だったらしい。いまや各州で複数の基地に分けてに配備される大仰な治安維持組織として、スカラコット国を支えるまでに発展した。国じゅうの騎士全員が乗れるほどの馬は貧しいこの国には生息していないだろう。現在、騎士の大半は歩兵としての訓練を積んでおり、実際に馬を持ち騎兵となれるのは上官だけという規則になっている。
「そういや、」ヤサルタがイグヤに聞いた。「お前、馬乗れるの?」
イグヤが近くの馬をじっと見る。
「ここの馬はどうか知らないけど、家にいる馬になら乗れたな」
「はあ? お前んち馬飼ってんの?! 金持ちじゃねーか!」
「だからそうだって話したじゃねーか!」
「あー私これ捨ててくるね」
わいわいと不毛な騒ぎを始めた二人の会話から逃げるように、キューナはゴミを集めると演習場に出た。空を見上げて一息つくと、額ににじむ汗をぬぐう。
「はー、くさかった。えっと、次は……」
汲み水で両手を流していると、何かかがコツコツと背中をつつく。じっとこらえていると、ふぃーよっ、とお馴染みの可愛らしい鳴き声が聞こえてきて、ほんのりと癒され……
「……き、来ちゃったのか! はるばる!」
至近距離の細枝にとまっていた見覚えのある小鳥が、もう一度、ふぃーよっ、と返答した。上機嫌なその子をとっさに服の下に抱え込んで、人気のない方角に走る。周囲を見回して、いつものように塀を駆け上がった。
日当たりのいい場所にしゃがみこむなり、外套の下からひょっこりと小さな顔が突き出る。
「お」
と、思ったら引っ込む。しばらく何回か出入りしたあと、両足飛びで全身ごと出てきた。反射的にとりあえずその丸っこいフォルムを撫でてやると、ウォルンフォラドの愛娘フィーオは気持ちよさそうにくるくると鳴いた。相変わらず人懐っこい子だ。
「……うん、よし、癒された」
ウォルンフォラドは家飼いの愛玩用にしてるけど、この種類は元々、長距離の伝書用に作られた鳥だ。飛んでこれなくはない。
「うーん、まさかウォンちゃんの指示じゃないよね?」
あの親バカに限って、そんな無茶はさせないはず。愛くるしい尾羽がぴこぴこと上下する。
まぁちょうどいいや、と呟いて、キューナの左手が、宿舎のとある部屋の窓を指さし。
「あとで手紙任せるからさ、あの部屋で待っててくれる?」
利口な小鳥は甲高い返事をすると、すぐさま翼を広げて空高く飛び立った。
***
廊下の先から聞こえてきた足音に、G班の一同は清掃の手を止めて振り返った。M・N班担当の中尉が、見慣れない、正装姿の初老の男を連れて歩いてくる。
班長の号令に合わせて、一斉に敬礼を向ける。二人の男が皆の前を通ったところで、廊下の反対側から、慌てた様子の男が駆けてきた。いつも偉そうな顔をしている、A・B班担当の大尉だ。大尉は二人に気づくと、少し離れた位置で驚いたように足を止めた。二人も立ち止まる。
廊下に一瞬の静寂が満ちる。
大尉は蒼い目を見開いて、震える声で貴族の男に問う。
「伯爵……なぜここに」
初老の男はその様子を面白そうに、悠然と見返し、もったいぶったような異様にのんびりとした口調で返した。
「おや、大尉殿。グルソーブ伯爵の会食会以来だね。私がここにいたら、なにかマズいのかね?」
動揺しきった大尉の目が、次に中尉に向けられる。勝ち誇ったような笑みを浮かべる初老の男の脇に控え、従順に頭を垂れている騎士に。
「何をしている、中尉」
伯爵の、豊かなひげに覆われた口角がぐいっと上がる。頭を少し上げた中尉は、大尉の顔を平然と見つめて。
「何のことやら」
低く短く、温度のない返答。大尉の顔がかっと上気する。
「貴様……!」
「あぁ大尉殿、彼から聞いたよ、」掴みかからんばかりの怒声を遮るように、伯爵が言う。「炭鉱に馬産、随分と潤ってるそうじゃないか――まぁ、近頃は大変なようだが。今も、それで急いでいたんじゃないのかい?」
