ポーション改良依頼
相変わらずまとめ買いされるポーション。
お客さんがいないときに、ふと、早口言葉で繰り返し言ってみたら、ポションになった。
それは、真っ昼間。
爽やかな風と共に木製の扉を開けて入ってきた。
「ワン!」
「……」
「ワンワンッ!!」
「っ!かわい〜いっ!」
ふさふさな毛並み。つぶらな瞳、くりんとした尻尾。
全てが可愛くてたまらない。
なにこの犬!!
「どうしたの?ひとり?」
そう話しかけると、ワンちゃんは尻尾を振りながら、首を傾げてた。
私の言っていることをどうにか理解しようとしているその懸命な瞳が、ああっ…可愛い!!
「あの〜、犬きてませんか?」
「ワンッ!」
「あ、いた!!ポチョ」
爽やかな風と共に今度は女性が入ってきた。
女性魔術師だろうか、黒が基調の服に魔力増幅タイプの装飾品を付けている。
この犬の飼い主みたいだ。
「すみません、ポチョが」
「ポチョ……」
なんていうか、変わった名前だね。
私が名前を復唱している間に、女性魔術師は店内をくるりと見渡して、控えめな声で話しかけてきた。にぎやかな犬こと、ポチョ、とは逆だ。
「あの、ここって道具屋さんですよね」
「ええ、そうですよ」
「折り入ってお願いが……」
「えっ!?犬にも使えるポーション?」
「はい。どの町にもなくて……」
女性魔術師の話によると、彼女とポチョの出会いはあるダンジョンでだったらしい。
彼女が危機に陥っていると颯爽と現れたポチョが助けてくれたそうだ。
それ以来、いつも一緒にいるが、このポチョ、敵が出てくると相手の強さ構わず、我先にと攻撃をしかける。
が、やっぱり犬だから体当たりとか噛みつきとかの接近戦になってしまう。
怪我も今までは大怪我はないが、これから先は解らない。
だから、犬でも使えるポーションが欲しいとのことだった。
「ヒールとかは試されました?」
「もちろんです。でもダメで……」
「う〜ん、ヒールが効かないとなると……一旦私が作ったポーション与えてみます?」
「お願いします」
ポチョはちょうど耳に傷があったので、その傷の様子で判定してみよう。
でも、効くかな〜。
「あ、林檎と蜂蜜ってワンちゃんに与えて大丈夫ですか?」
「あ、はい」
「じゃあ、あげるからこっちおいで」
「ワンッ」
ちっちゃいポーションを飲ませると気に入ったのかポチョは舌をジュルッとさせた。
様子を見ないといけないから、可哀想だけど一本だけ。
「ワンッ」
ねだってる。
でもあげない!
「効いてないみたいですねー」
「ですね……やっぱり無理なんでしょうか…」
「う〜ん、効くアイテムとかあります?」
「万能薬は効きますけど…あとは駄目でした。気付け薬は、まだ使用したことないです」
「じゃあ地獄温泉水でポーション煮込んでみるかなぁ。つくるのに三日かかるので、後日また来ていただいてもいいですか?」
「ありがとうございます!もちろん!暫くはこの町に滞在する予定です」
少し安心したように帰っていく女性とポチョを見送って私は古びた椅子に腰掛けた。
う〜ん、どうしよう。
取りあえず、地獄温泉水で試してみて。気付け薬が効くかも試したいんだけど、気付け薬は、気絶してないと使えない。犬の体格じゃ気絶する前に死んでしまうから、あの女性魔術師が今まで必死に守って来たんだろう。
犬をうまく気絶させる方法……ギルドに依頼しよっかな。
でも、あー、受付のイクダールさんに怒られそう。
却下だな。
てなわけで、困ったときの隣人頼み。
「いらっ…なんだ、お前か」
ちょっと寝癖がついた赤い髪で出迎えてくれたのは、武器屋の隣人。この前の私よりやる気がなさそうに欠伸している。
これが武人なのか?と疑問に思うが、先日一緒に行った温泉街で友人みたいな人が言っていたから間違いないだろう。
