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休む間もない物語 1

 馬鹿騒ぎの翌日の学校は、今度は不穏な空気でざわついていた。

 どうやら昨晩、三年生の女子生徒が帰宅途中、通り魔に襲われたらしい。

 普段はこの上なく静かで平穏な地域だ。こんな事件も今までなかった。学生はもちろんのこと、教師たちの動揺も上手く隠せていないようだった。

 授業は急遽、自習に変更。教師たちは緊急職員会議を開いている一方、それぞれのクラスでは生徒たちが興奮したような口調で通り魔について言葉を交わしていた。

 彩花のクラスも当然ながら例外ではなく、生徒しかいない教室の中では各々が自由に動き回っているのだが、

「先輩、いくら何でも自由すぎです」

 窓際の席に座る彩花だけが、冷めた目で窓の外を見ていた。

「うるせぇ。事件が起こったら風紀委員会の出番だろうが」

「ただの野次馬根性ですよね、絶対。それにここは学園じゃなくて日本です」

「未現島も日本だっつぅの」

 島を出てから何回目か分からない台詞をぼやく契は、窓の外にいた。窓枠に手をかけ、顔の上半分だけ覗かせている状態だが、ツンツンした金髪が非常に目立つ。周りのクラスメイトがわずかに距離を取っているのは、彩花の気のせいでは絶対にないだろう。

「ところで彩花、この教室は三階だったと思うんだけどな?」

 すぐ横に立っている光真も完全に引いていた。

「気にするな。この人は重力すら殴り殺してここにいるんだ」

「違ぇよ。窓枠を掴んでしがみついてるだけだ」

 どっちにしてもとんでもない理屈だった。腕だけで壁にしがみついて涼しい顔で会話をするなんて、どうやったらできるのか見当もつかない。

「適合者っていうのは、本当に化物染みてるんだな」

 しみじみと感心したように呟くのは、光真が島で適合者を見てこなかったからだろう。滞在期間の間に見すぎた彩花にとっては、今の契がとても普通に見えてしまう。

「んなことより、なんか事件のこと教えろよ。噂くらいは広まってんだろ?」

「本当にただの好奇心ですね。……俺が知ってるのは、被害にあった生徒が隣のクラスっていうことと、怪我なんかはないらしいってことだけです」

「あ? 通り魔に襲われたんじゃねぇのかよ?」

「気を失って倒れてたらしいです。通り魔が迫ってきたところまでしか記憶がない、って」

 もっとも、これも本当にただの噂だが。女子生徒は警察に事情を聴かれていて登校していないようだし、どこから始まった噂なのかも定かではない。

 一応そのことを彩花が契に伝えると、

「へぇ、卒業式目前に派手なことをする生徒がいたもんだな」

 一人で納得したように頷いていた。

「それ、犯人はこの学校の生徒だって意味ですか?」

「ああ、そうじゃねぇかって気はするな」

 気になった様子で思わず問いかけた光真に、契はあっさりと答える。

「実はさっき、近くの中学やら高校やらでも聞き込みをしてきたんだが……そっちでは本当に情報が皆無だった。通り魔が出たらしい、程度しかねぇんだ。でもここでは噂程度とはいえ、気を失って倒れてたとか怪我はねぇとかの情報があった」

「それが何なんですか? 被害者の通ってる学校なんだから、他より情報があってもおかしくないと思いますけど」

「おかしいだろ。ぶっ倒れてるのが今朝発見されてそのまま保護されてんだぞ。被害者にしたって、一体いつどうやって誰に情報を流したんだよ。そんな余裕ねぇだろ。つぅことは、被害者以外に情報を流した誰かがいるはずだ」

「警察は? 誰かが警察から聞いたってこともありえるはずです」

「ねぇよ。教師どもならともかく、生徒にさっさと情報を流すなんてこと、あるわけねぇだろ」

 光真の反論を、即座に否定する。

「そうなると、残る可能性は。諸々考えられるが、俺は犯人自身ってのが一番可能性あると思うぜ。今朝からさり気なく噂を広めていったんじゃねぇのか? 教師は学校来てから即行で職員会議に詰め込まれてるし、そうなるとそれができるのは生徒しかいねぇだろ」

