その4
道具屋とそこそこ話すようになったある日の朝。店の扉の立て付けが悪くなったので直そうと道具を探していたら扉が開かれる音がした。
「いらっしゃい」
何かをしようとすると客が来るのは毎度のことだ。道具探しを諦めて顔をあげると隣人が立っていた。
「帰れ」
今日入荷したばかりの武器がまだ剥き身で置いてある。だいたいここに来るのは冒険者だから、武器をそのまま置いてようが大丈夫だが、道具屋はどう見ても動きは鈍そうだ。怪我したら危ないので追い返そうとしたら道具屋はちょっと困った顔をした。
……仕方ない。
可哀想だったので、武器が万が一倒れた時に庇える距離に近づけば道具屋は、怖がって後ずさった。会話もたまにするようになったのに……どこまで俺が苦手なんだ、この女は。
結局、一歩近づけば一歩下がっていく。それを三回繰り返した。
よし、ここなら武器が倒れても当たらないだろう。
「また何かの作成にでも使うのか?」
道具屋はたまに調合でナイフを使う時があるらしい。武器屋に売っているナイフはモンスターや人を傷つける用なので、料理用より遥かに切れ味がいい。何か固いもんでも切るんだろう。
調合以外にこいつは使わないだろうと思っていたら「…最近、手荒な人達が増えてきたから護身用にと思って」と予想外な答えが返ってきた。
護身用?
……いや、こいつに武器の扱いは無理だ。
「必要ない。俺を呼べ」
かえって怪我するのがオチだ。
断ったけれど「いざそんな状況になってから呼んだって間に合わないでしょう?」となかなか食い下がらない。
ぜったい駄目だと強めに言ったら諦めて帰って行った。
……護身用か。
確かに冒険者は荒っぽい奴も多いから道具屋は大変だろう。あいつらからすれば道具屋みたいなタイプには文句も言いやすいだろうし。
俺?言われるわけねえだろ。
それから数日後、隣人は「お守りの手縫い教室をするから少し騒がしくするかも」とわざわざ言いにやって来た。
護身用の武器のことを聞けば、対人間用に改良された火炎瓶類がちょうど手に入ったと言う。対魔物の火炎瓶よりも威力を落としたものだ。武器よりもそっちの方がまだマシに扱えるだろう。
「気をつけて扱えよ。あと、何かあったら叫べ。そうすれば見に来るから」
そう言うと「ありがとう」と少し安心したように肩から力を抜いていた。だがまだ表情は少し固い。
先日も思ったが、この反応…何かあったな。
後でイクダールに聞きにでも行くか。
●●●●
「荒っぽいお客さんが来たみたいよ」
イクダールに聞けばすんなりと答えが返ってきた。
「面倒くさいからってあの子、ギルドに報告しないのよ」
「じゃあ何で知っている」と聞けば、笑顔が返ってきただけ。喋る気はないらしい。
「ところで話は変わるけれど、今、地下ギルドに行ける?」
「……わかった」
地下ギルドに呼び出されるなんて滅多にない。呼び出される時は重要な用件がある時だけだ。
地下ギルドに潜れば、いつもより多くの人がいた――と言っても十人に満たないが。
「この間はお疲れ」
「おう。お前も呼ばれたのか」
先日一緒に仕事した騎士隊長もいた。隣に座ると、地下バニーがお酒を持って来てくれる。
地下ギルドは酒やつまみが全部サービスだ。
「いらっしゃい。最近調子はどう?」
「まあな。ぼちぼちだ」
「道具屋の子をよく構ってるって聞くわよ。遊びも程々にね」
ウインクすると地下バニーは俺の隣にいる騎士隊長の頭を撫でていった。どうやら気に入っているらしい。
「……嫁には向かんぞ」
騎士隊長に一応忠告しておく。
「さて、来てもらって悪いな」
ギルドマスターが皆にお酒が渡った所で話しを始めた。
「集まってもらったのは……この町に暗殺者が訪れていることを知らせておこうかと思ってな」
暢気な空気が一瞬にして変わった。
暗殺者――レベルがとても高く、更に条件を満たした者がなる冒険者の一種。
武器は全て使いこなせ、攻撃力に加えて物理・魔法防御も高く、勇者と渡り合える力を持つ者もいるという噂だ。
暗殺者というのはなりたいからなることができる訳ではない。
色々な条件を満たしてしまえば冒険者の身分証が自動的に暗殺者になるのだ。
その条件というものを満たす者は真っ当に生きている訳もなく……
暗殺者=最重要警戒人物
となる。
そして暗殺者は数が少ないため、手配書の様に似顔絵がギルドの各所に配られており、ギルドは秘密裏にそれを保管している。町に来たら警戒するように、そして最高難度の仕事が依頼できるように。
受けてくれるかどうかは別だが、暗殺者の腕は格別にいいのだ。
「……先日接触したが、『特に何もする気はない。逆にこの町は気に入ったから仕事があれば受ける』と言われた」
それを聞いて一同は安堵の息を吐いた。
気に入らなければ町の人間を殺す暗殺者だっているのだ。
そうしてステータスが『狂人』や『闇に堕ちた者』などに変わった(元)暗殺者だっていた。
「ただ何があるか分からないからな。特徴だけ伝えとこうと思って」
「どんな奴なんだ?」
「……女だ。かなり美しい、な」
「女!?」
俄には信じがたい性別だ。
暗殺者になる条件には
・魔物を一撃で倒した回数
・魔物からの攻撃を一回も受けずにダンジョンを攻略した回数
・魔物の総討伐数
が一定数以上、というものも含まれていた。
この回数は冒険者の免許証で自動的にカウントされるから、ズルはできない。
「こえーな、その女」
騎士隊長がぶるっと震えた。
しかし、ギルドマスターが言うくらいの美人なら見てみたい気もする。まだ武器屋には来てねえな。
踊り子として普段は過ごしているらしいという情報を教えられた。
ギルドマスターの話しはそれで終わる。情報少なくねえか?