「……どこで、それを」
顔面蒼白になる男の表情を堪能してから、伯爵は得意げに笑った。
「いや、なに、最近ね、面白いものを手に入れたのでね。――大尉殿にも見せておやり」
中尉が一枚の羊皮紙を広げてみせた。
「ど、どういうことだ、なぜその権益書をお前が……あいつが持っていたはずだ、あいつはどうした」
答えない。その顔を凝視して、
「まさか殺したのか?!」
信じられないものを見る目と、腰を抜かしかねない勢いで仰天して、唾を飛ばしながら叫んだ。
紙の端に点々とついた赤黒いしみ――血痕の飛び方を彼らの肩越しに観察して、キューナはゆっくりと目を閉じた。
(ひとおもいに殺ったな)
色から見て数日前の犯行というところか。今から探しても息はない。
「さて、そろそろ行こうか中尉。君と話すのもなかなか面白いが、ゴウキーク大佐に呼ばれているのでね」
立ち尽くす大尉の横を、伯爵はのんびりとした足取りで通り過ぎる。
「……大佐の、指示か?」
「何のことかね?」
伯爵は声を出して笑う。
その後ろに中尉も続く。
「ま、待て、中尉、先月の件を忘れたわけではないだろう?!」
中尉は黙って紙を元通りに丸めると、こはぜを留めた。
大尉は握りしめた手を震わせながら、押し殺した声で叫んだ。
「わが家の名誉に賭けて……このままでは済まさんぞ……!」
足音は遠ざかり、しまいに聞こえなくなった。
キューナは班員の誰かが落とした足もとの雑巾を拾って、水を張った木桶に入れた。その水音に、呆然と事態を見守っていた班員たちが我に返って慌てて作業に戻る。
大尉はふらふらと廊下を進み、近くにあった自身の執務室に引っ込んだ。
壁の目地を磨きながら、イグヤとヤサルタがほっと息を吐く。
その後ろで――
「どういうことか説明しろ。あれはなんだ、ログネル」
副班長の鋭い声が飛んだ。慌てて振り返る。皆の視線を集めたログネルは、いつものように困った笑みを浮かべる。
「ご心配をおかけてしてすみません、大丈夫ですよ」
「そんなこと聞いてない。中尉、お前を呼ぼうとしただろう。脅されたか?」
「だから大丈夫ですって」
諦めの息を吐こうとした副班長の呼吸音が、次の言葉で途切れた。
「――もう、二人減ったのは確実なので」
「お、お前……」
ログネルは穏やかな笑みを浮かべて、窓の外の青空を見ていた。
「まさかこんな早くバレるとはなぁ」
その悪びれない呟きに、副班長は詰め寄って襟ぐりを引き上げた。
「お前、何やってるか分かってるのか?!」
壁に打ち付けられて苦悶の表情を浮かべるログネルは、だけど、はっきりと言い切った。
「必要な、ことだ」
「なに考えてんだ、上官のゴタゴタに首突っ込んで、巻き沿い食らうことほど馬鹿馬鹿しいこともねぇって、知ってるだろ」
「巻き沿いなんか食らいませんよ、この班にバレても……だって、これ以上、人手がなくなったら困るでしょう」
かすれた声で呟いた。
誰かが息を呑む音がキューナの耳に届いた。
柱に寄りかかって事態を静観していた班長が言った。
「人間、腐るもんだな」
蔑んだ目を向ける班長に、青年はただ力なく笑ってみせる。
「元々、こういう人間ですよ僕は。偽善者のふりをしていただけで」
そう小さく呟く。
怒る気の失せた副班長が手を離す。ログネルは乱れた襟をそのままに、さっさと歩き去っていく。
「あ……」
アサトがそれを追って走っていく。
階段を駆け下り、厨房の前で追いついて、アサトは泣きそうな声でその名を呼んだ。
ログネルの、まっすぐのびた背が止まる。アサトも足を止めた。
二人とも、しばらく何も言わなかった。
厨房の閉めきった扉の向こうから、食材の搬入をしているらしい物音と声が聞こえてくる。
「……ろ、ログネルくんは、」
ぽつりと言いかけたアサトに、ログネルは振り向かないまま首を振った。
