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夏の浜辺で

作者: 大空東風

 夕暮れが迫る夏の浜辺で、海の家から流れてくるボブ・マーリーの軽やかな歌声と穏やかなレゲェのリズムをBGMに、あたしは彼に言ったの。

 まだつき合って1年だったけれど、あたしは彼に夢中だったし、彼だってあたしに夢中だった。

 うそじゃないわ、だって夏の太陽よりも熱いキスを交わし(冬だって同じよ。春先に友達が言った、あたしたちのおかげで雪が溶けるんだってジョークは的を得ていたのよ!)、2人でいるときはいつも笑ってたんだもの。

 友達が呆れるくらいにね。

 あの顔は今思い出しても最高だったわ!

 だってそれは、あたしたちが幸せだっていう証拠だから!

 恋人になってちょうど1年。

 出会った浜辺で、出会ったときとは違う気持ちになりながら、あたしは彼の瞳を見つめてた。


 ああ、ついにこの瞬間が来たんだわ!


 あたしはいつも通りの顔をしていたし、何も知らない風に装っていたけれど、心臓は今にも破裂しそうなくらいドキドキしてた。彼に音が聞こえるんじゃないかってくらい。

 でもそんな心配はいらなかったのよ。

 当然だわ! 彼はあたし以上に緊張していたんだから、あたしが何を考えているかだなんて、気づきようがなかったのよ!


 だけどちょうど始まったボブ・マーリーの「ONE LOVE」。あたしが言いたいことを、先取りでもしたみたいにタイミングよく流れるものだから、あたしおかしくって笑ってしまった。


 ひとつの愛。

 ひとつの心。


 あたしは言ったの、

 あたしと一緒になってよ、ってね。

 ストレートな言葉は歌詞の一部みたいでしょ?

 女のあたしからこんなことを言うなんて、少しおかしな2人だって思われるかもしれないけれど、あたしは待っていられなかったの。


 とにかく彼とひとつになりたかった。


 あたしと彼はショーウィンドウに並ぶ靴だったし、テーブルの上のカトラリーだったし、サンタとトナカイ、コーラとハンバーガー、助けを求める薄幸のヒロインと普段は冴えない男だけど変身すると屈強な肉体になるヒーロー。そんな映画を上映している真っ暗な映画館とポップコーン。

 2人でいないと意味がない存在で、2人そろえば最高のペアだったのよ。わかる?


 彼は強ばった表情はそのままで、見つめ合ってから10分以上も過ぎた頃(実際は2、3分だったみたいね。あたしには永遠にも思えたけれど)、ようやく答えてくれた。パーカッションの音と波の音の間で、彼の声はレゲェの神様よりも胸に響いたの。

 彼の真剣な瞳に、日暮れの赤い太陽とあたしの顔が映っていたのを、よく覚えてる。


 そこには愛があったの。本当よ。



※※



 2人での生活を始めて、幸せだったかって?

 それに答える前に、教えておかなくちゃならないことがあるわ。


 彼と出会ったのは夏の浜辺。

 よくあるシチュエーションで、あたしは友達と遊びに来ていて、彼は海のドリンクバーでバイトをしていた。最初あたしとあの人は、客と店員っていう関係だったわけ。

 出会いは普通でも、浜辺でドラマチックな事件が起きたと思うでしょう。そこから接近したんだってね。

 それか、どちらかがナンパしたんだろうって。

 大正解だわ、あたしから声をかけたの。彼をひと目見た瞬間、感じちゃったのよ。

 

 ああ、この人こそあたしに欠けていたものだったんだわ!


 そしてその直感は正しかった。

 あたしは彼と恋人同士であった毎日は、本当に満たされたの。

 あたしは完成したパズルだった。彼といる毎日はあふれるくらいの愛と満足感で、どうしようもないくらい素晴らしかった。


 結婚して毎日ハグをして、あたしは彼とひとつになってた。


 ところが、とても不思議なのよ、夫婦っていう関係は。

 恋人との間にある愛情がさらに深くなって、最高の生活ができると思うわけだけど、そうじゃなかった。

 彼は変わってしまった!


 ささいなことで喧嘩をするようになった。

 最初はカーテンの色から。彼が選んだカーテンはあたしの好みじゃなかった。

 次はソファーの位置よ。あたしは窓際を選んで、彼は壁際を主張した。

 それから動物を飼うと言ったとき。あたしは犬がほしくて、彼は猫がいいといった。


 どうして意見がわかれるの?

 あたしと彼はひとつのはずなのに!


 あたしたち、永遠にひとつになるために一緒になったんじゃないの?

 少なくとも、あたしはそう思ってる。

 彼は違うの?

 そんなはずないわ、だってあたしたちには愛がある。


 そんなはずないわ。

 あたしたちはひとつなの。


 ひとつの愛。

 ひとつの心。

 ひとつの愛。

 ひとつの心。


 ひとつのあい。



    ※    ※



 あたしと彼は、2人が一緒にいて完成するの。

 完成しないあたしなんて、とんでもないことだわ!


 メールを送った。

 今なにをしているの? あたしはあなたを見送ったところよ。こんなメールをするなんて冗談みたいね!

