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Hard Days' Knights  作者: 里崎
一週目編
11/73

10.畑

翌朝。

キューナが朝食を終えた食堂の後片付けをしていると、窓の外に、上官たちが宿舎から門へ向かっていくのが見えた。どことなく浮き足立っている彼らの格好が、隊服でないことに気づく。

「……あ、土曜日か」

仲良く連れ立って歩いていく集団の最後尾を指さして、キューナは、近くで食器を集めていたイグヤに聞いてみる。

「イグヤは外に行かないの?」

「金ないし。この後の仕事ってねぇよな。俺は部屋に戻って寝直す」

「あ、仕送り? 偉いね」

「は? ……お前、入隊書類読んでねぇだろ」

イグヤのバカにしたような目にきょとんとしたまま、キューナはうなずいた。確かに読んでない、が、全ての規定は中央で制定しているから、北州も完全に同じと考えて問題ないはず。

「いいか? 入隊して3年間、給金の支給はないの」 「へ……ええ?」

「お前あてにしてたんか」

「いや、まぁ……」

「普通そうだよな。まぁ騎士団ってのは特殊だから」

「……」

 そこまで特殊じゃないんだけどな、本来。

 キューナはもごもご言う。

「G班出るぞ! 早くしろ」

片付けを終えた食堂に飛び込んできたジュオが、響き渡るほどの怒号を飛ばした。慌てて返事をして駆け寄る。

さっさと進んでいくその背中を追いかけて廊下に出た。廊下で待っていたログネルと肩を並べて進んでいく。

「土日は休み……ですよね?」

「演習はないけどね」

なぞかけのようなログネルの答えに、三人は黙って顔を見合わせる。窓の外を見たイグヤが聞く。

「上官方の外出のつきそい、とかですか」

「お使いじゃね?」

ヤサルタがわくわくしながら言う。楽天的なガキどもだな、とジュオが笑う。

「上官以外はめったに出歩けないんだよ」

「へ? 何で」

ヤサルタの質問を、ジュオの舌打ちの音が遮った。

「なんでもかんでも教えてやってんじゃねーよ、弟の身代わりかよ」

「そんなんじゃないよ」

睨みつけるジュオに、笑顔で応じるログネル。

「薄気味わりぃ」

「どうしたのジュオ、機嫌いいね」

ジュオは右手を持ち上げて見せた。こぶしがうっすらと赤い。

「朝、三人仕留めた」

「ええー」

苦笑で済ませるログネル。

「あの、弟さんがどうかしたんですか」

「うん、双子の弟。一緒にここに入ったんだけど、去年ちょっとね、上官たちのごたごたに巻き込まれて」

まじまじとキューナを見下ろして。

「そう言われてみれば、実家に残してきた末っ子の妹がちょうどこのくらいかなぁ」

元気かなぁとぼやきながらキューナの頭をなでる。キューナはされるがままにしておいた。


そうして連れて行かれたのは――

「畑仕事だ」

「……畑?」

「騎士団の私有地だ」

地平線まで広がる、だだっ広い畑。

「こ、ここ全部ですか?」

「いや、あっちも開拓中」

右側を見ると、ちょうど、切り倒された巨大な樹木が葉を散らしているところだった。

足元には、宿舎の厨房で見た藤製のカゴが無造作に転がっている。貯蔵庫で見覚えのある、小ぶりの作物が入っているのをみて、ああ、とキューナは声を上げた。

「ほぼ自給自足なんですね」

感心するキューナの後ろで、イグヤが吐き捨てるように言った。

「元々は近くの市民が駆りだされて耕してて、騎士は監督するだけだったんだけどな。ほら、こんな力仕事、すぐに死人だらけになっちまうから。騎士なら丈夫だし、『労働中に』死んだとしても、問題になることもないしな」

