その21
「おはよう」
空気を吸いに外に出ると魔法使いがいた。俺が最初に起きたと思ったが違ったらしい。
「早いな」
「うん、ちょっと緊張しちゃって。柄じゃないんだけど」
「そうか」
旋毛が目に入り、ぽんぽんと軽く頭を撫でると魔法使いはゆっくりと目を閉じた。そっと息を吐いている。どうやら暗黒竜のことで緊張してあまり眠れなかったようだ。
「武器屋の撫で方って優しいね」
「そうか?」
「うん。人の労り方を知ってる」
「……道具屋をよくこうしてるからな」
「そう」
魔法使いはそこでようやく強張った表情を崩した。「大丈夫だ」と力を込めて言うと、伝わったみたいで更に表情が柔らかくなる。
「武器屋って怖くないのね」
「俺はそんなに怖いか?」
「ん、最初はやっぱりね。でもモテるんだろうなぁ」
「今逃げられてるけどな」
「大丈夫」
さっき俺が言った台詞と同じ力強さで言葉が返ってきた。
「きっとすぐ帰ってくるよ」
「忘れ物はないな」
「ない。子供じゃないんだから」
「ではしゅっぱーつ!!」
「遠足じゃないんだから」
「じゃあ神父さま行ってきます」
山登り最中も和気藹々としたまま歩いていく。本当に前回とは全く異なる雰囲気だ。ガイツを見ると同じ事を思ったらしい。困った子供達を見るように勇者達を見て笑っていた。
それから軽い調子で戦いつつ山を登っていっていたが、中腹を過ぎると交わす言葉が段々少なくなってきた。魔物の数が極端に減ってきたが、強い魔物ばかりのため疲労が蓄積してきたのだ。
「なんでこんなに強い魔物ばっかりなんでしょうか?」
「山の上は暗黒竜が今、住処にしているだろ?弱い奴は暗黒竜に食べられているんだ。必然と生き残るのは身の隠し方が上手な魔物――レベルが高いやつ――になっている」
「……そうなんですね」
弱弱しい声にその声の持ち主を見ると、顔色があまりよくない。危ないな。そう思って足を止めると先を行っていた勇者達が気づいて歩みを止める。
「僧侶」
びくりと彼女は足を止めた。何を言われるか分かっているようで、必死で首を横に振っている彼女がとても痛々しかった。
正直僧侶が抜けるのは痛い。回復や補助は強敵との戦いにおいて戦局を左右するほど大事だ。でも、それでもこんな状態だと連れて行くことはできない。
「すまない」
「は!?」
俺の言葉に反応を返したのは槍使いだった。
「なにがだよ!?」
槍使いは納得いかないと怒り、その声は山に響き渡る。途端に山が静かになった。
「まずいな……皆構えろ。来るぞ!!」
一気に緊張が走り、武器を構えた。
グガァァァァァ!!!
黒い塊が降りてきて風が吹き荒れ木々をなぎ倒していく。凄まじい音の中、俺は僧侶に叫んだ。
「お前は下がってろ!!サポートなんかしなくていい!助かることだけ考えろ!」
「嫌です!!絶対嫌!足手まといなんて!!」
「危ねぇっ!!」
僧侶が俺を見て叫んだ時、竜の爪が僧侶目がけて振り下ろされる。急いで僧侶の腕を引っ張り、引き寄せるとバランスを崩した僧侶は俺に飛び込んでくる。
「ぐっ!!」
「武器屋さんっ!」
強かに背中を打ち付けた。痛いが、構っている暇はなかった。慌てて僧侶を奥に突き飛ばし、立ち上がると続けて振り下ろされた爪を一瞬だけ剣で受け止めて横に飛んだ。その間にガイツが攻撃を仕掛けると竜の気がガイツに逸れた。急いで僧侶の元に走ると顔が蒼白になって「ごめんなさい」と震えながら泣いていた。
「大丈夫だ。全然へっちゃらだ。それよりお前、怪我は?」
暗黒竜の気がこちらに向かないように小声で尋ねれば、泣きながらも頷く。
「悪い。こんな状況だから俺は戦いに戻る。立てるか?」
手を差し出せば、泣きながらも僧侶は立ち上がった。
「いいか、逃げるのが嫌とか言ってる状況じゃなくなった。僧侶は全体の動きを把握しながら後方を移動しろ。竜の攻撃が当たらないようにな。自分の体力は常に回復するようにしておけ。それはできるか?」
「わたし……死にたく、ないです」
「うん、それでいい。生きることを考えて逃げろ。槍使いとの結婚式には呼べよ」
努めて優しく言えば、僧侶は潤んだ目で笑いながら頷いた。
悪いがこれ以上は時間が惜しい。頭を軽く撫でて、俺は気配を消して僧侶の傍から走り去った。
最初に槍使いの傍に行って僧侶の無事を伝えるとお礼を言われた。一瞬睨まれたのが不思議だったが、それもすぐ頭からぬけて暗黒竜に向き合う。
「俺が補助するからお前がんがん行けよ」
横からぶっきら棒な声がする。俺が黙っていると「仇なんだろう」と言って、槍使いは俺に一時的に攻撃力が上がるアイテムを使った。
「ありがとな」
それだけ言うと俺は竜に突進する。あいつの形見の剣と共に。