「あれは弟の性格なんです、俺たちが殺した、弟の」
懺悔のように、痛みを噛みしめるように言った。それから、振り払うように天井を見上げ、再び歩き始めた。
その背を、アサトは立ち尽くしたまま見送って、
「ヘルゲルくんのは、あれは、ログネルくんのせいじゃないのに……」
さびしげに呟いた。
その呟きを、壁越しにキューナが聞いていた。
半身を一つ失った日、正しく生きる。俺たちはそう決意した。
正しく。
だがその前に、生きることが大前提。
生き抜くために必要なことならば、何だってやる。それが贖罪。それだけが生きる意味。
「俺たちは騎士だ、人を殺すことを厭わない」
染み付かせるように、言い聞かせるように何度も呟く。
これまでそうしてきたように。
だけど、どうしてだか――あの日の弟の顔が、ずっと頭から離れない。命日の、あの日に、最後に見た満面の笑顔が、脳裏にしっかりと焼きついて離れない。
夢に出るほどに。ことあるごとに、白昼夢のように思い出すほどに。
春小麦の切り株からにおいたつ草のにおいと、乾いた日差しのあたたかさ。冷たい風。
今でもしっかり覚えている。
「俺たちは騎士だ、人を殺すことを厭わない」
そう、ログネルは自身に言い聞かせる。
決意を固めた目はまっすぐに、目の前に伸びる薄暗い廊下を見つめ、決して揺らぐことはない――
***
夕食の片づけを終えたキューナは、洗濯物を取りに部屋に向かう途中で、ふらつく後ろ姿を見かけた。
「ミンリオ、大丈夫?」
振り返った顔は尋常じゃなく赤かった。頬をつたう汗が顎から滴っている。
日の沈んだ隙間だらけの建物の中はかなり寒いはずなのに。
「具合悪いなら、」
「うん、なんか……」
いつもと違って鈍い反応を返す小さな少年は、ぼんやりうなずいて、その場で倒れた。
「た、大変だ……!! どうしよう、ねぇルコックド!」
偶然側にいたアサトが必要以上に大声で動揺し、
「あの、助けて!」
周囲にいた数人に泣きついた。
「は、はい」
通りがかりの見知らぬ目つきの悪い少年はアサトのことを知っているようで、慌てて背筋を伸ばし指示をあおぐ。
アサトはキューナを見た。キューナは腕の中で荒い息をする男の子の脈をとりながら言う。
「まずは、部屋に運んで休ませないといけないですね」
「へ、部屋って……」
アサトが周囲を見回す。野次馬の一人が手を挙げた。
「アサトさん。俺、そいつの部屋知ってますよ」
「ほ、ほんとう? 案内してもらえる?!」
ミンリオが次に目を覚ましたときには、いつもの寝床である屋根裏部屋にいた。いつもは一人きりの狭い部屋に、背を丸めて低い天井に頭をつけるようにして座り込んでいる少女がいる。意識を失う直前のことを思い出したミンリオは、薄い布団を跳ね除けて慌てて身を起こす。
「し、仕事が……」
「大丈夫、みんなで手分けしてるから心配しなくていいよ。あとで怒られないようにしとくからね」
少女が優しい顔をして、ミンリオの胸に手を置いた。ほっとしたように小さな腕が下がった。
ぎしぎしとはしごの軋む音がして、
「ルコックド、」
階下からのぼってきたアサトが顔を出す。
「ちょうどいいところに。ミンリオ、今起きました」
「良かったー。これ薬」
「え、え、」
ここでの薬の価値と希少性を良くわかっている小さな少年は、縮こまってぶるぶると首を振る。
「大丈夫だよ、これ、この前街に出たときに僕が自分で買ったものだから、誰かのものじゃないし、誰も僕が持ってるって知らないし」
ミンリオが困ったようにキューナを見るから、キューナは安心させるように笑みを浮かべてうなずいた。大人しくなったミンリオにアサトが薬を飲ませ、熱を測り、かいがいしく世話を焼く。
「アサトさん、イグヤとエイファに伝えてくるので、少しお任せしてもいいですか」
