その11
教会の一部屋を借りることができてからは朝から夜まで討伐の日々だった。
「……くそっ!」
村の周辺で魔物を切り捨てると俺は山を見上げた。暗黒竜がいるという上の方は見えないが、時折咆哮が聴こえてくる。
奴は移動しないとも限らない。早く討伐に行かないといけないのに、レベルがなかなか上がらない。
もう少し武器屋を休んででもレベル上げをしとくべきだった。
悔やんでもどうしようもないことに苛立ちを感じながら、俺は魔物を倒し続ける。
●●●●
暗黒竜の咆哮の頻度が日に日に増え、声も大きくなってきた。
(そろそろ限界か)
薄暗いなか、竜の鳴き声で目をさました俺は明日討伐に行くことを決めた。もうこれ以上は引き延ばせない。
最後の日はレベル上げを休み、ベッドに横になったまま午前中を過ごした。人生の整理、とでも言うのだろうか。今までのことをゆっくりじっくり振り返っていく。
小さい頃、剣を持ち始めた記憶。
初めて魔物を殺した記憶。
初めて誕生日を祝ってもらった記憶。
初めて人を殺した記憶。
初めて恋人ができた記憶。
様々なものが甦る。
一番充実していたのはいつだろう。
一番穏やかに過ごせたのはいつだろう。
つらつらとそんなことを思い返していき、思い出がある人物の登場まで辿り着くと俺はベッドから起きあがった。
「外でも歩いてくるか……」
ここから先の思い出は俺に迷いを生じさせる。一瞬だけ、あいつの顔を思い浮かべて心に蓋をした。
外は相変わらず暗い。不安定な道を歩いていくと村の入口に人影が見えた。村人、ではない。腰に下げている剣は明らかにレア物。
鞘に入っていない剣をぶら下げた男は足音を立てず気配を最小限に、こちらへと歩いてくる。
「よお。お前、武器屋か?」
一流の冒険者が持つ独特の雰囲気を醸し出し、男は目の前に立った。歳は十五ばかり上だろうか。
「ああ。確かに武器屋をしてるが…」
「俺はガイツ。道具屋の嬢ちゃんに頼まれてお前を捜しに来た」
道具屋、と言われて思わず目を見開いてしまった。
あいつ、そこまで……。
「可哀想に。嬢ちゃん大分心配してたぞ」
先程した蓋が少しずれていく。でも、戻ることはできない。
もう決めたことだ。
「……悪い。もうすぐ帰るから心配するなって伝えてくれ」
「一人で暗黒竜に立ち向かって無事に帰ることができるつもりか?」
呆れた顔でガイツは「無理だ」ときっぱり言う。
まあ、無理な話だな。
そう言うと、男は溜め息をついた。
「嬢ちゃんも馬鹿な男に惚れたもんだな」
ガイツははそう言うと目尻に皺を寄せてにやりと笑った。
「で、お前はどうなんだ?」
肘でちょんちょんとついてくる男は楽しそうだ。
何だ、こいつは。
「帰ることができたら道具屋には伝える」
「ふうん。死んだら嬢ちゃんはお前の気持ちを知らないまま。傷は浅いと考えたか」
「……まあな」
「それならお前は嬢ちゃんともっと距離をとっておくべきだった。もう、お前が死んだら傷は深いぞ」
ガイツはそう言うと楽しげにしていた空気を一変させ、俺を睨んでくる。
「お前は中途半端だな。暗黒竜を倒そうとするならば、武器屋を経営するべきじゃなかった。レベルをもっと上げるべきだった。周りと…嬢ちゃんと関わるべきじゃなかった」
正論を突きつけられ、思わず眉間に皺を寄せてしまった。
そうだ、本当に暗黒竜討伐を目指すならば、脇目を振るんじゃなかった。なのに道草を食ったのは俺の弱さ。俺の迷い。
「ああ。解っている。俺は臆病者で、復讐としながら、その標的である暗黒竜を今まで避けていた」
全力で探せば、暗黒竜をもっと前に見つけていただろう。
いくら格好いいことを言っていたって、自ら動いたりはしなかった。ただ、きっかけが入ってくるのを待っていただけだ。
騎士隊長が暗黒竜の居場所を「依然として不明だ」と言えば俺は悔しがっただろうが、それだけだ。「あいつが再び現れるまでレベル上げをして備えるか」とでも言っていただろう。
「しっかり解ってるじゃねえか。そんな奴は嫌いじゃない」
ガイツはそう言ってまた笑った。
その表情にこの冒険者との付き合いは長くなりそうだと感じた。
その予感は当たることになるのが、今の俺は知るよしもない。