ジュオが睨むようにイグヤを見る。

「くわしいなお前」

「……近くに住んでたんで」

「耕したことは?」

「ないスけど」

ヤサルタがあっと声を上げた。

「あ、あの(クワ)使えばいいんすね!」

土に半分以上埋まっていたおんぼろの農具を引っ張り出して、勇ましく構える。ログネルがよかった、と微笑んだ。

「使い方は分かるみたいだね。G班の区画はそこの青い棒の間。じゃあ、俺たちは作業に戻るから」

「あ、ちょ」

言うだけ言うと、ログネルとジュオは一段下の畑に飛び降り、さっさといなくなる。

イグヤが、畝に突き立てられた一本の青い棒をぽんと叩いた。

「棒の間っつってたよな。もう一本はどこだ?」

「あれじゃね?!」

ヤスラが指さした遥か先、目を眇めてかすかに青色が見える。

「はあ? 見えてるとこ、ここ全部G班じゃねーか!」

三人はしばらく立ち尽くしていたが、イグヤがため息をついて手近な農具の柄を握った。

「……おいヤサルタ、これの使い方教えてくれ」

「あ、私も」

「おう!」


***


「しっかし……今年の班は、あたりなのかはずれなのか分かりにくいな」

手を止めたオサムが、流れる汗をぬぐいつつ、隣のソイに呟いた。

「お前とアサトと、腕の立つやつはそこそこ集まってるが、何も知らん一年が三人もいるってのは不利だよな」

青い棒に手を置き、オサムは隣の班の畝を見る。二年目一人の指導で、一年目二人が懸命に耕している。

ソイは手を止めずに答えた。

「俺らがそれを評価して何になる」

「まぁ、そうだが」

相変わらずクールな年下の班長の態度に、オサムは今更機嫌を損ねることもなく、肩をすくめるだけに留める。どうやら無駄口は相手にされないようだと判断して、黙って仕事を再開しようとして、

「昨日のアレで、音を上げたのかとは思ったけどな」

聞こえてきた独り言のような呟きに、おやと片眉を上げる。

示されるまま、一段上の区画に目を向ける。土の上から見え隠れするのは、真っ赤な顔と両腕で、黙々と固い土を耕す小柄な3人。ようやくオサムも思い出す。

「ああ、あの『できません』か。ああ言った割りに、きちんと働くよな。あんな何の身にもならないことに、よくもまぁあれだけ全力打ち込める。例年よりは諦め早えか? こんなもんだっけか」

「……たぶんあれは」

「何だよ」

「……いや」

首を振り、それ以上の返答を拒んだ。

二人の後ろで、アサトが道具を持って、

「あ、オオリくん、石の多いところはこれ使うと……」

渡そうとオオリに近寄るが、

「うわああああ」

「えええええ」

「……とにかく、めんどくせぇ班ってことは確かだ」

ソイがぼやいて仲介に入る。

「なんだってんだよ」

伐採したばりの枝を束ねていたログネルが振り返る。

「あれじゃないですかね、昨晩の一発KO」

「あ、あれはだって……!」

楽しげに言うログネルと青ざめるアサトを見て、口角をくっと上げたジュオがログネルをどついた。

「おい、詳しく」

「ん? 廊下でカツアゲされてたオオリのところにアサトさんが血相変えて飛びこんでいって、剣抜いてたI班の三人を、まとめて素手で一発KOしたってだけだよ。……全員もれなく泡吹いてたけど」

