第一七話 Dear my……『現在-はじまり-』
さあ、ついにdear my……編も終わりです。
「……ふむ。そろそろだな」
センパイが呟くと、姫が一歩前に出る。
現在の状況はと言えば、とりあえず一方的に攻撃をしまくった後、今度は正面で向かい合う形になっている。
相手も必死なようで、なかなか倒れない。
……まあ、こちらも、多少は手加減をしているのだが。
「皆さん、そろそろ諦めてはいかがでしょうか」
姫は、凛とした声でそう告げた。
もちろん、その一言で誘拐犯連中が黙るわけもない。
そんな様子を見た姫は、一つため息を付いてから言う。
「あなた達の依頼主なら、もう逮捕されましたよ」
その言葉に、連中は静まり返った。
姫は、影乃の居場所を探す過程で違和感を感じ、深く調べたところ、影乃の誘拐が計画された物だと知る。
そして、それを知った瞬間、姫の逆鱗のような物に触れたらしく、持てる限りの力を使い、情報を調べ尽くした。
そして、今、計画した依頼主を無事逮捕出来たらしく、連絡が入ってきたのだった。
「あまり……『白百合』を舐めない方がいいですよ?」
そう、姫は、この国でその名を知らない物はいないであろう、『白百合財閥』の娘。
『白百合』が本気を出したなら、逃げ切れる犯罪者などそうそう居ないだろう。
……瑠璃センパイ曰く、現在、姫はかつて無いほど怒っていらっしゃるようなので、本当に怖い。
そして、さらに瑠璃センパイは言っていたのだが、姫が権力を振りかざすのは、本当に珍しいという。
……白百合財閥の人間が、「天変地異の前触れだ!」とか騒ぐ程に……。
後で詩乃に聞いたのだが、姫は、『白百合』の娘であるため、子供の頃に、何度も誘拐されたことがあるから、怒ってたのはそういうことなのかもしれない、とのことだ。
……余談だが、『白百合』と『光坂』は繋がりがあるらしい。
『誘拐だけじゃなくて、お金目当てで何かをされるのが極端に嫌いなんじゃないかしら。……あの子、きっと昔からお金目当てで人が寄ってきたでしょうから』とは部長さんの談。
さて。その真偽はともかくとして、今の姫からは相当な怒りが見て取れた。
「あなた達ごときを、どうにだって出来ることを忘れないでください」
姫が他人に向かってこんなことを言うのは、きっと権力の行使よりも珍しいことだろう。
なんとなく、オレにも予想がつく。
それほどまでに、姫は優しいから。
「……楽しいですか?こんな手段で金を得て……人の心に土足で踏み入って、荒らして、傷つけて!」
姫は、声を荒げる。
「……はい。姫さんストップ。……で?あなた達、どうする?」
部長さんは、そんな姫を制して連中に問いかけた。
「はっ!知らねぇよ!やれるもんならやってみ……っ!」
それでも威勢良く突っかかってきた男の顔が、一瞬で真っ青になる。
「そろそろ黙りなさい……愚図」
姫が、完全にキレた。
姫は、側に落ちていたナイフを拾い上げ、男の足下に投げつけた。
流石に当てるようなことはしなかったが、男の足とナイフの距離は数センチ。
男達も恐怖を覚えたらしく、小刻みに震えている者まで出る始末。
「……護身用のナイフ術っ……」
詩乃が焦りを色濃く出した声色で、そう呟いた。
流石に部長さん達も慌てているようだ。
そんな中、唯一冷静なままの瑠璃センパイが姫に向かう。
「姫。やめなさい」
瑠璃センパイの言葉に、姫は我に返る。
あそこまで激昂していた姫に、一瞬で正気を取り戻させた。
その声は、抑揚が少なく、底冷えするようなものだった。
いや、それ以上に瑠璃センパイの発する威厳のようなものが、姫を戻した要因だろう。
いつもと違い、『姫』と呼び捨てにしていることも大きいのかもしれないが。
「さて。もう一度聞くわ。どうするの?」
部長さんが問いかける。
「糞が……!」
全員がこちらを憎らしげに睨み付けながら、降伏の意を示した。
……取りあえず、一段落か。
そう思い、肩の力を抜いた。
一時はどうなることかと思ったが、なんとかなった、な。
オレは遠くから聞こえてくるサイレンの音を聞きながら、これからの事を考える。
……まあ、本題の詩乃達の仲直りはきっと心配しなくてもいいだろう。
詩乃の思いは、きっと伝わってる。
……それと、小研のメンバーに何かお礼をしないとな。
いつも何かと世話になってるし。
今回だって、小研三人組がいなければ、最悪の結果になっていたはずだ。
ホント、いくら礼しても、足りないよなぁ。
ま、どれもきっと、なるようになるだろうな。
明日は何があるだろうな?
