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意外と身近な物語 2

 一方で、契と別れて一人で事件現場に残った彩花は、深く考え込んでいた。

 どこか、どこかに証拠はないか。光真も澪も通り魔ではないという証明になる何かは。

 単純に不自然な点なら、ある。違和感と言い換えてもいいだろう。契でさえ意味が分からないと言っていた大きな謎。

 それは、犯行が途中で途切れていることだ。

 この現場に残された痕跡。穿たれた路面や曲がったり焦げ跡が付いたりしている標識。これは明らかに、通り魔が火炎と衝撃の未現体を使って被害者に迫った証拠だ。

 それなのに、どうして被害者には怪我一つないのか。なぜ意識を奪っておきながら、それ以上の凶行には及んでいないのか。

「分からないなあ……」

 こんな時、風紀委員会のメンバーならあっという間に結論を導き出してしまうのだろうか。契一人では無理だったが、全員が揃えばあるいは可能かもしれない。

 氷の顔を思い浮かべ、携帯に手を伸ばし、しかし直前でその手を押しとどめる。今回は親友も関わっている事件だ。そう簡単に人に頼るわけにはいかない。

 大きく長く息を吐き、思考を整理する。まずは落ち着くことが肝心だ。

 もっとも単純な可能性とはなんだろうか。

 考える。自分が通り魔だったとして、目の前には気を失い倒れているターゲットがいる様子。殺すにしろ傷を負わせるにしろ、今が絶好のチャンスだ。

 ターゲットに近付く。自分には火炎と衝撃の能力がある。しくじることはない。

 ターゲットは目を覚まさない。いける。燃やそうか、吹き飛ばそうか。どちらでもいい。その気になれば両方できる。

 通り魔は気を失った少女に接近し、見下し、能力を発動しようとして―

「邪魔が入ったのか……?」

 辿り着いた最も単純な可能性は、それだった。

 たまたま通行人が通りかかったとか、誰かに通報されたとか、通り魔が犯行を断念する理由としてはそれが一番ありそうだ。

 なるほど、犯行が断念された理由は推測できた。しかし、

「そんなことが分かってもな……」

 これは光真や澪が通り魔でないことの証明にも、通り魔の正体を暴くための手掛かりにもならない。

 どうやらもっと別の視点から考え直す必要があるらしい。疲れた吐息をつき、彩花は空を見上げた。もう夕方と言っていい時間帯だ。もうすぐ暗くなるだろうし、契先輩を探して帰宅することにしよう。

 そんな考えを巡らせていると、携帯に着信があった。かけてきたのは契のようだ。なんともタイミングのいい。

「先輩、今どこですか?」

『開口一番それか、てめぇは。言っとくけど、んなこと気にしてる場合じゃねぇぜ』

 そして契から告げられたのは、確かに彩花の動揺を誘う出来事だった。


          ♪♪♪ ―昨晩辺りの物語―


 通り魔の少年は、気を失った女子生徒を前に息を荒げていた。

 まったく、単純なものだ。普段は取り巻きたちの前で威張って女王様気取りのくせに、少年が手に入れた能力を見せてやったら悲鳴すら上げられずに気絶しやがった。

 さて、どうしてやろう。無防備なこの女。手に入れた火炎の能力で焼いてやろうか。それとも衝撃の能力で粉微塵にしてやろうか。記憶は既に消した。欲望まみれの愚かな男なら、服を脱がせて襲いでもするのだろうか。馬鹿げたことだ。この女にそんな感情は欠片も湧かない。

 殺そう。

 原形を留めないほどに壊そう。人間だったのかどうかさえ判断できないような肉片にしよう。その後で肉片の一つ一つに火をつけて、灰にしてしまおう。この女が存在した証拠全てを徹底的に壊して燃やして消してやる。

 容赦なんかいらない。この女には、それだけの罰を受けるに値する罪がある。償いには死でも足りないくらいだ。

 一歩、近づく。ああ、抵抗すらできないこの女の何と哀れなことか。今から罰を与えることを考えると、身震いするほどの快感さえ生まれる。

 罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰罰。

 さあ、もう逃げられないぞ。天罰だ、殺してやる。死ね死ね死ね!

「待って!」

 振り上げた手を降ろそうとした瞬間、大声で静止を求められた。反射的にぴたっ、と腕が止まる。誰だよ、今いいとこなのに。

 物憂げに移した視線の先、そこを見た途端、少年の目が大きく開いた。

 澪だ。榎本、澪。

 こちらを射抜くような視線で鋭く睨み、彼女がこちらに向かってくる。

「やっぱり、あんただったんだ……。もしかしてと思って探してたの、ようやく見つけたわよ」

 凛とした声音はいつも通り。そこに含まれる嫌悪の色も、だ。

「その人、あたしをいじめてたグループの主犯格よね? 何してるの?」

 分かりきったことを彼女は聞いてくる。だからこちらも速やかに返答した。今からこの女に罰を与えるのだ、と。

「やめなさい」

 彼女が発したのは予想外の命令だった。なぜやめる必要があるのだろう。

「いいからやめて! あたしのためにこんなことをするなら、あたしの言うことを聞きなさい」

 理由は分からないが、彼女の剣幕は凄まじい。分かった、それが彼女のためになると言うなら、この女に罰を下すことはやめよう。

 すると、動きを止めた通り魔の少年に、澪は手を差し出した。

「未現体、返して。それはあたしがどうにかするから。そして、今日のことは忘れて」

 それはできない、と少年は答えた。

 まだ終わってない。この女だけでない、罰を下すべき存在はまだいる。

 だから少年は、この思いを伝えるために、必死に言葉を作り出す。

「澪―俺はお前の力になりたいんだよ!」


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