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Hard Days' Knights  作者: 里崎
二週目編
16/73

15.剣術演習

翌朝。いつになく人の多い演習場。

「……な、なんだぁ?」

異様な喧騒に面食らいながら周囲を見回すヤサルタの足が、何かにつんのめる。空になった酒瓶が周囲にいくつか転がっている。

「いいから行こうぜ」

イグヤが声をかけるのを、オオリが呼びとめた。

「おい、お前らどこ行く」

「昨日の続きの作業に」

「今日はできねぇよ?」

「それってどういう……」

歩いてきた班長が、開口一番に言った。

班対抗戦(トゥルネイ)、剣術演習だ」

ぱっと顔を輝かせるヤサルタ。

「うおお楽しそー」

キューナはなるほど、と周囲を見回した。素振りにいそしむ者、血気盛んに真剣で打ち合うもの、座り込んで目を閉じ集中力を高めている者、仲間で輪を作り戦略を議論している者。

雰囲気に飲まれたヤサルタが早くもそわそわし始める。

「祭みてぇ!」

「あいつらにとっちゃ祭みてぇなもんだろーな」

そう言ってオオリが横目に見た先には、傍らに座り込んで騒ぎ立てながら銀貨を弾いている壮年の男たち。

「何ですか?」

キューナの問いに、あくび混じりの班長が答える。

「上官たちの賭けの対象なんだよ、この演習自体が」

「へぇ……」

白昼堂々の所業にもそろそろ驚かなくなってきた。

その屈強そうな男たちの中に、とんでもなくつまらなそうな顔が一つ。

副班長が不思議そうに呟く。

「珍しいな、リュデ少将が出て来てる」

「な、なんかこっち見てねえ?」

入隊試験以来、すっかり苦手意識のついたらしいイグヤがびびってヤサルタの背後に隠れる。気のせいではなくリュデはまっすぐこちらを見ている。

というか――たぶんクウナを。剣術演習で披露されるであろうクウナの剣技を。そんなに期待されても、もちろん手を抜くつもりのキューナは苦笑を返すほかはない。

うん、とログネルがうなずく。

「一年めが三人もいる班は珍しいからね」

「それって不利ってことじゃ」

他の班を眺めまわしてうろたえるヤサルタを見て、いや、とログネルが笑う。

「班長とアサトさんはほとんど負けなしの有名人だし、一応バランスはとれてるはず」

「あいつらも、そういうところは公平を期すからな。自分たちのもうけのために」

忌々しそうにオオリが呟く。

ログネルの言うとおり、確かにG班は悩みどころらしく、上官たちはみな、ちらちらとこちらを見ている。彼らの手元に積まれた銀貨がひっきりなしに移動する。

そこへ、他の班の新人たちが顔を真っ赤にしながら木箱を引きずってきた。手伝いに呼ばれて、新人全員で重い蓋を開ける。ぎっしりと詰まっていたのは――

「死体が増えても迷惑だからな、木刀だ」

そう言って、班長が数本引き抜いて持ち去っていった。

「よ、よかった……剣じゃねぇのか」

ヤサルタがほっと息をつく横で、イグヤが顔をしかめる。

「これでも強打したら死ぬだろ」

「うええ」

「邪魔だ、黙ってろ」

早くも殺気だったジュオが低い声で告げるのに、オオリが固まり、

「はいスンマセンっ」

ヤサルタが竦み上がる。

先輩がたが取るのを待ってから、キューナは手前の一本を引き抜く。

「うわ、腐ってる」

近くにいたペヘルが鼻をつまむ。

「まぁ、まともなのは残ってねぇよな」

「これなんかどうだ?!」

ヤサルタが三本まとめて引き抜く。先端を確認したイグヤが身長の順になるように配る。

「打ち合ってみようぜ」

構えたヤサルタの木刀に、キューナ、イグヤが順に打ち付けた。カン、カン、と乾いた音が鳴る。

「よし」

うなずきあったところで、

「一年!」

班長が足早に向かってくる。三人は慌てて敬礼を向けた。

「細かいルールは実地で覚えてけ。とりあえず、これは真剣だと思って使え」

手に持った棒を振って風切り音を鳴らす。

