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Hard Days' Knights  作者: 里崎
二週目編
22/73

21.呼び出し(後編)


翌朝。

屋敷の屋根や周囲の森に巣をつくった小鳥たちが精一杯さえずる中、キューナたちは屋敷入口の正門前に立っていた。石門の脇に控えていた二人のごつい男を示して、ドックラーが言う。

「門番のフレイシェルトとホロファルトです」

キューナの黒い瞳が興味深そうに動いて、二つのそっくりな顔を見比べる。

「おはようございます。双子さんですか?」

「ええ。お前たち、こちらはクウナ=アルコクト中将だ」

二人の門番はすぐさま目を伏せ、胸当てに手のひらを当て、少女の前に膝を折った。

「お目にかかれて光栄です、アルコクト中将殿」

「今後とも主をよろしくお願いいたします」

「うん、よろしくー。――ねぇドックラーくん、」

「そう言うと思いました。こちらへ」

さっさと歩き出すドックラーの背に、けらけらとキューナが笑う。

「まだ何も言ってないよ」

「通じるのだから大差ないです。ああ、お前たちも着いておいで。代わりは呼んでおいた」

脇の小屋から見習い門番の少年二人が駆け寄ってくるのが見えて、門番の二人はドックラーの後に続いた。

手入れされた豪華なバラ園を回りこんだ先に――

「中庭だ!」

キューナは目を輝かせて、広大な緑地を見回した。

メイドが慣れた様子で説明する。

「第一中央庭園です。あちらの影に小屋がありまして、」

「馬屋だね!」

「……見えないように造ったつもりなんですがね」

不要な案内を、手を払って止めたドックラーが苦笑してぼやく。

たかたかと先に駆け込んでいったキューナが、広い馬小屋の中を見回す。

「どの子でもいいの?」

「ええ、貴女のお好きな馬をお選びください」

「エルカレフ! 久しぶりー」

キューナは最奥の仕切りの中にいた芦毛の牝馬を見つけて駆け寄る。

「アルコクト様、その馬は気性が」

メイドが青ざめ言い終える前に、少女は馬の前の木戸に足をかけて、鞍なしの背に飛び乗った。わき腹とたてがみをわしわしとなでてやりながら、メイドの途切れた言葉にようやく気づいて顔を上げる。

