その9
少し時間を置いてから、俺は飲み屋へと戻った。こっそり先程まで騎士隊長と飲んでいた奥を見れば、今は違う奴らが座って寛いでいる。多分二人は場所を変えたのだろう。
(明日あたり地下バニーに話を聞きに行くか)
そう決めて、今は取り合えず飲みなおすことにした。一人で飲む気分でもなかったので知り合いがいないか周りを見渡せば、手招きする奴らが幾人かいた。
もう慰労会が始まって時間も経っていたから、酒も充分にまわり、賑やかさが出てきている。
その陽気な一団に混ざろうとした時、
カラン
小さな音がして誰かが店に入って来たのが解った。
反射的にそちらを向けば、明らかに場にそぐわないちょっと大人しそうな一人の女性が入口の扉を開けていた。
道具屋だ。
今日は討伐の打ち上げだから店は貸し切りで、逞しい野郎冒険者か場馴れした女性冒険者、ギルド関係者しかいない。当然こんな粗野な空気の中、道具屋はあからさまに浮いていた。
必然的に目立っている道具屋に酒が入っている冒険者達は遠慮などしない。興味津々な視線を隠そうともせず彼女に向けた。
好奇の目で見られているのに気づいたのか、道具屋は入口から動かないまま落ち着きなく視線をさ迷わせる。
俺は思わず舌打ちをして招いてくれていた奴らに手で謝ると道具屋の所に向かった。
「どうした?」
周りから庇うように少し隠せば、道具屋が小さく安堵の息を吐いた。
「イクダールさんが打ち上げに誘ってくれたから来たんだけど……いないみたい」
困った様に笑う道具屋が隙間から見えたのか、どこからかヒューっと口笛の音が聴こえた。「あっ、馬鹿っ」と焦って止める声も聞こえたが、もう遅い。ビクッと道具屋が固まる。
「気にすんな。挨拶代わりみたいなもんだ」
そうは言っても粗野な雰囲気に慣れていない道具屋を尻込みさせるには充分だったらしい。
俺からも逃げるように一歩後ずさる。……口笛吹いた奴、覚えてろ。
「イクダールならギルドにいるぞ」
「あ…解った。じゃあ、ね」
併設しているから中を突っ切って行けばいいのに、やはりこの雰囲気の中を通る勇気はないようだ。
「待て、俺も行く」
「ギルドに用事?なら中をとお「いいから。ほら、行くぞ」」
押し出す様に外に出して、俺は入口の扉を閉めた。閉める際、口笛男の顔をちゃんと確認した。よし。
夜は夏に比べると冷え込む様になってきた。道具屋も肩掛けを羽織っている。
「寒いか?」
聞けば首を横に振った。「武器屋の方が寒そう」と言ったその声は、普段通りの声だ。
と言うことは、さっき一歩後ずさったのは無意識に、か。
まだまだ俺とこいつの間には距離がある。
その事実にどうしようもない苛立ちを感じる反面、安心もした。
いいんだ、これで。
「?どうしたの、武器屋?」
足を止めた俺に道具屋が近づき見上げて来る。そして、何かに気づいた様で、そっと俺の頬を指先でなぞった。
!!
柔らかい指先に一瞬おののいてしまった。道具屋の顔を真っ直ぐ見ることができなくて視線を逸らせば、
「ここ、怪我してる」
心配そうに呟かれる言葉。
「……こんなもんすぐ治る」
手をそっと取って顔から外し、下ろしたところで離せば、逆にそっと手を握られた。
こいつ、今日はまだ飲んでないよな……?
「討伐で怪我、したんでしょ?」「ああ」
「お願いだから……無茶はしないで」
どくり、と心臓が重たく鳴った。こいつは。この女は……。
「大丈夫だ。俺は怪我なんて滅多にしない」
「うん、でも何があるか解らないから、気をつけてね」
「……解った」
そう言うと、道具屋は手を離して前を向いた。
「うん。じゃあ寒いし、早くイクダールさんの所に行こう」
照れているのだろうか、少し声が高い。さっき寒くないって話をしたばかりなのに、分かりやすい話の転換に思わず笑みが溢れてしまった。
――早く暗黒竜を見つけないと。
俺がこの平和にどっぷり浸ってしまう前に。