**********
「はあ……」
遊戯部の部室へ向かう途中、私は一つため息をつく。
昨日、あの後帰宅すると、お父さんに突然抱きつかれた。
何でも、私に何かがあったんじゃないかと、ずっと心配してくれていたらしい。
……誘拐されたなんて口が裂けても言えませんよ。
そんなことを考えていると、どうしても憂鬱だ。
いつまでも悩んでいても仕方ないので、遊戯部の部室へ入る。
部屋の中にいたのは、三年生達と、鴎星先輩。
……鴎星先輩の顔を見るのが、少し恥ずかしく感じる。
「あらあら。熱々ねぇ」
「ったく。昨日俺達が戦ってる間に何やってんだよ……」
……ちなみに、昨日の『告白』については、何か一瞬でバレました。
部長さんの目敏さは異常です……。
まあ、現在私と鴎星先輩は、みんな公認のカップルな訳ですが……。
何というか。その事実がよけいに恥ずかしいんですよ……。
「……鴎星先輩。そういえば、今日バスケ部のミーティングがあるってクラスメートから聞いたんですが、行かなくていいんですか?」
私がそう訊ねると、先輩は何事もないように答えた。
「……ん?ああ、別にいいんだ。俺、バスケ部辞めたから」
…………………………え?
「え?ちょ、え?……怪我で出来ないからしばらく休む、とかではなくて?」
「退部した」
ええええええええええええええええええっ!!!
「な、何でですか!?……も、もしかして怪我の後遺症が残るとかですか!?」
私は途中で、先輩の包帯で巻かれた手に視線を向ける。
「……いや、違うぜ。……まあ、ただのケジメ、かな」
私は言葉を失った。
……今まで、先輩が相当の努力をしてきたのを知っている。
スポーツ推薦での入学者で無く、その上二年生でレギュラーに選ばれるほどの実力者だ。
しかも、統輝先輩から『バスケ馬鹿』と評されるほどのバスケットボール好き。
そんな先輩が、バスケ部を、辞めた。
「そんな顔すんなって。俺は自ら望んでこうした訳だから、後悔とかも無いぜ?むしろ、肩の荷が降りたって感じだ」
私はため息をつく。
きっとコレは何を言っても無駄だろう。
そう判断する。
「……わかりましたよ……」
額を押さえながらそういうと部長さんに「苦労しそうねぇ」などと言われる。
……全くです。
そんなやり取りをしていると、何人もが部室に入ってくる。
小研の三人、そして、統輝先輩と……
「詩乃……大丈夫か?」
緊張した面持ちのところを、統輝先輩にそう言われている……あの人。
「じゃあ、影乃さん、詩乃さん、席について」
部長さんに促され、私達は席に座り、向かい合った。
こうして向き合うのはいつ以来だろう。
**********
沈黙。
私は、昔の出来事の真実を説明された。
……昨日の時点でなんとなく分かっていたことですが。
ずっと、私は勘違いをしていたんですね。
もっと早く気付いてあげられたら良かった。
今更そんなことを思っても無駄だというのにそう考えてしまうのは何故でしょうね。
ずっと、苦しかったんでしょうね。
愛する妹に、そっぽを向かれて。拒絶されて。
だから、私は口にした。
その、言葉をーー
「お姉ちゃん」
私がそう呼びかけただけで、お姉ちゃんは目を潤ませる。
「ゴメンね。……ずっと、ずっと、辛かったよね」
私はそう言って、お姉ちゃんを優しく抱きしめる。
「……また、ここからやり直そう?二人一緒に……」
お姉ちゃんの頬を涙が伝う。
「お姉ちゃん、今までありがとう。これからもよろしくね」
嗚咽を抑えながら、お姉ちゃんは「うん」と返事をする。
私は一拍置いてから、この言葉を伝える。
きっと、お姉ちゃんが一番ほしかった言葉で、私が一番伝えたい言葉。
「大好きだよ、お姉ちゃん」
きっとお姉ちゃんは、長い間、この言葉を待ち望んでいた。
愛する妹からのこの言葉こそ、かけがえのない最高のものとなるのだろう。
この言葉を聞いたお姉ちゃんは、まるで子供のように泣く。
……お姉ちゃんの、こんな姿を見たのは初めてですね。
いつも明るく振る舞っていた。
そのイメージが強い。
……これから、もっとお互いの事を知っていこう。
今までの空白を埋めるように。
絆を確かめ合おう。
もう二度と間違えないように。
きっと、初めは戸惑うことも多いだろう。
でも、焦らない。
時間はたっぷりある。
これは、記念すべき第一歩。
ここから歩み出そう。
一歩ずつ、一歩ずつ。
ゆっくりだけど確実に。
ーー姉妹らしく、行こう。
**********
先輩達やお姉ちゃんと別れ、かざりさんと二人で歩く帰り道。
「…………」
無言。
かざりさんと二人で居るときに、こんなに静かなのは初めてだ。
話したいことは、いっぱいある。
それは主に、昨日の事なのだが。
でも、それを切り出す勇気が出ない。
……勇気が出ないなんて、私らしくもないですね。
そう思い、私は肩の力を抜く。
「……かざりさん。少しお話しませんか?」
私はそう言って、近くの公園のベンチを指差す。
かざりさんは、頷く。
二人でベンチに座った。
