転機の終わり
私には都合よく物事が進む勇者スキルはないみたい。
私が起きたのは夕方だと思われる時刻。この部屋には時計がないし、しつこいけど、太陽が見えないから詳しい時刻は不明だ。でも食事を支度してるようないい香りがする。そういえばお腹が空いてきた。
食事はもう済んだのかイクダールさんに聞こうとしたけれどいないので、探しに行こうとして、武器屋にエリクサー渡していないのを思い出した。
「…会いにくいなぁ…」
さっきのことを思い出すと、溜め息もつきたくなる。
イクダールさんか神父さまに頼もうかなぁ。取りあえず、誰かに頼まないといけないから、教会に行こう。
教会に行くと神父さまとイクダールさんがちょうど居たので、おずおずと頼んでみたら断られた。それはもうばっさりと。
「今取り込み中だから自分で渡しなさい」
「…はい」
神父さまは黙って微笑んでる。
何でだろう、この人からは腹黒のにおいがする。
仕方なく階段を登って、部屋をノックした。
寝てたらメモとエリクサー置いて戻ればいいのに。
寝てて〜。
寝てて〜。
寝てろ〜。
「誰だ」
願いもむなしく、返事が返ってきた。それも警戒したような返事だ。
「わたしだけど…」
「ああ。入れよ」
普通に入ることができなくて、先ずは様子見で顔だけひょこっと覗かせてみたら武器屋は目線だけこっちによこした。
流石にあれからまだ数時間だ。身体は動かせないらしい。
「エリクサーを渡しそびれてたから」
「ああ、悪いな。悪いついでに口に放り込んでくれ。腕がまだ動かしにくい」
「わかった」
手が震えないように下唇をそっと噛んで、エリクサーを隣人の口に入れた。
「ん――グレープフルーツ味か…なんだ、どうした?」
「あ、や、何でもない」
素早く手を隣人の口元から離すと彼はこちらを見た。
今、エリクサーを口に入れる時に、手に!武器屋の唇が指に……!
何で、唇柔らかいの、ばかー!
「……何なら試してみるか?」
「え?」
「俺の」
そう言って隣人は唇を指差した。バレバレだった!
「いえ!慎んで遠慮させていただきますっ!じゃあお大事にっ」
逃げるが勝ちじゃないけど、心臓が破裂する前に離れた方が無難だと私は逃げるようにして部屋を出た。
胸がまだ大きな音を立てて鳴っている。
武器屋め。あんな表情は反則だ。
だいたい彼を好きだと自覚してからは彼に振り回されっぱなしだ。心配したり、どきどきしたり。
でも、片想いってこんなだったなぁ。
辛くも苦しくも楽しくも嬉しくもあるんだった。……この気持ち、忘れるのが大変そう。
武器屋には悪いけど、暫くはこのまま好きでいることを許してほしい。
私、いつまで武器屋のこと好きなんだろう。しわしわのおばあちゃんになるまで?それとも来週あたりにはさっさと心がわりしてる?
気持ちが風化するまでそのまま好きでいるって決めたはいいけど、風化するのはいつなんだろう。婚期逃してるかなぁ。
まあ、それでも仕方ないって思うくらいには、どうやら私は武器屋を好きみたいだ。いつの間に……。




