その2
次の日、開店した道具屋は客が多くて大変そうだった。
この町は広くないから、新しいものには皆集まるのだ。それはいい意味でも、悪い意味でも。
「ったく、初日からかよ」
真夜中、隣の明かりはとっくに消え、町全体も静かになった頃。
気配が5つ。
そっと2階の窓から覗けば、息を殺すようにひっそりと移動している影。一人が手で合図を送って今まさに隣へ入ろうとしている。
(仕方ないな)
近くに置いていたカップを手に取り、窓から飛び降りた。
魔術師が二人。先にそいつらからやる。手応えがまるでないから『新人』なのだろう。手刀で気絶させて、次の盗賊二人組に向かう。こいつらもあっけなく気絶した。
弱すぎる。
ここまで弱いと逆に苛立ってくる。
「手間かけさせるな」
最後のリーダーに怒った様に言えば、そいつは俺が持っていた武器を見て笑った。
その数秒後、笑ったことを後悔しても遅い。
カップだって武器になる。
盗賊のリーダーは、それを身をもって学んだ。
「こいつら頼んだぞ」
ギルドに5人を引き渡して、幾らかの金を貰った。ここは田舎なので騎士や自警団もいない。ギルドが全てその役割を果たしている。
「二度と侵入させないわ」
静かに怒ったイクダール。確かにこんな弱い盗賊の侵入を許したとあらば狙われやすくなるだろう。実際暫くは侵入未遂が増えた。
未遂というのはギルドが24時間体制で町を警備し、盗賊は全て返り討ちにしたからだ。
結構な数の盗賊が捕まったらしい。
お陰で自警団も結成され、安全な町としてそこそこ有名になったようだ。
それから暫く経ったある日。
「……なんだ?」
強烈な血の臭いがした。
それは武器屋の中にいても臭う強烈な臭い。
(くそっ…気持ち悪い…)
喉まで込み上げる吐き気を抑えて、慌てて外へ向かった。この臭いは戦場でしか嗅ぐことのない独特の臭いだ。胸糞悪い。
一旦、武器屋に戻って、売っているなかで一番威力が高い武器を手にとった。幸い客は常連だけで、皆落ち着いていた。
「俺達は臭いの元を探すから、お前は近所の安否を確認してきな」
付き合いの長い冒険者がそう言ってくれたから、俺は真っ先に隣に行くことにした。この臭いだ、気絶しているかもしれない。
そう思って急いで道具屋の扉を開けたら強烈な臭いが押し寄せてきた。
(臭いの元はここか!!)
あの大人しそうな道具屋は大丈夫か!?無事を確認しに急いでカウンターの中へと入った。
いない。
更に奥、作業場に入ると倒れている女性が一人。
「!!おい!」
頭が真っ白になり、心臓が一際大きく跳ねた。
うつ伏せに倒れている道具屋を慌てて抱き起こすと顔に布製のマスクをしていた。マスクを外して呼吸を確認……あるな。
一先ずほっとした。
焦らせやがって。
少し落ち着いた頭で周りを見れば大きな鍋でグツグツ何やら煮込んでいる。俺も気絶しそうな臭いだ。そりゃ、道具屋は気絶する。こいつは血の臭いとは無縁そうだしな。
火を止めて、換気をする。
それから、常連に臭いの元が見つかったことを伝え、ギルドへの言伝てを頼んだ。絶対ギルドも動いていた筈だ。
道具屋はベッドに寝せて、医者を呼んだ。
道具屋が目を覚ましたところで事情を聞いた。
「は?」
臭いの正体を聞いてびっくりした。
気付け薬を作っていたとのことだ。婆さんの時は臭いがしなかったんだが。そう聞けば、「面倒だから一気に作ろうと思って……」と恥ずかしそうに返事が返ってきた。そこで恥ずかしがるな。
「お前はな……」
面倒くさいで結構な事を巻き起こしたこいつは馬鹿だろう。
後日、色々と謝りに行っていたようだ。俺の所には大量のオレンジを持って謝りにやってきた。
「おい」
帰ろうとする道具屋を呼び止めれば、機械音でもしそうなぎこちなさで道具屋は振り返った。
「えっと、なに?」
「ほら、これやる」
「?」
「気付け薬を作る時に使え」
鍛冶屋に場所を借りて、特製のマスクを作っておいた。これなら気絶することはないだろう。
道具屋は目をまんまるくして「ありがとう」と破顔した。
頭をぐじゃぐじゃと撫でると笑顔は消えて固くなっていたが、その頬は赤くなっていた。