 でもあたしの気持ち、わかるでしょ? あなたならわかるはずよね、だって……

 

 メールを送ったの。

 あなた、さっきメールを返してくれなかったわね、どうしてなの? チャンスはいつでもあったじゃない、信号待ちをしたでしょ(ストリート3番の悪魔に祟られた、永遠の赤信号に引っかかっていたじゃない!)、それに地下鉄の列車が来るまでも。列車の中は混み合っていたけれど、メールを打てないわけじゃなかったでしょうに!


 メールを送ったわ。

 あなたデスクで何をしているの、今の女は何? でもあたしはあなたを信じていますからね、何もないんだって。ただの事務の女の子だって。あなたがそんな尻軽女が趣味じゃないことくらい知っているのよ。

 知っているのよ、全部。


 全部、すべて、AからZまで。


 あなたはあたしとひとつだから、あなたはあたしとひとつだから。


 ひとつの愛。ひとつの心。ひとつの愛。ひとつの心。ひとつの愛。ひとつの心。ひとつの愛。ひとつの心。ひとつの愛。ひとつの心。ひとつの愛。ひとつの心。ひとつの愛。ひとつの心。ひとつの愛。ひとつの心。ひとつの愛。ひとつの心。ひとつの愛。ひとつの心。ひとつの愛。ひとつの心。ひとつの愛。ひとつの心。ひとつの愛。ひとつの心。ひとつの愛。ひとつの心。ひとつの愛。ひとつの心。ひとつの愛。ひとつの心。ひとつの愛。ひとつの心。ひとつの愛。ひとつの心。ひとつのひとつのひとつのひとつのひとつのひとつのひとつのひとつのひとつのひとつのひとつのひとつのひとつのひとつのひとつのひとつのひとつのひとつのひとつのひとつのひとつのひとつのひとつのひとつのひとつのひとつのひとつのひとつの



※※



 結婚して3年目だったわ。

 あたしたちに子供ができた。小さくて弱々しい女の子だった。(ひとつのあい、ひとつの)

 可愛いあたしたちの天使!(あたしたちはひとつなの)

 あたしと彼がひとつになった証拠だったし、天使にはあたしたちの血がひとつになってる。それって素晴らしいことじゃない?


 何も知らない無垢な瞳は彼と同じ色。ちりちりのブロンドはあたしと同じ。

 本当にかわいい天使だった。(ひとつのあい、ひとつのこころ!)


 しばらくはかわいい天使に夢中だったけれど、ある日気づいたの。

 ここにあるのは、あたしと彼が混じり合ったものであって、完成したあたしじゃない、ってね。(ひとつひとつひとつののののののの)


 この頃になると、彼は赤ちゃんばかりを見つめて、あたしを全然見なくなった。(ののののののの)

 何度言っても振り向いてくれない彼。あたしのパズルは崩れ始めた。

 でも、あたしというパズルには彼が必要だった。彼なしでは完成しなかったの。彼が最後のピースだったの!(ひとつの)

 また未完成なパズルに戻るのは嫌だった。(ひとつのこころ)


 あたしたちは、ひとつであるべきなの。(ひとつであるべき)

 ひとつなのだから(あの日、彼だってうなずいてくれた)


 ひとつひとつひとつ。



※※



 ひとつのあい。ひとつのこころ。(あたしたち、ひとつになる方法を見つけたの)


 ひとつのあい。ひとつのこころ。(少し強引な手段かもしれないけれど【ひとつ】ひとつになるには、この方法しかなかったわ【ひとつの】)ひとつのあい。ひとつのこころ。


 ひとつのあい。ひとつのこころ。ひとつのあい。ひとつのこころ。ひとつのあい。ひとつのこころ。(これでもう【ひとつ】)ひとつのあい。


 ひとつのこころ。ひとつのあい。ひとつのこころ。(あたし、完成するの)

(彼とひとつになって【ひとつに】ひとつのあい。ひとつのこころ。)ひとつになって、永遠になるんだわ。

(ひとつのあい。ひとつのこころ。ひとつのあい。ひとつのこころ。)


 ひとつのあいひとつのこころ


 あたしたちは、ひとつ



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



×月×日

 =浜辺で白骨遺体発見=


 浜辺の近くの森林で、休暇中の旅行者によって砂に埋もれた白骨遺体が発見された。死後1年以上は経過しているものだった。

 鑑定の結果、遺体は成人した男女のものであると判明。

 白骨が混ざっていたため、鑑定に時間がかかったもよう。

 砂に埋もれた状態で白骨が混ざり合ったとは考えにくく、犯人によって別の場所で殺され、埋められたのではないか。警察では凶悪な事件とみて捜査を進めている。



※※



 白骨遺体が発見されたことはすぐにニュースとなって、地元を騒然とさせた。

 人々はまたとない事件に興奮し、口々に噂をしていたのだ。

 しかし、警察は新聞には載せないよう通達した事実がひとつだけあった。


 それは、遺体と共にあった一冊のノートの存在だ。


 おそらく遺体の男女のことが綴られたものだろう。その文面からは女が「ひとつ」になるための何か方法を見つけたらしい、ということまでしかわからなかった。

 捜査の結果、男女の身元がわかりノートは女が書いたものだと判明した。


 だが、それだけだった。この殺人事件を示唆するような内容からは、2人を殺した犯人の目星はつかなかった。


 第三者がいるのだろうか?

 それとも心中なのか?


 警察はついに男女の骨が混和した理由を見いだすことができなかったのだった。


【夏のホラー2012】にも参加します。お暇があればお立ち寄りください・・・

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