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Hard Days' Knights  作者: 里崎
三週目編
34/73

33.往路

アゴロに呼ばれて本棟に向かっていった班長と副班長は、いつになく強張った顔で皆の元に戻ってきた。

「まじG班ついてねぇ」

自然と集まった班員の中央で、班長はぶつくさと呟いて、あぐらをかいて座り込んだ。

「残念なお知らせだ。今日でG班は解散する」

「へ?」

 立ったままの副班長のブーツが、班長の背中を小突いた。

「ちゃんと言ってやれ」

「似たようなもんだろ」

 終わったな、とヤケクソのように叫ぶ班長。いつも飄々とこなすこの人が、ここまで取り乱すのは珍しい。

 キューナは班長と副班長の顔を交互に見る。

「ったく。落ち着いて聞けよ。――来週から、北限基地での演習が決まった」

 班員が静まった。キューナは隣を振り向く。

「北限基地って……この前、イグヤが言ってた」

「ああそうだよ、北限地域の基地!」

 頭を抱えてイグヤが叫ぶ。

「半減したとこもあるし、班ごと遭難したところもあるって」

「げええ」

「ヤサルタ汚い」

「準備ができたら出発する。逃げ出す奴は今のうちに失せろ。まぁ、どっちが死亡率高いか知らねぇけど」

「班長は?」

「行ってから考える」

立ち上がった班長に追い立てられるように宿舎に向かい、荷造りをするなり、日も高い時刻にG班は揃って正門をくぐり抜けて外に出た。

門のすぐ側に控えていた馬車に、大量の荷物と一緒に乗り込む。がたがたと左右に揺さぶられて、崩れかかってきた木箱を右手で支え、転がってきた樽を足で押さえつつ、ログネルが班長に聞く。

「まさかこれ全部、俺らの物資って訳じゃない、ですよね」

「なわけあるか。これは本部から『寄港地』への定期便だ。むしろ俺らがおまけだよ」

「はんちょー、」ヤサルタが後方からのんびりと叫ぶ。「アサトさん、車酔いっすー」

「ほっとけ」


***


夕暮れの中。

高い塀の向こうに、要塞のようなのっぺりした、頑健そうな建物がそびえている。

「着いたぜ北限ー!」

停車する前に、真っ先に馬車を降りたヤサルタが叫ぶ。その頭を班長がはたいた。

「なわけねぇだろ。今日はここに泊まる」

「ここって……」

「『寄港地』、通称だ。北限の一つ手前の基地だな」

 説明を受けつつ、荷物を持って門をくぐる。

「本部とは何か雰囲気が違うな」

「塀の色が違う! こっちのが茶色い!」

間違え探しのように指さし始めるヤサルタに、ああ、とイグヤもうなずく。

「だいぶ北上したし、土質が違うのかもな」

「どんな部屋かなー、メシはどんなかなー」

そわそわするヤサルタを班長が呆れた目で振り返る。

「何を期待してんだ。言っとくけど本部の設備が一番上等だからな」

「えええ……」

 ヤサルタが両肩を落とした。

「――通して!!」

 今しがた通ったばかりの門から、若い女性の金切り声が響いた。

「……な、何だろ?」

 にわかに始まった後方の騒動に、アサトが一気に青ざめて、恐る恐る振り返った。先頭の班長は「ほっとけ」とにべもない。

 ヤサルタがなぜかわくわくした表情で。

「はんちょー、ちょっと見てきていいっすか?」

「あー、まぁ今日は何もねぇけど」

「よっし行こうぜ!」

左右のキューナとイグヤの首に腕を回して強制的にひっぱった。

「放せバカ! 自分から厄介ごとに巻き込まれに行ってどうすんだ」

「だって美人かも知んねぇじゃん!」

 でれっとしたヤサルタを見る、イグヤの白い目。

「……それかよ。つーか騎士団に乗り込んでくる市民の女がマトモな奴なわけ……」

「お願い! 医者に診せて! 娘が病気なの! 死んでしまう……!」

 押し入ろうとして門番に取り押さえられている女性の胸元に、青い顔の赤子が見えた。長い髪を振り乱して、鬼気迫る形相の母親に、バカ騒ぎしていたヤサルタとイグヤが口をつぐんだ。近くで演習中だった騎士たちも手を止めて、何事かと様子を見守っている。

 屈強な門番が、女の細い肩を片腕で掴んで顔を近づけた。

「ここが病院に見えんのか?」

「有名な騎士団医がいるって聞いたの! ねぇ、いるんでしょう?! お願い、少しでいいの!」

 門番はバカにしたように女を笑い、それでもひるまない女が門番を押しのけようと暴れ――

「あ」

キューナが呟いた。

 闇雲に振り回した女の腕が、なにやらしゃべっていた門番の顎を殴り上げた。がち、と歯の鳴る音が周囲にまで聞こえた。イグヤが茶化すように目をつぶる。

「うわ、痛そ」

「って言ってる場合かよ、ちょ、やべえよあの人……おいキューナ?!」

 いきなり駆け出したキューナが、演習中の騎士の一人から木刀を拝借して全速力で門に向かう。激昂した門番が右手で剣を引き抜いたのを見て、我に返った女性が両腕で赤子を庇い――

