まだ焦らない物語 2
校門をくぐって校外に出た所で、すぐに契の姿を見つけることができた。一応は監視役として働いているようで、彩花の近くにはできるだけいるらしい。それは構わないが、学校の目の前でシャドウボクシングとか本気でやめてほしい。生徒がビビってるし。トレーニングか何かだろうか。
「よう彩花、俺が広めた噂のお陰で学校では人気だっただろ」
「ええ、お陰様で。下剋上の日はそう遠くないから覚悟してください」
「何のことだ?」
首を傾げている契のことは悪意を持ってスルー。どうやら、島での噂で彩花を人気者にでもする魂胆だったらしいが……優の暴君にしてもちょっと優しさの方向が違う気がする。
「さっさと帰りましょう。無駄に疲れましたよ」
重く肩を落とし、彩花はとぼとぼと帰路に着く。ちなみに光真は澪に果敢に突撃続行していた。成果が出ることを祈るばかりだ。
本当なら彩花も行きたいところだが……もれなく金髪の不良がついて来るのでそういうわけにもいかない。
まったく、監視役のせいで目立ちすぎるとかどういうことだ……。
必要以上の疲れを両肩に感じながら、彩花は大きく息を吐いた。
♪♪♪
彩花と光真と澪は、共に灰城学園入学試験に挑んだいわば戦友だ。少なくとも光真はそう思っている。勝手に。
灰城学園を受験した理由はそれぞれ違うが、三人とも最善を尽くして試験に挑んだはずだ。結果、光真と澪は合格できなかったものの、彩花は見事合格を勝ち取った。
この出来事を通して、澪が少しでも自分たちに心を開いてくれたらいい。同じ学園を受験した者同士なら親近感も湧きやすいだろう。
そう、光真は思っていたのだが……。
「うまくいかないな、現実は……」
放課後、監視役がいるからついてこられないという彩花と別れて澪に声をかけていた光真は、あっさりと彼女にまかれていた。
「どうやったらいいんだか……」
放課後に遊びに誘うというのはよく使う手段だが、未だにそれが成功したことはない。そもそも彼女は学校が終わるとすぐいなくなってしまうのだ。
初めて澪が灰城学園を受験すると知ったときは、彼女の意外な一面を見たようで驚き、これをきっかけに友人関係も築けると思っていたのだが。彩花を島において戻ってきてからも、彼女は相変わらずのままだ。
そもそも、友人関係とか何とかを置いておくとしても、光真には澪と話さなければいけないことがあるのだが……。
余計な考えを振り払うように頭を振り、光真は姿を消した澪を探し始めた。
♪♪♪
その日の夜は、空に雲が立ち込めて薄暗く、どことなく不気味な雰囲気が漂っていた。今にも雨が降り出しそうなどんよりと重たい雲が、少しずつ広がっていた。
その雲の下を、一人の少女が歩いている。彩花と同じ中学の制服を身につけ、派手な化粧やアクセサリーで着飾っている女子生徒だ。
彼女は今日、学校をさっさと早退して遊び回り、それを学校からの連絡で知って激怒した両親に強制的に呼び戻されているところだった。かったりぃ、と心の中で呟いてみるものの、無視をすると家に入れなくなるので嫌々で帰路についている。
いわゆる不良のレッテルを貼られた存在である彼女は、しかし頭の中ですでに明日も学校をさぼることを考えていた。ゲーセンに入り浸るか、カラオケでストレス発散か。どちらも捨てがたい。
家への近道として利用する裏道は天気のせいもあってか非常に暗く人気もないが、彼女は構わずそちらへ進んでいく。どうせいつも使っている道だ。わざわざ遠回りをして帰るのも面倒臭い。
夜だからって怖がるものがあるわけでもないし。
不審者とか変質者とかいう単語が一瞬、脳裏をよぎったが、
……別に、出たらぶっ倒せばいいし。
その程度の思考で女子生徒は裏道を進んでいった。万が一のことなどは、一切考えていない。理由もなく自分なら大丈夫だと過信しているのだ。
そんなこと、あるはずもないのに。
ふと、不自然な風が背後から吹いた気がして、彼女は振り向いた。視線の先に映るのは暗闇の中にぼけてしまっている道路の先と、黒色だけだ。それ以外は何もない。
気のせいかと正面に向き直り、再び歩き出す。
その時、気づいた。
道の先に、さっきまでなかった人影があることに。その人影が、まっすぐに自分の方を見ていることに。
そして、気づいた時には何もかもが遅く。
女子生徒を疾風が襲った。