その人によると彼は手練れらしい。なら、犬も簡単に気絶させることができるはず。
「あのね、犬を気絶ってできる?」
「は?」
「や、だからこう手刀で「あー、何でそんな話が出てくるか、一から説明しろ」
人の話の腰を折っちゃって。
でも頼む側だから致し方ない。
私は最初から順を追って説明した。
話終えると隣人は首を傾げた。
どうも、何か考えている。
「気絶は置いといてだな、ポーションなら一つ心当たりがある」
「えっ?本当?」
「確か犬系獣人のやつが……っと探すから待ってろ」
「うん。って獣人に会ったの?いいな〜、私も会いたい」
「あいつら隠れてて、滅多に顔出さないからな。かわんねーよ、牙とか尻尾とか耳とか見た目は違うけど、村つくって狩りとかして生計立ててる」
「うらやましい〜。アイテムも独自のものがあるっていうし村に一度行きたいな」
獣人っていうのは種族の一種で犬系、猫系、魚系など多種に及ぶ。高い技術と屈強な肉体を持つ彼らは、滅多に人里に来ないし人間嫌いで有名だ。
理由は、迫害。
今は迫害なんてしたら大問題だ。でも昔は違った。平然と行われ、結果、獣人の数は少なくなった。
「あった、確かここら辺だな。俺の日記に…」
ペラペラと色褪せた小冊子を開いていく。日記……言っちゃあ悪いけど似合わない。
だって、がっつり肉食っぽい見た目なんだよ!
それがマメに日記書いてるなんて、意外すぎる!
「ね、最近の日記あるの?」
「……見せねーよ」
駄目か。
そして、隣人の日記によれば、必要なのはポーションと…
「生温いお湯?」
「って書いてるな」
ほら、と日記の文章前後を手で覆い隠して、その文の所だけ私に見せてくれる。
字はやっぱり汚いんだ…と思いつつ見ると、本当にそれしか書いていない。
『ポーション使用の為には生温いお湯が欠かせないらしい。変わってんな』
「生温いお湯?どう使うとか調合するとか言ってなかった?」
「あ〜、会話でちょろっと話しただけでそこまで突っ込んで聞かなかった気がする」
「そっか」
「取りあえずいろんなの試してみとけ」
「うん、ありがとう」
日記の文章をそのまま書き写して、私は武器屋を後にした。
そして、三日後の夜。
地獄温泉水のポーション、生温い温度を保ったポーション、あと思いつく限りいくつか作ってみた。
隣人は、やっぱり何も思い出さなかったとすまなさそうに言っていたが、日記に書いてくれていただけでも有難い。
書き写した文章を見ると、『ポーション使用の為には』と書かれている。
使用ということから、つくる際には特に必要じゃないんだと思うから、保存温度で試してみたんだけど。
ただ、獣人に効くものがポチョに効くかは解らない。
体の構造が違うから、期待薄だ。
そして、四日目の昼。
女性魔術師とポチョはやってきた。
「ワンッ」
「こんにちは。あの……できてますか?」
「こんにちは。いくつか試作で作ってみました。こっちにどうぞ」
カウンター内に女性とポチョを案内して、いくつか瓶を目の前に並べた。
「まず、これを飲んで貰っていいですか?」
最初に渡したのは地獄温泉水を使ったもの。
万能薬効くなら、これしか材料はない。
マゴンドラでも作ってみたけど、これは色からして不気味なので最後の手段として取っておこう。
ポチョはごくごくと飲みほしたが、暫く待っても変化なし。
「じゃあ次はエリクサーを混ぜたもの」
「エリクサーって、あの幻の?」
「はい、ちょうどあったから作ってみました」
奇跡の薬だから可能性は高い。
……でも。
「変化ないですね」
「ですね…すみません」
「クゥン」
「大丈夫!気にしないで!はい、つぎ〜」
ぱっと渡したのは生温いポーション。ポチョは嫌がらず、ごくごくと飲んでいく。
「えっ!?」
「あっ!」
なんと!