 ――振り下ろされた剣は途中で止まった。

 どこかから女の前に割り込んできた女騎士が、木刀で門番の剣の柄を押さえていた。

「……なんだ、お前」

「本部の騎士、です」

あえて階級は伏せる。

門番の手が一瞬、躊躇いに揺れた。返答はやけに若い声だったが、北州騎士団の中でも支部ごとに序列があり、本部の騎士に楯突いた他の騎士の言い分は不利になることが多い。

 キューナの手から木刀が落ちて、からんと鳴った。門番の目がそれを追い、キューナの腰に差してある剣に気づいて怪訝な顔をする。

 呆然としている女の後ろに回りこんだキューナは、遠慮なく羽交い絞めにして、門番に言った。

「どけてきます」

「あ、ああ。できるだけ遠くに捨ててこいよ」

「や、やめて! 放して! 通してええ!!」

 また暴れ出す女を要領よく連行していくキューナを見送り、厄介事を預けた門番の男はほっとしたような顔をした。その横をばたばたと若い騎士が二人通り抜けて、去っていく女と女騎士を追っていく。

「おいおいキューナ!」

「来たなら手伝ってー、さすがに疲れた」

 息を切らして暴れる女性を、追ってきた二人に託して、キューナは酷使した腕を揺らした。3人の騎士に囲まれ、どうあっても無理だと気づいた女性は、途端に抵抗を止めてその場に泣き崩れた。

「お、おわっ」

 急に変わった動きを、慌ててイグヤが支える。

「……ど、どうして止めるの……!」

 か細い泣き声に、3人で目を見合わせる。これでもかというくらい眉をハの字に下げたヤサルタが言った。

「北州騎士団には、今、騎士団医はいないんすよ」

「……う、うそ」

「数年前まではいたって話ですけど……だからムダっすよ! って、やべ」

ヤサルタの失言も、茫然自失の女性の耳には入らない。イグヤが市街地のほうを眺めた。

「この街、そこそこでかいだろ。街の医者には診せたのか?」

「い、行ったわ。そしたら騎士団医くらい優秀な医者と薬がないと治せない病だって……」

 難題すぎる難題に、イグヤがため息をついた。少し離れたところで建物に寄りかかっていたキューナが、口を開いた。

「そんなに酷いの?」

 女性が両手で顔を覆った。

「今朝から意識がなくて……全身に斑点が……」

 キューナは――大きく一歩遠ざかり、嫌悪感丸出しの声で言った。

「……うつるの?」

「うつらないわ! 私、ずっと付きっきりで看病してるもの! 村でも、村の中でも苦しんでたのは、私の娘、一人だけだったもの……!!」

 女の喚くのを散々聞いてから――症状と経過を散々聞き出してから――キューナは「とにかく」と切り出した。

「騎士団にあたってもムダ。泣いてる暇があったら、早くこの街出て、別の医者を探すことだね、お姉さん」

「おっ前、困ってる人になんつう言い方……」

 女性は俯きながらうなずいて、娘の名を数回呼ぶと、ふらつく足取りで街のほうへ歩き出した。それを何となく見送って、

「戻るか……」

「おう……」

テンション駄々下がりの二人の横をすり抜けて、キューナはひらりと手を振る。

「先に戻ってて。ちょっと尾けてくる」

「へ?」

「おい?」

 坂道を下り、周囲の建物を参考程度に覚えながら進む。物陰から女の入っていった宿を確認したあと、キューナは隣の宿に飛び込んだ。

「緊急だ! すまないが、紙とペンを貸してくれ」

 カウンターの女将からひったくるようにペンを奪って、殴り書きで一筆したためる。近くで玄関を磨いていた子どもを呼びつけ、硬貨と一緒に突き出した。

「大至急、速達で頼めるかな?」

 子どもは、ただならぬ様子の騎士に顔を強張らせ、あっという間に駆け出して行った。


***


 その日の遅く、一人の初老の男が、大きなカバンとともに女の宿を訪ねてきた。

「――患者は?!」

 その一言で女の部屋に押し入ったかと思うと、男は旅装を手早く脱ぎ、カバンを広げる。詰め込まれていた見たこともない医療器具の数々に、女が口元を押さえて驚きに固まった。寝台に赤子を見つけた男は、手早く処置を始めながら口を開く。

「一人で騎士団に飛び込んだんだって? 普通なら母子ともども死んでいるな、本当に運が良い」

「ど、どうして……なぜ……」

 うろたえるだけの女性に、男は、しわだらけの、人好きのする穏やかな笑顔を向けた。

「あんたのことをアルコクト中将殿が知らせてくれたんだ。私は元騎士団医だが、引退して今は近くの田舎町で暮らしていてね。もう騎士団とは関わらないと決めたんだが、他ならぬ中将殿の頼みとあっちゃあね。――ああ、大丈夫だ、間に合ったな。この症状なら薬がある」

「……あ、ありがとうございます……!」

 女性は驚きと安堵に泣き崩れた。

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