「任せてー」
ミンリオもうなずくのを確認してから、少女は手を振ると、はしごを使わず身軽に飛び降りて消えた。二人はあっけにとられて、それからふっと笑いあった。
アサトが指折り数えてミンリオの今晩の仕事を確認していく。
「これで全部だよね」
「は、はい」
「……あの量を、いつも一人で?」
「よく終わらなくて、その」
ミンリオ以上にアサトが悲しい顔をして、ミンリオの小さな頭をなでる。
「……大人まで生きれないかなぁっていうのは、うん、わかってるんですけど」
悔しいけど、とうわごとのように呟く。
その小さな手を握りしめて、アサトは狭い屋根裏部屋からまたたき始めた星空を眺めた。
冷気と静寂の満ちる空間で、少年が不意に喉を鳴らした。
「……し、死ぬのやだな、おれ、まだ、」
アサトは、恐慌状態になった小さな身体を抱きしめた。
「ミンリオ、落ち着こう。――風邪って知らない?」
「わかるよ、今すごい寒気がする。ぞぞってする」
「ええと、そうじゃなくてね」
汗ばむ背中をゆっくりとなでる。目に見えるくらいがたがたしていた震えが、徐々に収まっていく。
「誰でもなるんだ。僕も小さいときは毎年のように罹ってた」
「……ほんとう?」
見上げてくる丸い瞳の涙を拭って、アサトは優しく笑いかける。
軽やかな足音が近づいてきて、
「お待たせ!」
鼻歌とともにキューナが顔を出す。
「お帰り。僕も一度戻ろうかな」
「ああそうだ、アサトさん、班長が待ちくたびれてましたよ。八つ当たりでジュオさんがぼこぼこにされて」
「うわああ」
慌てて立ち上がって天井に頭をぶつけて悲鳴を上げてうずくまる。頭を押さえてうめきながら涙目のアサトがはしごを下りていった。
さて、とキューナがミンリオの側に座る。
「ちょうどいいから、ここで仕事片付けちゃってもいい? ちょっと時間かかるんだけど」
ほっとしたように表情を緩めて、ミンリオがうなずく。
ありがとう、と言ったキューナは、くつろぐ気まんまんでブーツを脱ぎ始める。
「あ、寒いから、足だけ入れさせて」
「入って入って!」
毛布が波打つ。座って一息ついたキューナの腹部あたりから、ふぃーよっ、と小さな声が聞こえた。ミンリオが目を丸くして音源を見た。いたずらっこのような目をしたキューナが、ばれたか、と笑う。
「いつも頑張ってるミンリオに、お姉さんがいいもの見せたげよう。いいよ、フィーオ、出ておいで」
コートの前を少し開けると、ぴょこんと鳥の頭部が飛び出した。
「う、わ!」
大声を上げて飛び起きたミンリオが、苦しそうに咳き込んだ。
あははと笑ってキューナが背中をなでてやる。言い聞かせて、元のように寝かしつけて。
「はい、どうぞ」
ミンリオがかぶった毛布の上に、つぶらな目をした小鳥をそっと下ろした。少年と小鳥は、しばらく無言で向かい合う。それを見て微笑んだキューナは、近くに転がっていた木箱を引き寄せると、その上に持参した紙を広げて、ペンでなにやら書き付け始めた。
「ねぇ、こいつ何?」
「んー? 友達が飼ってる鳥。迷い込んできちゃったみたいだから、手紙つけて送り返そうと思って」
「すげー。おまえ、伝令なのか」
感嘆の声を上げたミンリオに返事をするように抜群のタイミングで、フィーオが、ふぃ、と誇らしげに鳴いた。それが面白かったらしく、ミンリオがざっくばらんに話しかけ、鳴いたり鳴かなかったりするのを勝手に解釈して笑う。しばらくそうやって遊んでから、ミンリオの目が、ふとキューナのほうを向いた。
「ねぇ、そいつってどんな友達? 動物好き?」
「いや、鳥好き。猫と虫は大の苦手」
「なにそれ」
「甘やかされて育ったお坊ちゃんなんだよ。いい年して潔癖症でワガママ」
「キューナより年上?」
「そりゃもう。リュデく……リュデ少将よりも上」
「元帥より?」
