第二十二話 詩乃・姫「…………(ニコニコ」
「ところで最近影乃とはどうなんだ?」
「ぶほっ……!」
オレが唐突にそう言うと、鴎星は口の中に含んでいたお茶を吹き出し、綺麗な虹を教室の中に架ける。
「いきなり何を言い出すんだ……」
文句を言ってくる。
「いつものことだろ」
「それもそうか」
そんなやり取りをしていると、詩乃が口を挟んでくる。
「デートはしたんだよね」
「なぜ知ってる……」
「かざりちゃんに聞いた」
どうやら普通にうまく行ってるらしい。
まあ、それもそうか。
ちなみに今日であれから二週間。
「……まだ二週間しか経ってないんだな」
「それ以上言うな……」
オレと鴎星は遠い目をし、詩乃は苦笑する。
危ない話題だ。
「……それで、どこまでしたの?」
詩乃が急にそう問う。
……目が、完全に面白がっている時のそれだ。
なんというか、女子特有の恋愛話を聞くときの目。
その点男子ってスゴいよな。最初から最後まで下ネタばっかりだもん。
「……妹の恋愛話を聞いてどうするんだ……」
「気になるものは仕方ないよね、うん」
「一人で勝手に納得すんな」
今度はオレが「どこまでしたんだ?」と聞く。
すると、鴎星はしばらくの間唸ってから口を開く。
「……俺からは言わん。知りたきゃ影乃に聞け」
「「えー……」」
オレと詩乃は不服だといった表情をするが、鴎星はそれを無視する。
……まあ、今度かざり達と一緒に聞いてみるか。
そんなことを思っていると、クラスメートに名前を呼ばれる。
どうやら客が来たようだ。
ということで、客ーー姫を教室の中へと招く。
「こんにちは」
そう言って、お辞儀をしてくる。
「おう」
オレが短く応えると、いつもの姫スマイルを返してくれる。
……なんか、和むなぁ。
「……むぅ」
詩乃が唸った気がしたが、気のせいだろうか。
「えーっと、統輝さんと鴎星さんへ、遊戯部の先輩方と瑠璃先輩から伝言ですが、『今日の放課後は小研に集合』とのことです」
「……いつも思うんだが小研は大丈夫なのか……」
「大丈夫ですよ……ただ睡眠時間が一時間くらいになるだけですから」
「全然大丈夫じゃない!?」
「授業中に……」
「あ、授業中に寝てるのか。良かった。いや良くないけども、良かった」
「いえ、自分の書いた小説の登場人物が見えるときがあるんですよ」
「幻覚だから!? もうお前ヤバいんじゃねぇの!?」
「たけのこですか? 持ってませんよ?」
「急にどうした!? つーか何があったらその返答に行き着くんだ!?」
オレは息を荒くして、肩で息をする。
姫は「冗談です」と言って、いつもの笑顔になる。
……ツッコミって結構疲れる。
「痛っ……!」
突如オレの足に痛みが走る。
……詩乃に足を踏み抜かれたようだ。
「どうした……?」
オレがそう聞くと、詩乃はぷいっと顔を逸らす。
「……別に」
そして、短くそう言った。
……何なんだ一体。
そう思い、鴎星へと視線を向けると、我関せずといった雰囲気を発している。
「そういえば、詩乃さんとこうして会うのは『あの時』以来でしょうか」
姫がそう言う。
『あの時』とは、影乃が誘拐された時のことだろう。
「いえ、先週の日曜日に会ってますよ」
姫がそう返すと、姫は一瞬だけ思考した。
「ああ、そうでした。あの時のパーティーで会いましたね。すみません、つい忘れてしまって」
「あはは……まあ仕方ないですよー。白百合さんは忙しいでしょうからね」
「うふふ……」
「あはは……」
な ん か 黒 い !?
表面上は笑顔なのに、何故か恐ろしい!
いや、それよりも日常生活において、この二人が敵意を向ける相手なんて初めて見たぞ!
二人とも、温厚で争いを好まないというのに……
何か特殊な化学反応でも起こったのか?
