番外編:ペガサスの羽を使った
なんていうんだろうか。
五月病?
やる気も何も起きない季節がやってきた。
春先をちょっと抜けて、夏の香りがし始めたら商売も一段落する。
余裕が出ると色々と考えることも増えちゃって…いつまでこの商売すんだろなー、とか、癒されたいなー、とか。
まぁ、つまり疲れが出てくる。
「おい、邪魔するぜ」
「いらっしゃいませ。何かご入り用ですか」
「……なんだ、その棒読みは」
「だって」
だるくて、と伝えれば赤髪の肉食男子はぽんぽん、と頭を軽くたたく。
頭を触るのはどうやら彼なりのコミュニケーションらしいと気づいたのはここ最近だ。
「ペガサスの羽、カルナの町いれてきたぞ。火山の麓にある小さなとこだ」
「ありがとう。はい、じゃあお礼のポーション」
隣人は武器の仕入れとかで色々な場所に出かけることが多い。だから、思いきってペガサスの羽を渡して登録を頼んでいるのだ。いつか行くために。
まぁ、いつかは解らないけど。
渡された虹色の羽は、疲れた私とは対照的に光輝いている。
これを見て、いつもなら綺麗だな〜と思えるんだけど。
どうやら疲労はピークに達しているらしい。
隣人もそう思ったようで「組合に代理頼んで羽伸ばしてこい」
と休暇を勧められた。
そしてやってきましたカルナの町。
「うわぁ!温泉いっぱい」
町のいたるとこに足湯や温泉がある。火山の麓だけあって、ちょっと温度が高いがそれでも充分気持ちいい。
「火山灰を使用したマッサージなんかもやってるぜ。人気らしいから時間あればやりゃいい」
「治安悪そうには見えないんだけどなー」
「裏取引が盛んなんだぜ、この町は。パッと見わかんねーけどな」
そう。なんと今回は隣人が一緒だ。最初は一人で来る予定だったんだけど、上記の理由で隣人が護衛を兼ねて案内してくれることになった。
それなら違う町にしようかなって思ったんだけど、雑誌を読んだら疲れをとるにはお薦めって書いてあって、景色も良さそうだったから結局、隣人の申し出に甘えたのだ。
「あー!楽しかった!」
二泊と短い休暇だったが、凄く充実していた。
火山竜が眠るっていう場所に案内してもらって、そこで採れる珍しい鉱石を簡単に磨き腕輪を作って、山菜料理を食べて、マッサージを受けて、温泉に入って、夜景を見て。
「ありがとう!ほんっとに楽しかった!」
「そうか」
隣人はエスコートがとても上手で、次々に案内をしてくれた。
どうやら、この町にはよく来るみたいで知り合いも多いらしい。おまけしてくれたりするお店も多々あった。
「じゃあ帰るか」
隣人が虹色の羽を取り出して、光らせると周りの景色が歪んでいって、ぐにゃりとした感覚が襲う。
そして、気がついたら住み慣れた町の入口に戻ってきていて。
そうして私の休暇は終わった。
〜隣人サイド〜
つい先日行ったばかりだが、またカルナの町に足を踏み入れた。
今回は闇取引のためではなく、旅行という立派な目的だ。
裏の部分があるからだろうか、それを知っているからだろうか、この町はいつ訪れても空気がどこか重い。
ここカルナの町は違法薬草、違法素材を専門に扱う闇市場が存在する。
規模はそこそこあるし、割りと有名な闇市場だ。
潰されないのは、国のお偉いさんも利用することがあるし、ま、癒着してるからな。
旅行という安全な理由でここに来るのは初めてだ。
隣人は呑気に珍しい鉱石や山菜料理に目をキラキラさせている。
できれば他の町にしてほしかったが、数少ない温泉地だ。他の温泉地に比べるとまだ治安が保たれているため、此処に行きたがっていた隣人に反対せず、護衛として付いていくことにした。
「楽しかった!」
本当に楽しかったようで、隣人はすっきりした顔をしている。
「そうか」
俺はただそう言うしかなかった。確かに息抜きにはなったし、隣でまだ嬉しそうにしているやつの色々見たり、したときの反応は面白かった。
ただ、俺は傭兵だ。
物心ついた頃から、息のつく暇もなく戦場を渡り歩き、生死をさ迷ったことだってある。
いつだって緊張した生活を送っていたから、ここ数年の武器屋の生活とこの休暇は身体を怠けさせる。だから退屈凌ぎに仕入れといいつつも危険な場所に出入りするようになった。満足はできないが、友との約束で店を預かっているので仕方ない。
戦場に戻りたい。
平和を実感すればするほど、心に僅かな軋みがでてくる。
この生活に充実感を得ていることもあるが、僅かな燻りのため幸福に浸りきることはない。
これを埋めることはできないのか。
未だ、埋める何かを見つけることができないでいる。
……はっ!
気がついたんだけど、これってデートならぬ旅行!
わー!!どうしよう。
本当恋人みたいなことばっかしてた!
明日からどんな顔して話せばいいんだろう!
いや、友人と旅行したんだよね!?
うん、そういうことにしとこう!
※隣人が商売敵から友人へとレベルアップした!