転機:6
「……」
最初に何を言おう。
文句を言ってやると決めていたが、実際に隣人と目が合うと何も言えなくなった。
「口の中が不味い…気付け薬か」
起き上がろうとした隣人は痛みに顔をしかめ、また身体をベッドへと戻した。視線だけ私によこし、困ったように笑っている。
「ガイツから聞いた。心配かけたな」
「……」
「暗黒竜は敵だったんだ…だから、噂を聞いて敵討ちに向かってこの様だ」
「……」
「心配して依頼したって聞いた。悪かった」
「……」
「……おい」
「……」
「何か喋れよ」
「……っ」
敵討ちとかどうでもいい。
本当に、本当に心配したんだよ。胸がぎゅーって締め付けられて、毎日毎日あんまり眠れなかったんだよ。
なんで敵討ちではなく、心配するであろう周りを、私を見てくれなかったの。
『今』を見てくれなかったの。
「泣くな……本当に悪かった」
隣人は私が心配することなど考えてすらいなかったのだろう。暗黒竜を倒すということがどれだけ難しいことか、死ぬ確率の方が高いと子供ですら知っているのに。
死を覚悟していたんだ、この人は。
知り合いも、友も、私も、もしかしたらいるかもしれない大事な人を置き去りにして死ぬ覚悟をしていたんだ。
「泣くなって」
結局、かける言葉は見つからなかった。ただ隣人の首筋に顔を埋めて泣きまくった。幾つもの思いを込めて。
隣人は時折、頭を撫でようと腕をあげるそぶりをしていたが、怪我で痛むから出来ず、代わりに頬を私の頭にすりよせていた。
この時間を私は忘れはしないだろう。
きっと次に好きな人が出来ても、結婚しても。
私では彼の『死ぬ覚悟』の歯止めにはならなかった。彼が別れを告げる対象にすらなっていなかったのだ。他の友人とか大事な人には言ったのかもしれない。
でも『私』には言わなかった。
私の一方的な想いになるだろうと思ってはいたけど、『でも、もしかしたらその内』と心の奥底では思っていた。
隣人が居なくなって、彼が好きというのを、より自覚した。そして隣人と再会して、彼にとって私は大した存在ではないと理解した。
いや、居なくなって行先を知らない時点でそれは解っていた。無事かどうかが気になって、ただ後回しにしていただけだ。
こんなに辛い失恋になるとは思わなかった。
涙を引っ込めて顔をあげれば空気で頬が冷たく感じた。
目をごしごし擦ると少し痛い。
「皆に起きたって言ってくる」
結局、最初に発した言葉はそれ。自分でも呆れてしまう。
でも、隣人は私の声を聞いて、はっとした後、静かに笑った。
そして、出ていこうとする私に「ちょっと顔を近づけろ」と言う。
「なに……きゃっ」
隣人が無理矢理手を動かして私を引き寄せて、耳元に唇を寄せた。
柔らかい感触にまた涙がでそうになる。
止めて。
好きじゃないくせに。
私のことなんか見てないのに。
「……悪かった」
耳元で甘さを含んで言われ、私の身体の熱があがる。
勘違いしそう。
隣人は遊び慣れているから、今のは違う。
そう言い聞かせてどうにか私は平静を取り戻した。
営業用の笑顔をつくって、「じゃあ下に行くね」と伝えた。
何も頭に浮かんでこない。
取りあえず、イクダールさんとガイツさんと神父さまに武器屋が起きたことを伝えて、私は一旦宿屋に行こう……ここ宿屋はあるのかな。




