不幸せの黄色いフラッグ
「そんなことより」
私の運命、ひいては世界の運命が『そんなこと』の一言で片付けられた。
回避された!
「時間がありません。矢代さまのモテ属性はすでに発動しております。これをお着けください」
そう言って、うさぎ……えーと、名前なんだっけ……ドン…………まぁ、ドンちゃんでいいや、は、自分の胸元に手をおいた。
さっきは気づかなかったけど、ドンちゃんの体の真ん中には一直線にチャックが着いていた。
それを自ら引き下げ、手を突っ込みゴソゴソと何か探す。
体内収納か。
便利そうだし、ぬいぐるみ型のリュックサックも世の中にはあるのだから変ではないけど、人語を解する動く物体が自分の体に手を入れている図はちょっとエグいなぁ。
しばらくするとドンちゃんは目当てのものが見つかったのか、私に何か差し出してきた。
受け取ると、それは銀色のマカロニを少し曲げたような形をしていた。端のほうに青と赤の宝石が付いていて、裏を返すと切れ込みがある。
「それを耳に着けてください」
耳? これ、イヤーカフか。
言われた通り左耳に装着してみた。
生まれてこの方、こんなオシャレアイテムつけたことがないので、着けるだけでも悪戦苦闘する。
イタタッ、髪に引っかかったよっ。
髪ごと耳に装着してみたり、宝石の装飾に絡まったりして髪が数本ブチッと抜けた。
「着けましたか? では上部の青い宝石を押してください」
涙目になった私には目もくれずドンちゃんは先を続けた。さっきみたいに慰めてはくれないのか。
私が青い宝石を押すと、左目を覆うように青透明の画面が出現した。
画面には赤い点と青い点が1つずつと、黄色い点が幾つか点滅している。
左下には13、という数字。
むむ、これと似たものを私は知っているぞ。
世間的には敵の戦闘力を計測する機能が有名だけど、レーダー的な機能もあったはず!
ちっちゃい頃、再放送で見たよ!
私は高鳴る胸を押さえながら言った。
「これ、あれだよね、あれに似てるよね。絶滅寸前の宇宙戦闘民族が身につけてた、スカぅ」
「その画面は実体ではなく、お渡ししたイヤーカフを通して網膜投影しております」
最後まで言う前に、ドンちゃんの声なき声が聞こえた気がした。
言わせねぇよ!
これで私も宇宙戦闘民族の仲間かー、と思ってたから、ちょっとがっかりだなー。
通学鞄から手鏡を取り出して見る。
ドンちゃんの言った通り左目を覆う青画面は、手鏡には映し出されていなかった。
ト、トンデモ技術だーーーーっ!
「あ、あの……」
私はドンちゃんそっちのけで、イヤーカフをいじり始めた。
もう一度青い宝石を押すと青い画面が消えた。
再び押すと現れる。でも、鏡には映っていない。
また押すと消え、またまた押すと現れ……ON、OFF、ON、OFF、ON、OFF。
私が、与えられたトンデモ技術の動作確認に夢中になっている横で、ドンちゃんはカクッと肩を落としてしばらく動かなくなった後、重いものでも背負っているかの如くゆっくりと体を起こした。私が何度も投げてた時は疲れ知らずのパワフル稼動だったのに。
「説明、続けますね。今、画面には赤い点と青い点が一つずつ、黄色い点が幾つか点滅しているかと思います」
私はイヤーカフで遊ぶのをやめて、画面をONにし、ドンちゃんの話に耳を傾けた。
「青い点は矢代様を赤い点は唯間様を現しております」
青い点は画面の中心で、赤い点は右の端で点滅をそれぞれ繰り返していた。
なるほど。私が矢代くんと分かれてから矢代くんは西に、私は東に帰路に着いたので位置的に合っている。そしてこのレーダーは矢代くんを中心に標示しているようだ。
「そしてこの黄色い点ですが」