「うん? ドックラーくん専用?」

戸惑うメイドの肩に、ドックラーの手が置かれた。

「大丈夫、彼女のことは乗せてくれる」

「まあ」

メイドは目を丸くして、口元に手を当て、平静を保ったままの牝馬とその上の少女を交互に見た。

「通関士時代に、アルコクト邸に預かっていただいたこともある」

「いやー、通いつめたかいがあったよ」

少女は黒髪を散らして、嬉しそうに芦毛の馬に頬ずりする。馬は目を閉じ、ゆったりとしたペースでしっぽを揺らす。

「それでは、彼女に乗りますか?」

「うん!」

ドックラーが片手を上げれば、隅に控えていた厩務員(きゅうむいん)が鞍と手綱を持ってくる。


***


さわさわと風が木の葉を揺らす音。

木陰の下で優雅に紅茶をすする小太りの男。その隣には、焼きたてのスコーンを二つに割って丁寧にクロテッドクリームを塗るメイドが座っている。

「だんな様、どうぞ」

「うん」

うやうやしく差し出されたスコーンが男の手に渡り、すぐに口の中へ消える。

その二人の前で――

目にも留まらぬ速さで、三つの槍が激しくぶつかり合う。

獣のように爛々と目を輝かせる少女が、気難しい芦毛の馬と、背丈よりもやや長い槍を器用に操る。

絶え間ない剣戟音。槍の柄が風を切る音。

「圧巻ですね」とメイド。

「見事だな」とドックラー。

だが、常人の二人の視覚では、彼らの動きはほとんど捕捉できていない。

もごもごと口を動かしてスコーンを堪能しながら、ドックラーが神妙な顔で腕組みをする。

「使節団の年末剣舞もこれくらい面白いと、役人の居眠りが減るのだが」

返答代わりに微苦笑を浮かべているメイドを一瞥し、咳払いをひとつしてから、顔を前に戻した。

フレイシェルトとホロファルトの、胴の鎧に大粒の汗がしたたり落ちる。湯気でも上がりそうなほど上気した上腕にシャツが張りつく。

一方のキューナは涼しげな表情で槍を回し、二人ががりの攻撃を難なく弾き飛ばす。

好奇心一杯のメイドがドックラーにたずねる。

「あの差は、なんなのですか?」

ドックラーは、悠々と立ち回る馬上の少女を見極めんとするかのように目を細める。

「以前、彼女の同僚(ウォルンフォラド)が言っていた。彼女は目が良い。その上、身体が柔らかく器用だから、寸止めがとても上手なのだそうだ。そうとは見えないほどに」

メイドがきょとんとして、両目を瞬いた。

「目と、寸止め、ですか?」

「ああ。この一戦、どちらも本気じゃないだろう?」

メイドは懸命に目を凝らし、ぽつりと呟く。

「……本気に見えますけど」

「私にもそう見える。が、まさか殺すわけにいかないだろう? たぶんお互い、あれでどうにか手加減しているんだろう」

私にはさっぱり分からないが、と不満そうにぼやいて、ドックラーは眉間をもみほぐす。それから、いいかい、と言ってメイドの前に指を立てた。

「相手が自分を殺そうとしているか、そうでないかの状況の違いが、精神に与える影響の差は大きい。おそらく、彼女にはあの子らの動きが寸止めを前提としていることが見えている。一方のあの子ら二人には、彼女の寸止めが通常の侵入者の攻撃と何ら変わりなく見える、と、そういうことだろう」

メイドは感心して納得して、改めて戦闘を眺めて、

「なるほど……」

首を傾げる。

「でも、単純な筋力やリーチの長さだけなら、お二人のほうが何倍も上でしょう?」

「それは、あの子らの策謀が未熟というだけのこと」

主が苦々しげに答えたところで、ちょうど、業を煮やして力押しで突っ込んでいったフレイシェルトがキューナの槍を弾き飛ばした。青空に舞う棒切れにはもはや目もくれず、キューナの手は滑るように動いて、鞍の左側にかけてあった剣の柄を握り、

――銀光が走る。

「うお……!」

フレイシェルトの苦悶の声。まさかの反撃に、よけきれなかったフレイシェルトの槍から、槍頭を固定していた黒い紐がぶつんと切れた。槍頭が重い音を立てて草の上に落ちる。

エルカレフがいななく。普段はドックラーが乗っている馬だ、キューナとの体重差を埋めるために鞍の左右に引っかけていた両刃の重剣を左側だけ引き抜かれて振り回されて、重心を崩した馬が大きくよろめく。それを謝るように、キューナの足を入れた鐙が馬のわき腹をなでた。それから、キューナは剣を構え――るかと思いきや、かちんと鞘に戻した。

「……え?」

あっけにとられるメイドをよそに、少女は「なるほど」といたずらっぽく笑んだかと思うと、不意に手綱を引く。蹄鉄を履いたひづめが土壌をえぐる。

キューナの身体がふわりと浮き上がる。

「何を……」

唖然とするドックラーの前で、馬の鞍の上に両足で立ったキューナは、木陰の二人のほうに向かって叫んだ。

「ごめんドックラーくん! やっぱり槍一本は壊しちゃった」

「構いませんよ。貴女の個人授業料にしたら安いものだ」

斬られたのは紐だけ、柄にも槍頭にも傷一つついていない。いつものクウナの手際どおり。

「そう」とキューナが安心したように微笑んだ。片手で掴んだ手綱の先で、エルカレフが不安そうにいななく。

少女はいきなり馬の背から跳んだ。

「な」

宙からまっすぐ飛び込んできた少女を間一髪でかわしたホロファルトが、慌てて馬を下がらせる。草地に受身を取って転がったキューナは素早く起き上がるとすぐにホロファルトの馬に駆け寄り、鞍を掴み、男のブーツの上から鐙を踏みつけて飛び上がり、

「うお……!」

ホロファルトのうめき声。手元を狙ってふるわれた刃を避けようとして、男は持っていた槍を落とす。同時に、キューナが払った鞘が、鞍の上を滑って草の上に落ちる。それでようやくドックラーたちは状況を理解できた。丸腰かと思われた少女の手に握られていたのは、昨晩ドックラーが手渡した隠しナイフ。それを昔からの所有物のように手馴れたしぐさでくるりと回したキューナは、すぐさま近くの森の中へと飛び込んだ。茂みが大きく揺れて、乱暴に斬り飛ばされた葉が宙を舞う。がさがさという葉の音がすぐに遠ざかる。

