悪堕ちだけを殺す機械かよ!
※いやらしい表現、非人道的展開が連発されます。
――悪堕ちとは。
・特定の人物が悪そうな感じにイメチェンすること。
・対象が女性の場合、何故か露出が増える。
・男性向けのいやらしいゲームや漫画では、常にいやらしさとセットになる。いやらしい。
――寝取られとは。
・恋愛関係、夫婦など親密な関係が、浮気などの不貞行為を孕む状況。
・上記のシチュエーションに性的興奮を覚える状態のこと。
・その性質上、犠牲者を前提とする。おそろしい。
「くっ、殺せ」
夕暮れ時の女学生にありがちな捨て台詞と思っていただきたい。
断じて女騎士ではない。何故なら、ここは二一世紀初頭の日本だからだ。
とある地方都市にて。
今、人間界が悪の手に落ちようとしていた。
謎の侵略者"ダークロードさん"の手によって美人・美少女が悪の道に進んでいるためである。
具体的には、クラスで可愛い女の子のベスト3、街を歩いていてナンパしたい美女など、みんなの心のオアシスがかっさらわれてしまった。
あとに残ったのは、マドンナを奪われた男達の悲痛の涙。
悲しみは暴力衝動となって地を覆い、人心は荒み、犯罪は多発、経済は低迷。
ついでに浚われた美少女達は皆、悪そうなボンテージファッションを着用し、悪堕ちヒロインになってしまった。
清楚系を好む草食系は絶望し、嬉々としてこれに群がる肉食系は体液を搾り取られて骸を晒す。
女子の世界もまた地獄。顔面偏差値の上位者は、悪堕ち候補として現代の魔女狩りに晒され、追い詰められて悪堕ちしていく。
世界は変わった。
生き残った男達の間では男色文化が復活し、クラスで一番可愛い男子が性欲の対象となるディストピア。
ここは現代のソドムとゴモラ、神の裁きすら降りない腐敗と混沌の都だ。
そんな街の廃倉庫、ダークロードさんのはしたないアジトに、一人の少女が捕まっていた。
椅子に縛り付けられた少女の名はアキラ、学園のマドンナと謳われた姉が悪堕ちしたばかりの女学生だ。
つまり潜在的悪堕ち指数が極めて高いポジションであり、人間社会からの弾圧は熾烈を極めたという。
しかし少女は現実に負けない強い心の持ち主らしい。
ダークロードさんは報告書を読み終え、彼女を見やる。
気の強い、ボーイッシュな顔立ち。当然のことながら美少女である。筋肉質で引き締まったスポーティな体つきが、制服越しに見て取れた。
じゅるり。
そそるものがあった。いつものダークロードさんなら、股間のダイレクトコミュニケーションに走ったかもしれない。
「あの、ダークロード様……こんなものが」
妹の鞄の中身を見聞し終え、姉のミチコが報告してくる。その肩は震えっぱなしである。
ミチコはグラマーな少女であり、文武両道を絵に描いたような優等生だった。
つい先日、ポルノコミックに換算して四八ページ程度のいやらしい展開によって悪堕ち、今ではダークロードさんの愛人をしている。
おっぱい丸出しの過激なボンテージファッションが印象的な、巨乳の美少女だと思っていただきたい。
「――うん?」
間抜けな声を漏らす。
姉を説得しに着たはずの妹の鞄には、人間社会の闇が詰まっていた。
プリントアウトされた死体の処理方法。血抜きの仕方、死体遺棄のコツ、猟奇殺人犯の犯行方法をメモした紙切れ。
ここまでは、変わった趣味の女の子だと言えなくもなかった。中二病の時期にはよくあることだ、そうダークロードさんは自分に言い聞かせる。
ミチコから渡された鞄の中身に、冷や汗が流れた。
ポリタンクに詰まった灯油とマッチ、ノコギリとゴミ袋――死体遺棄の賢い方法、メモ書きの不穏な文字列。
何故だ、何故そうなる。
ダークロードさんは、自分がサイコホラーの登場人物になった錯覚を覚え始める。
悪落ちとは連鎖してこそエロい。この座右の銘を、自らの生き方で実行する悪堕ち信仰者こそ、ダークロードさんなのである。
いつもなら、お姉ちゃんを帰してとかなんとか、真っ当な主張する美少女をなぶったり、姉の痴態を見せつけたり、とても全年齢では表現できない破廉恥行為をする時間だった。
今では、ぴくりとも股間が反応しない。興奮とは別の感情でぐっしょり肌が濡れている。