黄色い点は矢代くんの青い点を中心にカクカクと曲がりながら私の赤い点に向かって点在している。
数は……2、4、6、8……あー、重なってるのもあって幾つか正確にはわからないや。それでも20個以上はありそうだった。
「それは矢代様のモテに当てられてフラグが立った方々です」
「この黄色いのがねぇ…………って! ちょっ! これ、全部!?」
「はい」
「20以上あるよっ!?」
私はドンちゃんに詰め寄り、胴を持ち上げてガクガクと揺らした。
「はい。まぁ、すれ違っただけならフラグが立ったと言っても『あっ、あの子ちょっとタイプかも』くらいでしょう」
言いながらドンちゃんは頬に手を当て体をイヤイヤとするようにくねくねと振った。
「しかし中には一目惚れされた方もいるようです」
「えっ? かもしれない、じゃなくて、いるようです? って断定?」
「はい。好きになり始めている方は黄色の色がより濃く、次第にオレンジ色、そして赤になります」
「赤って、私のと同じ色……」
「赤色にまで好きという感情が成長し、もし矢代様に告白し両想いになった方は、運命の糸が繋がる可能性があります」
「そんな! 矢代くんはOKしないもん!」
ドンちゃんの胴体を握りしめた手に無意識に力が入る。
「しかし、可能性が0ではありません」
「うっ。それは、そうだけど……」
「まぁ、モテ属性はそのままなので、唯間様の運命の糸が切れたのと同様にすぐ切れるとは思いますが」
ドンちゃんはそうフォローしてくれたが、私の中の不安は広がるばかりだ。
画面をもう一度見返す。
まだ赤い色の点は私の以外ない。
だけど…………。
「き、黄色が濃い点が幾つかあるぅ……」
「一目惚れ、ですね」
涙が出てきた。
青い画面が滲み出す。
「それから、フラグが立った方々ですが」
せっかく思いが通じて、彼氏彼女になって、彼氏と一緒やりたかったあんなことやこんなことが明日から出来ちゃうぞっと、むふふな妄想を繰り広げてたのに。
もう、妄想どころじゃない。
「直接お会いすると、その方には分かり易いように頭上部に点と同じ色の三角旗が表示されます」
平凡な容姿、特にこれといった特徴のない性格、一小市民の、漫画であればコマのすみ
っこにいるモブその1の私より魅力的な女の子なんて星の数ほどいる。
いつ、その女の子達が矢代くんを本気で好きになるか。もしそれが積極的な娘だったら
矢代くんを誘惑してくるかもしれない。もちろん、矢代くんがそんな誘惑に乗るような浮ついた人だとは思っていない。
いないけど、超美人でスタイル抜群の白いワンピースが似合う病弱で可憐な少女に笑顔で「好きっ」とか言われちゃったら?
か、勝てる気がしない。
「そんな方々にお会いしたら、フラグを折る必要があります」
これからずっとそんな不安を抱えながら生きていかなければならないの?
私がいない時に、私以外の運命の人が現れてしまうかもしれないの?
心が休まる日は来るのだろうか。
「どんな手段を用いても折ることを推奨します。あ、丁度フラグの立った方がこちらに来ますね」
「え?」
私が悲嘆に暮れている中、ドンちゃんが何か色々喋っていたようだが、突然丸っこい腕で西の方を指し、くたっと力が抜けたように項垂れた。
ドンちゃんの差した方を私も見ると本当に人が歩いてくる。
夕日が逆光になり顔は見えない。しかし、その頭の上には三角の旗が浮いていた。
だんだんと近づいてくるその人物の顔がはっきりと見えてくる。
その娘は何処か心ここに在らずという夢現な表情で、足取りもフラフラと危なっかしく歩いてくる。
その姿に私は思わず口が徐々に開いてしまった。
「り、りん子ちゃん?」
それは同じクラスの錦戸凛子ちゃんだった。