転機:7(武器屋物語)
柔らかい感触と不味い薬の味と共に優しい香りが落ちてきた。
俺が10代後半の時だ。
傭兵として雇われ、所属した隊の隊長としてそいつはいた。
隊長と部下。
どこにでも存在する関係の二人だった。
『ほら、これが俺の恋人!美人だろ』
『わかってるよ、うっせーな……初めまして』
『初めまして』
最年少の俺と、面倒見のいいあいつはいつの間にか仲良くなり、そしていつの間にか仕事が終わってもよく会うようになっていた。武器屋を営んでいる恋人も一緒に。
『よ、次の仕事なんだけどさ。これを機に引退しようかと思ってるんだ』
晴れていたか曇っていたかもう覚えていない日。久しぶりに会ったあいつはそう言った。
『結婚するんだ』
『…そうか、幸せになれよ』
そいつはもう30半ばの年齢で、恋人も30になっていた。だから二人にとって結婚は自然な流れで、俺も祝福もした。
ただ少し寂しかった。
『お前の最後の仕事、俺も一緒に行く』
最後の仕事は暗黒竜の討伐だった。
『結婚する前に死ぬ気なの!?』と武器屋の女主人は反対した。
そりゃそうだ。誰が好き好んで戦場に恋人を送り出すか。
でも、あいつは『最後だから』と説得し、討伐部隊に参加することにした。無論、俺も一緒に。
『お願い。危険だと思ったらすぐ逃げて』
『解ってる。生きて帰るよ。約束だ』
俺は約束を破らせた。
あいつは俺を庇って死に、俺が生き残った。首に傷を負い、意識不明の重体で、帰ることができたのは予定より一月も遅れてだ。
彼女は明らかに痩せていた。
そして俺を見て唇を噛み締めた。泣きたいのを我慢したのか、俺を責めるのを我慢したのか。
彼女はなにも言わず泣かなかった。俺が謝罪とあいつの最期を話している間、泣いてはいないが表情と全身で慟哭していた。
そして、一言。
「貴方を憎む私を許してほしい」
そう言って彼女は去って行った。
解っている。
恨まれたって、憎まれたって仕方がないということは。
でも。
何だろう、心にじわじわと苦みが染みる。
それから今まで稼いだ金と人脈を使い、武器屋をこの町につくらないよう頼んだ。
そして必死に勉強し、資格をとり、武器屋を開いた。
せめてもの罪滅ぼしに。
いつか彼女が帰ってきたら、武器屋を返すために。
そして昨年、一通の手紙が届いた。差出人は懐かしい名前が書かれていた。
『結婚することになったの。全てを忘れはできないけれど、やっと進めるわ』
そんな内容の手紙だった。
そうか、よかった。
安堵の息が出た。
荒れた生活をしているようでもなく、いいパートナーを見つけることができたのか。
幸せに。
どうか幸せに。
俺は忘れることはできない。
忘れはしない。
広がった苦しみは復讐で塞いでやる。
ふいに隣人の顔が思い浮かんだが、無視した。