「斬られた奴は退場。最後の一人が残ってる班が勝ち。棒の投擲と他の武器の使用は禁止だが、殴る蹴るの肉弾戦ならばOK。目潰しと金的はNGな。何か質問は?」

いきなりの情報量に面食らう少年二人の後ろから、キューナが挙手して聞いた。

「移動していい範囲は?」

「だいたい見える範囲。去年、建物に逃げ隠れたバカは上官に斬られた」

「時間制限は?」

村長は不可思議そうに鼻の付け根にシワを寄せてキューナを見た。

「ねぇが。なんだよ、持久派か?」

「いえ」

「心配しなくてもそんなに長くなるこたねえよ。ま、最低限のノルマとして、同じ一年はてめぇらで仕留めろ」

「はい!」

言いたいことを言うだけ言うと、時間が惜しいようで返事を聞かずさっさと歩き去っていく。

ヤサルタが二人を振り返った。

「で……ど、どうする」

「どうするって、とにかく強そうな奴が来たら逃げて、一年ぽいやつ狙うしかないだろ。おい、ルコックド?」

急に背を向けたキューナに二人が気づく。

「棒、替えてくる」

「なんで」

「軽いほうが有利だから」

打撃力がいるかと思って、重めのものを選んでしまった。

イグヤがなるほど、とうなずく。

「さっきのルールだと、そうだな」

「なんで?」

追いかけてきたヤサルタの額を、イグヤが指で突いた。

「……窮理(きゅうり)勉強し直してこい」

「なにそれ」

「もういい」

「――おい、ガキども、いつまでちんたらやってんだ」

木刀を取り替えたところで、両腕を広げたオオリが肩の上にのしかかってくる。振り返れば、集まった先輩がたがこちらを睨んでいるのが見えた。

「今行きますっ」

聞き取りにくいスラングを吐きながらまとわりついてくるオオリを乗せたまま、班長たちの集まる一角に向かう。草を踏みしめ近づく音に、他の方向を眺めていた班長が横目を向けた。

「――座れ」

「うわ!」

肩に乗せていた木刀を下ろすと――膝の後ろを軽く突かれたイグヤがその場にすとんと座り込む。

「初戦じゃなくて良かったな。まぁ見ておけ」

そう言って副班長が指さした先には、二列に並んで向かい合う二つの班。

げらっげらとオオリが笑う。イグヤの髪を掻き回して、束ねた毛先を好き勝手に引っぱりながらわめく。

「びびって逃げんじゃねぇぞォー?」

「このっ、放――」

「始めッ」

木刀を構えた少年少女たちが、一斉に駆け出した。

イグヤの隣にキューナとヤサルタも腰を下ろす。

鈍器のぶつかり合う乾いた音が、そこここで打ち鳴らされる。圧倒されて動きの鈍くなった若い顔立ちの騎士が、年長者たちに次々と殴り飛ばされていく。

悲鳴が上がるが、制止の声はない。

「うっげ……」

ヤサルタがうめく。イグヤとキューナは静かに青ざめた。

「トラウマ植えつけてどうすんだかな。非効率」

班長がつまらなそうにぼやくのに、キューナは少しそらしていた視線を上げて演習を見つめる。

(……なるほど、相討ちだ)

僅かに先手をとり勝っているかに見えた班の若手も、同じように相手の年長者に仕留められていた。

怯えた目をした若手たちが隅に退場したあと、年長者同士が迫力ある打ち合いを始めた。

「まぁ、ああやって潰しあってくれるってんなら、俺らとしては効率的だが?」

「講義組が仕切ってる班って、俺たちとC班くらいか?」

「あそこは班長が馬鹿だからな、ダフォンが何言っても聞きやしねぇよ」

頭上で交わされる班長たちの会話を聞き流しつつ、キューナは黙って、睨みつけるように演習を見ていた。

そして思ったことがある。これはなかなかの、

「苦行……」

「おいおいー、お前までそういうこと言うなよ」

キューナの呟きに、隣のヤサルタが上腕を抱えて震えあがる。「うん、ごめんね」と軽く詫びて、視線を戻す。


ああ――

――今すぐ、指導しに行きたい。


手前の子は棒の持ち方から歩幅、それに重心の落とし方と猫背。あっちの子は背筋が足りない。誰も彼も、まともな指導を受けていない人間の動きだ。連携もままならない。これじゃ班対抗の意味がない。ただの勝ち抜きの個人戦だ。