ドックラーがまなじりを立てて立ち上がり、門番二人を怒鳴りつけた。

「何してる、すぐに追いなさい。――侵入者が屋敷に入る前に」

呆然と突っ立っていた二人ははっとなって馬を下りて駆け出し、すぐに見えなくなった。静まり返った草地で、置いてきぼりの馬たちが荒い息のまま周囲をうろつく。

「優雅な馬上試合だけで終わらせてはくれないということですか、全く、飽きさせませんね」

再び座り込んだドックラーがくつくつと笑う。

「相変わらず破天荒な動きを。まぁ、彼女の中では合理的なのでしょうが」

メイドがきょとんとしてたずねた。

「どういうことですか?」

「大方、私には手の内を知られたくないが、あの二人とは思い切り遊びたい――といったところでしょうかね」

先ほど整えてきたばかりのご自慢のひげをなでつつ、「困った方だ」とちっともそう思っていなさそうな響きで呟く。


***


騎士団本部へと向かう馬車の中、キューナは外套の下から昨晩書いた封書を取り出し、対面に座るドックラーに手渡した。

「昨日は本当にありがとう。久しぶりにふかふかのベッドで寝れたよ。この紙もありがとうね。最後にひとつ頼みたいんだけど、一ヵ月後、もし私に何かあったら、これを――中央州北州騎士団本部に届けてください」

「……確かに、お預かりします」

ドックラーが険しい顔をしながらも、それを両手で受け取って、ジャケットの内側に仕舞う。

「本当に、大将にもウォルンフォラドにも伝えなくてよいのですね」

分かっているが確認せずにいられないドックラーの心情を悟ったキューナは、笑顔を浮かべしっかりとうなずいた。

「天下のドックラー=ファステルハインツ使節団副団長殿に、こんだけ心配してもらえるって、私、光栄だなぁ」

二段腹の男は神経質そうに眉を寄せる。

「茶化していい話ではないのですが」

「いやだって、ふふ」

こらえきれずに腹を抱えて笑い、目尻ににじむ涙まで拭いはじめたキューナに、ドックラーは諦めたように眉を下げた。その眉間に向けて、キューナの細い指が揺れる。

「あれだよね、ドックラーさんは身内に入れたいと思った人にはまず『自分の親切はすべて打算です』とって打ち明けないと気が済まない性分だし、でもそうすると、ウォンちゃんとかみたいな根が真面目なタイプからは一歩引かれちゃうっていうか、ちょっぴり壁つくられちゃうんだよね」

的確な評だとドックラー自身も思っているその言葉に、不快に思うこともなくうなずく。

「年下で、構えることなく私に接してくださるのは、貴女と、どこぞの学者と、そこのメイドくらいですよ」

職務上の賛同者や支援者、協力者、大抵は年上で要職に就いている理解者が星の数ほどいることは知っているから、大げさな物言いをしているだけで、さして嘆いているわけでないということは知っているけれど。

「大丈夫、無事に戻るよ」

自信はあるが根拠はないと、もう知られてしまっているから、それしか言えないけれど。

期待と不安、諦めと懇親の念が入り混じったなんともいえない沈黙の中、馬車が止まる。

チェック柄のベストのポケットから下がる鎖をたぐって、ドックラーが懐中時計を取り出した。耳障りな金属音が鳴る。太い指がボタンを押し、バネ仕掛けの蓋がばちりと開く。

「良い時間ですね」

止まった馬車の車窓から、見覚えのある――そびえたつ高い塀が見えた。


ドックラーが馬車の窓から顔を出して正門の門番たちに名を告げると、すぐに昨晩の隊長たちが本棟から飛んで出てきた。

「こっこれはドックラー使節団副団長殿……!」

「遅くなってしまったな」

「とんでもございません!」

御者が用意した踏み台を使って馬車から降りたドックラーは、続いて下りてきた隊服姿の少女に手を差し出す。

「ありがとうございます」

少女は礼を言って、差し出された手を取る。

常日頃、誰に対しても偉ぶっているはずの政府高官の軟派な態度に、目を瞠る上官たち。その目をわざと意識してドックラーはことさらキューナに構う。不自然なくらい近い位置に立っているし、肩はがっちり抱き寄せられている。