「おい貴様、何をしに来た」
思わず問いかける。
すると、負けん気の強そうな娘が、眉根一つ動かさずに口を開いた。
「うちの姉が人の彼氏に横恋慕した挙げ句に変態コスチューム着て襲ってきたので、警察沙汰になる前に行方不明になって貰おうかと思って」
多分、長期間にわたって発見されないタイプの行方不明だった。
「待て、法律は守れ」
「ヤクザと殺人鬼はみんなやってる」
「その言い訳はひどすぎないか、そこの女学生。彼女たちはただ悪のエネルギーに染まっただけで、死体遺棄事件の被害者になる落ち度はない」
悪の首領がドン引きしていた。ダークロードさんは地上侵略を狙う悪の首領である。
人間の心の闇とか、負の感情とか、今一はっきりしない曖昧な感じの何かで美少女を手下にするのが趣味の変態である。
しかし彼は、真面目だったり健全だったりする女の子を「俺色に染め上げたい」という、愚かしいスケベ親父並みの欲望に忠実なだけなのだ。
倫理観がないとはいえ、感性は割りと常識人。それがダークロードさんであり、当然のことながら本物の狂人は怖い。
「中途半端に魔法少女ものみたいな専門用語使いやがって……あたしが用意した灯油とマッチはいつ使えばいいのさ!」
「最初から焼き殺す気満々か貴様ァ!?」
風俗で説教するおっさんかよ、という小声での悪態にダメージを受けるダークロードさん。
ここで暴力に走ると威厳に傷が付くので、ぐっと堪える。
それを見越して、へらへら笑うボーイッシュ女学生は、目だけが笑っていない。
底なしの闇を湛えた漆黒の双眸だ。さっきから姉のミチルは一言も口を利いていないあたり、本性をあらわにしたのかもしれない。
「私が生きるにあたって邪魔だからね、仕方ないね」
やだ、何この子こわい。
ダークロードさんは助けを求めるように周囲を見回したが、よく考えたら悪落ちの影響でイエスマンしかない環境なので、どうにもならない絶望に苛まれた。
かの娘が不細工なら、悪の首領らしく殺してしまったかもしれない。
ダークロードさんは、美少女を悪堕ちさせる自分に誇りを持っていた。中途半端な妥協はせず、この世すべての美少女をハーレムに加える野望があるのだ。
――これは運命が与えた試練だ、きっと乗り越えてみせる!
ぐっと拳を握りしめ、ダークロードさんは戦う道を選ぶ。
今まで散々お世話になってきた伝家の宝刀、悪堕ちジェム(埋め込むことで悪堕ちを促進させる謎の物質)と謎の媚薬(麻薬並みの中毒性と健康に配慮した成分)を準備。
萎えそうな股間を奮い立たせ、目の前の悪鬼と向き合う。
落ち着け、相手は美少女だ。今までの相手と何も違わない、ちょっとだけ個性的なだけだ。
そのとき、屋内を異変が襲った。
禍々しいフラッシュの連続と共に、逢魔時に相応しい異常な囁き声が聞こえるではないか。
『ミツケタ……ミツケタ』
『コロス……コロスゥ……』
『ヒヒヒヒ……オッパイオッパイヒーヒヒヒ』
冒涜的な色彩が、夕暮れ時の屋内に浮かび上がる。
「ダークロード様、ここは私たちにお任せを!」
異常事態に対し、三人の下僕が前に飛び出した。悪堕ちヒロイン軍団の中でも、念入りに戦闘用に調整された三人である。
その戦闘能力は第四世代MBTに匹敵する。
平たく言うなら、噛ませ犬だった。
一瞬で血しぶきと肉片に変わる美少女×3、唐突なゴア表現に様変わりする廃倉庫内――赤黒い霧と化した残骸を踏みつける影。
「貴様は……誰だっ!?」
ダークロードさんも知らない人物だったのは言うまでもない。
虹色の後光を背負う、金色の鎧武者。
きらきらと輝く黄金の甲冑、髑髏の仮面をつけた怪人であった。
身に帯びるのは、勇壮なテーマソングにも似たオーケストラ。しかしよく耳を澄ませば、その一つ一つがこの世ならぬうめき声だ。
並みの人間なら発狂しかねない怪異である。
目の前で惨殺された仲間に怯える悪堕ち軍団と対照的に、アキラは涼しい顔で生き残りの数をカウントしていた。
今時の女学生はタフなので、もちろんSAN値判定など発生しない。
「露出過多のキャバクラじみた地獄絵図、この俺が断ち切る!」
意識の高い読者なら当然、ご存じであろう。