本来の目的とはかけ離れた演習の実態にこっそりと顔をしかめる。

個人の力量差も大きすぎる。攻守まんべんなく鍛えている者は少なく、みな得意不得意が顕著だ。班長がすぐ終わると言った理由が分かった。

――じゃんけんだ。

ぶち当たった相手との相性で、勝敗がほぼ決まっている。脳内で勝手に組みあがっていくカリキュラムを振り払う。うずく両腕を、ヤサルタを真似てさすり、胸の前で組む。

目の前の一戦の決着がついたところで、副班長が言った。

「俺たちはまずそこの、I班とだ」

そわそわし始めるヤサルタの横で、キューナは立ち上がって軽い準備運動を始める。その更に隣で、じっとI班のほうを見ていたイグヤが言った。

「あいつと当たった奴は、右目狙え」

「へ?」

「さっきのでゴミでも入ったんだろ」

「あ、ほんとだ」

 一番端にいる少年が、しゃがみこんで執拗に右目をこすっている。見覚えのある顔だから、一年めだ。

「右目、もしくは体の右側」

「おっけ」

三人で目を合わせてうなずきあう。

すぐさま整列の号令がかかる。

「始めっ」

開始の合図と同時に、G班の一年め以外が全員、真っ先に敵陣に飛び込んでいった。驚き動けなかった3人は、木刀を構えたまま先輩がたの背中をただ呆然と見るしかない。

班長は流れるような動きでI班班長の攻撃をさばく。その後方から、副班長同士の重い剣戟音が聞こえてくる。

そしてそれを掻き消さんばかりの、

「うわわわああああああ」

慌てふためくアサトのわめき声。けれどその太刀筋は一切乱れることはなく――キューナは思わず、その動きに見とれた。型通りの、基本に忠実でしなやかな動き。

キューナの後ろから、イグヤの声がした。

「ぼさっとしてんな! 来るぞ!」

「うん」

我に返って返事をしたキューナは、まっすぐに向かってきた見覚えのある一年めの少年に視線を移す。

「えっと」

まずは基本に忠実に、正眼に構える。

班長から習ったのは、第一から第五までの基本攻撃型。それと、高等学舎で習うのは初級部分の運歩と受身と……あとはなんだったかな。うろ覚えの記憶で使える幅を把握して組み立てるのは、案外難しいことかもしれない。

勇ましい横薙ぎの一閃を、わざと一拍おいてからかわし、付け足すように棒を振る。

キューナの前方に座り込んでこちらを見ていた上官の男が、別の試合に視線を移した。

数歩下がって多めに間合いをとったキューナは、もう一度、第一の構えで棒を構えなおす。そのしぐさに勝機を確信したのか、先ほどよりも威勢の良い気合の声を発した少年は、手馴れた様子で棒を上段に振るう。見覚えのある動きをしっかり見ながらかわして、流派の名前を思い出す。騎士団規定のそれではないけれど、彼も型通りの動きで、逃げるキューナを追ってくる。

キューナは本棟のほうに避けて、イグヤたちを自然に視界に入れた。あと一歩のところでしとめ切れない相手に業を煮やす少年の背後で、ちょうどヤサルタが棒を振り上げたところだった。力の入りすぎた一発はあっけなくかわされて、

