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その13

口の中に何とも言い難い味が広がり、意識が強制的に浮上した。無理やり起こされたため、頭が痛い。


「口の中が不味い…気付け薬か」


周りを見れば、寝泊まりしている教会の部屋だった。ガイツが運んでくれたのか。頭痛を我慢して、気配がある方へ顔を向けると、そこに居たのは道具屋。泣きそうな顔で俺を見下ろしている。

思わず視線を逸らしまった……なにやってんだ、俺は。


「…ガイツから聞いた。心配かけたな。暗黒竜はかたきだったんだ…だから、噂を聞いて敵討ちに向かってこの様だ…心配して依頼したって聞いた。悪かった」


誤魔化すように口にした台詞に返答はない。


「……おい」


道具屋を見上げて声をかけるとびくり、と肩が動いた。


「……」


それでもまだ道具屋は何も言わない。


「何か喋れよ」


そう言うと、道具屋は一層目を潤ませた。


「……っ…」


その表情を見て、言葉が出なくなった。


「泣くな……悪かった」


 道具屋は俺の首筋に顔を押し付けて、はらはらと泣き出した。身体が動かないから涙を拭ってやることもできず、俺は道具屋の頭にそっと唇を落とすしかできなかった。



 やがて落ち着いたのか、道具屋は顔をあげた。温もりが離れて、首もとが少し寒くなる。


「皆に起きたって言ってくる」


視線を合わせないまま道具屋は初めて言葉を発した。――ああ、こいつこんな声だったな。


「ちょっと顔を近づけろ」


そう言うと首を傾げて道具屋は傍へ戻ってきて「なに?」と顔を近づけてきた。やっと動くようになった手で道具屋を引き寄せる。


「きゃっ」


女性特有の悲鳴と共に甘い香りが鼻をくすぐる。押し倒したくてもできない自分に唇を噛んだ。


「悪かった」


近距離が慣れていないからか頬を赤く染める道具屋に逃げられないように、今は俺から手を離す。

今、今だけだ。


道具屋は、ほっとしたように息を吐いて悲しそうに俺を見ると「じゃあ下に行くね」と部屋を出ていった。




暫くしてからイクダールが部屋にやってきた。


「おう」


声をかけても無言でつかつかと俺が横になっているベッドへ歩いてくる。


――ドカッ!!


「……っ!ごほっ!!いってぇっ!!少しは加減しろよ!」


入ってきてまず強烈な一撃をくらった。怪我人に普通ここまでするか?っていう痛さだ。あまりの衝撃に睨み付けるもイクダールはしれっとしている


「あら、してるわよ。痛かっただけでしょ?骨折とかしないぐらいには手加減してあげたじゃない。まったく。無事だったから良かったものの……」


「悪い」


心配させたことに対する一発か。それなら仕方ない、と俺は素直に謝った。いつもこいつは色々と気にかけてくれていたのに。


「道具屋にはきちんと謝った?」


「ああ、勿論」


スッキリしたのかイクダールはベッドの脇に腰かけた。


「可哀想に、あの。貴方の居場所が解らなくて心配して、居場所が解ったかと思ったら生死をさ迷ってるって聞いてびっくりして、そしてここに貴方が来た事情を他の人から聞いて沈んで――寿命を大分縮めたんじゃないかしら」


「心配かけたのは悪かったと思ってる」


「本当に?」


「本当だ」


「でも心配をかけることになった根本―暗黒竜―はまだ生きてるわよね。どうするの?」




それを言われて俺は言葉につまった。正直、勝てる気はしない。また挑めば今度は確実に死ぬだろう。

以前の俺ならそうわかっていても再び討伐に行っていた。でも、死ぬと思った瞬間に思い出したもののことを考えると、また突っ走って討伐に行くことはできない。かと言ってこのままにはしたくない。


「武器屋も迷うようになったのねぇ」


迷って答えることができない俺にイクダールは、感心したかのように頷いた。


「勇者が暗黒竜の噂を聞いて興味をもったみたいよ。前の貴方なら突っぱねたでしょうけど、どうする?仲介してもいいわよ」


「そうだな……」


一人で退治してこそ敵討ちと思っていた。そして犠牲は少ない方がいいとも。


「大丈夫よ。今回の勇者は前の勇者と違って力におごることなく経験を積んでいっているから」


「わかった。じゃあ頼む」


「町へ戻ったら手配するわ。町へは貴方の怪我がもう少しよくなってから戻るから……それまでに道具屋をどうにかしててね」


イクダールはそう言って部屋を出ていった。




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