22.和睦
翌日の朝。
「集まったな」
G班メンバーを見回して、班長が偉そうに腕を組んだ。
「始めに言っておくが、俺は面倒ごとが大嫌いだ」
尊大に言い切る班長の後ろで、「もう全員知ってるよ」と副班長がぼやいている。
「ましてや、俺一人が面倒なことになるとかもうまっぴらごめんだ。冗談じゃねぇ。いいか、お前らの昇進とか、安全とか、俺はどーでもいい。ただ、一番効率的な方法を選択するってだけだ、いいな」
苛立たしげにべらべら告げる班長の言わんとしていることが分からずに、顔を見合わせる班員たち。
よし、とよく分からないかけ声で言葉を区切った班長は、いきなりイグヤに向き直る。
「イグヤ、小屋分解の作業にはあと何人必要だ」
「……え?」
初めて名前を呼ばれたことと唐突な質問だったことでイグヤが固まった。代わりに隣のキューナが答えた。
「あと2人いれば、今日中に終わりそうです」
「よし。――オサム、オオリ、お前らなら二人で日暮れまでに終わるな」
「ああ……そういうことか」
副班長がうなずいて、
「分かった、何とかする。行くぞ」
オオリの襟首を引っつかむ。オオリが短い悲鳴を上げ、副班長は手を放して面倒くさそうな顔をした。
「で、飼料は……ログネル、ヤサルタ、お前らでやれ」
「はい」
「はいッ」
「ログネル、そいつには擂粉木の持ち方から教えてやれ」
「え? こうじゃねぇの?」
ヤサルタがとんとん、と叩く仕草をした。
「……もしかして、それでずっとやってたの?」
ログネルの質問に、一年めの三人が揃ってうなずく。呆れ顔になった先輩たちの顔を見て、イグヤが真っ赤になった。
「なんだよ違うのかよ、おいヤスラ、お前料理屋で働いてたんじゃねぇのか?!」
「そんななんでもかんでも知ってるわけねーじゃん! つーか馬は客じゃねぇし、来ねぇし!」
「はいはい、ケンカしなくていいから、教えてあげるから、ね?」
とりなすようにログネルがなだめる。
班長の指示は続く。
「ジュオ、お前は裏手の小屋から荷引きしてこい」
嫌そうな顔をするジュオを睨みつけて、
「そうだな、夕飯までに全部運び終えたら、空いた時間で一戦してやってもいい」
「……本当か? あんたが?」
餌に食らいついたジュオに、班長は黙って口角を吊り上げる。
ジュオは背を向けて一目散に駆け出す。
「よし、思ったよりゴネなかったな」
あいつは扱いやすい、と満足そうにうなずく班長。副班長が寄ってくる。
「あいつ一人でか。何台分あるんだ?」
「45台?」
確認の質問に、昨晩数えたきり手を付けていなかったキューナたちが「そのはずです」と肯定する。
副班長の眉間が寄る。
「あとでキレるぞ、終わるわけ」
「いや、アイツがマジでやりゃあ、ギリギリってとこじゃねーの」
断言する。
「いいんだよ、あいつ他に使い道ねーし。――さて、あとは……イグヤ、ルコックド、お前らは的作りだ」
目の前に散らかっている作業途中の木材をざっと見渡す。作業途中の様子を見て、
「でけぇ木材は後回しだ、こっちに転がせ」
「はい。あ、これとかですか」
イグヤが転がしたその丸太を、脈絡なく剣を抜いた班長がスパンと斬った。二等分された丸太がころんと転がる。
「……え」
固まる皆をよそに、
「はい。この仕事、アサトさんな」
班長はあっさりとその役を譲り、
「う、うん、がんばるよ」
譲られたアサトも出番が嬉しいとばかりに身構える。
いつぞやの薪割りのときに交わしたやりとりを思い出し、副班長は額を押さえ「いやだからお前ら斧を」と言いかけたのを、
「かっけえええ」
ヤサルタの絶叫が遮る。
よし、かかった、と小さく呟いた班長が、わざとらしく剣をくるりと回してみせる。
「飼料作りが終わったら、これ好きなだけ見てていいぜ、ヤサルタ」
「うおおお!」
興奮気味に叫んだヤサルタは、行きましょう、とログネルの手を引いて外の作業場に駆けて行く。
「んとに、ちょろいな」
班員が持ち場に散って作業を始めたのを確認して、けらけらと班長が笑った。それから急に真面目な顔になり、木材を紐で固定していたキューナの隣に、どっかと音を立てて座った。
「――思い通りで満足か?」
「……はい?」
手を止めて顔を上げたキューナの目線は、班長のそれと交わることはない。イグヤが転がす木材を次々と、楽しげに切りまくっているアサトを眺めながら、班長は足を組んでその上に頬杖をつく。ふてくされたような、少しこもった声で言う。
「俺としては、お前の口車に乗せられみたいで、非ッ常ーに面白くないんだが?」
どうしてくれる、と睨まれて、キューナは半笑いを返す。
