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続・いつの間にか始まっていた物語

 いつもの見慣れた光景だった。

 中途半端に年季の入った校舎。部活動生の掛け声で活気あふれるグラウンド。妙に目立つ壁の染みや、無駄に存在感のあるチャイムの音も記憶の通り。

 三年間通い続けた景色の中に戻ってきたことで、胸の中に安堵が広がる。見知った顔がちらほらと通りかかるが、自分の背後を見ると気まずそうに通り過ぎていった。

 だけど、今はそれでもいい。懐かしさと、ここに戻ってきた喜びが何よりも大きい今なら普通に許せる。

 とりあえずどうしようか。そうだ、先生に戻ってきたことを報告しておこう。ていうか、受験に合格したことすらまだ自分の口で伝えてないし。

 その後は……残っている級友たちに久しぶりに会うか。時間としては放課後だから少ないかもしれないけど、全くいないということはないはず。

 そしたら……。

 戻ってきた途端にやりたいことが次々と思いついた。まったく、地元の力は素晴らしい。来年からは離れるわけだし、今の内に満喫しておこう。

 ともあれ、とりあえず今は―



「日本に……帰ってきたッッッ!!」



 両手を空に向かって突き上げ、彩花は大声で叫んだ。

 それは、とある事情により目立つのが苦手な彼としてはありえないような大胆な行為だったが、

「未現島も日本だっつってんだろ」

 ばしっ。

 背後に控えていた契に叩かれた。頭を。

 テンションの高い外見だけ女子生徒の男子生徒と、その後ろに突っ立っている面倒そうな表情の金髪不良。

 どう考えてもめちゃくちゃ目立つこの二人組がいるのは、未現島から定時船ではるばる本州、真藤彩花の通う中学校だった。

「いいじゃないですか、久しぶりの地元ですよ。喜ばせてくださいよ」

「それを言ったら俺は三年ぶりの本州だっつんだよ。ちったぁ堪えろ」

 ちなみに契の実家は彩花の実家から駅三つほどしか離れていなかった。

「くそ、なんで俺までてめぇの卒業式に付き合わないといけねぇんだ」

「別に俺が頼んだわけじゃないですよ」

 苛立っている様子の契に、彩花は苦笑いで返す。実際、今回の契の同行には、契本人はもちろん彩花の意向も含まれてはいない。

 彩花は首からぶら下がっている黒い正八面体―〝黒栄式〟を手に乗せ、

「これの監視っていう名目でしたっけ。俺はいらないって言ったんですけど……」

 それが、今回(無理矢理)契が彩花に同行させられた理由だった。

 適合したものに強大な能力を授ける新物質、未現体。そしてその未現体のためだけに構築された未現島。

 受験のために未現島を訪れた彩花は、常時ハイテンションの社会人一年生に勝手に才能を見込まれたり、才能はあるのに我が強すぎる黒猫とか暴君とか道化とか夢幻とかの仲間に引き入れられたり、いきなり島を襲ってきた風使いと戦ったり……正直、たった三日で人生の半分くらいの密度はあったと思う。

 まあ、そんなこんなの末に彩花が適合し、能力を手に入れた未現体こそが〝黒栄式〟なわけで。個体数が非常に少ないために極めて貴重なAランクのそれは、本来なら未現島の外に出して良いものでは断じてない。

 だから、彩花は日本に戻ってくる時は(未現島も日本だが)〝黒栄式〟は学園に預けてくるつもりでいた。

 いた、のだが……

「できるだけ身につけてた方が、使用者と未現体が馴染むんでしたっけ? 絶対に付けていけって、めちゃくちゃ怖い教師陣に脅されたんですけど」

「俺は同期するって表現で聞いたけどな。まあ、意味は同じだろ」

「で、じゃあ付けていきますっていったら監視役も同行ですからね。俺ってそんなに信用ないですか」

 問題はランクだろ、というのが契の答え。

「Aランクなんざ普通にトップシークレットだしな。まあ、見張りをつける気持ちは分からないでもないぜ。万が一の想定ってのは重要だ」

 そういうわけで、彩花の一時帰郷は契の見張り付きとなっていた。

 ちなみに見張り役が契なのは、とても醜い押し付け合いの結果である。教師からのお達しで、同行者は風紀委員会から選ぶことになったのだが、

『で、誰が行くよ。俺はめんどくせぇから断るぜ』

『アカにゃんは論外にゃー。何かあっても何もできにゃいし』

『私は春神先輩が無難だと思いますよ? 大抵のことなら殴って解決できるじゃないですか』

『いや、ハルハルが一般人を殴ったら死ぬにゃ』

『殴らねぇよ。てめぇら、人をなんだと思ってやがる。……城島でも呼べよ。島騒がせた詫びに働かせろ』

『島から出れるわけないじゃないですか。拘留中です』

『ちっ、じゃあ……』

『あ、あの……氷が……』

『ねぇよ』『無理ですよ』『却下にゃ』

 大体こんな感じで二時間半。氷はこの時点で涙目ダウン、この後の話し合いには参加せずにいじけていた。

 本人も誰も望まぬまま、とにもかくにも見張り役は決定したわけだ。

「とにかく、こうなったら仕方ねぇ。てめぇが問題さえ起こさなきゃ、俺だって単なる休暇で済ませられんだ」

「分かってますよ。俺だって、目立つようなことはしたくないです」

 帰ってきた英雄志望にしては、かなり情けない台詞だった。





 灰城学園の受験日、高椋や城島、風紀委員会に加え彩花を中心とした物語は、彩花の知らないところでいつの間にか勝手に始まっていた。

 そして今。

 未現島から遠く離れたこの場所でも、物語は知らない間に始まっていたのだ。



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