「またいつでも来なさい」

「はい」

またそういうこと言って、と呆れるキューナも、殊勝なふりをしてうなずく。

怪しいやりとりをする二人に、下世話で好奇な目が注がれる。

ま、二人でみんなを騙すのはまんざらでもない。面白いし。

「あぁ、宿舎まで送ろうか」

ちょっとやりすぎじゃないのドックラーくん、なんて内心苦笑しながら丁重に辞退する。

でもまぁこの一芝居のおかげで、ひとまずこの場にいる上官たちがキューナにちょっかいを出してくる心配はほぼなくなった。『有力者のお気に入り』が見聞きしたことはすべて有力者に筒抜けと言うのが常識だし、機嫌をとりたくて必死になっている相手のお気に入りにただの好奇心で手を出すことが得策でないことは、彼らもよくよく知っている。

敬礼でドックラーの馬車を見送ったキューナは、上官たちに挨拶をしてG班の仲間を探しに作業場に向かった。

他の新人たちに混じって作業をしていたイグヤとヤサルタを呼び、

「ただいまー。ちょっとこっち来て」

作業の進捗を確認してから二人を物陰に引き込む。

「なんだよ、ていうかお前、別働って」

キューナは外套の前を開けて、隠していた大きな皮袋を床に置いた。袋の口を開け、次々と取り出したのは――

「たくさんもらってきたから、腐ったり盗まれたりしないうちに、さっさと食べちゃおう」

パン、チーズ、果実、乾燥肉にビスケット。

この前、畑から取ってきて三人で作った保存食の果実は、部屋の中に分散して隠しておいたけれど、いつのまにか盗られてしまって結局ほとんど食べられなかった。変に残しておくよりも、今日中に食べてしまったほうがいい。

「どうしたんだよ、こんなに」

「お屋敷の警護してたら、お礼にって」

だいぶ省いたけど、たぶん嘘は言っていない。

「好きなの取っていいよ。私たくさん食べてきたし」

「へー、随分気前のいい人だったんだな」

「うん」

「じゃあ俺、これと」

一通り配り終えて、まだ残っている皮袋を覗き込む。

「余りそうだね。このへんは班長たちに持っていこうかな」

いくつか抱えて立ち上がると、

「待てそのパンは置いてけ、食える」

イグヤの制止がかかる。

「あんまり食べ過ぎると、このあと動けなくなるよー?」

食い意地の張るイグヤに苦笑しつつも、指されたパンを手渡す。


***


衛兵用の物見やぐらのはしごが揺れて、オサムが顔を出した。

「お、本当にいた」

床に寝そべって乾燥肉をかじっていたソイが、目だけをオサムに向ける。言葉の意味に辿りついて、勢い良く身を起こす。

「は? お前が教えたんじゃねぇの」

「何が」

のぼってきたオサムがソイの隣に座る。

「あいつ、『副班長からここにいるって聞いて』つって来たぞ」

なんだそれは、と顔をしかめる。

「『さっき見かけたのでたぶんまだあそこにいます』って教えてくれたぞ。大体、お前の昼寝場所なんて今はじめて知ったし」

「……」

顔を見合わせること数秒。

「まぁいいや」

ソイは考えることを放棄してまた寝転んだ。

その隣で、オサムがもらったばかりの食料を広げて食べ始めた。ぱっと見て数えたソイが顔をしかめる。

「多くね」

「『副班長は体が大きいから』だとよ」

「自分の腕でも食ってろよ」

悪態をついて、勝手に手近なパンを奪っていく。

「おい」

とがめる声を無視して寝返りをうつ。はるか下の地面を見下ろせば、見知らぬ若い騎士が巨大な荷物を懸命に運んでいくのが見えた。馬鹿じゃねぇの、と思わず呟く。

「前から引くより後ろから押すほうが早い」

「あ?」

「……効率、ねぇ」

オサムを無視して物思いにふける。いつものことなので、オサムも「また始まったよ」とばかりに肩をすくめ、改めて目を閉じる。

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