終わりに向けて:3
「今夜、泊めてほしいの」
武器屋の顔は見ることができなかった。
周りの喧騒はそのままなのに、武器屋は私の頭を撫でるのを止め――ここだけ時が止まったみたいだ。
どのくらい沈黙が続いたか解らない。でも、私には耐えられないぐらいの時間だ。
先程の言葉をやっぱり打ち消すべきかと口を開きかけたら、武器屋が先に言葉を被せた。
「何言ってるのか解っているか……」
囁くような声だった。頭をまた撫で始めたが、その手は先程より熱くて、そして優しい。
「……うん…解ってる」
俯いて、そう言うのが精一杯だった。
「……ちょっと待ってろ」
私の返事を聞くやいなや武器屋は立ち上がりイクダールさんの所へ向かっていく。
何やら話しているようで、それを見てようやく息ができた気がする。
一生分の勇気を使い果たした気分だ。
……そして今更ながら周りの視線が生暖かい。
小さな町だから、周りの席の人はやっぱり知っている人ばかり。話は聞こえていなかっただろうけど、視線から皆にやにやしているように感じる。
(うわー)
思わず頬を押さえてしまった。
周りに視線を向けることができない。
直ぐにでも店を飛び出したい気持ちを抑えて、隣人が戻ってくるのをひたすら待った。
「いくぞ」
やっと戻ってきたと思ったら、それだけ言うと武器屋は私の腕をとった。
「イクダールとガイツにはお前が酔ったからって言ってある」
唇が触れるくらい耳元で言われると鼓動が一際大きくなった。
が、囁かれた話は嘘だ。それくらい解る。だってイクダールさんはにやにやしてるし、ガイツさんは心配そうにしつつも微笑んでいる。
明日もしこの町にいたら知り合いに色々言われたかもしれない。良かった明日いなくて。
町を去ることを初めて良かったと思えた。
「少し散らかってるぞ」
そう言われて初めて踏み入れた隣人の部屋は、確かに少し散らかっていた。
朝起きたままのようなシーツの皺に、脱いでそのままの寝間着。武器屋組合の雑誌に、暗黒竜について書かれた本。
後は飾りなど何もない質素な部屋だ。
……ところで、私はどこに座ればいいのだろう。そしてここまで来たのはいいが、どうすればいいのだろう。
「ほら、座れ」
思考をぐるぐる巡らせていたら、ベッドの下から武器屋はクッションを取り出してベッドの真横の床に置いた。
「飲みもん持ってくるから待ってろ」
それだけ言うと、「いらない」と言いたい私の言葉も待たず、隣人は部屋を出ていった。
少し駆け足の様に階段を降りる音が聞こえる。
取り残されてすることもなかったので、改めて部屋を見渡してみた。
少し年季の入った木造の部屋。衣装棚も木造でできたものだ。寝間着はとても薄い灰色で、長年着てますよって主張している綻びがある。
雑誌や暗黒竜の本は無造作に積み重ねられていて、武器屋の大雑把な性格を見事に体現していた。
一通り見た後、ベッドに寄りかかって頭をシーツに落とした。
男の人の汗の臭いがする。
暫くじっとしていると、足音が近づいて来たので、頭をおこした。
「何も買い置きがなかったから水でいいか?」
「うん」
コースターの上に氷と水が入ったグラスが置かれた。
そのまま沈黙の時間が過ぎる。
……だって、何を言えばいいのか、何をどうすればいいのか私には解らない。
ちまちまと水を飲んでいたら武器屋が「そういえば」と口を開いた。
「お前の友人の運び屋、俺がディーパに行く前に店に来たぞ」
「え?なんで」
「武器を買い替えにな。あと、俺の文句をひたすら言って帰った。あいつは舌から生まれてきたのかっていうぐらい捲し立てられたぞ」
「えー。私の所には来てないよ……惚れられたんじゃない?」
笑いながら言ったら、「止めろ」と嫌そうに反応する。でも、本気で嫌がってないことは分かる。もし、万が一、何かあって、友達から武器屋に告白しても彼はしっかり考えて返事をするだろう。
そう思うとちょっと妬けてしまった。
「あいつは俺じゃなくて、完全にお前に惚れてるだろーが。この間来たときはお前のことをかなり褒めまくってたぞ」
「じゃあ、両思いだ」
「何言ってる。じゃあ今日は浮気か」
「……」
思わぬ言葉に固まってしまった。うわー、せっかく和やかに話せてたのに。
武器屋は手に持っていたグラスを床に置いた。
それが合図になったように、私の鼓動は駆け足を始める。
「それは駄目だな、俺が本命だ」
隣人の手が頬に触れ、私は目を閉じた。
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只今、大人の時間です。
暫くお待ちください。
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