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Hard Days' Knights  作者: 里崎
二週目編
24/73

23.宴

夕刻の鐘が鳴る。とたんにそこらじゅうで若い騎士たちが騒ぎ出した。

「な、なに?」

周囲を見回せば、同じようにわけが分からず動揺している新人騎士の姿がある。近くにいた少年が教えてくれた。

「高官たちが全員揃って街へもてなされにいく日らしいよ。朝まで誰も帰って来ないんだって」

「ほーう」

あごに手を当て、ヤサルタが目を輝かせる。

ほとんど全ての扉が開け放たれ、ばたばたと先輩方が忙しそうに駆け回っている。目の前でカーペットが巻き取られ、その下にあった床板が手際よく剥がされた。大量のほこりが舞い上がる。

「何ぼさっとしてんだルコックド、イグヤ、手伝え!!」

部屋の中央くらいの床の下から大きな木箱を持ち上げた班長が、壁際に立っていたキューナたちに気づいて怒号を飛ばす。二人は駆け寄って木箱を引き上げるのに手を貸した。動かすたび、中からガラガラと音がする。キューナの顔が好奇心に輝く。

「ねぇ班長、これ何はいって――」

「B班、到着しましたぁ!」

まるで演習のときのように勇ましい敬礼をしたエイナルファーデが、扉を開けて部屋に入ってくる。左手には大量の古布。閉まろうとする扉を右手で押さえる。続いて入ってきたのは顔を真っ赤にしたB班の男性陣。ぜーぜー言いながら運んできたのは――

「……そ、ソファ?」

 突然現れた豪華な革張りのカウチに、イグヤが目を瞠った。キューナは呆れ笑いを浮かべる。

「それ、本棟の応接室のですよね? 遠路はるばる……すっごいなぁ」

「月イチの自由な日だからな」

平然とした副班長の返答に、どうやら毎月こんなことやっているらしいと悟ってキューナは更に呆れた。

他にも、椅子やらソファやらベッドやらが次々と運び込まれてきて、中心の木箱の山を囲むように輪になって置かれた。それらに、エイナルファーデが駆け回って布をかぶせていく。重労働を終えた騎士たちは満足そうな顔をして、その上にどっかと腰かけた。

「ほら、」

後ろからの声に振り向けば、副班長がどこからか持ち出してきたバールを2本、イグヤに差し出していた。

「隣のお嬢さん(レディ)に使い方、教えてやるといい。ま、お前らの力じゃ開かないかもしれないが」

むっとするイグヤが手を伸ばす前に、キューナが勝手に受け取る。

「私、使えますよ。これ全部開けていいんですね」

足元の木箱に片足を置いて、慣れた手つきでバールを当てた。べりべりと音を立てて木蓋がはがれる。淵にびっしりと打ち込まれていた釘があっけなく引き抜かれて床に散らばる。

「わ、お酒だ」

中をのぞきこんで、詰め込まれた大小の瓶に歓声をあげる。持ったままの蓋で散らばった釘を手早くまとめてから、

「あっちは何かなー」

くるくるとバールを回して、別の木箱に向かっていく。その後ろで、腕組みをした副班長が隣のイグヤをなんともいえない表情で見下ろした。

「……あいつ何者だ?」

「俺もよくは知りません」

「そうか」

「あ、俺も手伝いに行」

踏み出そうとしたイグヤの足は、たった一歩で止まる。

目の前には見たこともないスピードで木蓋をばかばか開けていくキューナの姿がある。周囲の騎士たちも固まっている。

 とんとん、と持て余した靴先を鳴らすイグヤ。

「……行かなくていいですかね。なんであいつはあんなに楽しそうなんだ」

「あー、祭好きそうだよな」

 うなずいた副班長の右手がコートのポケットをさぐり、

「バール返せ。お前はこっち、吹いてろ」

取り出した木片が、イグヤの手にばらばらと落とされた。

「ああ」と返したイグヤは、おにぎりでも握るようにそれを組み合わせる。現れたのは木製の球体。継ぎ目に指を沿わせ、イグヤは完成したまんまるいかたまりに息を吹き込んだ。


挿絵(By みてみん)



***


 あと一箱、と顔を上げたキューナの耳に、丸い音色が滑り込んだ。思わず動きを止めて見回す。

 音はイグヤの手元で鳴っていた。キューナの知らない曲だった。伸びやかで軽やかな旋律。

 その音に気をとられているうちに、木箱は全て開けられていた。いつのまにか暖炉にも火が入っている。座れ、と皆が叫んだ。と言われても、ほとんどの席が各班の班長やら副班長で埋まっていたので、キューナは近くのソファの肘掛けに寄りかかった。覆いの布が少し動いて、そのソファに座っていた5年目の男と目が合った。彼は上機嫌な顔で「賢いな」と笑う。

