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その10

 それから三日後、地下バニーと騎士隊長が揃って武器屋に現れた。地下バニーの腕が騎士隊長の腕に絡みついているから、上手くいったのだろう。

案の定、そのことだった。


「幸せになれよ」


あの日、地下ギルドで一人祈った内容と同じ言葉を二人に送った。それを聞いた二人は嬉しそうに頷く。ただ、やっぱり暗黒竜の偵察部隊には入るそうだ。


「それでお前に頼みがあって。武器と防具、用意できるもので最強のものが欲しい」


帰る場所があるから死ねない、と俺に言いながら地下バニーに視線を向けている。恋愛小説にでもでてきそうな場面に正直砂糖を吐きそうだったが、まあ幸せそうでよかった。


「じゃあこれだな。ドラゴンアーマーにドラゴンヘルム、ドラゴンシールドに……」


「ドラゴンって名前が入っているものばかりだな」


「ドラゴンを戦うのを想定して作られたものだからな」


どさり、と並べてカウンターに乗せると流石に迫力ある。全部この店で一番高いものだ。全部合わせると10万ゴールドにはなる。でもこれは売ることができない。


「もっといいものを売ってる場所があるからな。ここでは買わずにそこへ行け」


カウンターに並べた商品を端に押しやり、代わりに地図を置いた。


「ここから南西に孤島がある。そこに武器屋が一軒建ってるからそこで、この言葉を言え。そうすればバカ高いが最強の装備を揃えることができる」


「いや、地図はいらない。装備はお前の所で買いたいんだ」


「偵察から戻って来たらいっぱい買ってもらうからな、これは先行投資だ。将来の上客には生きててもらわないと困るんだよ」


そう言って地図を無理矢理渡すと二人を店の外へと押し出した。入口の所で振り返った騎士隊長は苦笑いをする。


「武器屋って損な性格してるな」


「うるせえ、黙れ」


「……暗黒竜のこと、解ったら真っ先に知らせる。これが礼だ」


「ああ、頼んだ」


そうして騎士隊長は偵察へと旅立った。



 それから秋が深まり、冬はじめ。


「よう」


「!!生きてたか!」


 朝、開店と同時に騎士隊長が店を尋ねてきた。偵察の日々は過酷を極めたらしい。纏う空気が暗いものを孕み、騎士隊長はより精悍になっていた。右目には皮の眼帯をしている。


「魔物にやられてな。命は助かったから安いもんだ」


カウンターの中へと通し、椅子をすすめると騎士隊長は剣に触れたまま浅く座った。――いつでも戦えるように、いつでも駆け出せるように。

以前はこんな風じゃなかった。


……こいつは変わったんだな。


そう思わざるを得なかった。


「暗黒竜を見つけた……ディーパという村は知ってるな?」


「ああ、太陽が出ない村だろ」

「その村の近くに山がある。山頂は雲に覆われて見ることができない……そこだ」


「ディーパか」


特別区域に指定されている村。


「魔物のレベルは?」


「高い。俺でこの有り様だ。暫くはディーパに滞在して、魔物討伐でレベル上げをした方がいい」


「そうするか」


冒険者のレベルは上がれば上がるほど、次のレベルに達するようにするのが難しくなる。武器屋を中心に生活している俺は、これでもマメに身体を動かしているもののここ半年ぐらいレベルが上がっていない。

これで暗黒竜を倒せるのかって思うが、直前にレベル上げに集中し、体力や攻撃力、防御力を上げるレアな実をこれでもかっていうぐらい食べる予定だ。


「ただ、問題が2つある。ディーパには道具屋も武器屋もない上に、もう少しすれば村への出入りが禁止になる」


「わかった。わざわざすまないな」


「本当に行くのか?」


「当たり前だ……この為に生きてきたんだ。お前、地下バニーには会ったか?」


「会った。泣かれたよ、『無事で良かった』って……泣いたところ初めて見た」


そう言った時だけ、以前の表情が現れた。肩の力を抜いた不器用な騎士隊長の表情が。


「そうか、あまり離れるなよ。泣き顔しか思い出せなくなるぞ」


「……ああ」


何か言いたそうに騎士隊長は口を開いたが、言葉を紡ぐことなくまた口を閉じた。

それでも視線は言いたいことを暗に伝えるかの様にちらりと道具屋がある方向を見る。


「そうだな。お前が無事に帰ってきたことだし、俺も無事に帰ってきたら考える」


「前に言ったな。お前には平和が似合うと」


「ああ」


「俺は今でもそう思う」


「そうか……」


「次会うときは片がついている時だ。……無事に帰ってこいよ」


騎士隊長は静かに椅子から立ち上がり入口へと向かう。


「ああ。また、な」


 できもしない約束に返事をすると奴は俺をちらりと見て寂しそうに笑った。



 それからすぐに『臨時休業』の札を入口の扉に下げた。

そのまま二階へと行き、私物の中で一番防御力が高い装備品と攻撃力の高い剣を身につけた。そして大事に仕舞っていた細長い箱を取り出した。

全く埃を被っていない箱を開けるとそこには1本の剣が入っている。手入れをしていたからまだ使えるものの、決して攻撃力は高くないその剣は、前回の討伐の際にあいつが使っていた形見の剣だ。


「待たせたな」


そう言うと剣が返事をするかのように光った気がした。ずっと役目を果たせなかった剣。俺の最期の一撃はこの剣で、と決めている。


「さあ、行くか」



 先ずは武器屋を不在にする申請をしないといけない。ここのギルドでそれは簡単に申請できるが、今回は長期に休むからイクダールが何か言ってくるだろう。王都の本部に直接申請に行った方が良さそうだ。ついでに道具もそこで揃えよう。確かポーション類は1種類につき99個まで持てた筈だ。


 考えながら店を出ると、カラン、と隣からも音がした。見れば店の入口で道具屋と女性が笑いながら何かを話している。ふと、女性がこちらに気づいて道具屋に何かを言えば、道具屋もこっちを見た。


軽く手を挙げて挨拶すると、道具屋は小さく手を振り返してきた。頬を少し赤らめて手を振る様はとても解りやすい好意の表れ。気付いてはいた。何時からか話すときの仕草や態度に表れはじめた『特別』を。

話すときに少しだけ上目遣いになる。去ろうとするとちょっと悲しそうにする。

近付くと頬を赤く染めて恥ずかしそうにする。

 言い出せばいくつも出てくるその行動。道具屋本人が気付いているかは定かではないが明らかなものだ。


そしてその仕草を思い返して、後ろ髪を引かれる自分に笑いが込み上げてきた。


(何のために今まで待ってたんだ)


深呼吸をして気持ちを入れ替えた。暗黒竜のことだけを今は考えてればいい。


 町の入口まで行くとペガサスの羽を使い、最初に王都へと飛んだ。すぐ申請や道具を揃えて、1時間もしないうちに目的地、ディーパへと転移した。

 太陽を見ることができない暗い村。寂れていて人の気配もあまりない。小さい村を見渡せば、小さい教会が見えた。あそこで寝泊まりをさせてもらうか。




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