運命の糸もナイロン糸もなかった
「モテ期……そうですね。そう理解していただいて問題ありません。事はもっと複雑なのですが」
何かがおかしい……。
私は眉をひそめた。
テレビ番組の1コーナー、一般人1人に対して、勝手にここまでプライベートな情報を調べあげるだろうか、と疑い始めたのだ。しかも「彼氏にモテ期が来た」とマニアックな設定を考えるだろうか、とも。
「銀河一って設定、嘘くさいんだけど」
「嘘ではありません。先ほど、日本標準時にして17時42分、矢代京一さまにモテ属性が付加されました……銀河一の」
「銀河一の……」
「はい、銀河一の……いや次元一の、と言い換えることもできます」
そうかぁー、銀河一かぁー……て、え? 次元一? なにそれ。さらに嘘くさくなった。
いったいいつまでこの茶番劇は続くのだろうか。スタッフー、早く出てきてー。
動揺する私を前にうさぎはなおも続ける。
「モテ属性付加について詳しく説明しますと……」
え? モテの定義について、今さら講義ですか?
「平凡な容姿・性格からはかけ離れたカリスマ値の上昇、フェロモンの過剰分泌、何よりも恋愛運の上昇。出会いはもちろん、あらゆる事象が恋愛成就に有利に働きます」
「へ、へい、ぼん!!」
仰ることはわかりますよ、うさぎちゃん。
平凡な私が言うのも何だが、確かに矢代くんは平凡だ。
特徴といえば、少し猫毛でゆるふわな髪型と柔和な顔立ちくらいだ。
身長も全国高校2年生平均と同じだと、さっき笑って話していた。
あ、矢代くんの平凡じゃないところ、見つけた。
笑顔!目尻が下がり、くしゃっと笑うと、こちらまで笑顔になれる安心感があった。あと、とにかく優しい!
でも、特にもてるという話は聞いたことがない。私の学校でもてるのは、もっと運動ができて派手な容姿のコだった。サッカー部の内山くんとか、生徒会の福門くんとかだ。
そんなことより!
私はうさぎの言動に聞き捨てならない言葉を見つけた。
「恋愛成就って! 矢代くんはもう、わ、私と、りょ、両想いなんですけど!」
恥ずかしさのあまり、吃ってしまった。
ぬいぐるみとはいえ、意思疎通のできるものの前で、己の恋愛事情を告白するのは羞恥プレイすぎる。見えてないだけでテレビ局スタッフもいれば、カメラもいるだろうし、このままお茶の間に放送もあり得る。うわわ。
「はい、運命の糸は唯間風香さまと矢代京一さまの間に固く繋がれておりました……20分ほど前までは」
「え?」
「しかし、今現在、矢代さまの運命の糸は切れ、誰とも繋がっていない状態です」
頭の中が真っ白になった。
「え――……私の運命の糸は?」
「もちろん、唯間さまの糸も誰とも繋がっておりません」
何を言ってくれちゃってるんだ? このうさぎは?
うさぎの言葉が無意味な音として脳内をかけめぐる。
切れた?運命の糸が?
今日は私にとって人生最上の日になるはずだった。
初めて告白して、両想いになって。
天にも昇る気持ちとはこのことか、と思っていた。
嬉しくて顔がにやけて、道の真ん中だろうが人の目も気にせず踊りだしたくなる気持ち。
それが一変。
男子バレーボールブラジル代表に豪快なジャンプでアタックされて床に叩きつけられ、しかもコートアウトしたボールの気持ちってこんな感じかしら。
私が今いるのは奈落の底か?
「あまりに強力なモテ属性が付加されたことにより、運命も歪められてしまったようです」
うさぎは私の落ち込みなどお構いなしに、まだ何事か喋り続けている。
番組製作も大変なのかもしれない。
より面白く、より可笑しく。
視聴者を笑わせるためには、女子高生をストーキングして情報を仕入れ、モテとか運命まで持ち出してまでしなければならないのかもしれない。
「でも……」
「どうなされました? 唯間さま?」
呑気そうな枯れたおっさん声にイラッとした。
私は数歩後ろに下がり、走り幅跳びよろしく助走する。
「言って良いことと!」
うさぎの浮いてる手前でジャンプ。
「悪いことが!」
うさぎのピンクの胴体を掴んだ。
「あるでしょ!!」
番組とかカメラとかどうでもいい。
ナイロン糸で吊っていようが関係ない。
私は渾身の力を込めて、うさぎを道路に投げつけた。
うさぎは1回転半を入れつつものすごい勢いで跳び、アスファルトに叩きつけられワンバウンドした。
漫画やアニメなら「ぷしゅぅ」とかいう擬音と共に摩擦による煙りが出ていただろう。
周りから見れば可愛そうに見えるかもしれないが、私は同情などしない。
そもそも私はぬいぐるみはうさぎちゃん派ではなく、くまちゃん派だ。
と、そこで私はあることに気がついた。
「あれ?」
じっと手を見つめる。
逃してしまいそうな小さな違和感。
投げた時、力を入れすぎて少し手首を痛めた。
……ではなくて……。
投げた時、うさぎは何の抵抗感もなく宙を跳んだ。
いくら私が強く力を込めたからといって、何の運動もトレーニングもしていない帰宅部女子高生の力だ。ナイロン糸を易々と切れるはずがない。
だったら、CG? ホログラム?
いや、それだったらうさぎは捕まえられない。
私にはもこもこのぬいぐるみ独特の手触りまで感じられた。
「なんで?」
混乱と共に嫌な汗が背中をつたい、鳥肌が立った。
「まったく、乱暴ですね」
うさぎが起き上がり、埃を掃う仕草をした。
ひょこひょこ短い足を前後に器用に動かし近づいてくる。
無表情の黒ボタンの目が怖い。
か、かるくチャイルド・プレイ。
「チャ、チャッキー?」
思わず呟いてしまった。
「いったい何なの……」
「先ほど申しました通り、運命管理委員会恋愛課日本支部、ドンファー=ジ=デローニモです」
うさぎは再び自己紹介をし、ゆっくりと右手を胸に当て、お辞儀をした。