「いってぇ!」

肩口に一撃を食らい、大げさに草の上にひっくり返る。すかさず、どこかから班長の怒声がとんでくる。

「はえーよグズ!」

「すっすんませんっ」

班長は班長同士で応戦しつつも、班員の様子を見ているらしい。軍曹どまりではもったいない、天性の視野の広さだ。

慌てて上体を起こすヤサルタの手前で、イグヤがやや背の高い相手と拮抗した打ち合いを続けている。技術力ではイグヤのほうが下のようだが、開始前に言っていたとおり、体の右側を狙っているからか、善戦になっている。

……というのを、目の前の少年の攻撃を避けながら見ていたキューナは、いつ負けようかと悩んでいた。

たびたび大振りのタイミングがあるから、そこで懐に飛び込めば勝てるのだけど、周囲を見る限り「ただの一年め」にそこまでの技術があるとは思えない。でも、せっかくだし、できるだけ体を動かしておきたい。

そんなことを考えていると。

「が……っ!」

目の前の少年が、突然白目をむいて崩れ落ちた。その後ろから現れたのは、脳天に振り下ろしたばかりの棒をくるくると回す不機嫌顔の班長。

「いつまでちんたらやってんだ」

「あ、ありがとうございます」

ジャッジが両手を挙げて宣言した。

「勝者、G班!」

歓声とブーイングと口笛と、銀貨の移動する音。

班長の後ろから、追ってきたログネルが感心したように言う。

「よく持ちこたえたね。最後のほうちょっと見えてたけど、全部上手く避けてた。目が良いのかな」

「つーかお前、やっぱ持久力じゃねぇか」

「……あ、そうですかね」

息切れのふりをするのをすっかり忘れていた。

「あっちの体力バカは頭、そこの白髪はスタミナ、お前は仕留め方、か。見事にばらばらだな」

「教えてくれるんですか」

キューナの質問に、班長は馬鹿にしたような笑みを浮かべたかと思うと、さっさと去っていった。

「……弱点教えてくれたってこと、かな」

人知れず呟いてから、周囲を見回し、しゃがみこんで真っ赤な顔で息を切らすイグヤを見つけて向かう。キューナに気づくと口を閉じて、唾を飲み込んで鼻から息を吐く。その不満そうな顔を指摘すると、声をひそめて。

「俺達以外には、なんか話があったみたいだな」

「そうなの?」

わざととぼけてみせる。

いつの間にか真後ろにいたヤサルタが声をあげた。

「出だしのアレとか?」

「ああ。たぶん、誰が誰に向かうのかまで決めてたな、あれは」

俺らには教えたくねぇみたいだけど、と鼻を鳴らす。


***


睨みつけるような顔で他班の試合を観戦しているイグヤの元に、キホがよってきた。

「おつかれ。G班とは当たりたくないな」

「は? そっちも勝ってるじゃん」

「お前の目ざとさには勝てる気がしないよ」

「ちっ、バレてんのか。立派な戦術の一つだろ?」

「もちろん。あ、出番だ、行ってくる」

イグヤは黙って右手を挙げ、キホを送り出した。

それから、背後でさっきの反省会をしていた二人を振り返る。

「おい、それ後回し。よく見とけよ。次、たぶんあそこの勝ったほうとだ」

「えっまじで?」

そそくさとヤサルタが駆け寄る。キューナも歩いてきてイグヤの横に座った。

「あ、エイファとキホの班だね。がんばれー」

能天気に応援するキューナを見て、イグヤが表情を曇らせる。

「あの班、仲悪いっつってたよな。新人が狙われるんじゃね?」

開始と同時、イグヤの予想通り、中堅らしき少年たちが一斉に向かっていった先にはエイナルファーデとキホと、それからもう一人の一年めの少年。B班の先輩がたが援護に向かう様子はない。