踊り子なんて何人もいるから分からないと誰かが言えば、「焦げ茶色の髪をしている」とだけ言われた。あとはかなりの美女。これだけで、見れば分かるらしい。
「男なら見たんだがなー、かっこいい奴。無表情でさ、髪が水色で瞳が青なんだぜ」
「俺は美女見たけどさ、金髪で儚げな少女だった。最初人形かと思ったぐらいの美女だが、あれは違うな」
「そういや人形で思い出したんだけどさー…」
暫く他愛もない話をして、地下ギルドを出たのは日が少し傾き出した頃だった。
(何もしねーって言ってたならいいが……武器は攻撃力が高いやつを持っておくようにしとくか)
武器屋に帰るために歩いていると道具屋から三人の女が出てきたのが見えた。
こちらへ歩いてくる一人は美少女――地下ギルドで話に出てきたのはこの少女か。
すれ違った際に顔をよく見ることができたが、成程たしかに人形の様に整った顔立ちをしている。
もう一人は道具屋と短い話をしていたが、すぐ離れこちらへやって来た。
髪が焦げ茶色の……。
焦げ茶?
――こいつか。
染み付いた様な血の臭いに顔をしかめれば女は艶やかな笑みを浮かべた。
その笑みにゾッとする。
暗殺者に会ったのはこれが初めてではない。しかし、あの女は今までの誰よりも強いだろう。
怖かった。
女を心底怖いと思ったのはこれが初めてだ。
「あいつお前の知り合いか?」
冷静を装い道具屋に問いかければ隣人は誇らしげに笑った。
「知り合いっていうか、お客さん。羨ましいでしょ」
……この女は。
ムカついて、頭をグシャグシャとかきまぜてやった。
「なにするの!またグシャグシャにして」
「何もされなかったか?」
「?なにを?」
まあ人畜無害なこいつに何かする必要もないだろう。しかし、危ないから伝えておくか。どうするか……。
結局、彼女が暗殺者ということを伝えたら「間違いなんじゃない?」とあの女の素晴らしさを語りだした。
……こいつは本当に危なっかしい。
少しは危機感を持たないといけないだろ。
辛抱強く説明してやれば、それでも半信半疑だった。
分からないのも無理はない。
レベルが高くなればなるほど、そういう気配を自分でコントロールできる様になる。コントロール出来ないのは染み着いた血の臭い。それは同業者にはわかるものだが、一般人に近い道具屋にはわからないものだ。
まあ多少警戒心を持つようになるきっかけになればいいと思った。
次の日用事で道具屋を訪ねたら、「本当に暗殺者だったんだね……」とぽつりと寂しそうに言っていた。
「泣くな」
「…泣いてないよ?」
ハの字に下がった眉を見て、こいつは何も知らないまま――無防備なままでいいんじゃないかと思った。
こんな表情はさせたくない。
カチリと心に火が灯った。
捕捉
・冒険者の身分証について
免許証と同じぐらいのサイズ。ゲームのステータス画面と同じと思ってくださればいいかと思います。レベルアップしたら自動的に書き変わる。魔物討伐数などカウント機能もあり。
・暗殺者、狂人、闇に堕ちた者の違い
『暗殺者』…対人間、魔物に於いて一定数以上討伐すること。一撃討伐や反撃をくらった回数が総討伐数に対して20%以下であることも条件に含まれる。
『狂人』…対人間、魔物に於いて一定数以上討伐すること。冒険者以外の一般市民などを一定数以上殺害するとこの称号になる。
『闇に堕ちた者』…対人間、魔物に於いて一定数以上討伐すること。特に聖職者の殺害数が多いとこの称号になる。ヒールなどの聖魔法が効きにくい、もしくは効かなくなる。光魔法に弱い。