ポチョの身体が光りだした!
「傷が……」
「……治ってる」
二人して呆然となった。
そりゃ、だって、「温かい」だけだよ!!
「良かった、ポチョ」
女性魔術師は、呆然とした後すごく安心したように破顔した。
すごくすごく嬉しそうで、鼻先をポチョにくっつけている。
ポチョも鼻先をふるふると女性に擦りつけている。
犬って鼻先で挨拶するっけ?
と、そこでまさかの予感がした。
「あの、感動の喜び最中にすみませんけど、ポチョって顔とか舐めてきます?」
「?いいえ。あんまり犬っぽくないんですよ。挨拶も鼻だし、食事もテーブルでとるし、御手洗いもちゃんと入ってするし、人間みたいで」
鼻先をポチョから離すと女性魔術師は、おかしいでしょ、と笑った。
そりゃあ、おかしすぎでしょ!!
「あの、今から時間あります?」
「はい、ありますけど」
「ちょっと三ヶ所付き合ってほしいんですが……」
臨時休業の板を扉にかけると私と女性とポチョは隣へ向かった。
「いらっ…なんだ、お前か」
「先日はありがとう。あのね、この犬みて欲しいんだけど」
失礼な挨拶は無視して、ポチョを隣人の目の前に持ってきた。心なしかポチョは嫌がってる。
「このワンちゃん、ポチョって言うんだけど。効いたの、生温いポーション」
「犬にか?」
「だから、もしかして獣人って、こういうタイプもいるんじゃないかって」
「いや、いねえよ」
「そっか、ありがとう。あと一つ確認だけど、獣人って呪いにかかったりする?」
「ああ、かかるぞ。毒は耐性があるが、魔法の呪いには弱いな」
うわー、もしかして当り?
呪いみてくれるのって教会だっけ。そこにいかなきゃ。
「あと、獣人の村の地図って貰える?」
「……何でだ」
隣人が警戒したように、空気を緊張させた。
私は隣人に耳を近づけて、彼女には聞こえないように憶測を話す。
話を聞いた隣人は、笑いながらも緊張をほどき、地図を渡してくれた。
「危険区域だから、ギルドで人を雇った方がいい。イクダールに話したら、ぴったりの奴を案内してくれるだろう」
次に来たのは教会。
私には縁がないから滅多に来ないけど、人が幾人か並んでいた。
「あの、何故教会に?」
女性魔術師は首を傾げながらも大人しくついてきている。
これはポチョがいないと、すぐ騙されてついていきそうだな〜。
今でも幾度かあったに違いない。
その度にポチョがどうにかして彼女を助けたのだろう。
「次のかた、どうぞ」
白い聖衣を纏った司祭が優しい声で促してくれる。
「こんにちは、司祭様。この犬に呪いがかけられているか診ていただきんです」
ポチョを抱き上げると司祭は目を細めてポチョを見た。
「変化の呪いがかかっていますね。解きますか?」
「あー、いえ。今はいいです」
「え?」
女性魔術師が首を傾げてる。それもそうだろう。呪いを解かないのだから。
でも今解いていいものか私には解りかねるので、ギルドに向かいながら女性に説明をすることにした。
「ポチョは多分、獣人だと思います」
「えっ。獣人?」
「教会で診てもらったら変化の呪いがかかっているって」
「そうなんですね、全く気づきませんでした。てっきり犬かとばかり」
犬はトイレでトイレしないよ!とツッコミたかったが、我慢。
この様子だと、犬にしてはおかしいと思ってすらなかったようだ。
「獣人への迫害は激減したものの、差別的な目で見る人はいまだにいるし、ただでさえ珍しがられるかと思って」
「確かに。私も見たことはないからじっと見ちゃうかも」