彼こそ人類最後の希望――絶対に悪堕ちを許さない正義の使者、ジャッジメントマンである。
彼は元々、由緒正しい正義の味方であった。具体的には朝八時台の番組に出られるぐらい健全だった。
だが、あるとき不幸が起きた。
あまりにも悲惨な仕打ち――悪堕ち・寝取られ二二連続によって、身も心もボロボロにされた挙げ句、自害して地獄に堕ちたのである。
その後、地獄から蘇って今に至る。亡者の憤怒と絶望が、黄金の輝き――正義エフェクトとなって放射しているのがその証。
「大丈夫だったか」
「肉片がついてる手を差し出すのやめてください」
「すまない」
ジャッジメントマンは、アキラの制服のスカートに肉片をなすりつける。
あかるさまに嫌そうな顔をする少女に気付かず、陰々滅々たる声で自己主張しながら縄を切断。
「だがこれも使命。一度、間男に股を開いた女は粛清しなければいけないんだ」
「あ、そうですか。ところでうちの姉貴は横恋慕で悪堕ちしたんですが、どうにかなりませんか」
この女、さりげなく実の姉を始末しようとしている。
その凄惨な笑顔に気圧され、抹殺対象の姉ミチコは他人の背中に隠れた。
「どんなゴミ虫のような変態に調教された淫売だろうと、生きる資格はある。家族への愛を忘れるな」
最低の説教だったが、アキラはなおも言いつのる。
「いや、黒い服着てるしおっぱい丸出しだしアウトでしょ。歩くセックスシンボルみたいな格好しやがって」
「待て、黒い服はいやらしいのか?」
「悪くてエロい、常識でしょ」
アキラは女学生である。当然のことながらエロに詳しい。
「悪名高いナチスドイツの制服も黒い。そしてAVには、ナチス将校ものが存在するという事実を以て証明完了だよね」
あまりにもひどい物言いに、茫然自失のダークロードさんが我に返った。
「貴様ら、悪堕ちを政治利用するな!」
「黙れ、悪の権化」
こちらをじろりと睨む、黄金に輝く鎧武者。
その眼光に怯えて、再びダークロードさんが黙り込む。
「つまり……黒いスーツを着た企業戦士のサラリマンはとんでもない淫乱ね?」
「営業部課長の転落~最近ちょっとメタボ気味~の悪堕ちアクメ一〇〇連射か……誰が得するんだろうな」
「とりあえず二人とも黙れ」
ダークロードさんの決死のツッコミも空しく、残酷な結論が導き出されようとしていた。
否、むしろ怒りの矛先は彼に向いている。
「ダークロード、一体どれだけのサラリマンをアクメ調教した!? さぞや臭いんだろうな、股間の棒が!」
「まさかありふれた通学風景に悪落ちがあふれていたなんて……あたし、どうしたら」
蔑むような女学生の視線が痛い。
「やめろ、明日から朝の風景が自然な目で見られなくなる! 定年退職したお爺ちゃんは淫乱じゃない!」
ダークロードさんはオンオフが激しい男であり、オフの日はジョギングが朝の日課だった。
それが今、正義のヒーローの残酷な発言により、彼の愛する朝の爽やかさはアクメ色に染まってしまった。
しかも男色系のカラー。巧妙な精神攻撃である。絶対に許さぬ、とダークロードさんは心に誓った。
「ふ、ふふ。飛んで火に入る夏の虫とはまさにこのこと、ひとまず貴様らは皆殺しだ!」
「あたしをさりげなく女扱いしてないじゃない、この変態!」
灯油と斧で実の姉を抹殺しようとするミドルティーンでは、如何に美少女と言えど、欲情できる男の子は少数派であろう。
しかしダークロードさんは心労から、ジャッジメントマンは慈悲の心からそれに言及しない。
その心遣いを、悪堕ちした姉が台無しにした。
「だってアキラ、頭おかしいじゃない。どうしてそんな恐ろしいことができるの!?」
直球だった。
「乳首ピアスしてる変態ビッチ風情が……!」
ドスの利いた声でうなり声を上げると、アキラは鞄から斧を取り出した。腰に巻いたベルトには、無数の文化包丁。
ホームセンターで揃えられる類の生々しい凶器に、悪堕ち軍団がドン引きしているのは言うまでもない。
こういうとき相手を煽ったりゴミ虫扱いするには、心の余裕が必要である。真性の狂人とは、善悪のベクトルに関係なく近寄りたくない人種だから狂人なのだ。
だが、悪落ちした姉ミチコは既に人外の怪物であった。