「…………」
そんな状況の中、鴎星はやはりそんな事など、どこ吹く風という表情でじっとしている。
「……ま、まあ二人とも落ち着いtーーごめんなさいでした」
怖い。笑顔なのに怖い。目が笑ってないから怖い。
つーか表情をピクリとも変えずに黒い笑みでこっちを見て来た。
本気で怖い……
「うふふ……統輝さん、私達は至って冷静ですよ」
「あはは……ほら、こんなに笑顔で会話してるんだよ? 落ち着く理由がないよ?」
なんというか、こう、これがマンガだったなら二人には『ゴゴゴゴゴ……』っていう効果音が付いてるんだと思う。
えーっと、うん、この状況はどうするのが正解なのだろうか。
「ねえ統輝」
「はいっ!」
詩乃に声を掛けられる。
その瞬間、反射的に背筋がピンと伸びる。
うん、これは仕方ない。
「ふと思ったんだけど、統輝っていつから白百合さんとこんなに仲良いの?」
何故そんな質問を? と口に出しかけて止める。
だって、今無駄なこと口にしたら殺されそうだもの。
「えー……仲良くなったのは一ヶ月前くらいからッス!」
「へー、そうなんだー」
会話が途切れる。
暫くすると、今度は姫が口を開く。
「統輝さん」
「はいっ!」
声を掛けられた瞬間背筋が(以下略
「今書いてる小説の話なんですけど、『想いの深さは、その人との付き合いの長さと関係は無い』っていうセリフを入れようと思うのですが、この理論は正しいと思いますか?」
「……た、正しいと思うぞ」
「そうですか」
再びの沈黙。
そして、オレには二人の背に何かオーラのようなものが集まった気がした。
そのオーラは徐々に形をはっきりとさせていった。
……何!?
詩乃の背には聖剣を携えた戦乙女、姫の背には神々しい女神だと!?
『解説の田中くん! これをどう見ますか?』
『はい、実況の山田さん! これは伝説の奥義、『魂の解放』です! しかもあの『魂の化身』は伝説級のもの……まさか現代でここまでのものが見れるとは……』
「そこ実況始めんな!」
そして何だその解説の内容。
今どんな状況なのか全く分からん!
いや、まあよく分からんがスゴいんだろうけど。
そんな時、姫の『魂の化身』が動いた。
『あ、あれは……!』
女神はアタッシュケースに詰められたら大量の金を差し出した。
「買収!?」
『出たー! 伝説級! 奥義『マネー・マネー』!』
「ただ金差し出しただけだろ!」
そんな奥義の前に、詩乃の化身は……
『……(吐血』
喰らってるーーーーーーーーー!?
しかもかなりよろめいてる。
『さあ、『マネー・マネー』を耐えきった戦乙女! どう出る!』
おお……詩乃の化身の周りに力が集まっていく。
オレは唾を飲む。
これは何かスゴい事が起こる、そんな予感がする。
『!!』
戦乙女はカッと目を開き、流れるような動作で奥義を発動させる。
これはーー
土下座だ。
『キターーーーーーー! これまた伝説級の奥義『捨て去りし自尊心』!!』
「プライド棄てただけじゃねーか!」
『……っ(吐血』
「って効いてるーーーーーーー!?」
何だこの戦い!?
その手に持った聖剣は一体何だ……
オレの思考などお構いなしに、今度は二人と二体が同時に動きーー
「流石です。詩乃さん」
「貴女こそ。白百合さん……いえ、姫ちゃん」
『……(微笑』
『……(少し照れながら微笑』
何か友情が生まれた。
「負けませんよ。ライバルさん?」
「うん、私だって負けないよー。ライバルっ!」
何のライバルだ。
そして鴎星。お前はいつまで部外者ぶっている。
『さあ皆さん! 素晴らしい戦いを見せてくれた二人に盛大な拍手を!』
拍手喝采
盛大な拍手の中「ブラヴォー」だの「エクセレント」だの叫んでいる奴らも出る始末。
姫と詩乃はそれに手を振って応える。
……それにしてもこの二人、ノリノリである。
「いやー。久しぶりに全力を出したよー」
「私もです。まさかこれほどの実力者がこんなにも身近に居るとは」
「いや、さっきのは一体何の競技だったんだ……」
超展開すぎて頭が追いつかねーよ……
「……なんとなくだが、スゴいということだけは感じた」
そこで鴎星がようやく口を開いた。
それにしてもこの男、冷静である。
つーか鴎星ってこんなキャラだったっけか?