そんなこと言われても困る。
……とは、まさか言い返せないので、
「前々から思ってたけど、きっかけがなくて行動に移せなかったってだけですよね。私はその背中をちょっと押したってだけじゃないんですか?」
しまった、これじゃちょっとイヤミっぽい言い方だったかな、とキューナが言葉を重ねる前に、
「……お前、実は誰よりも性格悪いだろ」
盛大に顔をしかめた班長がずいと顔を近づけてきて、低い声でそう断言された。
「えー、そんなこと初めて言われました」
とぼけて笑って返す。班長はため息をついて、
「ったく、この班はめんどくせぇのとつまんねぇのと単純なのしかいねぇな!」
とヤケ気味に叫んで、足元の木片をけっとばした。
***
全ての作業は、夕日が赤くなる前にあっけなく片付いた。
「……まじすげぇな、班長の本気」とイグヤ。
「うそだろ」とオオリ。
ジュオと班長の一戦も、今さっき、班長の先手必勝であっけなく終わった。
「これ早くやってくれりゃ良かったのに」
ヤサルタがぺろっと本音を口にすると、班長の左脚に容赦なく蹴り飛ばされた。
犬のような悲鳴をあげて、ヤサルタが地に伏して背中を振るわせる。
蹴り飛ばした体勢のまま、班長は眉間をもんでいた。
「俺も今、激しく後悔してるところなんだよ。二度と言うな」
「は、はい……」
一年、と班長の低い声が呼ぶ。三人が顔を上げて班長を見る。
「畑の果実の件と、薬の件。これで貸し借りなしだ」
「はい」
別に貸しにするつもりはなかったんだけどな、と思いながら、キューナはうなずいた。「薬?」と疑問符を浮かべる二人はスルーしておく。
「ひとまず全て水に流す。なんかあったら俺に言え。助けてやれることは助けてやる」
頼もしい言葉に、ヤサルタが顔を輝かせて両手を挙げて礼を言う。
さて、と班長は言い置いて、いつになく尊大に腕を組みつつ、ぐいっと口角を上げた。
「けど俺、お前だけは嫌いだわー」
「……は?」
真正面から向けられた敵意に一瞬虚を突かれたイグヤはすぐに、負けじと班長をにらみ返した。
「俺、何かしました?」
「とぼけんなよクソガキ。初めから丸分かりなんだよ。今からでも班を変えたらどうだ」
班長がアゴでしめした先には、上官たちと一緒に尊大な顔をして他の班に指示を飛ばすA班の面々がいる。
イグヤの肩が僅かに動く。
「どういう、意味すか」
「班長には、班員全員の経歴書が預けられる」
「……」
「は。いいのか、わざわざバラして欲しいのか。酔狂だな、エイングヤード=オデューロ」
誰かが息を呑む音が、キューナの耳に届く。
「本物のバカだなお前。経歴伏せたって本名じゃ何の意味もねぇだろが。班分けした上官はよっぽどの間抜けだよな!」
それ以上説明する気のないらしい班長から目線を外し、キューナは他の班員を見回した。アサトは「おおお」とわめいている。ヤサルタは「ふーん」と呟く。それ以外は、目を見開いたまま固まっている。
何がなんだか分からないキューナは首を傾げて、諦めてイグヤに聞いた。
「ええと、有名なお家、とか?」
動揺しきった目でイグヤが見返してくる。何も言えないでいるうちに、
「イグヤって愛称だったんだな!」
いつものテンションでヤサルタが笑った。数秒固まったイグヤはやがてがっくりと肩を落とし、気の抜けた声で「まぁな」と笑った。
「まぁ、なんというか……同期のお前らがバカと無知で助かった」
うしろで班長が舌打ちを鳴らしていた。仲たがいでも狙っていたらしい。
ふとキューナが思いつく。
「あ、班長、もし明日にでも人手が余るようなら」
「余らねえ。思い上がるな。下から順に適役で割り振って、残った時間は俺らが使う」
「でもですね、」
しまった、先にヤスラの許可をとっておくべきだった、と後悔しながらキューナは腰のフラップを開けた。
ごめんヤスラ、と目線だけで謝ったけどヤサルタには通じていない。しょうがない、あとで謝ろう。
今すぐにでも去ってしまいそうな班長の前で、
「ヤスラの手を空けてもらえれば、こういうものが」
いつもの柄を押しのけて、遠征用にしか使わないはずの二本目の金具を探し当て、剣を引き抜いた。何かあったときのために温存してある、異様に鋭利な刃が現れ、ぎらりと夕焼けの赤を照り返す。先輩がたが息を呑んで驚く中で、ヤサルタが無邪気に飛び上がった。
「おおそっか、もうみんな味方だもんな!」
「……てっめぇ……なんで隠してた!!」
キレた班長にヤサルタがもう一度蹴られて、キューナはあとでものすごく謝らなくちゃと思った。
2015/7/5 絵さしかえ