「珍しいね。かげのんがこんなこと言うのって♪」
そう言って、かざりさんは微笑む。
その顔には、いくつかのガーゼが貼られている。
……服で隠れてはいるが、恐らく体もボロボロだろう。
それを想像するだけで、申し訳ない気持ちで溢れてしまう。
私は、覚悟を決めて言葉を発する。
「かざりさん……昨日は私のせいで、ごめんなさーー」
「それ、最後まで言ったら怒るよ?」
しかし、かざりさんは私の言葉を遮って言った。
「かげのん。私、そんなことを言って貰いたくてあんなことをした訳じゃないよ」
「…………」
「こういうときに、友達にそんなこと言うのって、私は違うと思う」
かざりさんは真っ直ぐ私を見てそう言った。
その声も、表情も真剣だ。
思えば、かざりさんの、こんな表情を見るのは初めてかもしれない。
……そっか。その通りですね。
その言葉に、私は考えを改める。
だったらーー
「かざりさん、昨日はありがとうございます。……本当に助かりました」
私の紡いだ言葉を聞いて、かざりさんは満面の笑みを浮かべた。
私は、「ただ」と言ってから続ける。
「私とかざりさんは『友達』じゃありませんけどね」
かざりさんが固まる。
「……私とかざりさんは、『親友』ですよ」
私がそう言うと、たっぷり五秒を使って、かざりさんが元に戻る。
「……そっか、親友、か」
かざりさんが、少しうつむき気味にそう言った。
その声は、どこか沈んでいる気がした。
……ちょっと脅かしすぎましたかね……
そんなことを思った次の瞬間には、かざりさんはいつもの調子に戻り、
「あ~、かげのん顔ちょっと赤いよ~?」
そんなことを言ってきた。
……相当クサいこと言いましたからね。実はかなり恥ずかしいんですよ。
「ま、いいや♪」
そう言って、かざりさんは立ち上がる。
私もそれにならう。
かざりさんは、こちらを向く。
「……かげのん、また明日っ♪」
そして、そう言うと、かざりさんは振り向いて歩いていく。
私はその背中に向けて、
「また明日。かざりん」
そう呟き、私も歩き出した。
後ろで、「……え?」と言う声が聞こえてくる。
それにかまわず、私は歩いていく。
……親友なら、ニックネームで呼び合うのも普通ですよ。
そんなことを心の中で呟く。
……ああ、そうだ。
文深さんのニックネームも考えないといけませんよね。
さて、今日の夜ご飯は何を作りましょうか。
**********
お気に入りのパジャマを着て、布団の中へ潜る。
明日は鴎星先輩にお弁当を作ってあげよう。
喜んでくれますかね?
それと、文深さんをニックネームで呼ぼう。
きっと驚くでしょうね。
……ああ、そうだ。
クラスが一緒なんだから、お弁当を渡すときにお姉ちゃんとも喋ろう。
それから……それから……
やりたいことがたくさん。
考えているだけで楽しくなってくる。
目を閉じて、浮かんでくるのは、みんなの顔。
特にくっきりと浮かんでくるのは、お姉ちゃん、そして親友の二人。
でも、どれよりもはっきりと見えるのはーー
……重傷ですね。
これが恋ですか。
自然と顔が綻ぶ。
ああ……明日も楽しみです。
徐々に眠りへと向かっていく意識の中、そう思う。
なんだか今日はとても良い夢が見れそうな気がした。
はい、Setsuです。
ついにDear my……編終了です!!
シリアス編が一つ終わってみての感想としては、やっぱベタだなぁ、とw
それと、やっと二人がくっついたというのも大きいですね。
あとは……
これで詩乃を自由に動かせるようになったし、影乃が『かざりん』と呼べるようになったのも嬉しいことです。
この三つは、ずっともどかしかったw
どれも『ゆーぎぶ』をはじめる段階からあった設定だったのですが、これのせいで何回苦しんだことやら……w
間違えて影乃と詩乃が遭遇してしまったり、影乃と鴎星が惚気てしまったり、影乃が『かざりん』と呼んでしまっていたり。
他にも、詩乃を登場させようと思ったけれど、影乃が居るからだめじゃん!ってなったり……
とまあ、そんな話は置いておきましょう。
それではここで、前回言っていた、残りのイメージソングを発表しましょう。
今回の曲は、詩乃と影乃、二人の曲となっています。
その曲は……
misonoさんの『二人三脚』
です!
これまたピッタリな曲だと我ながら思いますw
ちなみに、『ゆーぎぶ』自体のテーマソングは既に決めています。
その曲は、いずれ来るであろう最終回に発表するつもりです。
それと、前回と今回発表したイメージソングとは別に、それぞれ日常編でのイメージソングもあるのですが、その発表は……いつにしましょうか(笑)
まあ、何かしらの形で発表したいと思いますので、それについてもお楽しみに。
さてさて、遊戯部メンバー達は次回から再び日常へと戻っていきます。
一つ大きな変化があった遊戯部を、これからも生暖かく見守ってください!
感想・アドバイス、待ってます!!
それでは、また次回お会いしましょう。
稜高学園一同、お待ちしております!




