番外編:開かない宝箱と隣人と友人
贅沢しなければ一年は食べられる価値のある宝箱もどき。壊して一番ショックだったのは私に違いない。
珍しいワインを貰ったからと持ってきてくれた友人。
飲んでみたら美味しくて、お酒の強い隣人も呼べばよかったかなーと思ったけれど、二人は同族嫌悪で仲があまり良くない。
私から見れば微笑ましいケンカだけど、周りはそう見えないらしく二人が揃えばお客さんが減るのは常だった。
いつからだっけ?仲悪いの。
あ、初対面の時からだ。
あの箱。
隣人が持ち込んだ綺麗な箱が原因だった。
「ああ、いたか」
顔を合わせれば挨拶するくらいの隣人がやってきたのは、人の動きが少なく、暇になりそうな日の朝だった。
「こんにちは、どうしたの?」
驚きを表情に出さないように挨拶すると隣人はカウンターまでやってきた。
最初の挨拶時に少し話した時、「堅苦しいのは嫌だから普通に話せ」と言われたから知り合いみたいに話しかけたけれど、会話するのは今まで皆無に等しかった。
それが急に訪ねてきたから、隣人の外見のせいもあり、びくびくしてしまった。
あの反応は申し訳なかったと今ならそう思う。過剰に怖がりすぎだ、私。
実際、隣人は困ったように頭を掻きながら私を見たのだ。
そして気を抜くためか当たり前の質問をしてきた。
「お前、道具屋だよな」
「?えーっと、そうだけど」
「これ開けられる道具あるか?」
そう言いながら出されたのは宝箱っぽい箱。
というのも宝箱とは違い白とこげ茶の木材をうまく組み上げている見た目からして綺麗な箱なのだ。こんな宝箱はないし、そもそも宝箱ははダンジョンから持ち出せない仕組みなんだけど……。
「宝箱?」
この箱にはそぐわない鍵穴が付いている。
その鍵穴は宝箱の鍵と一緒。
異国の宝箱なのかな?
「だと思うが、開くか?」
「うーん、ちょっと道具持ってくるから店番代わって」
会話をまともにするのは初対面の挨拶以来なのに、謎の宝箱に集中していた私は厚かましくも隣人に店番を頼んだ。
奥でがさごそと万能鍵を探しながら、あの宝箱開くかなーなんて最初は思っていたんだけど、あんなものを何処で手に入れたんだろうという疑問が出てきた。
交易が盛んな西の国にはあんな模様はないし、世界を網羅しているギルドのカタログにも似たような模様のものはなかった気がする。
少数民族が住む島国のものかな。
気になるから後で聞いてみよう。
「あ、あった」
鍵を布にくるんで、表に戻ると運び屋の友人が来ていた。
成り行きで彼女も宝箱を開ける手伝いをしてくれたけど、結局夕暮れまでかかっても箱を開けることはできなかった。
ついには、意気投合した二人が壊して宝箱を開けてしまった。
…壊して開けたものの、もぬけの空。
場にはなんとも言えない空気が漂い、友人は慌てて買い物をして走り去った。
流石、敏捷性が高い。
残された私達は、とりあえず破片を拾い静かに解散をした。
――そして後日。
その壊した箱こそが大層なお宝で、それを「知り合いから説教付きで教えられた!」と運び屋の友人が武器屋の隣人に怒り、隣人は「壊せと言ったのはお前だ、自業自得だ!」と友人に怒った。
二人ともあの高価な箱を壊された(壊した、の方が正しいかな)ことより、怒られたことの方に腹が立ったようだ。
これをきっかけに、二人は仲が悪くなったんだけど。
私はこれをきっかけに武器屋の隣人と少し話すようになった。
「何度も言うけど、悪いのはあたしじゃないもん」
「それをお互い引きずってるのも相当だよねー」
懐かしくって笑ってると、拗ねた友人はグラスの中身を一気にあおった。
…大丈夫かな。ワイン、飲めないって言ってた気がするけど……と思っていたら。
「きゃーっ!大丈夫!?」
案の定、椅子ごと倒れた。
「ねっ、起きて!こんなとこで寝ちゃダメだよ」
そのまま可愛い寝息をたて始めた友人を慌てて揺さぶるも、どうやら既に夢のなかみたいだ。起きる気配はない。
どうしよう。固い床で寝かせるのも悪いし、かと言って私は非力なので彼女を運べない。
思いついたのは、困ったときの隣人頼みで、私は明かりがまだついている隣へと急いで向かった。
直ぐに来てくれた隣人は軽々と冒険者(運び屋)である友人を抱きかかえ二階へと上がっていく。
ベッドは私の部屋にしかないので、そこに誘導すると、隣人は一瞬躊躇ってから足を踏み入れた。
眠っている友人を扱う隣人は丁寧で、いつも会えば睨み合っている状態が嘘のようだ。
「ありがとう」
「ったく、飲めないってのに無茶しやがって」
「昔の話してたら拗ねちゃって。覚えてる?あの『秘密箱』」
「ああ、懐かしいな」
ベッドに腰掛けて隣をぽんぽん叩くと、隣人もそっと腰を降ろした。
まだ、友人の寝顔を見ながら話したい気分だった。
「いつから二人の仲悪いんだっけって考えてたら、ああ、初対面からだったな〜って」
「こいつがつっかかってくんだ」
寝ている友人を嫌そうに隣人は見るが、その瞳は優しい。
「でも、運び屋だって馬鹿にされなかったのは、ちょっとびっくりしたって嬉しそうに言ってたよ」
「…そうか」
「お互い本当に嫌ってはないのにね」
「ウマが合わないんだよ、こいつとは」
苦笑しながら、私の頭を撫でると隣人は立ち上がった。
「そろそろ帰る」
「うん、ありがと。あ、そう言えば珍しいワインを貰ったんだけど、飲んでいかない?」
まだ半分くらい残っていたワインがおつまみと一緒に下にある。せっかくだからと誘ったけど、隣人は首を横に振った。
「それこそ寝ているこいつに説教されそうだからな」
戸締まりはちゃんとしとけよ、そう言って隣人は帰っていった。
一人で飲んだって、あんまり楽しくないし、片付けをして私は友人が寝ているベッドに潜り込んだ。
睡眠は大事ってことでちょっと大きめベッドを買っててよかった。
結構お酒がまわっていたみたいで、すぐ視界が狭くなっていく。そこに友人の肩を見つけ、頬を刷り寄せるように顔を近づけたところで、意識は途絶えた。