「またかよ! オレの見てねぇとこで何ユカイなことしてんだ」

げらげらとジュオが笑い、ソイが顔をしかめる。

「ほんとだよ、俺の見てねぇ時間に何愉快なことしてんだ」

「なんでアサトさんが謝ってるんです」


***


「腰痛ぇー」

「だまって耕せ、蹴られるぞ」

動きが鈍いと蹴り飛ばされた隣の班の数人が、足の痛みに歯を食いしばりながら作業をするのを横目に見る。

「俺、地元とか耕してたけど、こんなに固い土、初めてなんだけど」

砂利ばかりの地質。見るからに不毛な土地だ。

「耕す前に砂利どけたほうがいいんじゃ……」

「なんもなくなるぜ」

「こんなんでも芋は育つんだな」

「小さいけどね」

 イグヤは鋤を止めて、遠い目をした。

「こんなんが騎士って、なぁ……」

その隣で、誰も見ていない隙にと、キューナは小さな作物をズボンでこすって、口に放り込んだ。

「あ、これおいしい」

「……お前ね」

オオリが段を乗り越えて呼びに来た。

「おい、移動だ。次は果樹園」

「あの、でもまだこんだけしか」

叱られるのを覚悟しておずおず言うと、ログネルがあっさりと首を振る。

「ああ、いいんだよ、キリないから。どうせ来週も再来週も、次の季節までずっと同じ作業だ」

収穫した分を基地へと運ぶ担当の班に任せてから、昨日駆け上がった一つ目の丘の、側面を回りこむ。

南側に出ると、景色が一変した。

枯れ木や高木の間に、果実を実らせた低木がちらほらと紛れている。

少し開けたところで班長たちが籠の数を数えている。

「あの籠を背負って、熟した実を適当に集める。ああ、熟れすぎた奴は、持ってく間に潰れるから食っていい」

「うお、まじ?!」

嬉々として身を乗り出すヤサルタをジュオが迷惑そうに睨みつけ、あははとログネルが笑った。

「ま、たぶんもう食べられちゃってて、ほとんど残ってないけどね」

数え終えたらしい班長が指示を飛ばす。

「運送班が戻るまで、しばらく待機!」

途端に皆がその場に座り込んだ。どうやら休憩らしいと気づいて、キューナたちも地面にしゃがむ。

「はー」

隣でヤサルタがだらしなく寝そべって、イグヤに邪魔だ離れろと蹴られている。うらやましくなって、背をそらして空をあおぐ。

開けた視界に映ったのは、高木の上方でちらつく青色の点々。

「ログネルさん、あの木は?」

「ん?」

土で汚れたキューナの指先が、少し離れた岩場の上に生えている木を指さす。やや高いところに、熟れすぎた実がたわわに実っている。

あああれか、とログネルが驚きもせずに答えた。

「しょうがないんだよ、あの高さだと登っても届かないから。無理して落ちたらそれこそしゃれにならない。まだ成る木だし、下のほうは収穫できるから切り倒すわけにもいかなくて、ああやって鳥の餌にしとくしか」

イグヤとキューナは黙って顔を見合わせる。たぶん思い出しているのは同じ木だ。

――入隊試験の、カヤシナラの木。

目測だが、あのときキューナが登った高さは、実の成っている位置よりももっとずっと高かった。

「……下の方はいけると思うぜ。あの木、枝が細い割に結構丈夫だし」

それを聞いて、キューナは改めて木を見る。

「ほんとだ、ゆれてない」

上空は風が強そうだが、近くの他の木よりも揺れが少ない。

「てっぺんまでは、さすがに危ないからやめとけ。欲張らなくても――独占だ」

にやりと、人の悪い笑みでイグヤが笑った。

「おっけ」

立ち上がったキューナは、その場で屈伸を3回。ブーツの下で、枯葉が乾いた音を立てる。

近くで他の班の同期と歓談していたログネルの顔を、ひょいとのぞきこんで。

「あの、この休憩ってもう少し続きますよね」

「うん。基地に戻って、倉庫に入れて、また戻ってくるまでだから、まだかかる」

礼を言って、残り時間を計算しながら二人のところに戻り、近くにほっぽり出されていた籠をひとつ背負う。

「イグヤ、ヤスラ、下で拾うの手伝ってくれる?」

「おう」

「え? なに、本気であれ取りに行くの?」

「そ」

立ち上がった二人の後ろから、班長の間延びした声。

「死なれると困るんだがー?」

振り返ったキューナは「行ってきます」とだけ返して、二人を連れて森の中に消えた。


***


数分後。

がさがさと茂みを掻き分けて戻ってきた3人を、

「はー食った食ったー」

「しっ、戻ったら騒ぐなって言っただろ」

「大丈夫だろ、こんだけ広いんだし。誰も聞いてねーよ」

「……」

班長が呆れた目で見ている。


挿絵(By みてみん)