……姫が苦手……それは無いか。今まで普通に接してたからな。
……分かんねぇ。まあ、特に問題があるわけでも無いから放っておこう。
「まあいつか私達の本当の凄さを知る日がくるよー」
「いや、一生来ないと思う」
「え」
「え」
**********
同時刻、一年A組。
「くしゅん」
うーん。風邪でしょうか。
「誰かが噂しとるんちゃう?」
ふーちゃんがそう言ってくる。
なるほど、その可能性が高いでしょうね。
「鴎星先輩だと思うよ♪」
…………
「いや、いつも思うんですが、かざりんは何時の間にここに来てるんですか……」
私が聞くと、うーん、と言いながら思考する。
「まあ、遊戯部のメンバーには神出鬼没のライセンスが備わってるから☆」
「いや、備わって無ーー備わってそうですね……私以外」
先輩達の顔を思い出してみると、確かに備わっててもおかしくないメンバーだと気付く。
……あれ、よく考えたら私って特筆すべき事が何も無い……?
いやいやいや、そんなこと有るわけが無い。有るわけが無い……ですよね?
「大丈夫。影乃ちゃんはこんなにも可愛いじゃないですか……」
悪寒。
「きゃあああああああ!? いつの間に背後に!?」
「神出鬼没のライセンスが備わってますから!」
「あなたもですか!?」
まあ事実ですけど!
「それに、かげのんは目立ってるから良いよね★」
「私達なんて……全然やからな……」
コメントし辛い……
まあ、はい……確かに、ね。
「遊戯部メンバーなのに、正直私は瑠璃先輩に全然及んでないからねっ★」
「……なんかゴメンナサイ……」
瑠璃先輩……土下座が早い……
「そ、そんなことよりも、瑠璃先輩! 何でここに来たんですか? 私に会いに来た以外じゃないと怒りますけど」
「逃げたねっ★」
「逃げたなぁ」
そこ、うるさいです。
「ああ……そうでした。今日の遊戯部はうちの部室に来てください」
おお……ちゃんと理由があって来てたんですね。
……それにしても小研には本当にお世話になりっぱなしですよね。
今度何かお礼しないとなぁ。
「……ぐすっ」
「!? 急にどうしたんですか?」
「いや、影乃ちゃんはホント良い子だなぁって」
「は、はぁ」
私は曖昧な返事しかできなかった。
「だって、遊戯部の三年生がアレですから……ホント、その心遣いが心に沁みて……」
ああ……
「苦労してるんですね……あと心は読まないでください」
「ぐすっ……嫌です」
まさかの拒否!?
「え」
「いや、なんで『当たり前じゃないですか』みたいな反応なんですか」
「え」
「『逆に違うんですか』って顔ですか、それは。というか普通に喋ってください」
「え」
「『何でですか』? いや、こんな風に通訳するのが疲れるんですよ」
いやもう本当に疲れますよコレ。
…………はい
「そこ、いじけないで下さい」
かざりんとふーちゃん……
まあ、確かに今会話から置いていってたけれども……
負のオーラが凄いですよ。
何故か二人の周りだけ灰色なのだけれども。
そして、瑠璃先輩がまた土下座している。
……後輩に土下座して恥ずかしくないんでしょうか。
「プライド? 何それ美味しいんですか?」
「…………」
さて、次の授業は移動教室でしたね。
「無視しないで下さい……」
「さて、行きましょうふーちゃん」
「りょーかいー」
「私も教室戻らないとねっ♪」
「ちょ、ま……」
私達が教室を後にすると、後ろから『どうせ私なんて都合よくオチを任せられる、便利キャラですよぉぉぉぉぉぉぉ!』という叫び声が聞こえてきたのだった。
……その通りですよね。
**********
「ぐすっ……」
「どうした」
「どうせ私なんて……私なんて……」
ふむ。完全に卑屈モードだな。
「まあ、放っておけばいいんじゃない?」
それもそうだnーーって、えっ!?
「死のう……そうだ……死のう」
「ちょ、千紗都! 雪奈! コイツ止めろ!」
「は、離してください! どうせ私なんて!」
「ぐほっ……ボディにモロ入った……」
「恭夜くーーーーん!?」
「ちょ、みんな止めろー!!」
『りょ、了解!』
稜高学園は本日も平和なり。
「いや、全然平和じゃないよねっ♪」
「気にしたら負けやで、かざりん」
はい、Setsuです。
ついに訪れた、姫と詩乃の決戦!
果たして勝利の女神はどちらにーー
統輝「どうでもいいから真面目にやれよ」
……ぐすん。
感想・アドバイス待ってます。
それでは、次回も稜高学園一堂お待ちしてます!