「理由は? 犯人がそんなことする意味、ありますか?」

 彩花の疑問に、契は少し考え、

「襲って気絶させて放置するくらいだから、犯人は被害者が憎いんだろ。もしかしたら、噂の出発点は少し形が違ったのかもな」

 例えば、と指を立て、

「『あの子、怪我させられたわけでもないのに気を失って倒れてたらしいよ? 普段は大口叩いてるくせに情けないよね』……どうだ? これなら悪意を感じるだろ」

 なるほど、と彩花と光真は納得した表情を浮かべた。確かに、それなら可能性としては十分にありそうな話だ。

 ただ、それが真実なら、この学校に通り魔がいるということになるが……。

「あくまでも今組み立てた仮説だ。可能性はあるっていうだけで、疑いが強いわけでもねぇよ。案外、本当にただの通り魔かもしれねぇしな」

 確かに、契の言う通りではある。どことなく可能性が高くてありそうな仮説だが、冷静に考えれば穴がないというわけではない。被害者を憎んでいた加害者が、なぜか怪我一つ負わせず気絶させただけ、というのは誰にでも分かる矛盾点だろう。

 やはり、あくまで仮説。可能性の一つとして見ておくべきだろうと、彩花は思う。

 もっとも、ここは未現島ではなく、彩花や契が風紀委員会として思考を巡らせる必要などないのだが。

「まあ、島と違ってこっちならそうデカい問題にもならねぇだろ。被害者が犯人の特徴でも覚えてればほぼ終わりみてぇなもんだ」

 そういう意味では未現島ほど危険な土地は日本中どこにもないような気がする。ふと魔が差して行う通り魔的犯行でも、あの島では一度に何十人の重症者が出そうだ。能力の悪用はあまりにも恐ろしい。

「そうですね。こっちでは未現体を悪用して、なんてことはないわけですし」

「警備隊なんかはいるけどな」

「あの人たちは英雄ですよ。能力の悪用なんかしません」

 彩花の英雄に対する潔癖ともいえる意見に、契が呆れたような顔をする。それに対して彩花も視線で抵抗し、この議論は引き分けで終了だ。

 と、そんなことを二人でしていると、

「あの……その未現体のことだけど」

 横で聞いていた光真が意を決したように口を開き、

「黙って」

「え? うわっ!?」

 しかし同時に、いつの間にか近くまで来ていた澪に胸ぐらを掴まれ、引きずられていった。

 ぴしゃり。

 教室のドアが閉められ、二人はどこかに消えていった。

「……何だ、あいつ」

「……さあ?」

 残された窓枠越しの二人は、揃って首を傾げた。



「あの二人には話すべきだ! このまま隠すなんて間違ってる!」

 澪に引きずられて屋上まで連れてこられて光真は、掴まれていた手を引きはがし、叫んだ。

「そういうのはいらない。今は話せないから」

 しかし、澪はそれを冷たい声で一蹴した。

「これはあたしの問題で、あたしの責任なの。人には頼らない」

「澪……お前、何をやってるんだ」

「別に。教える必要はない」

 視線を逸らし、平淡に言う澪を前に、光真は拳を握り締めていた。

「澪……」

 彼は苦しそうに唇を噛み、



「お前なんだろ、通り魔は……!!」



 その言葉を受けて驚愕に目を見開き、ようやく感情を露わにした澪に、彼は続ける。

「被害者の女子、いじめグループの一人だろ? それにお前、昨日は急に俺の前からいなくなったよな。いつもなら無視こそしても、逃げたりはしないのに」

「……それだけ? あの金髪の人の仮説に比べると、ずいぶん劣るみたいだけど」

「そもそも、傷一つ残さず気絶させるなんて普通じゃできないだろ。でも、お前ならそれができる可能性があるはずだ」

 そう言われて、澪は俯き唇を噛んだ。光真の言葉を否定することができないのだ。

「なあ、彩花にでも全部話そう。通り魔のことだって、今ならまだそう大事にはならないはずだ。試験の日のことだって、いつまでも黙ってるわけにはいかないだろ」

 諭す口調の光真に、しかし澪は首を振った。

「あたしにはやらないといけないことがあるの。それが終わるまで、何も話せない」

「どうしてだよ! 通り魔なんかして何になるんだ!」

「あんたには分からない! あたしだって、こんなことになって罪悪感を感じてるの!」

 思わず声を荒げた光真につられるように、澪の声も荒くなる。二人して感情をぶつけるように叫び合い、睨み合った。

 やがて、これ以上話すことはないとでも言うかのように美桜が背を向け、立ち去ろうとする。

 その背中に、光真は決意の言葉を投げかけた。

「俺は―俺がお前を止めるからな、澪!」


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