世界は
愛した人を思い出していた。
彼女はぼくに言った。(あるいは、一人でつぶやいた)
「世界は私の手の中にある」と。
短めの髪を揺らして、壁に貼ったポストカード(裸の少女が幾人も描かれている)の辺りに視線をやりながら。
僕はそれを受け止めていた。無言をもって返答とし、文庫本のページを繰った。世界は君の手の中にある、ぼくもそう思う。
空気に温度はなかった。淹れてから数時間が経って、すっかり冷めた紅茶がぼくと彼女の目の前にあった。彼女はあの時のように、壁に目をやっていた。
「世界は私の手の中にある」
穏やかな顔で彼女は言った。そしてぼくは、それを受け止めなかった。無言をもって返答とし、冷めた紅茶を少し舐めた。世界は君の手の中にある。もちろんそんなことは、わかってる。