その14
「どうにかして」と言われても、「そもそもどういう状態なんだ?」と聞きたい。
心配かけたのは解っている。黙って行ったのも含めて、だ。
謝りはした。
でもイクダールが来たのは道具屋が来た後だ。まだ謝り足りなかったか?
そう考えていると控えめに扉を叩く音がした。
「誰だ」
聞かなくてもわかる。
ベッドから視線を遣るとやっぱり道具屋だった。
足音をできるだけ立てないように静かに入ってくると「エリクサーを渡しそびれてたから」とぽそりと呟く。
その言い方にやっぱり謝罪不足だったかと思う。視線をなかなか合わせてこない。
「ああ、悪いな。悪いついでに口に放り込んでくれ。腕がまだ動かしにくい」
「わかった」
そっと口の中にエリクサーが入れられる。酸っぱくて爽やかな味だ。
噛みながら道具屋の顔を見ると顔を赤く染めて、指先を握っている……唇に触れたからか。
その初な様子にちょっと悪戯心が沸いてきて「……何なら試してみるか?」と言ってしまった。
「え?」
きょとんとした顔が可愛い。
「俺の」
そう言って唇を指差すと道具屋は首まで真っ赤になり、走って逃げていった。
まあ、沈んだ気持ちは浮上しただろう。
暗黒竜を狩るのは怪我が治ってからとして、こっちを先に狩るか。
それから町に帰るまで、俺は殊更道具屋に優しくして甘えた。
居辛いのかすぐ帰ろうと椅子から立ち上がろうとする道具屋の指先を軽く握って「もうちょっといろ」と甘えて言えば、顔を赤く染めながらも道具屋は頷く。じっと目を見れば、更に顔を赤くする。その反応が素直で、可愛さのあまり口付けたくなる。
恥ずかしさに耐えきれず道具屋が逃げ出しそうな雰囲気になれば、緩い空気を霧散させる。この手加減がなかなか難しい。
そんな風にして二日過ごした後、町に帰った。まだ歩けなかったからイクダールの背におぶさったのは消したい記憶だ。
説教だとおぶさったまま連れて行かれたのは地下ギルド。
相変わらず薄暗く、今日はマスターしかいない。
「よお、帰ったか」
「マスター、世話かけたな」
イクダールが道具屋にガイツを薦めたり、ガイツが依頼を快諾したのは全てギルドマスターの指示だ。マスターが駄目だと言えば俺はあのまま死んでいただろう。
「お前はよく働くから今回は特別だ。ほら、これを飲め」
そう言って差し出されたのはグラスに入った真っ赤な液体。
見るからに血だ。
「言っとくが血じゃない」
飲むのを躊躇う俺にマスターは苦笑いする。いや、これを出したのがマスターでなければ喧嘩を売られたと思ってもおかしくはない。
思いきって飲むとパチンと口の中で何かが弾けた。
「身体の痛さがなくなった……」
「だろ?ドラゴンの血が入ったポーションだ」
「血じゃねえか」
「ドラゴンの血は妙薬なんだよ。混ぜたアイテムの効用がよくなる。だから……」
ああ、言いたいことは解った。
「暗黒竜を倒したら摂ってくる」
そう言うとマスターはにやりと笑った。
武器屋に歩いて帰ると代理を頼んでいた婆さんが立ってこっちを睨んでいた。
「まったく何処をほっつき歩いてたんだい!?」
きちんと謝り事情を軽く説明すると、婆さんは「今日まで特別に居てやるから、あんたはさっさと二階で寝な!!」と俺を二階へ追いやった。
「婆さんありがとな」
そう言うと、「まだ婆さんじゃない!!」と怒られた。
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夜になり、ギルドに入ると既にガイツとイクダールが居た。ガイツはまだ包帯をしている。ドラゴンの血入りポーションは味が苦手で飲まないらしい。「ちょうどいいし、暫く休暇をとる」と笑いながら言っていた。
談笑しながら二時間ほど待っていたが道具屋がなかなか来ない。疲れて寝てるんじゃないかという話になり、俺が迎えに行くことになった。
道具屋の前に立つと、二階の明りがちょうど消えた。すぐ出てくるだろうと建物の前で待っていると案の定、すぐ扉が開かれた。
「……別人みたいだな」
化粧をした道具屋は贔屓目もあるが可愛かった。赤く彩られた唇は困った様に「ごめん、ちょっと片付けに手間取って。やっぱり濃いかな……ちょっと化粧おとして――」と言うので、反射的に腕を掴んでしまった。落とすなんてもったいない。
「そのままでいい。行くぞ」
腕を握ったまま歩き出すと、道具屋が小走りに着いてきた。
歩調を合わせるのを忘れてた。
ゆっくりと歩き出せば、道具屋は嬉しそうに笑った。