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Hard Days' Knights  作者: 里崎
二週目編
20/73

19.呼び出し(前編)

※ちょい性的(ていうほどでもない)です注意


磨き上げたばかりの上官の甲冑を大量にかかえて、イグヤとヤサルタは覚束ない足取りで廊下を進んでいく。二人が進むたび、がちゃがちゃと騒々しい金属音が夕方の廊下に鳴り響く。その後ろを、磨き粉の箱とバケツとブラシを持ったキューナが、落し物がないか確認しながら追っていく。

数人の騎士たちが外套の裾をはためかせて脇の階段をのぼってきた。

両手のふさがっている少年二人は窓際に寄って立ち止まり、敬礼の文言を発した。先頭の壮年の男が鷹揚にうなずいてすれ違う。集団の大半とすれ違い終えたところで、キューナたちも歩き出す。

「ご苦労」

甲冑のたてる金属音の中、キューナは不意に声をかけられた。キューナは顔を向けた。オリーブブロンドの髪を固めた鷲鼻の男。向こうに面識はないはずだが、名前は知っている。K・L班担当のフズル少尉。

一礼し、脇を歩き去ろうとしたキューナの髪の先が、すれ違いざまに軽く引かれた。反射的に振り返る。

 集団から少し遅れた最後尾に、フズルの後頭部が見えた。そして囁くような小さい声。

「消灯後、一人で馬小屋の先にある、青い屋根の小屋に来なさい、いいね」

 低い声で言って、何事もなかったかのように去っていく。


***


 キィ、と小屋の扉を押し開ける。

 フズルはキューナよりも少し先に来ていた。背後で扉が閉まる音がしたあと、二人はしばらく無言で向かい合う。

 何かに気づかれたかな――と表情を変えずに考え込むキューナの顔のすぐ両脇に、男の太い腕が置かれた。あれ? と思う間もなく至近距離から生臭い息が顔にかかる。見上げれば、逆光に照らし出されるオッサンの上気しきった赤い顔。

 あ、と納得する。なんだ、そっち(・・・)か。そういえば、ソニカ中尉を熱心に口説いている姿を何度か見かけたことがある。全く相手にされてなかったけど。

「ぐふふふ」

 くぐもった、気味の悪い笑い声を上げた。

「し、心配しなくても怖いことはなーんにも……」

 フズルはできるだけ優しい声音を作ったつもりだったようだが、それはただのおっさんくさい猫なで声になった。

「……こればっかりは、上官からの命令とかそういうの、ないよねぇ」

 少女は声に呆れをにじませて、後ろ手で自分から鍵を閉める。

 ――キューナ=ルコックドは、笑っていた。

 フズルが期待していた怯え顔はない。一瞬困惑したフズルだが、すぐに、更に嬉しそうな顔に変わった。

「ああなるほど、悪い子だな、お手の物ってわけか」

 それならそれで楽しめそうだと、白く細い顎に向けて伸ばした手が、見えない何かにパンと払われた。

「へ?」

 フズルの間抜けな声は――自身が吹っ飛んで壁にぶつかった物音に掻き消された。そう頑丈でもない建屋が揺れる。何が起こったのか分からないフズルは、ぐらぐらする頭を押さえて顔を上げる。

 長い黒髪の少女が、小さなこぶしを握って、満面の笑みで立ちはだかっていた。細い手が伸びてきて、なおも痛む男の頭を無造作に掴んだ。ぐん、と信じられないほど強い力で上へと引き上げられる。

「あ、私とここにいたこと、誰にも言っちゃダメですよ?」

 耳元で囁かれる可愛らしい口説き文句とは裏腹に、細い指先が容赦なく、額とこめかみに刺さっている。頭蓋骨がめきりと嫌な音を立てた。本能的な恐怖に反射でその腕を無我夢中で引き剥がし、尻餅をついてあとずさる。

 明滅する古い裸電球を逆光に、キレイに微笑む、かなり好みの顔の少女。

 ――不意に悪寒がフズルを襲った。

 なぜだろう、なんの気迫もないはずなのに、その笑顔が、今までフズルが戦場で見てきた何よりも凶悪なもののように錯覚する。先ほどとは違う意味で、呼吸が乱れ浅くなる。

「いやーごめんねー、せっかくだし、日頃のうっぷんもまとめて受けてもらうねー」

 楽しそうな声がふってきて、信じられないほど完璧な構えをした新人騎士がまたこぶしを握り。

 その夜、下卑た笑い声をあげるはずだった一人の上官は、人知れず声にならない悲鳴を上げることになった。


***


「やれやれ」

 じじくさく呟いて、キューナは小屋を出た。まぁ、ちょっとぶりに暴れて、いいストレス解消にはなった、なんて考えながら首をぐるりと回し。月明かりと、宿舎の窓から僅かに漏れる明かりに照らされた自分の着衣を確認して、

「うわ」

キューナの口から、かえるみたいな声がでた。肩の上から摘み上げた毛先は、薄暗闇の中でも髪色以外の色に見えた。

「……えー、今から洗うの……?」

 明日の朝、せっかく汲んできた貴重な水が減っていることが騒ぎになるのも嫌だし、この時間の水音はけっこう響くし――それになにより、この時間に水で髪洗うのって、すんごい寒い。

「……」

 先ほど髪を引っぱられたときの痛みを思い出して、無意識に頭部を触る。キューナの目は満天の星空を見上げている。

 かちん、と、先ほどは使わなかった剣の鞘を払った。


***


 寝静まった宿舎の廊下を、足音を忍ばせて部屋に戻る。

 かすかな物音に、エイナルファーデは寝台で目を開けた。

「……キューナ?」

「あ、ごめん起こしちゃって」

 棚から寝巻きを取り出すキューナを見て、エイナルファーデは暗闇に慣れてきた目を見開いて飛び起きた。失神しそうなほど蒼白な顔になり、両手で口を覆う。

「そ、それ、その髪って……?!」

 夕食のときまでは腰ほどまであったキューナの長い黒髪が、肩の上まで、さっぱりとなくなっていた。

「からまったから切っちゃった」

 焦った様子など微塵もないその返事に、あっけにとられて。

「……ほんとう?」

「うん。誰かに切られたと思った?」

「お、思ったよ! 思うに決まってるじゃん」

「お騒がせしました。ほら、寝よう?」

「う、うん……」

 笑いながら手早く隊服を脱ぎ始めて着替えるキューナのシルエットをエイナルファーデはしばらく用心深く眺めていて、新しい外傷のないことを確認して、ようやく息を吐いてまた寝台に横になった。

 すぐに全員分の寝息が聞こえる、寝静まった部屋に、ぽつりと響くキューナの声。

「嘘ついてごめんね。……もう少し、頑張らせて」

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