「さすがにそれはないけど。普通のオッサンだよ。ふつーの。――よし、でーきた」
書き上げた紙を振ってインクを乾かすと、小さく折りたたんで紐でくくる。
「おいでフィーオ」
小鳥の背を何度かなでてから、細い足に手紙を結びつける。
「よし、と。じゃあミンリオ、お別れだよ」
「うん。――健闘を祈る」
毛布の下から右手を出して、小鳥に向かって真剣な顔で敬礼を向けた。
キューナもそれに倣ってから、斜めの天窓を開けてフィーオを飛ばした。翼を広げて勇ましく飛び立った小鳥は、闇夜にまぎれてすぐに見えなくなる。
キューナは窓を閉じて、ミンリオに向き直る。
「さて、そろそろおやすみ」
「うん。あのさ、寝るから……寝付くまでさ、」
「うん、ちゃんと居るよ」
小さな頭をなでてやれば、ほっとしたように表情を緩めて、少年は目を閉じた。
大きく伸びをしたキューナは床に両手をついて、天窓から星空を見上げた。ガラスが薄いせいか、星の色や明滅までがはっきりと見える。不意に、いつか見た景色と重なって、思い出が次々と蘇る。
なかなか寝付けないようで、ミンリオが何度も寝返りを打つ音がする。
「……知り合いの騎士さんから聞いた話、しようか」
小さく提案すると、ミンリオが、ころんとこちらに寝返りを打った。毛布の下から覗く顔は熱っぽいが、目だけが好奇心に輝いている。
「前線の野営地ってね、夜はすることがないから、皆で星ばっかり見てるんだって」
「おんなじだ」
掠れた、でも弾んだ声。
「おれも、いつも星ばっか見てる」
「じゃあ、ミンリオが一番詳しいかもね」
「この窓から、いつ見たらどんな形になるか、大体分かるよ!」
「お、すごい」
キューナは、右手の小指をミンリオの前に出した。
「約束。いつか、一緒に前線で、星の話をしよう」
「うん。やくそく」
小指をつなぎあわせた。
「ねぇ、その人は、どんな騎士?」
「え、うーん」
キューナが照れたように頬を掻いている間に、ミンリオが大きなあくびを一つする。寝つくまでもう少しだな、と察して、まぁいいかと口を開いた。
「南州の海沿いの町に生まれて、南州騎士団に入って、今は中央騎士団で中将やってる」
「すっげー。……怖い人?」
「うーん、どうだろ。『緊張感ない』とか『なに考えてるんだか分からない』とか言われてたかな」
ほっとしたように表情を緩める。
「その人も、小さいときはミンリオみたいに、『騎士ってカッコいいなぁ』って憧れてたんだよ。で、見よう見まねで剣の練習してたときに、家の近くに建ってた南州騎士団の騎士たちに見つかって、剣術を教えてもらえるようになって――その腕を見込まれて、南州騎士団に入った」
暗闇の中、少年は息をひそめて少女の言葉を聞いている。
「大戦が始まって、その人は何度も前線で戦った。最初は騎士になれたことが誇らしくて戦うだけだった。だけど、町の皆が大好きで、ともに戦う仲間が大好きで、彼らを守りたくて戦うようになった。そのうち、部下も持つようになって、守りたいものがどんどん増えていってね。そんなときにいきなり、中央騎士団に行けって言われて、悩んだけど行くことにしたんだ。家族や友達とは遠く離れるけど、二度と会えないかもしれないけど、それで、よりたくさんの人を助けられるなら、騎士として生きるには良いのかなって」
「もう会えないの? 生きてるのに?」
「いつか会えるかもって思ってると、待っているほうは辛いでしょ。だから、『死んだことにして』って言って、連絡先も教えずに南州から出てきた。――事情や考え方は人によって違うと思うけど、その人にとっては、それが、騎士としての生き方」
「……その人、まだ生きてる?」
「うん。……たぶん」
「おれ、その人とも、星の話したいなあ」
「うん。しようね」
眠りに落ちた少年の枕元で、キューナは、おやすみ、と囁いた。