目にも止まらぬ速さで繰り出す手刀。それだけで勝負は決した。
「アキラなんて死んじゃえ!」
ずぶり。
心臓を一突きされ、あっけなくアキラは絶命。悪落ちした姉は、容赦なくとどめを刺した。
妹の躰を仰向けに押し倒し、尖った爪で喉笛を掻き切る。さらにその後、制服が赤く染まるまで妹の躰を引き裂いて行くではないか。
まさしく化生、悪鬼であった。
――それを見て、何故かジャッジメントマンは満足げに頷いた。
正義のための犠牲だ、許せと小声で呟くジャッジメントマン。ダークロードさんが勘づくより早く、そのときはやってきた。
ヒーローにあるべき特技、処刑タイムである
「このときを待っていた! 罪なきものを殺めた以上、お前たちは裁かれねばならん!」
ジャッジメントマンの宣言と同時に、どす黒い炎が黄金鎧から吹き出し始めた。
原子レベルで物質を冒涜し、因果律にすら干渉する恨みの炎。
数えきれぬ悪堕ちと寝取られの被害者の、言葉にするには辛すぎる感じのドロドロした怨念が、正義エフェクトとなって現世に溢れ出す。
「人を殺めたものは皆、悪魔同然の存在となるのだ。その罪が許される日は来ない。そう、つまり――」
この男、ジャッジメントタイムのためにアキラが返り討ちに遭う展開を待っていたらしい。
「お前らは邪悪、俺は絶対正義と言うことだ!」
「貴様それでいいのか!?」
うら若き乙女を悪に染め上げる変態が、割りと本気で心配するレベルの外道であった。
「聖句を耳に、死すら生ぬるい煉獄を味わうがいい!
説明しよう!
ジャッジメントマンのテーマソング、亡者の悲鳴と絶望のオーケストラがどこからともなく響くと同時に、彼の攻撃は完了している!
その吐き気を催す旋律が、鼓膜や皮膚を通じて体内に侵入、瞬時に対象の肉体を汚染するのだ!
汚染された体組織は、ジャッジメントマンの体内よりあふれ出す正義エフェクトに共鳴――悪を焼き尽くす無限熱量が発生する!
「浄化の光の中で藻掻き苦しむがいい。それが悪堕ちに科せられた罰――不貞必滅の理としれ!」
躰の内側から発生したエネルギーに耐えきれず、悪堕ちヒロインの肉体が内側から弾け飛び、塵も残さず蒸発していく……
同時に彼女たちの魂は、恐ろしい引力に逆らえずジャッジメントマンの方へ吸い込まれていくではないか!
甲冑の表面に浮かび上がる、苦悶に満ちた断末魔の表情。
そこにはアキラの姉ミチコのものもあり、全部で三四人分の美少女の顔が、克明に浮かび上がっている。
賢明な読者ならお分かりだろう――ジャッジメントマスクの動力源は、自らの手で裁いた罪人の魂なのである!
彼女たちは未来永劫、文字通り地獄の苦しみの中で魂を浄化されるのだ!
「うむ、この浄化のデスマスクこそ正義の醍醐味よ」
なんとありがたい攻撃だろうか、どんな悪にも償う方法はあるのだ!
このとき既に、ダークロードさんの命運は尽きていた。
全身をジャッジメントマンの必殺技に焼かれ、魂までも地獄の釜に吸い込まれつつある。
満身創痍のダークロードさんは、最後に捨て台詞を吐こうと口を開いた。
「エデンの園を追放された日、知恵の実を食べた瞬間から……すべてが始まったのだ。人類が続く限り、第二第三の私が生まれることだろう……! 」
無駄に壮大な事情が垣間見える発言だったが、ジャッジメントマンは意に介さなかった。
何故なら彼の故郷はまさしく、その過ちによって生まれた無限無数の犠牲者の絶望なのである。
悪に報いはなく、善なるものは虐げられる。その傍若無人にして救いなき理を前に、人の心は脆すぎた。
この世界に正義の味方はいない。だが、それに近い存在になることはできる。
なればこそ、正しさを体現したヒーローとして、ジャッジメントマンは地獄から蘇ったのだから。
「俺は戦う、人類最後の希望として!」
最後の一人、三五人目のデスマスクを体内に収め、ジャッジメントマンは決意を新たにする。
そう、本日の死者数は三六人。一人の乙女の尊い犠牲によって、許されざる悪は討たれた。
悲しみの涙を流す暇もなく、今日もどこかで美少女が悪に染まるのだろう。
――悪堕ち、寝取られ、そして人類。
すべてが滅び去るそのときまで、ジャッジメントマンの戦いは続く!!