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休む間もない物語 2

 結局、午前中の授業はすべて自習という形になった。

 もちろん大人しく学習に取り組んでいる生徒などいるわけもなく、ざわざわと落ち着かないまま騒がしい時間が続いているのだが。

 そんな中で彩花はというと、

「戻ってきた途端に事件なんだよな……間が悪いというか」

『大変そうだね……。時差ボケは治った?』

「いや、別にそっちとこっちで時差はないからな? 天然もほどほどにしとけよ」

 氷と電話で談笑していた。

 ついさっき彼女から着信があり、別に自習だからいいかと通話を受けたのだが……ああ、このほのぼのとした雰囲気に癒される。澪みたいに冷え切った態度じゃダメージを受けるばかりで回復する余裕もないからな。

『春神先輩は? 校舎を壊しすぎてたりしない?』

「壊してること前提の問いかけだな、それは。少しくらいは信用しろよ」

 正直、彩花もあまり信用してないけれど。

「それより、そっちはどうなんだ? 学園の方とか」

『最近は新入生とか、新しく島に入る人の手続きが忙しそうだよ。氷たちはお仕事なくて楽かな』

「あ、やっぱりそういうのって手続きとかいるんだ」

『もちろんだよ。彩花くんは試験の後で城島先生が勝手に手続き終わらせちゃってたけど』

「本人確認の書類とかないのかよ……」

 あの時は城島先生も必死だったからなあ、とあの頃を振り返る。きっと手続きの内いくつかは省くか偽装かしているはずだ。島に戻ったら確認することにしよう。

『どっちみち、風紀委員のみんなが集まることってめったにないんだけどね。何かあっても、誰か一人で解決しちゃうから』

「めちゃくちゃエリートの発言だな」

 ちなみにそのエリート組織のリーダー的存在、金髪不良の暴君様は、教師から与えられた仕事を早々にほっぽり出してどこかに消えた。飽きたから出かける、というのが彼の残した言葉である。監視って公務なんじゃないのか?

「じゃあ、今は特にすることもなく暇な毎日なのか」

『そうでもないよ。今は、適合者のいない未現体を置いてる倉庫のチェックをさせられてるの』

「うわ、聞くからに面倒そうだな。要するに在庫確認だろ?」

『そんな感じだよ。無くなってるのがないかとか見てるの』

「でも、どうせ無くなりはしないものだろ?」

 それがそうでもないの、と返ってきたのはやや予想外な返答。

『例年はそうだったんだけど、今年は確認できてないのがいくつかあって……』

「盗まれたのか?」

『そうとは限らないけど……そういう可能性も含めて、確認しないとだよ』

 意外と悠長な感じだった。未現体は超重要な機密だったはずだが、それでいいのだろうか。氷からはあまり緊迫したような雰囲気は感じられない。

 俺も島にいれば手伝えるんだけどなあ、と彩花が考えていると、

『あ、そうだ、彩花くんも手伝ってくれませんか?』

 たまに出るよな、氷の敬語。頼みごとをするときは特に。

 どっちみち、彩花には氷の頼みごとを断る理由なんかないわけだが。

「手伝いはいいけど、俺に何ができるんだ?」

『あのね、彩花くんの学校に、学園の試験を受けた人があと二人いるでしょ?』

「ああ、光真と榎本……まあ、二人とも知り合いだけど」

『その二人に、一応だけど確認してほしいの。昔だけど、受験生が未現体を盗もうとしたこともあるみたいだから』

 つまり、光真と澪が未現体を盗んだりしていないか探ってくれということか。いらない心配の気もするけど……まあ、確認くらいはするべきなのか。

「分かった。二人に訊いてみる」

『うん、ありがとう。戻ってくるの、楽しみにしてるね』

「おう」

 通話終了。どうせ暇だし、早速氷からの頼みごとをこなそうと教室を見渡し―光真も澪もいないことに気がついた。

 あれ……?

