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その23

 帰りの足取りは今までにないくらい軽い。暗黒竜を倒しても出てくる魔物はいたが、可愛いものだった。


「うわぁ、今の武器屋こわい」


「上機嫌に魔物ぶっ飛ばすなよ」


 何とでも言ってくれ。今なら何を言われても許せる。


「なー、逃げた道具屋の場所検討ついてんの?」


「イクダールが見つけてこそっと護衛つけてるらしい」


「あのおばさん何者なんだよ……」


「おまっ……それ言ったら殺されるぞ」


 そんな会話をしつつ歩いていくと、村の入り口が見えた。まさか噂のイクダールが立っているなんても思ってなかったから、おばさんと言った槍使いはびくっとしていた。

その発言を知らない筈なのにイクダールは槍使いを軽く睨むと「まぁいいわ」と肩を竦めた。横にはいつの間にか神父も立っていた。


「この村で太陽を見ることができるなんて……」


 神父はそう言って俺達に向き直った。そして深々と頭を下げる。


「このたびは本当にありがとうございます。本当になんとお礼を申し上げたらいいのか……」


「お疲れさま。皆無事で何よりだわ。早速で悪いんだけど少し話があるの。教会に入ってもらっていいかしら」


俺達は顔を見合わせる。不思議がりながらも教会に入るとイクダールは周りを確認して、教会の扉を閉めて鍵をかけた。



「念のためよ、気にしないで。……あなたたち魔王退治に向かっている途中なのよね?」


 他に誰かがいるわけでもないのにイクダールは声を潜めて尋ねた。

勇者も緊張が伝わったのか黙って頷く。


「で、まず魔王の魂が分け与えられた四天王を探して退治しはじめてるんでしょ?四天王はあと一人――ティモス――よね」


勇者は黙って頷く。泣きそうに見えるのは気のせいだろうか。そしてその表情はかつての武器屋の女主人を思い出させる。


 あぁ、そうか。


きっとそのティモスという奴は勇者の心に深い傷を負わせたのだろう。大きい武骨な手をぐっと握りしめ、勇者は話の続きを促すように真っ直ぐにイクダールを見る。

珍しくイクダールは困ったように目を伏せた。


「今ならおびき出すこともできるわ。例えば――暗黒竜の件であなた達は大怪我をして寝込んでいる、と偽の情報を流したりね。確実に来るとは言えないけれど、卑怯で臆病なティモスなら……」


 勇者は黙ったままだった。口を開いてはいるが言葉を発することができない。何かを言わなければ、と思いつつも何を言ったらいいのか分からないようだ。代わりに魔法使いが言葉を発する。


「来るわ、絶対」


 勇者が視線を魔法使いに向け、そっと肩を抱き寄せる。

泣きそうなのは勇者だけではなかった。槍使いも僧侶も皆同じ表情をしている。


「あいつは私達の故郷を滅ぼした。その当時私達は魔物退治で怪我をしていて、揃って診療所で寝込んでいた。燃え盛る炎と泣き叫ぶ声がして診療所を出ると――。ティモスは言ったの。『憎め。その憎しみこそ我が糧。勇者の憎しみほど甘美、なものは……ない。』って……今なら……」


 故郷も家族も失った勇者にとって同じぐらい大事なもの、それはこの仲間だ。

ティモスは勇者ではなく勇者の仲間を狙ってくるだろう。それも暗黒竜を退治し終わったというひと時の安らぎをついて。


「俺も手伝う」


そう申し出るのは当たり前だった。ガイツも頷いて、勇者を見る。



 勇者はまだ迷っているようだった。

イクダールが提案するぐらいだから、勇者達はティモスを倒せる実力はあるのだろう。でも、勇者は怖がっている。


「……大丈夫だ」


槍使いがぽつりと呟いた。そしてしっかりと勇者を見つめる。一歩ずつ静かに勇者に歩み寄り、その目の前に立った。


「もうあの頃の俺達じゃないんだ」

「……そうです。アレン、私達は頑張ってきたんです」


 僧侶も静かに槍使いの隣に立つ。


「一緒にティモスを倒して、魔王を倒して。またあの場所で、あの村で暮らそう」


魔法使いがそっと勇者の肩に頭を預けた。

勇者は暫く黙った後、魔法使いへとまわしていた手に力を込めた。槍使いを、僧侶を、そして魔法使いを見ていく。

そして、ガイツと俺を真っ直ぐ見た。決意が込められた瞳に俺は自然に笑みが浮かんだ。頷くと勇者はイクダールを見て言った。


「宜しく頼む」


 その言葉を聞いて、イクダールは優しく微笑んだ。






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