かんかん、と棒が打ち鳴らされる。

懸命に応戦していたエイナルファーデが距離をとろうとするも、すぐに間合いを詰められて泣きそうな顔をする。すでに息が上がっている。

「うわ、やべぇなハノアッジ」

ヤサルタがぼやく。防戦一方に追いやられて焦ったのか、

「あ」

小石につまずいてバランスを崩す。

「きゃ……」

覚悟して目を閉じるエイナルファーデ。

対峙する少年が待望の好機に笑んで、彼女の右肩目がけて棒を振り――

それより速く突き出された棒が、少年の腹部を突いた。

「ぐ……?!」

驚きと痛みに目を見開いたまま崩れ落ちる少年。

強烈な打突に、観客が沸いた。

いつの間にかエイナルファーデの背後に回りこんでいたキホが、適正より長めの木刀を構えている。

「ありがと」

エイナルファーデはキホを見上げ、ほっと息をついて立ち上がった。

それで決着だった。番狂わせに上官たちが下卑たスラングを飛ばしあって騒ぐ。じゃらじゃらと銀貨が移動する。

覚めやらぬ興奮に周囲はざわめき続けている。

「痛そ。四年めだっけあいつ、一年にほぼ一撃で倒されてんじゃん」

「トードキルホだっけ? アイツ、つっえーな!」

「おれ知ってるわ、槍術で北州トップ獲ったやつだろ」

「あぁ槍っぽい動きだな、そういや」

そんな声が聞こえる。

「へぇ、トップだったんだ」

先ほどの鍛え上げられた動きを脳内で反芻して、キューナはしきりにうなずく。イグヤが「感心してる場合かよ」と不安そうに言った。

「あ、次あたるんだっけ?」

「たぶんな。で、ルコックド、お前キホに向かえ」

ヤサルタが疑問の声を上げた。

「女同士のほうがいいんじゃね?」

「二年めだろあの人。一年めのルコックドが負ける可能性のほうが高い。ヤサルタ、お前が行けよ。二年めに勝ってこい」

「おおし!」

はりきって立ち上がり棒を振り回すヤサルタ。

「……うまい」

苦笑したキューナはイグヤに向き直り。

「で、なんで私とキホなの?」

イグヤは口角を上げた。

「さっきの見てただろ、あいつ女にはぜってぇ手加減するって」

「そうかなぁ」

班長の怒号に呼ばれて立ち上がり駆け寄る。

「はじめッ」

キューナは言われたとおり、真っ先にキホに駆け寄って、正面から棒を振り下ろした。第一の動き。

カン、と小気味いい音で打ち返される。

寄って来たキューナを見てキホは一瞬意外そうな表情を浮かべ、すぐに「イグヤか」と得心いったように呟いた。うなずいて、今度は右の胴狙いで横薙ぎの一撃。これもあっさり弾かれ、今度はキホが踏み込んできた。

まるっきり槍の構えから放たれる、急所を正確に狙う打突。

槍同士なら有効だけど、剣だと回りこめるんだよね。しないけど。

冷静に考えつつ、棒を斜めに立てて滑らせるようにしていなす。第五の応用型だ。

槍術の動きを把握しているようなキューナの落ち着いた動作に、たんたんと足音を鳴らして、キホが大きく下がった。互いに、構えと呼吸を整える。

「槍術、やってたのか?」

キホの問いかけに、キューナは薄く笑った。槍術は上官昇格時の必須技能の一つだ。騎乗して槍が使えないのでは話にならない。

「伯父さんがね」

「なるほど」

嘘は言っていない。その伯父さんはクウナの生まれる前に亡くなった人だから、見たことはないけれど。

キホはひとつうなずいて、歩幅を狭めた。今までのはどうやら様子見だったらしい、と表情の変化でも察知する。キューナの背丈に合わせて低く腰を落として構える。

最初からこれで来なきゃダメなんだけどな、と内心で苦笑する。

さっき見た――先ほどの一戦で場を沸かせた打突とほぼ同じ構え。案の定、同じ軌跡を描いて木刀が動き――木刀の動きを最後まで目で追った。急所(みぞおち)を狙った攻撃を避けるも、一歩下がったくらいでは避けきれずわき腹を捉える切っ先――

反射的に反撃に転じようとした右腕から、キューナは意識的に力を抜いた。木刀を落としてうずくまる。

「B班の勝利!」

危ない、ついつい負けず嫌いを発動してしまうところだった。さっきの一戦でキホに注目している人は多い。

「大丈夫か」

キホが寄ってきてキューナに手を差し出す。キューナはふふと笑う。キホは女性にやさしいというイグヤの見込みは当たっていたけれど――それ以上に真摯な人だったということだ。