 普段はサボリなんかする二人でないだけに、首を傾げてしまう。光真は真面目な優等生だし、澪だって目立ちはしないが必ずクラスにはいる。珍しいこともあるものだ。

 まあ、いい。その内には戻ってくるだろうし、その時で構わない話だ。光真は携帯を持っていないし澪の携帯の番号は知らないから、どうせどうしようもない。

 それより、そろそろ春神先輩を呼び戻した方が良いかな……。

 ppp、ppp、ppp……

「ん? 電話? また季蜜か……春神先輩?」

 意外な人物からの着信にちょっと驚く。あの人、こっちから連絡しないと行方不明にでもなりそうな感じだからな。

 ……もしかして、何かやらかしたのか?

『おう、彩花か?』

「正直に白状しましょう、先輩。何を壊したんですか? まさか人を殴ったんですか?」

『俺は今、お前を殴りたくて仕方ねぇぜ。そっちに戻ったら覚悟しやがれ』

 いきなり脅し入った。さすがに失礼すぎたようだ。

「すいません。でも、どうしたんですか? 先輩から連絡が来るなんて思いませんでしたけど」

『ああ、通り魔のことでちと情報があってな』

「通り魔の?」

 それはまた、タイムリーな話題だ。新しい噂でも耳にしたんだろうか。

『いや、風紀委員会の者だって言って聞き出した。事件に未現体が関わっている可能性があるって言えば、大概は押し通せるもんだ』

 何その職権乱用。あんまり適当なこと言ってると後々マズイことになりますよ?

『いんだよ、別に。おかげで情報が手に入ってんだ』

「通り魔の正体でも分かったんですか?」

『んなわけねぇだろ。けどな……どうやらこの通り魔事件、未現体が絡んでそうだぜ』

「……どういうことですか?」

 一瞬、反応が遅れた。もしかしたら犯人が分かったと言われるよりも驚いたかもしれない。まさか未現島から遠く離れたこの場所で、事件に未現体が関わっている可能性があるなどと、想像すらしていなかったことだ。

 高椋の顔がふと脳裏をよぎり、ぶんぶんと首を振った。

「どういうことですか、それ?」

『言葉通りの意味に決まってんだろうが』

「根拠は?」

『警察の方々が御親切にも提供してくださった情報だよ』

 なんか、丁寧な言葉遣いによって実際の捜査の強引さを無理矢理打ち消そうとしてるようだった。

『真面目な話をするとだな、被害者の容体からの判断だ。確かに外傷は見えねぇが、どうやら記憶の一部がなくなってるらしい』

「記憶が?」

『てめぇも一度食らっただろ。城島がコピーして使ってたEランクの能力だ』

 ちくり。

 思い出そうとして、わずかに痛みがしたような気がした。彩花の記憶を封印していた能力自体は完全に解除されているし、実際に痛んだわけではないだろう。

 未現体名は知らない。聞いていない。だが、実際にその能力は受けたことがある。灰城学園の受験の際、試験官だった城島が彩花の記憶を封じるために使用したものだ。

「事件のショックで一時的な記憶喪失とか、よく聞く話だと思いますけど?」

『事件に関する記憶だけを失くしてるなら、その仮説でいいんだろうな。だが、被害者は事件とは全く関連のない記憶もなくしてるみてぇだ』

 ちくちく。

 考えるとなんだか頭が痛い。これ、記憶封印の後遺症じゃないだろうか? 能力は解除されても、こういうものがしばらくは残るものなのだろうか。

「でも、それだけで未現体っていうのは早計じゃありませんか?」

『犯行現場もご丁寧に教えていただいたので、拝見してきた』

 不自然な敬語が出た。どうやら強引に聞き出したようだ。

『アスファルトの抉れ、標識の歪み、焦げ跡……どれも俺が知ってる未現体の効果によく似てたぜ。どれもEランク程度のもんだが、人の手じゃあれは無理だろうな』

 そこまで断定するとなると、その可能性は非常に高いのだろう。長く島に住んで数多くの未現体を目にし、風紀委員会に所属している契が言うのであれば、信憑性は高い。

「じゃあまさか、通り魔は警備隊ってことですか?」

『いや、警備隊ならもっとうまく痕跡を隠せるはずだ。それにあの痕跡……』

 続く契の言葉は、彩花にある疑惑を抱かせた。

『どうも、学園で見たような気が済んだよな』


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