その16
「何も買い置きがなかったから水でいいか?」
「うん」
それきり沈黙が落ちた。道具屋は困った様にちびちび水を飲みながら、ちらりと俺を見る。それは機嫌を窺う子供のようで、先程俺を誘った道具屋とはあまりにも雰囲気が違った。
――ついここまで来てしまったけれど、どうしよう――。
そう思っているんだろう。
仕方ない、と俺は小さくため息をついて「そういえば」と運び屋の話をした。話題が他になかったから仕方ないが、運び屋の話で、固かった表情が和らぐ道具屋を見るのは面白くない。
「惚れられたんじゃない?」
それに加え、この台詞。
「止めろ」
思わず強い口調になってしまった。だいたいあいつは道具屋を褒めて褒めて褒め倒して、俺のことは罵り倒す。道具屋も何回も俺達が喧嘩しているのを見ているのに、何をどうしたら惚れているという意見がでてくるんだ……。
「あいつは俺じゃなくて、完全にお前に惚れてるだろーが。この間来たときはお前のことをかなり褒めまくってたぞ」
そう言うと「じゃあ、両思いだ」とはにかむ道具屋にイラッとしてしまう。
「何言ってる。じゃあ今日は浮気か」
笑いながら意地悪く言ってしまったが、道具屋が悪い。
「……」
いつも通り笑って返せばよかったのに道具屋はぴしりと固まった。良かった、もし「浮気なんかしないよー」とか返されたら手は出せないところだった。
手に持っていたグラスを床に置いた。それが合図になったように、道具屋は顔を赤らめる。お酒のせいもあるんだろう、赤みがわかりやすい。
言っとくけど、俺だって少し緊張してるんだ。
「それは駄目だな、俺が本命だ」
頬にそっと触れると道具屋は目を閉じる。それを見ながら俺も目を閉じる。
速まる自分の鼓動をはっきりと感じながら、夜は更けていった――。




