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番外編:これは惚気じゃない

「は?」


明らかに怒ったような表情。

晴れて恋人になり、一緒に住むようになって半月目。


喧嘩をした。


●●●●


「今までは一方的に怒られてたことが多かったよね……あんたが心配かけたりして、まあそれは当たり前だけど」


「それはそうなんだけど……」


今、私こと道具屋は彼女、ギルドに併設している飲み屋のバニーちゃんに話を聞いて貰っている。バニーちゃんはいつもは夜しか出歩かないんだけど、今日は急に誘ったのにも関わらず嫌な顔せずに付き合ってくれた。夜の仕事だから睡眠不足だろうに。ごめんとは思うけれど一番話しやすいのがバニーちゃんだったのだ。


「だって疲れてるのに…眠れないんだよ?」


そう言うとバニーちゃんは「…のろけ?」と小さい声で言った。聞こえてるよ、バニーちゃん。



「のろけじゃない。切実に私ゆっくり眠りたいんだ。もう眠くて眠くて…このままじゃ昼の仕事に支障をきたしちゃうよ」


お釣りを渡し間違えたり、商品の説明をし忘れたりと最近間違いが少しではあるけど増えてきている。それもこれも武器屋のせいだと叫びたい。


「だから、バニーちゃんにやんわりと言う方法を教えてもらおうかと思って……」


そう、自分で今朝言ってみたのだ。「寝室を別にしてほしい」と。

その結果、武器屋は「は?」と一言。その怒った表情を見て、何も言えなくなってしまった。だから喧嘩というよりは単に私の思いがくすぶっているだけなんだけど……。主張し続けたらきっと喧嘩になっていただろう。


「蜜月だもんね。まぁもうちょっと経てば落ち着くんじゃない?」


「そうかなぁ」


「そうよ。そのうち『足りない!!』ってなるかもよ?」


「ドキドキが?」


「え?」


バニーちゃんは首をかしげた。うさぎの耳がぴこっと横に向く。


「今更だけど、寝室を別にしたい理由は?」


「えっ?ほんと今更だよ……夜寝るでしょ?そしたら寝息とか体温とか意識しちゃって眠れないの」


バニーちゃんはそれを聞いて盛大にため息をついた。


「私の睡眠時間返せ」



「寝室を別にしたい理由まできちんと言いなさいよ」


バニーちゃんはそう言うと「帰って寝るわ」と私の返事も待たず帰って行った。

しょうがない、私の安眠のためにも頑張って言おう。


●●●●


「なんか豪華だな、今日は」


二人用の食卓にいっぱいおかずを並べているとお風呂から上がった武器屋が嬉しそうに夕飯を眺めた。


「うん、ちょっと頑張ってみた。あのね、朝はごめんね」


「いや、でもまた何であんなこと言った?」


朝の不機嫌さは何処へやら、武器屋は「いただきます」と言うと美味しそうに箸を次から次へと動かしていく。

暗黒竜のことが終わってから、彼は驚くほど人に優しくなった。いや、元々優しくはあったけど、でもどこか他人に対して気を張っていたような感じがあった。それがなくなった今では町の女の子から前以上に声をかけられることが多くなったようで、私としてはちょっと心配でもある…というのは置いといて。


「えっとね、ちょっと言いにくいんだけど…」


そう言い淀むと滑らかに動いていた箸がピタリと止まった。静かに私を見る眼差しはどこか冷たさを含んでいて、怖い。でも言わないと…私の安らかな眠りのために!


「一緒だと、緊張して眠れないの」


「は?」


朝と同じ反応と表情をする彼に少しでも嫌われたくなくて矢継ぎ早に答えていく。


「だって真っ暗な中、寝息が聞こえてきたりとか、不意に私を抱きしめるとか、寝惚けてキスしてくるとか、ドキドキしぱなっしでゆっくり眠れないの!」


「……お前は……」


武器屋は箸を置くと肘を食卓について顔を隠すようにため息をついた。

どう!?解ってくれた?


「理由は解った。ようするにすぐ熟睡するほど疲れてないってわけだな」


「え?」


「大丈夫だ。寝室が一緒でも眠れないってことがないようにしてやる」


「……え?」


私はそこまで鈍くはない。ので今の言い方で理解してしまった。私の馬鹿!!


「いや、でも、ほら、そのドキドキがまたいいかなぁって「何言ってる。眠りたいんだろ?ほら、しっかり食べてもっと体力つけろ」


嘘でしょー。と叫んでもいいけど後の祭り。

武器屋はさっきよりも嬉しそうにご飯を食べていく。


そして長い夜は更けていき……私は暫く、眠れるけど身体がだるい日々を過ごすことになる。

これを惚気だと皆は言うけれど、結構切実な体力不足なので、たまに武器屋に眠りの粉をかけるのは許してほしい。




バニーちゃんの想い:


「ったく、本当に寝不足になればいいんだわ」


さっきまで一緒にいた道具屋の女の子を思い浮かべる。

彼女は本当に普通で、私みたいに擦れてもいないし、かと言って無垢でもない。平凡でどちらかと言えば真面目な女の子だ。


そこが彼女のとてもいいところで、そしてその子が自分と同じ分類に入るであろう男のものになるのは些か腹が立った。


私のオアシスを……武器屋め。


武器屋は擦れて育ち、女性関係も経験豊富だ。しかも遊び方は上手で後腐れがない。世渡りは上手だが、自分というものが『暗黒竜を倒す』以外なかった。

だから、本気で恋なんてしたことはないだろう。

そんな彼が初恋をした。相手は私のオアシスの道具屋。


大人になってからの初恋は大変だ。きっと武器屋は道具屋の隅々まで知らないと安心できないだろう。


一歩間違えば狂気を含みそうだが、きっと彼ならば大丈夫だ。これは長年バニーをしている私の勘。

人をみる目はあるんだから。


二人は幸せに暮らす未来が、いや、現在進行形で幸せに暮らしている。


だから。


「寝不足になればいいんだわ」


ちょっと嫉妬を込めて、私は呟いた。



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