その8
「そっちもいなかったか」
「あれ?そっちも?じゃあ全部外れかぁ」
結局、俺達の担当区域に賞金首の奴はいなかった。ルッセルの洞窟に山賊が数人と騎士隊長の所にそのボスがいただけだ。ボスっていっても弱かった、と騎士隊長はちょっと残念そうに言っていた。ただ、部下にとっては弱くなかったらしい。疲れが限界にきたようで今は宿屋で爆睡中だそうだ。
今は夜。ギルドに併設している飲み屋で慰労会が開かれている。
死傷者が出たため打ち上げのような賑やかさはない。皆、各々食事して酒を呑んでいる。
俺と騎士隊長は奥の方で適当に貰った酒の肴をつまみながら話をしていた。
「頼みがあるんだが」
酒が程よくまわったところで、俺は話を切り出した。
「ん?なんだよー」
「暗黒竜なんだが、情報が出たら教えてほしい」
「……」
ピタリ、と騎士隊長はお酒を飲む手を止めた。じっと俺を見つめる。何故、とその表情が言っていたので俺は素直に答えた。
「俺はな、昔討伐部隊に参加したんだよ」
「……そうか、なら解ってるだろ?止めろ」
騎士隊長はぐいっと一気に酒を煽った。
「暗黒竜なんて相手にするもんじゃない。お前には今の生活があるだろ?」
「……」
「武器を売って、時々地下ギルドの仕事して、道具屋の女の子と仲良くして……お前はそういう生活が合ってるよ」
「……」
「……今度は討伐部隊の志願募集はしないそうだ。あの惨劇を繰り返さないためにな」
「騎士だけか?無茶にも程があるぞ!?」
「……死にに行くようなもんだよ」
騎士隊長は本音をぽつりと洩らし、「お酒を貰ってくる」と席を立った。
こっちの話も聞かず、この話は終わりだといわんばかりに背中で続きを拒絶する。その後ろ姿はどこか死んだあいつに似ている。
飄々としている風を装い、でもその演技は下手で、誰から見ても純情だった男。
俺は騎士隊長を気に入っているから、死んでほしくない。あいつと似ているから余計にだ。
暗黒竜が動き出したのは確かなようで、それは騎士達では叶う相手ではない。
それならば有志を募ればいい。
勇者にだって依頼すればいい。
しかし、前回は勇者も死んだ惨劇だった。それを顧みてだろう、今回の騎士のみの討伐は。
いや、討伐ではない。暗黒竜は暴れれば暫くは大人しくなるから、暴れさせるつもりだ。でも国が何もしないわけにはいかない。
そこで騎士が出てくる。世間体のいい捨て駒。
「くそっ……」
俺は「すぐ戻る」と書き置きをして席を立ち、ギルドへと向かった。
「あら、武器屋。何か用?」
受付にはイクダールが立っていた。
「おう、地下バニー知らないか?」
「ちょっと待って。ね、呼んできてくれる?」
イクダールは近くにいたギルドのメンバーに頼むと俺に向き直った。
「騎士隊長がどうかしたの?」
「なんでわかるんだ」
「地下バニーを呼ぶからに決まってるじゃない。貴方には道具屋。騎士隊長には地下バニー」
語呂がいいわ、とイクダールは笑う。
やっぱり騎士隊長は地下バニーに恋慕しているのか。じゃあいいか。
「じれったいのよねぇ、あんた達もあの子達も」
「俺はいい。それどころじゃない」
「良くないわよ。それどころじゃないって?敵討ち?他のこと?どっちでもいいけれど、ちゃんとあの子のことも考えなさい」
「待て。何で知っている」
「当たり前じゃない」
「ねぇ、呼んだ?」
何が当たり前だと聞き返そうとすると、ちょうど地下バニーが連れられてやってきた。今日はもうバニーの仕事はしないらしく、朝と同じ服装をしている。
「ああ……ここじゃなんだからちょっと人気のないとこで話できないか?」
「その台詞だけ聞くと怪しいわよ」
「止めろ。そんな気はお互いにない。バニー、騎士隊長のことで話があるだけだ」
「いいわよ、地下ギルドに行きましょう。今はマスター以外誰もいないし」
即答した地下バニーと俺はイクダールに別れを告げ、地下ギルドに潜った。
「で、どうしたの?」
座るや否やバニーはじっと俺を見る。整った顔立ちに真っ赤な口紅を塗り、そっと囁く様な声はとても魅力的だ。流石に男を夢中にさせるだけはある。これで騎士隊長も落ちてくれればいいが、と俺は口を開いた。
「暗黒竜が動き出したらしい。今は所在地が解らないようだが、今後、騎士隊長達が偵察・討伐任務に就く」
「暗黒竜……」
「しかも今回は有志を募らず騎士だけで行動するそうだ……意味はわかるな?」
こくりと地下バニーは頷いた。
「あいつも覚悟しているみたいだが、死なせたくない。だろ?」
「勿論よ」
「なら、あいつをこの世に引き留める役割はお前が一番相応しい」
地下バニーが視線をテーブルに落とした。俺の言葉を頭の中で反芻しているようだ。普段魅惑的に笑っている唇がきゅっと締まっている。
「あいつは死ぬ覚悟をしていると同時に生きて帰ってくることを諦めている」
死んだあいつは討伐の時、婚約者のことをよく話していた。「彼女が待ってるから帰らないと」「大怪我すれば泣くからあんま無茶できないな」と。全て無事に帰るという前向きなものだった。
あいつと騎士隊長は似ているから、その役割を演じる者は同じ想いを受ける者がいい。
「お前ならできる、そう思っている。俺の話はこれだけだ」
暫く沈黙が落ちた。どうするかは地下バニー次第だが、彼女は動くだろう。その証拠に口元が段々笑みを浮かべてきた。
「……武器屋には大きな借りができたわね。彼はどこで貴方を待ってるの?」
やがて、決心した彼女は顔をあげた。その表情はとても美しい。
「隣だ。行ってやれ」
「ありがとう」
地下バニーは走って地下ギルドを出ていった。
二人は多分大丈夫だろう。昔――あいつと俺が討伐に出た時――に流れていた悲愴な空気が今回はない。あてになるか解らないが、二人は幸せな結末を迎えることができる気がする。
「幸せに、なれよ」
それが実現するように、誰もいなくなった地下ギルドで俺は一人呟いた。




