その12
「んじゃ行くか」
「おう」
翌朝。
ガイツも暗黒竜の討伐に行くということになり、俺達は連れ立って歩き始めた。
最初は断った。なのにガイツは「道具屋の嬢ちゃんから依頼を受けてるからな」と頑なに首を横に振る。すったもんだの末、一緒に行くことになってしまった。しょうがない。危ないと感じたら俺のことは気にせず逃げることだけは約束してもらった。
「心配すんなって。俺だって命は惜しいからな。危ないと思ったらさっさと逃げるさ。今までだってそうやって生き延びてきたんだ」
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グォォォン。
低い咆哮が段々と大きく聴こえてくる。
「もう少しだな……毒矢の準備をそろそろしておくか」
「ああ。じゃあ一旦止まるか」
荷物を静かに降ろし、道具袋の中から鋼鉄製の弓矢を取り出した。『猛毒の弓』といって魔物をほぼ毒状態にさせる弓矢だ。勿論レア物。昔、冒険で行った遺跡で見つけた品物だ。
「どこを狙う?」
「目が一番いいが、無理だろうな。気配で気づかれるだろうから、こいつは当てにしてない」
目に当たったら一生の運を使い果たしたと思っていいぐらいだ。
「だろうな。もう気づかれているようだし……来るぞっ!!」
「グァァァァアア!!!」
上空から巨大な暗黒竜が先程まで俺とガイツが立っていた場所にドスン!!と降り立った。真っ黒な翼に真っ黒な胴体。食事をしたばかりなのか牙には赤い血が付いている。
俺はすぐに弓矢を構え、即座に放った。
ガキンッ!!
予想していた通り、弓矢は刺さらない。しかも、慌てて射ったために目ではなく頭に当たって落ちただけだった。
「ギャアア!!」
弓矢の攻撃が気に入らなかったようで、暗黒竜は大きい手を振りかぶる。
「おわっ!!あぶねーな!」
しゃがんで避けたはいいものの、後ろにあった木が倒れてきて俺は左腕に傷を作った。
「大丈夫か?」
いつの間にか俺の側にやってきたガイツが、ポーションを渡してくれる。
「ああ。今戦い始めたばかりだぞ。これからだ!!」
弓矢を捨て、俺は剣を鞘から抜き、暗黒竜に突進した。剣で刺そうとしたものの、やはり竜の身体は鱗で覆われていて硬い。あっさりと弾かれてしまった。
「鱗と鱗の隙間を狙え!」
ガイツがそう言って手本を見せるかのように攻撃を仕掛けたが、暗黒竜はガイツの剣を警戒するかの様に、炎を吐き出した。
どうやらオリハルコンの剣だと解るようだ。何でも斬れるオリハルコンの剣は勿論竜の鱗だって切る。それを警戒したのだろう。
「くそっ。攻撃させない気か!俺はお前のサポートに専念するからお前はどんどん攻撃しろ!」
ガイツはそう言うと、体力や攻撃力を一時的にあげる支援魔法を使っていく。
そして俺は僅かな鱗の隙間を狙い攻撃していく。
「長期戦になりそうだな!!」
「グァァアア!!!」
それからどれくらい時間が経ったのか。俺もガイツも息が切れ始めてから大分経った。
「グァァアアッ!!」
変わらずの状態で立っているのは暗黒竜だけだ。俺達は肩で息をして、最初の勢いはもうない。今は半分以上防御をしている。
「どうやら暗黒竜にとって俺達との戦いは食後の運動のようだな……」
ガイツがポーションを使いながら一旦後方へ下がる。
「ぐっ!!」
暗黒竜の振りかぶりを完全には避けきれず、俺は木に叩きつけられた。
「大丈夫かっ!?」
ガイツが竜の炎を避けながら、叫ぶ。
「っ!ああ!!大丈夫だ!」
大丈夫ではない。今ので身体中を打撲してしまった。ポーションを取り出そうとしたが、道具袋を漁っても出てこない。
「くそっ!ガイツ、ポーションあるか!?」
少し離れた所で攻撃の機会を窺っているガイツは首を縦に振ってポーションを投げて寄越した。暗黒竜から目を離さないで慌ててポーションを受け取ったが、暗黒竜は余裕綽々で欠伸をしている。
ガイツはその様子を見て、防御体勢に切り替えると急いで俺の方へ走ってきた。傷があちこちに出来ていて血が出ており、ガイツも相当きつそうだ。
「ポーションが残り少ない。一旦体勢を整えるために退くぞ」
「何を言ってる」
「暗黒竜も集中を欠いている。今なら逃げることができる。一旦戻って回復アイテムを補充した方がいい」
それは正論だ。暗黒竜は俺達相手が飽きたのか欠伸をした後はじっとこちらを見ているだけだ。今なら暗黒竜から逃げることはできるだろうが……「わ…け…」
「なんだ?」
「くっそ!!!」
この時の俺はどうかしてたんだと思う。色々な感情が混ざりあって、頭にきた。死んだあいつのこととか、その恋人が去り際に言った言葉や表情。その全てが混ざりあって――。
あいつの形見の剣を手にして暗黒竜に突撃した。相手の防御無視の一撃を加えようとしたが。
「グァァァアア!!!」
剣は届くことなく、俺は暗黒竜の太い尻尾にぶん殴られた。
倒れ込む俺に更に竜が爪を振りかざす。
避けようと身体を後退させたが、先程の打撲が身体を鈍らせ、僅かしか身体は動かない。
「武器屋っ!!」
焦ったガイツの声。それと同時に暗黒竜のかざした爪が振りおろされ、右腕と腹に熱を感じながら俺の意識は遠のいた。
最後頭をよぎったのは――寝ている道具屋に口付けをした――その時の光景だった。