「あぶれた一年目は大抵、床に座るんだが」

「お邪魔でしたら」

「いいよ別に。今日は無礼講だ」

 反対側、広いベッドに寝転んでいた男が突然歌い出した。低く太く、よく通る声。訛りの強い、望郷の詞。

 一瞬音を止めたイグヤは、すぐに男が歌う曲を吹き始めた。数人が歌に加わる。

 円の中心で、空になった箱をひっくり返してそこに座った我らがG班の班長が、抱えている小箱から木片を取り出しては円の誰かに投げている。音が次々に増えていく。

「ほれ、お前はどっちだ」

感心して眺めていたキューナに、ソファの隣人が二つのかたまりを差し出した。キューナも見た目と名前だけは知っている。楽器だ。モクリとサイナ。

キューナは笑って首を振り、

「いいなぁ」

眠くなる音色を堪能しながら、つぎはぎだらけの布を引き寄せ、ソファのかたい肘掛けに寄りかかったまま体を丸める。

「いいなぁ、って――お前、どっちもできねぇの?」

「あー、確か、学舎で習う前にイイミイ戦が起きて…」

当時ただの学生だったクウナは剣の腕を見初められて、南州騎士団に引き抜かれて駆り出された。同世代が笛を吹いていた頃は、ひたすら訓練漬けの日々だった。

「そんな時期だったかな。凱旋があったりしてちびどもが目ぇきらっきらさせて真似してたな。あの類いか。そん頃から剣ばっかり振ってたから、笛なんて触ってねぇ、ってか?」

笑ってうなずき、回ってきた酒を受け取ってぐいっとあおった。

ぴゅう、と賞賛の口笛が鳴る。

「お前、細っこいのに勢いよく飲むなぁ」

「飲まないとやってられないですよ、騎士なんて」

悟ったように言う新人に、頼もしいと苦笑する。

「あと何十年もあるってのに。潰れんなよ?」

「善処します」

色々とご教授いただけると、と笑うキューナの軽口に、任せろと男が笑う。


***


すっかりリフレッシュしたキューナは上機嫌で伸びをしつつ、廊下を歩いていた。空の水汲みバケツをぶら下げた青髪めがねの少年と出会う。

「あっねえペヘル、イグヤ知らない?」

「あっち」

ペヘルがすぐに指さした先には、部屋の隅で先輩がたに囲まれ、カードに興じているイグヤがいた。

「ほんとだ、ありがと」

礼にと飴玉を差し出すと、ペヘルはすぐに口に入れてコロコロと転がした。口の中に広がる糖度の高い味に、不思議そうにキューナを見る。

「差し支えなければ聞きたいな。ルコックドは、食品の入手ルートがあるの?」

「……誰にも売らない情報、とかいう約束はありえる?」

「もちろん。そうでなくては情報屋失格だよ」

口約束だけど頼もしい。ペヘルの口の堅さは信用できる。

今や運命共同体だ。一、二回取引をしただけの人たちにはペヘルの情報量のすごさは分からないだろうが、今までにキューナがペヘルから引き出した情報と情報網を上官にぶちまけたら、ペヘルは間違いなく危険分子として始末される。もちろん、その情報を知っているキューナだって例外ではない。そして、お互いにそれを分かっている。

「どんな取引されても、誰にも言わないでね」

キューナの前置きに、ペヘルはしっかりとうなずいた。

キューナは手のひらを広げて、ペヘルの前に掲げる。

「手のひらの中に隠せるサイズで、北州首都の市街地に売ってる物だったら、大抵は一週間で入手できる」

ペヘルはたっぷり数秒固まってから、ずり落ちてもいないめがねの位置を両手で直した。

「…………そのルートの情報は、ヒントだけでも、高いよね」

「ごめんね、たぶんペヘルが持ってる全ての情報と物を掻き集めてくれても、これだけは売れないなぁ」

頭を掻いて苦笑して、正直に断る。

「いや、充分すぎるくらいだ。ありがとう。また頼らせてもらうよ」

「こちらこそ」

じゃあこれで、とペヘルが去る。キューナもイグヤのいるほうに向かって足を進める。

手札をにらみつけすぎてしかめっ面になっているイグヤに、少しはなれたところから声をかけると、本人よりもまず周囲の先輩がたがキューナを見た。

「お、オンナか? 次はそいつ賭けるか」

ニヤニヤ笑う先輩がたに、イグヤは嫌そうな顔をして。

「違います。俺と同じ班の奴なんすよ、勘弁してください。――ったく、こういうとこ来るなよな。何?」

「えっとー……ちょっと抜けれる?」

「いいすか?」

イグヤが振り返って一番奥に座る青年に聞いた。自身の手札を見た彼が「いいよ」と一言言う。周囲が一斉に残念そうな顔をするが反論は出ない。どうやら一番権限のある人らしいと気づいて、キューナはその顔を覚えておく。

安堵のため息をついて、カードを置いたイグヤが立ち上がり寄ってくる。キューナはひとまずイグヤを廊下に連れ出した。

「用件の前にさ、さっきのあれ、カモられてたのは気づいてる?」

「は? なわけねぇだろ、俺、捨て札ちゃんと見てたんだぞ」

「あのゲームのイカサマは、隠し札以外にも色々あるよ」

キューナの言葉に、イグヤは驚いたように少女の顔を見る。

「意外だな。お前、詳しいのか」

「うん。たぶん、イグヤよりは」

何回か賭け場の摘発もしたし、遠征中に部下のおじさんたちと遊んだりもしたし。

イグヤは顔を上げて、ぐっと宙を睨んだ。どうやら掛け金を計算しているらしい。

「……確かに、微妙に負け続けてんだよな。わかった、もうやめるわ。――で?」

「さぁ。ヤスラが呼んできてって言うから」

「んだよそれ」

キューナはただ肩をすくめて、行こ、と言った。

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