「これから、ギルドに行って護衛を雇い、獣人の村に向かった方がいいと思います。武器屋が言うには危険区域らしいですから、必ず誰かを雇ってください。その村の中には呪いを解ける獣人がいるでしょうから、そこで呪いを解いた方がいいでしょう」
「確かに……色々とありがとうございます。地図見せてもらってもいいですか?場所がどこら辺か一旦確認したくて」
「あ、ごめんなさい。ずっと持ってました。はい」
汚い字で書かれた地図を渡すと女性魔術師は首を傾げた。
「あら?多分ここなら転移魔法で行けます」
「えっ?」
「ほら、村の近くのダンジョン。ここでポチョと会ったんです。村には寄ってませんが目の前を通って……ああ、だから村の前で吠えたのね」
「ワンワンッ!!」
「走って行かなかったんですか、ポチョ……」
「抱っこしてたから」
――最早、ツッコミすらできなかった。
それから、女性の身分証を見せてもらったら魔術師ランクがとても高かったので、ギルドには行かず戻ってきた。
だってランクが、ピラミッド型でいうと上から二番目あたりなんだよ!
言ったら悪いけど、隣人の日記並に意外すぎる。
私の家に一緒に戻ってきて、お茶をすすめたけど、「すぐ呪いを解いてあげたいので」と遠慮された。
「じゃあ、餞別にどうぞ」
普通に売っているポーションを生温い温度が保てる魔法の大きい瓶に入れて渡すと女性魔術師は「ありがとう」と代わりにアミュレットをくれた。
「永久魔法を使用してるから壊れないですよ」
「えっ!?いいです!こんな高いの貰えません!」
アミュレットは星形で真ん中に宝石が付いている。
私の道具屋としての目利きが間違っていなければ、これはペルセポネのアミュレット。逸品だ。
それに永久魔法を付けているとなると王設美術館に展示していいぐらいの値段がする。
「それより、また来てください!その方が嬉しいです!」
あわててそう伝えると、女性は笑顔で私をふんわり抱き締めた。
「必ず来ます。ポチョの解呪が終わったら一番に」
そう言うとポチョも私の側にやってきて「ワンッ」と尻尾を振った。
「待ってます。ポチョも一緒に来てね」
「ワンワンッ」
パタパタっとより激しく尻尾を振ると女性魔術師とポチョは転移魔法と共に去っていった。
「疲れた……」
静かになった店内を眺めて、アミュレット勿体なかったかなと思って、私は隣へと向かった。
「いらっ……またお前か」
「もう、その台詞聞きあきた!!疲れた!…飲み行かない?」
飲みになんか誘うのは初めてなので、緊張して変な誘いかたしちゃったし、ちょっと声が小さくなったけど隣人にはしっかり聞こえたみたいだ。
「は?」
目を真ん丸に開いて、きょとんとしている。
「ほら、ポーションや獣人の村、教えて貰ったし、お礼にと思って……いや?嫌ならいいんだ」
う〜。
言いながら、さっきの勢いはどこへやら。もう舞われ右したくなったけど。
「やっぱいいや!」と言う前に隣人が「じゃあ、お前の奢りな」と笑った。
「夕方から酒ってのもいいな」
着替えてくるから待ってろと隣人は扉に臨時休業の札をさげて二階へとあがっていった。
「あ、私も着替えてくるからー!」
あがっていった隣人に大声で告げると「わかった」と返事が返ってきたので、急いで着替えに戻った。
今日はいっぱい愚痴ってやる!!
すっきり愚痴らせていただきました。にしても、隣人酒強すぎ!旅行の時はご飯がメインだったから気づかなかった。
あと、女性魔術師と獣人(元・ポチョ)は後日、二人揃ってきてくれた。
詳しくはまた別の機会にでも。