キューナがそれに気づいて、

「あ、たくさんとってきたので、先輩方も、どうぞ」

籠から取り出した果実を数個、とても気安く班長の手に押し付けるように渡した。

班長はなんともいえない顔をして受け取る。他の班に気づかれないようにG班の班員にだけ配って、キューナは空になった籠と一緒に戻ってきた。その肩を掴んで、イグヤが怒ったように耳打ちする。

「おい、なんであいつらにもあげちゃうんだよ」

「そりゃ、先輩たちも腹減ってるからだろ」

 けろりと答えたヤサルタを、イグヤはにらみつけて黙らせる。

 うーん、とキューナは晴れ渡った空を見上げて答えた。

「こういう演習はさ、班が団結できれば大抵のことは乗り越えられると思うんだよね」

「何でそう言い切れるんだよ」

「……班の先輩がたは普段殺意がないし、一応会話がなりたつから、と、班で競わせているから、と、団結してる班がないから、と、全員ぶっとばすほど上官もヒマじゃないから、かな」

 しばらく思案していたイグヤが、計算高い笑みをうかべた。

「よし、協力する」

「ありがと」

 イグヤが立ち上がる。

「行くぞヤサルタ、ルコックド」

「あ? どこへ?」

「下に落としたけど籠に入りきらなくて諦めた分。取って来ようぜ。あれ干すと非常食になんだよ」

「おおっ」


***


夕暮れ。

ふらつく足取りでなんとか基地に戻ったが、熟れすぎた果実を干す前にイグヤの体力が尽きた。夕食の準備にかかる前、ほかの一年めが部屋で休んでいる時間帯、G班の1年め3人は宿舎の厨房の裏手にいた。

使われていない小屋の裏、人目につかなそうなところにヤサルタが大きめの石を運んできた。その上に、キューナがどこかから見つけてきた金網を乗せる。

「よーし、そこそこサマになったな!」

籠から取り出した実を一個もてあそびながら、ヤサルタが振り返った。

二人の後ろで、イグヤがじっとうずくまっている。というかぐったりしている。

「おーいそこの言いだしっぺ、これ、二つに割って種出すだけでいいの? それとも薄くスライス?」

イグヤからの返事はない。ヤサルタは不満そうな顔をして、伏せたままの白髪頭を泥の付いた指で小突いた。

「おい、イグヤ、今動いとかないと明日動けなくなるぞ」

「何、言ってんだ、もう動けねぇ」

体力有り余ってるお前とは違うんだよ、と掠れた声で言い捨てる。

「慣れない作業は疲れるよね」

目を閉じたままのイグヤの耳に、キューナの苦笑交じりの声が届く。

キューナは金網の前にしゃがみこんでナイフをとりだした。こった首を回しながら手際よく果実のヘタと種を取り、切り分けて網に敷き詰めていく。ぱっと目を輝かせたヤサルタが、「オレもオレも!」と叫んで、包丁を取りに厨房に飛び込んでいく。

その物音に顔を上げたイグヤは、目の前に整然と並べられた均等な厚みの果実を見て、ふてくされたような顔になる。すぐ近くにしゃがみこんでいる張本人に目線を移せば、器用なことに腕や首のストレッチをしながら、全く手元を見ずにそれを量産している。入隊試験でも使っていた小さなナイフが細かく動く。

どうやってんだよ、と内心で毒づくが、いくら見ていてもさっぱり分からない。

ヤサルタが戻ってきた。

「新宿舎のほう、みんな外で食ってくるから、上官の飯の用意はいらねーってさ!」

「よっしゃ」

「他に言いつけられてることもないし、今日は早めに終わりそうだね」

「あーゆっくり寝れるー」

「包丁振り回すな!」

「あっほとんど終わってんじゃん、はええなルコックド。でかいナイフしか見つかんなくってさぁ」

「ううん。私、ちょっと手、洗ってくるね」

「おう、よしやるぞイグヤ!」

「うっせぇ仕切るな」

後ろから聞こえてくる漫才に苦笑しつつ、果汁でべたべたになった両手と切れ味の落ちたナイフを振りながら、キューナは水汲み場へ向かう。

2015/4/19 挿絵追加

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