「どうした?」

「ううん、なんでもない。ありがと。いいよ、次に行って」

キホの手をとり立ち上がったところで、

「オマエな! アサトさん盾に使ってんじゃねーよ」

班長に叱られているイグヤが見えた。

「作戦勝ちですよ。逃げてるだけじゃねーです」

なんてわめきながら、イグヤはアサトの後ろから飛び出ては応戦しすぐに戻る、を繰り返す。

「よし」

と狙いを定めたらしいキホがイグヤに向かっていく。


***


「ったく、勝ったじゃんかよ。俺は」

班長のいやみったらしいお説教から解放されたイグヤは不満そうに呟いて頭を掻く。木材の繊維がばきばきと割れる音に顔を上げた。遠巻きに人垣ができている。

「よこせ」

腹部を押さえてうずくまる青年から木刀を奪った少年は、

「うわあああ」

負傷し逃げれないその青年に、容赦なく殴る蹴るの暴行を加え始める。

「お、おい、やめろ!」

同じ班の先輩らしい男が焦ったように駆けて来た。

「説明しただろ、一発でいいんだ! お前の勝ちだ」

数人がかりで押さえ込まれて、つまらなそうな顔をして少年は手を止めた。

「あとはあいつだけだ」

指さされたどこかの班の班長が、ひっと短い悲鳴を上げる。

少年は急に走り出し、構えも何もないまま棒を振り回して――

「――折ったな」

絶叫と歓声が上がった。

班長が、ものすごい苦悶の顔でうずくまっている。

真っ青な顔の文官が息せき切って担架を引きずってくる。

「F班か」

戦法も作戦もない。荒削りな力押しだが、それでも周囲の誰もがまともに対抗できない。

 目を瞠る動きに、イグヤは固まる。その背後を通り過ぎる数人が少年のことを口々に噂する。。

「あいつ、そうだあいつだ、一年目で最強っていう」

「一年目だけじゃねぇぜ、ほら」

 数人まとめて吹っ飛んだ。後ろでペヘルがちょこまかと動いている。

「何て名前だっけな……」

 イグヤの呟きに、

「どの人のこと?」

足元にしゃがみこんでいたキューナが顔を上げる。

「あ、ウルー!」

 ヤサルタが親しげに声をかけて手を振る。そんな名前の奴いたっけか、と追ってイグヤも目を向けて、青ざめた。

 先ほどどこぞの班長を片手で吹っ飛ばした長身の男が、仏頂面で振り向いた。

 ――思い出した。ウルツトだ。

 駆け寄ろうとしたヤサルタの首根っこを、イグヤが全力で引っつかみ、

「あ、いや、なんでもないっ」

慌てて取り繕おうとするが、その前でじたばたともがくヤサルタが両手を上げて、左右に大きく振った。

「ちょい来てー!」

「オマエな! 何にも学習してねぇじゃねぇか!」

「あ? 何がよ」

 そうこうしてるうちにウルツトが正面までやってきて。

「なぁ聞いて! さっきさあ!」

 くったくなく雑談を振り始めたヤサルタをどうしたものかと持て余しているイグヤのかわりに、キューナが聞いた。

「二人は仲いいの?」

「俺ら同室ー!」

 なぜかウルツトの背に飛び乗ったヤサルタが、元気良く答えた。ウルツトはキューナを見たがなにも言わない。

 どうやら問題ないらしい、と安堵のため息をついたイグヤが、「高ぇー!」とはしゃぐヤサルタを指さしてウルツトに聞いた。

「……そいつと同室って同情するわ。うるさいだろ?」

 そこで初めてウルツトが口を開いた。

「別に」

 低い声だった。ウルツトの髪を好き勝手に掻き回しながら、けらけらとヤサルタが笑う。

「ひっでぇなイグヤ!」

2015/5/24 誤記修正

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